第五百二十九話 熾天使降臨(後編)
---ラサミス視点---
「「……」」
オレとガブリエルの無言の睨み合いが続く。
ガブリエルの纏う闘気は一分の隙もない。
だがこちらには二十人以上の味方が居る。
他の天使の応対をしていたデュークハルト班は、
既に四人全ての天使を倒したようだ。
よってこの場に残された天使は、
アーク・エンジェルとガブリエルの二人のみ。
ガブリエルの戦闘力がどれ程のものかは分からんが、
たった一人で二十人以上の相手を容易く倒す。
……という事はいくらなんでもないだろう。
となればこちらとしては強気で攻めるべきだ。
と思いつつも、この美しい熾天使を前にすると、
不思議と畏敬の念を抱いてしまう。
「……どうやら退く気はないようね。
この私を目の当たりにしてその態度。
余程肝が据わっているのか。
それともその場凌ぎの激情家。
そのどちらでしょうね」
「こっちは二十人以上居るんだぜ?
この状況で「ハイ、分かりました」と、
尻尾を巻いてこの場から逃げられんだろうよ。
アンタにはアンタの立場があるように、
オレには、オレ達にも立場というものがある」
「確かに一人でこの大人数を相手するのは骨が折れるわ」
「何だよ、まるで勝てるような口ぶりじゃないか」
「……さあ、どうかしらね?」
「……」
ガブリエルはこの状況下でも冷静だ。
それ程、腕に自信があるのか?
それとも虚勢を張っているのか?
「……流石にこの状況では私も少し厳しいわ。
だからアナタ、私と取り引きしない?」
「取り引き? 内容次第だな」
「そんなに大きな取り引きでもないわ。
私は今そこで倒れているアーク・エンジェルの治療がしたい。
それを見逃してくれたら、
私もアーク・エンジェルもこの場から退くわ」
「……」
成る程、そう来たか。
まあ向こうとしては、
傷ついた仲間を助けたいであろう。
だが傷を治癒されたアーク・エンジェルがガブリエルと一緒に
オレ達相手に戦うという可能性もある。
「……悪いがオレの一存では決められないな」
「……そう」
「それにアンタには聞きたい事が山ほどある。
アンタ等天使の目的は何となく分かったが、
アンタ等の正体は未だに不明だ。
だからその辺に関しても話してもらいたい」
「そうよ、勝手に押しかけてきたのはそっちよ。
だから最低限の事情は説明なさいよ」
「アタシも同感ね。
それに現状ではこちらが有利。
ならば折れるのはアタシ達じゃなくて、
アンタ……アナタ達じゃないかしら?」
メイリンとエンドラも援護してくれた。
だが結果的にこれが悪手となった。
「あまり自惚れない事ね。
自分達がこの世界、この世において至高の存在。
と思うのは思い上がりという事を教えてあげるわ。
ハアァア……アァァァ……」
「なっ!?」
ガブリエルの周囲の大気が震え始めた。
これは物凄い魔力だ。
コイツ、何をするつもりだ!
「我は汝。 汝は我。 我は熾天使ガブリエル。
時をつかさどる時の神クロノよ! 我に力を与えたまえ!
――ピンポイント・テレポートッ!!」
ガブリエルがそう呪文を紡ぐなり、
こちらに向かって、無数の白い衝撃波が放たれた。
こ、これは強力な時魔法の――
そしてオレは白い衝撃波をまともに浴びた。
駄目だ、し、視界が大きく揺らぐ。
そして周囲の景色が溶解したように消えていき、
最後にオレの意識が途絶えた。
---三人称視点---
眠りから醒めるような感覚と共にラサミスの意識が戻った。
「こ、ここは何処だ!?」
思わず周囲を見渡すラサミス。
すると前方にグラフェルの塔が見えた。
周囲にはメイリンやミネルバ。
またグリファムやエンドラ達の姿が見えた。
どうやら塔の中に居た全員が強制的に、
塔の外に瞬間移動で転移されたようだ。
「……まさかこの人数を瞬時に転移させたのか?」
珍しく戸惑うグリファム。
「どうやらそのようね。
アタシ達は少し天使を舐めていたようね」
エンドラが淡々とした口調でそう言う。
「そのようね」
「ええ、コレは少し驚いたわ」
ミネルバとメイリンが同調する。
彼等が慄くなか、グラフェルの塔の最上階では、
ガブリエルが負傷したアーク・エンジェルに歩み寄る。
「……アーク・エンジェル、油断したようね。
でも確かに彼等は想像以上の戦闘力を有していたわ。
だから今回の件は不問にするわ。
……アーク・ヒールッ!!」
ガブリエルはそう言って、
床に倒れたアーク・エンジェルの顎に左手を当てて、
上級回復魔法を唱えた。
それによって、
アーク・エンジェルの砕かれた顎がみるみる治っていった。
「ゴホ、ゴホッ……」
堪らず血を吐き出すアーク・エンジェル。
そして左手で顎を触りながら、
床から身体を起こした。
「……熾天使ガブリエル。
まさかアナタの手を煩わせるとは……。
……誠に申し訳ありません」
頭を垂れて謝罪するアーク・エンジェル。
だがガブリエルは優しい声音でアーク・エンジェルを諭した。
「気にする事はないわよ。
でも彼等は私達が想像した以上に強いわね。
これは天使長に報告する必要があるわね」
「はい、奴等は予想外に強かったです」
「だから彼等がこの塔に再侵入出来ないように、
封印結界を張るから、アナタも力を貸して頂戴」
「は、はいっ!」
「では呼吸を合わせるわよ」
「はいっ!」
「大結界発動!」
「はい、大結界発動!」
ガブリエルとアーク・エンジェルは、
そう叫んで力を篭めて、魔力を解放する。
すると二人の身体から、
発せられた透明色の大結界が瞬く間に、
グラフェルの塔の周辺を覆った。
「……もっと魔力を篭めて!」
「……はい、魔力解放っ!!」
「ハアァア……アァァァ!!」
「アァァァッ!!」
二人が気勢を上げると、
透明色の大結界が更に広がり、
グラフェルの塔の上空に居たレフ達も
結界の外に追いやられた。
「な、何だ! この凄まじい結界は!?」
「これは凄い、神帝級……いやそれ以上の大結界だ!」
と、副長ロムス。
「誰がこんな結界を張ったの!?」
「カチュア、恐らく塔の中に居る何者かだろう。
というかよく見るとカーマインくん達の一行が
塔の外へ出ているな」
「あら、本当だわ」と、カチュア。
騎士団長レフが左手の人差し指で指す方向に、
ラサミスとその同行者達の姿が見えた。
「……駄目だ、超強力な結界だ。
下手に結界を触ると、怪我するぞ」
結界を触った左手を右手で摩るラサミス。
「まんまと追い出されたわね」
と、ミネルバ。
「ええ、この結界は破れそうにないですね」
と、バルデロン。
「とりあえず皆が無事で良かったわ」
と、クロエ。
「でも結界が破れるか、
どうかは試すべきよね」
カリンのこの言葉に周囲の者も無言で頷いた。
「ああ、そうだな。 やるだけやってみよう。
だが無理そうなら、そこで止めておこう。
しかし天使か、オレ達は少し連中を舐めていたな。
これだけの人数を瞬時に転移させて、
この超強力な結界を張るとはな……」
塔の調査はある程度は出来たが、
結局は天使の正体を明かす事は出来なかった。
彼等が何者かは分からないが、
このウェルガリアに大きな影響をもたらすであろう。
ラサミスだけでなく、
この場に居る誰もがそう思った。
こうして平和であったウェルガリアに、
大きな転換期が訪れようとしていた。
次回の更新は2024年10月10日(木)の予定です。
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