第四百八十五話 ただいま特訓中
---ラサミス視点---
こうしてオレ達はオリスターを悪役として、
売り出す事になったが、
基本的には自分の仕事や生活を優先させた。
そりゃそうだ。
オリスターに関しては、ある種のお遊び感覚で、
奴に付き合っているのに過ぎない。
だからその後もオレは、
平日に訓練教官を務めて、
暇な休日にオリスターがトレーニングしている
黄金の手の職業ギルドに顔を出した。
すると師範代スカーレットと師範バルバーンもオレを快く歓迎してくれた。
まあ二人ともオレと同じように、
リアーナ大学の中等部と高等部で訓練教官しているから、
顔はしょっちゅう合わせていたが、
この職業ギルドで会うのは久しぶりだった。
「ラサミスくん、キミもここの師範になったらどうだい?」
「ああ、今のアンタは実績も経験もあるからな。
というかオレ等より普通に強いしな、ガハハハ」
と、スカーレットとバルバーン。
「いや今の生活を維持したいからね。
だから有り難いけど、断らせてもらうよ」
「それは残念ね」
「ああ、残念だ」
「その代わりに休日にちょこちょこここに顔を出すから、
模擬戦の相手とかしてもらえたら助かるよ」
「ああ、それならいつでも大歓迎よ」
「ああ、でもオレ等じゃアンタの相手は厳しいかもな?」
「まあ軽くやるだけでいいさ。
ところでオリスターは今日もここで練習しているのかい?」
「ああ、今日もギルドの練習場で練習しているよ」
スカーレットはそう云って、視線を練習場に向けた。
どうやらオリスターの奴、真面目に練習しているようだな。
この間のドン・ニャルレオーネとの話し会いの後に、
ドン・ニャルレオーネがオリスターを悪役として、
一皮剥かせるべく、オリスターの試合の前に、
オレが花束を持って、リングに上がったところで、
オリスターがオレから花束を奪い、オレに投げつける。
「――なんてのはどうよ?」
と提案してきたが、きっぱりと断った。
まあパーフォーマンス的には面白いと思うが、
自分が当事者となると話は別だ。
とはいえ最低限のサポートはしておこう。
オレもこの件に一枚噛んでいるからな。
だから奴の練習の手伝いや模擬戦の相手なら、
やっても構わないと思っている。
まあオレ個人、少し身体を鍛えたいという気持ちもある。
訓練教官の仕事は給金も悪くなくて、
そこそこにはやり甲斐のある仕事だ。
とはいえ基本的には単調な毎日だ。
だからたまの休日にフィスティングの練習をして、
時々、プロ拳士として試合をするのも悪くない。
オレはあの『四種族混合・無差別級フィスティング大会』で、
準優勝したから、B級以上の試合資格があるが、
とりあえずは気楽にB級で試合しようと思う。
まあ、といっても本格的なプロになる気はない。
あくまで時々刺激を味わうといった感じで試合する感じだ。
オレもまだ二十歳になったばかりだからな。
あ、ちなみに今年の誕生日もまた皆に祝ってもらったぜ。
兎に角、オレはまだまだ若い。
だからまだ夢も追いたいし、自分の可能性を試したい。
とはいえ連合の団長や訓練教官としての立場も忘れない。
その上でちょっとした刺激を求めて、
プロ拳士として自分の腕を試したい。
というのが今のオレの素直な気持ちだ。
「んじゃオレもちょっと練習場で練習して行くよ」
「ああ、後でオレがミット打ちしてやるよ」
「うん、バルバーンさん。 それは有り難いよ」
そしてオレはギルドの練習場に足を運んだ。
練習場の端に天井から、
黒革サンドバッグが六つ吊るされていた。
またいくつかの木人も置かれていた。
練習場の中央に数メーレル四方の青いリングがあった。
リングには四本の粗雑な荒縄が張られており、
一応リングっぽい感じになっていた。
これは拳士ギルドと似た風景だな。
まあ黄金の手は基本的に
徒手空拳を得意とした職業だからな。
だから自然と似たような練習場になるのかもな。
そんな中、リング中央でオリスターがミット打ちをしていた。
「打て、打て、打つんだ! ルーベンッ!」
「はいニャ! ニャ、ニャ、ニャ、ニャン!!」
トレーナーらしき、
少しやさぐれた感じの白黒の八割れの猫族がそう叫ぶ。
よく見ると左眼に黒い眼帯をしている。
だが腕の方は確かなようだ。
オリスターの繰り出す閃光のような左ジャブを
両手に持ったミットで綺麗に受け止める。
「打つべし、打つべし、もっと打つべし!」
「ニャァアッ!! ニャ、ニャ、ニャ、ニャオーン!」
オリスターは更に左ジャブを連打。
黒い眼帯の八割れ猫族は、
オリスターに発破を掛けながら、ミットでパンチを受け続ける。
……こうして見るとオリスターの実力は、やはり一級品だな。
普段は適当かつふざけた感じのキャラだが、
やる時はやるタイプのようだな。
「おい、ラサミス! お前もミット打ちするか!」
両手にミットをはめたバルバーンがそう声を掛けてきた。
……そうだな。
ここはオレもいっちょやってみるか!
「はい、お願いします!」
「よし、それじゃリングの外でやるぞ!
まずは左ジャブ、それからワンツーパンチだ!」
「はいっ!」
オレは両手にバンテージを巻いてから、
8オルス(約8オンス)の赤いグローブを両手にはめた。
「よし、それじゃまずは左ジャブだぁっ!」
「はいっ! シュッ!」
まずは挨拶代わりに左ジャブを放つ。
オレの左手がバルバーンの右手のミットに命中。
それと同時にオレの左手に確かな感触が伝わる。
いいね、いい感じだ。
そうだよな、オレはまだ二十歳なんだ。
老け込むような年齢じゃねえぜ!
義務や責任ばかりに囚われずに、
自分のやりたい事も遠慮無くやるべきなんだ。
きっと連合の団員もそれを望んでいるだろう。
「いいぞ、いいぞ。 もっとだ! もっと打って来いっ!」
「はいっ! ハァ、ハァ、ハァ、ハアァッ!!」
その後、オレはバルバーンと六ラウンド近くミット打ちをした。
左ジャブ、ワンツーパンチ。
ワンツーの後に左フック、左のトリプルパンチ。
兎に角、がむしゃらに手を出し続けた。
気が付けばオレは汗だくになっていた。
でも悪い感じはしない、いやむしろ心地良い。
横目でリング上を見ると、
オリスターが男性ヒューマン相手に模擬戦をしていた。
相変わらずのノーガードスタイルだが、
小刻みに動き、相手のパンチをほぼ全て躱していた。
流石は腐っても猫族チャンプ。
変幻自在に身体を動かして、
予想外の角度からパンチを放つオリスター。
「こらァっ! 他人の練習を見ている暇があるなら、パンチを出せっ!」
「は、はいっ!」
そしてこの日は、オレもオリスターも体力の限界がくるまで、
ひたすら練習を続けたが、個人的には悪くなかった。
良し、いっちょ本気でプロの試合をしてみるか!!
次回の更新は2024年7月4日(木)の予定です。
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