第三百八十六話 戮力協心(中編)
---三人称視点---
「エンハンス・ドライバーッ!!」
アイザックが右腕を内側に捻りながら、漆黒の魔剣の切っ先でアルバンネイルの胸部を狙った。
「させるかぁ、ブラッディ・ソーンッ!!」
アルバンネイルが全力で薙ぎ払いを放つ。
渾身の突きと薙ぎ払いが衝突。
だが筋力と体格差で上回るアルバンネイルが押し勝った。
「くっ……」
アイザックは軽く呻いて、後方に下がった。
数の上では三対一。
だが総合的に見れば、アイザック達が不利であった。
兎に角、単純に強い。
更に高い筋力と速度、それに筋骨隆々の巨体。
それに加えて培われた戦闘経験値と戦闘技術。
故にアイザック、剣聖ヨハン、雷光のライルの三人が同時に掛かっても、この魔元帥を倒すまでには至らなかった。 だがアイザック達も無為に時間を過ごした訳ではない。
戦いの中でアルバンネイルの戦闘パターンを探っていた。
その結果分かった事がある。
それはこの魔元帥が接近戦だけでなく、魔法戦も得意としているという点だ。
魔力や魔法だけ見ても、連合軍の主力級の魔導師よりも数段上であった。
だがこの男は異様に自尊心が高い。
少なくとも戦士としての矜持を持っている。
それ故に魔法戦より剣術を中心とした接近戦を好む。
恐らく四大種族相手ならば、力で屈服させる。
それがこのアルバンネイルという龍族の戦士としての矜持なのだろう。
戦い続ける間に、アイザックもヨハン、ライルもそれに勘づいた。
ならばそれを逆手に取れないか、
と三人は戦いの中で思案を巡らせた。
――奴が見栄もプライドも捨てて、
――捨て身でくればこちらに勝機はない。
――ならばその間に致命傷を負わせるべきだ。
ヨハンはそう思いながら、右耳に嵌めた『耳錠の魔道具』でライルに指示を出す。
『ライルくん、ボクが隙を作ってみせるから、その後に君が追撃してくれ』
『……了解です』
『耳錠の魔道具』で会話を交わす二人。
それと同時にヨハンは左手を突き出して、砲声する。
「我は汝、汝は我。 我が名はヨハン。 ウェルガリアに集う光の精霊よ、我に力を与えたまえ! 『ライトニング・ダスト』!!」
ヨハンの左手に生み出された光の波動が前方に向けて放たれる。
「これは強い! 対魔結界では防げそうにない。 ――ならばっ!」
アルバンネイルは両足で地を蹴って、上空へ跳躍する。
そして背中の両翼を羽ばたかさせて、更に上昇を試みるが――
「――そこだ! 『スローイング・ブレード』!!」
そう技名を叫ぶと同時にライルは、手にした聖剣を頭上に投げつけた。
剣を投げるのは剣士として最後の奥の手だが、ある種の賭けでもある。
だが聖剣レインヴァルツァーは標的の魔力を読み取り、魔力の大元に正確に狙いを定めた。
「な、何っ!?」
誘導されたように投剣が標的の左肩に突き刺さった。
「ぬおっ……」という呻き声と共に、アルバンネイルが上空で喘いだ。
「――リバース!」
ライルがそう口にすると、アルバンネイルの左肩に突き刺さった聖剣が闘気によって、傷口を抉りながら、ライルの手元に手繰り寄せられた。
先の戦いで敵の幹部カルネスを倒した事によって、ライルは大幅にレベルが向上したので、新たに覚えた剣術スキルであったが、ぶっつけ本番で成功するあたりは流石というべきか。
「――クッ!! 味な真似をっ!!」
奥歯を噛み締めながら、アルバンネイルは、左手で風属性の加速魔法を発動させて、風に乗り空中で回転しながら、十メーレル(約十メートル)程、後方に足から着地する。
「今だぁっ! 聖剣と魔剣で遠隔攻撃するんだぁ」
「了解っ!!」
「――せいっ!!」
この間隙を逃すまいとヨハン達は、右手に持った聖剣と魔剣を勢いよく振り上げた。 次の瞬間、聖剣と魔剣から放たれた巨大の光の波動と炎塊が敵目掛けて放たれる。
ズドドドドドォォォォンッ!!
激しい爆発音と爆風が生じて、ヨハン達の視界も霞む。
焦げくさい臭いが周囲に漂い、爆風が舞う。
そして爆風が収まると、黒煙の中からゆっくりとこちらに歩み寄る人影が現れた。
「ふん、洒落臭い真似をする。 だが舐めるな! この俺の対魔結界は超一流。 この程度の攻撃にならば、完全に防げるわっ!」
ほぼ無傷のアルバンネイルが双眸を細めてそう云った。
「……流石は魔元帥と云うべきか。
今までの幹部とは一味も二味も違うね」
と、ヨハン。
「当たり前だぁ! 俺は龍族の君主だぁっ! 龍族は魔族の中でも最強の種族だぁっ。 だから貴様等如きが束になって掛かって来ても、俺は絶対に負けん!」
自信と傲慢に満ちた大言であった。
それを聞いてヨハン達の心の中に不快な感情が沸き起こった。
「その傲慢さ、気にくわないね」
「全くだ、龍族も四大種族と大差ないな。 傲慢さに関しては、そこいらに居る凡夫と変わらん」
ヨハンとアイザックがそう吐き捨てる。
だが眼前の魔元帥は怯むどころか、更に高らかな声で叫んだ。
「オレは弱者の戯言などに動じないっ! 所詮この世は弱肉強食、弱者は強者に喰われる運命。それは魔族も四大種族も変わらぬっ、そして俺が気にくわないのであらば、弁舌ではなく、力を持って制せよ! 弱者の正義など何も価値もないんだぁっ!」
……。
ここまで言い切る自信と不遜さにヨハン達もしばし閉口する。
しかしアルバンネイルの云う事にも一理あった。
だからヨハン達は力を持って、眼前の龍族を黙らせる事にした。
「ならば力を持って貴様を征伐するまでだぁっ!」
ライルはそう云って、半歩前へ歩み出た。
それと同時にライルは両肩の力を抜き、腰をどっしりと据わらせた。
「――秘剣・『神速の太刀』」
ライルは瞬間的に闘気を一気に高め、渾身の薙ぎ払いを放った。
「ぐはぁっ!!」
という呻き声と共に、アルバンネイルが呻いた。
ライルの放った薙ぎ払いは、アルバンネイルの腹部に横一直線の傷を刻み付けた。
だが致命傷には至らなかった。
「くっ、浅かったか」と、ライル。
「許さん、舐めた真似をしおって!
消え去れっ! ――ダークネス・フレアァッ!!」
アルバンネイルが眉間に力を込めなり、右手から闇の炎を放射される。
「くっ、早い。 躱す余裕がない。 ならば――!」
ライルはラサミスから譲り受けた黒い円盾を左手で構える。
そして右手に持った聖剣を縦に構えて、光の闘気を宿らせる。
するとライルの前方に光の壁が張られた。
どおおおぉん!
闇の炎が着弾して爆音が鳴り響く。
それと同時に爆音と爆風が沸き起こる。
「……ふうっ」
黒煙が噴き上がる中、ライルが聖剣と盾を手にしながら、ゆっくりと前進する。
咄嗟に張った擬似対魔結界であったが、魔元帥の闇の炎をほぼ完璧に防ぎきった。
「チッ、耐えきったか。 小賢しい連中だ。 まあ良い、一人一人確実に……んっ!?」
「魔元帥閣下、大変でございます!」
と、一人の龍族が慌てながらこちらに近づいて来た。
「……どうかしたか?」
「敵の攻撃が思いの他、激しくて苦戦しております。 このままでは龍族部隊にも大きな損害が出るのも時間の問題です」
「……そうか」
アルバンネイルはそう口にすると、渋面になった。
どうやら敵の攻撃は想像以上に厳しいようだ。
このままでは大きな損害が出そうだな。
撤退。
俺の大嫌いな言葉だが、この場においては仕方あるまい。
雪辱の機会はまだまだあるからな。
「よし、ならば我が部隊を撤退させるぞ。
殿はこの私自身が務める」
「御意」
そう言葉を交わして、龍族部隊は撤退を始めた。
「……退くのか、意外に臆病な奴だ」
煽るような口調でそう云うヨハン。
だがアルバンネイルは挑発には乗らず、冷静に反論する。
「こちらにも都合というものがある。 だが心配するな、この俺が殿を務めるから、この後もたっぷりと貴様達の相手をしてくれよう」
「……成る程。 そいつは嬉しくて涙が出そうだよ。 アイザック殿、ライルくん! 限界まで戦うぞ」
「了解」「はいっ!」
その後、撤退する龍族部隊や魔族兵を護るべく、アルバンネイル、そしてキャスパーが殿を務めた。 ヨハンを初めとした連合軍の前衛部隊も激しい追撃を繰り返すが、その都度アルバンネイル達が立ちはだかった。
夜の十九時が過ぎたところで、連合軍は追撃を止めた。
その間に魔王軍はさっさと撤退して、星形要塞の正門の前に設置した簡易移動陣で要塞内へ逃げ込んだ。
それと入れ替わるように、頭目ワイズシャールが率いる半人半魔部隊五百名が魔帝都内に配置された。
「あ~あ、結局最後は使い捨て、ホントやになっちゃうわ」
「ミリカ、ボヤくな」
と、低い声でジウバルド。
「もうジウは最後まで糞真面目ね。
死んでしまったら全てが終わりなのよ?」
「分かっている、だから只では死なんさ。
一人でも多く道連れしてやるっ!」
「……二人ともお喋りはそれくらいにしろ。 ここからは全神経を集中して任務にあたるんだ。上手く行けば生き残れる」
「了解で~す」
「了解です」
声を揃えるミリカとジウバルド。
そしてワイズシャールは鋭い口調で周囲に命じた。
「兎に角、敵を要塞に近づけるな。 その為には命を張ってでも敵の進撃を食い止めろ! では半人半魔部隊の頭目として、命ずるっ! 只では死ぬな、一人でも多く道連れにしてやれ!」
頭目の命令に従うべく、五百名に及ぶ半人半魔部隊は武器を手にして、魔帝都を護るべく、空き家や空き店舗に隠れて戦闘準備に入った。
次回の更新は2022年5月8日(日)の予定です。
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