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【天使編開始!】黄昏のウェルガリア【累計100万PV突破】  作者: 如月文人
第五十八章 戮力協心(りくきょくきょうしん)
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第三百八十九話 一力当先(後編)


---三人称視点---



「ハア、ハア、ハアァァァッ!!」


「ぐっ……」


 ワイズシャールは、その薄い紫の髪を翻して、無表情で戦斧を振るう。

 次第にラサミスの肉体も、この男の斬撃を受けるのが困難になりはじめた。


 一撃一撃受けるたびに、手が痺れ、指先の感覚が鈍くなるような気がした。

 最も気を抜けば待っているのは、確実な死のみ。

 だから抵抗を止めるわけにもいかない。


 ワイズシャールは、そんなラサミスを楽にしてやる、

 と言わんばかりに、一度後方に跳躍して大きく反動をつけて、全体重を乗せたまま前進して斬りかかった。


 ラサミスは直前まで斬撃の軌道を、目で追いながら、その斧刃が自分の体に触れる寸前に、相手のお株を奪わんばかりに、後方に宙返りしながらその刃を交わした。


 両足が地面に、着地すると同時に歯を食いしばりながら全力で地面を蹴った。

 その勢いで速く鋭く重いワイズシャールの戦斧を、渾身の力を込めて弾き返す。


 耳障りな金属音が、辺りに響き渡り、それに連動するかのごとく、弾き飛ばされた漆黒の戦斧が地面に転げ落ちた。 衝撃による手の痺れを感じる間もなく、ラサミスは左手の吸収の盾(サクション・シールド)を地面に投げ捨てて、聖刀・顎門あぎとの柄を両手で握り込んだ。


「――貰ったぜ!」


「まだだ、まだ終わりじゃないっ!」


 ワイズシャールはそう云い、腰帯につけた大きめの革袋から、円盤状の投げ輪を手に取り身構えた。 闘志に満ちた瞳で、手にした投げ輪を手の中で踊らせながら、口を開いた。


「――喰らえっ!!」


 両手に掴んだ円盤状の投げ輪を遠心力と腰の回転を生かしてなげうった。

 鋭く回転した円盤の鋭利な面が咄嗟に反応したラサミスの頬の肉を裂いて、いずこかへ消え去った。


 頬から血を流したまま、ラサミスは湧き上がる怒りを隠そうともせず猛突進して、ワイズシャールに斬りかかった。


 だがワイズシャールはいぜんとして、微動だにせずその場で身構えていた。

 もう半歩で射程距離に踏み込まれようという矢先にワイズシャールは、

 微笑を浮かべてたが――


「策を練るなら最後まで油断しない事だな」


 ラサミスは鋭く冷たくそう云った。

 そしてすぐさま地面に伏せて、聖刀を鞘に納めると、ワイズシャールの両足を掴むようにタックルする。


「ま、まさか!」


 ワイズシャールの声色にもう余裕はない。


「飛び道具に関しては、オレも最低限の知識はあるぜ、だからアレが東方の大陸由来の物という事も分かるぜっ!!」


 ラサミスはあざ笑うかのように口元を緩めた。

 その瞬間、後方から先程、消えたはずの円盤状の投げ輪が突如出現し、こちらに向かって急接近して来た。


 ワイズシャールは迫りくる恐怖を噛み殺して、自分の両足にしがみつくラサミスをふりほどこうとする。


「は、離れろぉっ!」


「言われなくても……今離れるさ」


 ラサミスは勝利を確信した笑いを浮かべて眼前の男の足から手を離し、その場から余裕を持って離れた。 急に相手の力がなくなったワイズシャールは身体のバランスが崩した。


 その瞬間、円盤状の投げ輪がワイズシャールのローブの下に着込んだ鎖帷子の左脇腹を撃ちぬき、彼の皮膚と肉をやぶって突き刺さった。


「がはァァァッ!!」


 溜まらず絶叫するワイズシャール。

 そこでラサミスが止めをさすべく、急に身体を反転させて、勢いよく空中回転後ろ蹴り(ローリング・ソバット)を眼前の魔族の左脇腹に炸裂させた。


「あああァっ……アアァァッ!」


 ラサミスの放った空中回転後ろ蹴り(ローリング・ソバット)が、傷口を更に拡大させるべく、突き刺さった投げ輪を更に深く食い込ませた。 地獄のような痛みでワイズシャールは絶叫する。


 だがラサミスの攻撃は終わらない。

 ラサミスは止めを刺すべく、新たな手を打った。

 ラサミスは右手を聖刀の柄に添えて、腰を沈める。

 そしてラサミスは両肩の力を抜いて、腰をしっかりと据わらせた。


「イヤアッ――――――!!」


 ラサミスの気勢が静寂をつんざいた。

 電光石火の如く放たれた居合斬り。

 すると数瞬後、ワイズシャールの喉笛が切り裂かれ、噴水のように血が周囲に飛散した。


「ご、ごはぁっ……あ、あ、あああ……あああァッ!?」


 ワイズシャールは声にならない声をあげて、背中から地面に倒れた。

 するとワイズシャールの喉元から流れる血液が地面に流れ落ちた。

 この状態ではもう助からない。


 この場に居る誰もがそう悟った。

 そしてワイズシャールの目の輝きが急速に失われる。

 するとラサミスが数歩進んで、ワイズシャールのもとに近づいた。


「……最後に何か云う事はあるか?」


「……」


 どうやら会話は出来ないようだ。

 とラサミスが思った矢先、頭にワイズシャールの声が響いた。


『……何処までもふざけた野郎だ。 き、貴様は……俺達、魔族を愚弄している……』


 成る程、念話テレパシーの類いか。

 そう察したラサミスは、小声で死に身体の眼前の男に語りかける。


「かもしれん、お前等は云わば戦闘種族。 戦う事が自己の存在証明みたいな連中だ。 だがお前等が血も涙もない生物じゃない事も知っている」


『……な、何を云うつもりだ?』


「……でも確かに口なら何でも言える。 だからオレが証明してやるよ。 オレがお前等の魔王に掛け合って、魔族社会を変えてみせる」


『……き、き、貴様ぁ……何処までも俺達を……』


「まあ聞けって、お前も本当は気付いてるんだろ? 今のままじゃ駄目だ、という事を。 でも周囲や社会がそれを許さない。 だから抗う事を止めて、諦観している」


『……だとしたら何だ?』


「四大種族も似たようなモンさ。 皆、周囲や政府、社会には逆らわない。 でも年端もいかない子供を使い捨ての道具にするのは間違ってる。 だからオレが魔王をぶっ倒した後で云ってやんよ。『お前も魔王なら兵士や民を使い捨てにするな』とな」


『……く、くだらん。 とんだ詭弁だ。

 貴様は……口先だけの大ぼら吹き……だぁっ……』


「かもしれん、でも可能な限りやってみるよ。 こんな糞みたいな戦争をいつまでも続けたら、

四大種族も魔族もいずれ滅びる。 だからオレが終わらせてやるよ! だからお前は安心してあの世へ逝け……」


『……ふざけた野郎だ。 お、俺は貴様を赦さない。 貴様は……貴様は……とんだ偽善者だぁっ……』


 それがワイズシャールの最後の言葉となった。

 ラサミスはその亡骸を双眸を細めてジッと見据えた。

 しばらく経つと、ワイズシャールの亡骸は灰と化して完全に消滅した。


「……かもしれん。 でも糞みたいな戦いでも何らかの希望は欲しい。 だからお前はあの世からオレのやる事を見てるがいいさ」


 ラサミスは何処か達観したような表情でそう云う。

 次の瞬間、ラサミスの全身に突如、強い力がみなぎった。


「っ!?」


 どうやらワイズシャールを倒したことによって、大きな経験値エクスペリエンスを得たようだ。 だが当のラサミスは、喜ぶ事はなく渋い表情をしていた。


 そして二人の一騎打ちを観戦していた周囲の連合軍、魔王軍の兵士達も我に返った。


「ああぁっ……ワイズシャール隊長ぉぉぉっっ!!」


「糞っ……隊長の敵討ちだぁっ! 皆であの銀髪のヒューマンを殺すんだぁっ!!」


 前方の半人半魔部隊が口々にそう叫ぶ。

 それと相対するように、剣聖ヨハンとアイザックが前へ出た。


「よし、余興はもう終わりだ。 周囲の者に告ぐ、全員で前方の敵を蹴散らすぞ。 そして魔帝都を制圧するぞ」


 ヨハンが手にした聖剣を掲げてそう叫んだ。


「冒険者及び傭兵部隊に告ぐ。 さあ稼ぎ時だ、細かい理屈はいらない。 眼前の敵を斬って、斬って、斬るんだぁっ!!」


 アイザックもヨハン同様に高らかに叫ぶ。

 すると周囲の兵士達も手にした武器を掲げて「おおっ!」と呼応する。


 一触即発の空気の中、

 半人半魔部隊を押しやるように、魔族兵の一団が前へ進んだ。


「なっ……何の真似だ!?」


 と、前方に居たジウバルトが表情を強張らせた。

 すると一人の青年魔族が振り返って、手にした剣をジウバルトに突き付けて告げた。


「あの銀髪のヒューマンに看過された訳ではないが、お前等のような少年兵をこの場で死なせたら、俺達、魔帝都の住民の沽券に関わる。 だから十五歳以下の者は、今すぐこの場から撤退しろ!」


「ふ、ふざけるなぁっ!?

 オレ達は隊長が殺されてるんだぞっ!!」


「分かっているさ。 だけど野郎の云う事も一理ある。 お前達はまだ子供だ、そんなお前等を捨て駒には出来ん。 だからこの場は耐えて、素直に引き下がるだ」


「そんな真似出来る訳ねえだろ!」


 いきり立つジウバルト

 そんなジウバルトを引き留めるべく、彼の後ろに居たミリカがジウバルトの左肩を掴んだ。


「な、何だよ、ミリカッ!!」


「ジウ、ここは周囲の皆の好意に甘えるわよ。 隊長もここで私達が死ぬ事を望んでないわ」


「お前まで怖じけ……なっ!?」


 ミリカはジウバルトが話終わる前に、右手で彼の左頬をぶった。

 そして僅かに柳眉を逆立てて、毅然とした口調でジウバルトを叱りつけた。


「ジウ、命を粗末するものじゃないわ。 生きていれば復讐の機会もある。 でも今はその時じゃない、だからここはぐっと耐えるのよ。 大丈夫、生きていれば何でも出来るわ」


「み、ミリカ……」


「ミリカの云う通りだ。 この場はオレ達、年長者に任せろ! お前等は後退しろ、これは先輩としての命令だ」


「そうそう、上の命令は絶対だぜ!」


 と、周囲の半人半魔の少年、青年達がそう云う。

 するとジウバルトも少し頭が冷えたのか、右拳を強く握りして、身体を震わせた。


「じゃあオレからもお願いだ。 アンタ等も生き残ってくれ。 そして共に隊長の仇を討とう」


「嗚呼、勿論さ」


「嗚呼、必ず生き残るぜ」


「ならばオレは――オレ達は撤退するよ」


 ジウバルトは力なくそう云った。

 だが彼も勘づいていた。

 この場に残る者は既に死を覚悟しているという事を。


 そしてジウバルトは振り返って、ラサミスに向かって呪詛の言葉を吐いた。


「銀髪のヒューマン……。

 ラサミス・カーマイン。 お前だけは絶対許さない」


「……そうか」


 と、ラサミスは小声で応じた。

 そして半人半魔部隊の少年、少女兵が後ろに下がり、少年、青年の魔族兵が前へ前へ歩んだ。


「――よーし、魔帝都の魔族兵の意地を見せるぞ!」


「我等、半人半魔部隊も後に続くぞっ!」


 そして魔族兵達は地面を踏み鳴らして、その身体と命がある限り、最後まで戦った。


 魔族兵達は、異様な粘りと執念を見せたが、剣聖ヨハン、傭兵隊長アイザック、雷光のライル、ラサミス、ミネルバ、女侍おんなざむらいアーリア達は、一人で多人数を相手にせず、

確実に一人ずつ戦闘不能にしていく。


 五十分以上の死闘が続き、

 魔帝都の南部エリアは死体と負傷者で埋め尽くされた。


 連合軍と傭兵及び冒険者部隊による残存兵の掃討は、思いのほか早く進んだ。


 四割近くの魔族兵及び住民が投降したのもあるが、剣聖ヨハン、傭兵隊長アイザックが手際よく敵を殺害及び捕縛して、二時間たらずでほぼ残存兵掃討の任を終えた。 


 8月11日十八時四十五分。

 連合軍は魔帝都の南部エリアの制圧に成功。

 そして翌日の8月12日以降も連合軍は怒濤の攻撃を仕掛けて、

 8月13日十四時半に魔帝都の東部エリア。

 8月14日十六時三十五分に魔帝都の西部エリアの制圧に完了。


 これによって連合軍は、北部を除いた魔帝都の南部、東部、西部エリアを占領下に置く事に成功。 だがこの四日余りの戦いで、戦死者3267名、負傷者4789名という結果は、決して小さな犠牲ではなかった。


 尚、魔族側の戦死者は、魔族兵でなく魔帝都の住民を含めれば、

 連合軍の四倍に及ぶ13762人という結果に終わった。


次回の更新は2022年5月15日(日)の予定です。


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