第四百七十話 歓楽街(前編)
---三人称視点---
エルシュタット城の三階の会議室。
そこで新都市建設プロジェクトチームの責任者と設計者が
長机と椅子に腰掛けて、言葉を交わしていた。
責任者と設計者は共に青年の男性エルフ。
といっても年齢で言えば七十を過ぎていた。
だが長寿のエルフ族からすれば、
七十という年齢はまだまだ青年期にあたった。
責任者の名はハークライ。
設計者の名はカルナール。
共に中立都市リアーナ大学で建築学を学び、
大学卒業と共に大聖林に戻った。
そして大聖林やその周辺の都市や集落の改修作業や
建築及び建設に関わって、数十年が過ぎた働き盛りの青年。
その実績が買われて、
今回の新都市設計の責任者と設計者を任されたが、
二人の表情は曇っており、何処か怯えた感じであった。
二人ともこの日に備えて、
少し高い平服を身につけていたが、
こういった大規模な新都市建設の会議に、
参加するのは初めての経験であった。
それに加えて穏健派の頂点に立つ巫女ミリアム。
更には魔族の頂点に立つ魔王レクサーと会議を行う。
それを考えるだけで、二人は暗澹たる気持ちになった。
「ハークライさん、私は今回の新都市建設プロジェクトチームの一員に
抜擢された時は飛び上がって、喜びましたが今は気が重いです」
「カルナールくん、それは自分も同じだよ。
巫女ミリアム様と直にお会いできるのは光栄だが、
まさか魔王……陛下も同席するとは……」
「やっぱり魔王陛下って怖いんでしょうか?」
「いや自分も詳しい事は知らんよ。
だが暴君ではなく、軍務だけでなく政務に長けた名君。
という噂はよく耳にするが、実際はどうだが……」
「なんか緊張でお腹が痛くなってきました」
「あっ、だが今回の会議には魔王の盟友が同席するとの話だ」
「魔王の盟友? ああ、魔王陛下と互角以上の闘いをした
という十八、十九歳くらいのヒューマンの若者ですよね?」
「ああ、何でも魔王陛下とその巧みな話術で
口説き落として、その後の和平会談でも有利の条件を
勝ち取った、という噂もある」
「へえ、その話が本当なら凄いですね。
ならその盟友さんが居れば、今回の会議も無事なんでは?」
カルナールの言葉に首を左右に振るハークライ。
「いやあくまで噂に過ぎんよ。
だからあまり期待せずに自分の仕事を全うしよう。
こういう時は周りに流されずに、
自分の考えを信じる事が大事だ。
その結果がどうであれ、まずは自分を信じよう」
「……そうですね、私もそうします」
「新都市設計も城と中央広場はそのままで良いであろう。
だからこれから第二期の、
市街地建設が重要になるだろう」
「そうですね、それで何か良いプランはおありですか?」
「なくはないが、まずはミリアム様と魔王陛下の言葉を
聞かなくてはな。 これはエルフ族の沽券に架かる問題だ。
だからカルナールくん、失敗は許されんぞ!」
「は、はいっ!」
覚悟を決める責任者と設計者。
そして三十分後、巫女ミリアムが側近と従者を、
魔王レクサーが幹部と従者。
そして盟友であるラサミスとその仲間が引き連れて現れた。
「待たせたな」
魔王レクサーはそう云って、
会議室の長テーブル席の上座に座った。
テーブル席の左側には、大賢者シーネンレムス。
親衛隊長ミルトバッハ、魔将軍グリファム。
そしてサキュバス・クイーンのエンドラが座っていた。
テーブルの右側は、巫女ミリアム、ナース隊長。
それとミリアムの女性従者が二人。
そしてラサミス、エリス、ミネルバという席順であった。
「では、早速だが説明してもらおうか」
「「は、はい」」
声を揃える責任者と設計者。
すると責任者と設計者は前に出て、
エルシュタット城周辺の図面を黒板に張った。
そして責任者ハークライが指揮棒を片手に説明を始めた。
「まずこの部分が、現状のエルシュタット城と中央広場でございます。
そこを中心にして、半円状に市街を配置したいと思います」
「うむ」「成る程」
レクサーと巫女ミリアムが頷く。
「市街地は、この放射街路によって、
大きく三つに分けられます」
「うむ」「ええ」
「そしてそれぞれに機能別の街を配置して、
効率を高めたい、と考えております」
「ふむ」「成る程」
そしてレクサーと巫女ミリアムが
黒板に貼られた図面を見据えたまま問いかけた。
「それでこの西側の地点には、
どういう街を置くのだ?」
「そうね、是非知りたいわ」
すると責任者ハークライが指揮棒を握りながら言った。
「歓楽街です」
「ちょっと待った!」「ちょっと待って!」
再びハモるレクサーと巫女ミリアム。
すると巫女ミリアムが「……どうぞ」と言って
レクサーに発言を促す。
それに応じるようにレクサーがハークライに問う。
「何の為に歓楽街が必要なのだ?」
「そうよ!」
「歓楽街もないようでは、都とは呼べません!!」
「……そうかもしれんな」
「まあ確かに必要といえば必要ね」
「それで南側の地点には、
どういう街を置くのだ?」
と、レクサー。
「歓楽街です」
ハークライが毅然とした態度で答える。
だがこれには流石のレクサーとミリアムも反対する。
「何の為に歓楽街が二つも必要なんだ?」
「そうよ、流石におかしいわよ!」
しかしハークライは動じず、持論を押し通す。
「世間では魔王陛下を暴君である、
とか戦争を欲していると申してますが、
それは全くの誤解であります!」
「この都に歓楽街を並べる事によって、
平和と人々の安楽な生活を望んでいる
魔王陛下のお気持ちを示すべきと私は考えます!」
「成る程、そのような深い考えがあったのか」
「はい」
「……まあある意味、他の都との違いは
如実に出ているわね。 ……仕方ありません。
渋々ながら私も同意します」
「ご理解頂き、ありがとうございます!」
「それで東側の地点には、
どういう街を置くのかしら?」
と、巫女ミリアム。
「歓楽街です!!!」
「ちょっと待て!
何の為に歓楽街を三つも置くのだ?
流石におかしいぞ!!」
「そうよ、いくらなんでもこれは変よ!」
「都に歓楽街があるのは良いだろう。
余の度量を示すのも良かろう。
だが都すべてを歓楽街にしてどうするつもりだ?」
レクサーと巫女ミリアムの表情が強張る。
だが同席していたエンドラとラサミスは、
「へえ」とか「ほう」とか興味深げに耳を傾けていた。
だが他の者、特にエリスとミネルバは嫌悪の表情を浮かべていた。
近くに居るカルナールは顔面蒼白。
だがハークライは、満足げな表情を抱いている。
「恐れながら魔王陛下、巫女ミリアム様。
私の使命は、この新しい都を世界に二つと
無い都にする事でございます。
鍛冶屋のある町、商店のある都ならば、
既にあります。 だが三つも歓楽街がある街や都市はあるでしょうか?」
ハークライが力説を続ける。
カルナールはおろおろとしていた。
レクサーと巫女ミリアムは無表情になっていた。
だがハークライは、淀みなく言葉を紡ぐ。
「ましてや、歓楽街しかない街が
世界の何処に存在するでしょうか?
歴史上そのような街はかつて存在した事もなければ、
これからも存在する事は、ないでしょう。
この新都市を除いてはっ!!」
「「……」」
「……」
場の空気が一気に冷え込んだ。
するとハークライは笑みを浮かながら、一言告げる。
「というのは全て冗談であります。
ただ都市の機能性を考えたら、
歓楽街を一つは作った方がいいでしょう」
「冗談だと?」
「……笑えない冗句ね」
「……いえ、まずは場の空気を和らげるべく、
このような冗句を言ったまで……ですよ?
け、けっして私の本意では……ありません」
「「……」」
レクサーと巫女ミリアムが押し黙る。
するとハークライも額に汗を浮かべた。
だがその時、意外な人物が助け船を出した」
「話は聞かせてもらった!
オレとしては、この話に賛成だぁっ!」
「アタシもよ! これは素晴らしいアイデアだわ。
都全てが歓楽街。
まさに一つの夢ね、アタシもこの話に賛成よ!」
ラサミスとエンドラがそう名乗り上げた。
これによって会議が思わぬ方向へ進む事になるのだが、
多くの者が呆れ、あるいは嫌悪、怒りの念を抱く中、
ラサミスとエンドラだけは意気揚々としていた。
次回の更新は2024年5月30日(木)の予定です。
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