第三百七十九話 一進一退(前編)
---三人称視点---
ウェルガリア歴1602年8月2日。
ウェルガリアの覇権を賭けた戦いは、連合軍側から口火が切られた。
連合軍の戦力は総勢五万。
対する魔王軍は魔帝都の防衛隊に約三万。
そして魔王城が陣取る星形要塞には、十万以上の兵士が待機しており、数の上では連合軍の不利は免れなかった。
両軍は魔帝都アーラスの周辺にある草原地帯で、幾度か衝突したが、勢いで勝る連合軍が魔帝都の防衛隊を次々と蹴散らして行った。
すると魔帝都の防衛隊は、魔帝都アーラスに籠城する形になった。
魔帝都アーラスは、名実ともに魔大陸一の大都市。
その魔帝都アーラスは、巨大なクレーターの中央部にあった。
クレーターは天然の城壁であり、外敵の侵入を阻んでいる。
クレーターの内壁には魔石が埋め込まれており、外部からの攻撃には、対魔結界を張られるようになっている。 また夜になれば魔石が妖しく光り、不夜城の如く街や城を明るく照らす。
更に澄んだ川や湖にも恵まれたこの魔帝都は、街中の到る所に水路が張り巡らせており、また星形要塞の周囲にも、川や湖の豊かな水を引き込んだ広大な内堀と外堀が張り巡らされていた。
それ故に連合軍も強引に要塞を攻めるという手段は選べない。
まずは要塞の外縁部を制圧するべく、魔帝都の周辺の平地から魔導師部隊が魔法攻撃を仕掛けた。
それと同時にクレーターの内壁に埋め込まれた魔石が目映く光って、魔帝都を覆うような対魔結界を張った。 だがニャラード率いる魔導師部隊も怯まなかった。
今回の戦場は魔族の拠点である魔帝都。
その魔帝都ならば敵を退ける為、あるいは帝都を守る為、巧妙な仕掛けが張り巡らされてもおかしくない。 故にニャラードは、このような状況になっても慌てなかった。
「どうやら魔帝都の内壁に魔石の類いが埋め込まれてるようだな。 こちらの魔法攻撃に対して、自動的に対魔結界を張る仕組みのようだ」
「ですニャン。 でニャラード団長、どうするおつもりですか?」
ラパーマのニャーランがニャラードの顔を見ながらそう云う。
「そうだな、ここは全軍を前進させて、魔帝都との距離を詰めよう。 そして耐魔性の高い土壁や氷壁などを生成して、長距離狙撃が出来る狙撃手に狙撃してもらう、というのはどうだニャン?」
「ニャル程、それは名案でやんす」
と、小太りの猫族ツシマンが相槌を打つ。
「よし、では我々は周囲の土や水から土壁と氷壁を生成するニャン。 そして狙撃手はそこから長距離狙撃する。 我々や前衛の防御役は敵の攻撃から狙撃手を守るニャン!」
ニャラードはそこで伝令兵をマリウス王子の許に送った。
マリウス王子もニャラードの作戦に賛同して、作戦が実行された。
ニャラード率いる魔導猫騎士や猫魔導師は、魔力を振り絞って、土壁や氷壁を生成した。 生成された壁には、鉄砲狭間や弓狭間が設けられていた。
これならば狙撃手や射手も狙撃に専念しやすい。
そしてマリベーレを初めとした狙撃手が土壁や氷壁に身を隠しながら、鉄砲狭間から銃口を突き出して、膝撃ち態勢を取った。
既に職業能力『ホークアイ』は発動させた状態だ。
そしてマリベーレは左眼を瞑り、魔法銃のスコープに右目を当てた。
スコープの中では、魔帝都の風景が映し出される。
建物の窓にスコープを移すと、窓を開けてクロスボウを構える青年魔族の姿が映った。 彼我の距離は凡そ六百メーレル(約六百メートル)。
マリベーレの腕なら射程圏内である。
だが今回の狙撃では、魔力を含んだ魔弾丸は使えない。
魔帝都中に張られた対魔結界に弾かれる可能性が高いからだ。
だから今回に限っては、通常の弾丸を使用する。
故に狙撃するからには、一発で標的を仕留める必要がある。
しかしそのような状況にも関わらずマリベーレは落ち着いていた。
――今回の標的は魔物でなく、魔族。
――今、スコープ越しに見えるのは魔族の青年。
――観た感じ普通の青年っぽい。
――アタシが引き金を引けば、この青年は死ぬ。
――そう考えると少し気持ちが萎えるわ。
――でもそれでもアタシは撃つ。
――それがアタシの仕事だから!
そしてマリベーレは右手の人差し指で魔法銃のトリガーを引いた。
銀色の魔法銃の銃口から銃弾が放たれる。
数秒後、銃弾が窓辺の青年魔族の額に命中。
見事なヘッドショットが成功。
それと同時に青年魔族は床に倒れ伏せた。
「……これで一人」
と、マリベーレが呟いた。
『マリベーレ、どうなった?』
「耳錠の魔道具」越しにラサミスの声が聞こえた。
『大丈夫よ、ちゃんと狙撃出来たわ』
『流石マリベーレだ、その調子で頼む』
『うん、分かったわ』
そしてマリベーレは再び狙撃態勢を取り、次々と標的を狙撃していった。 二十発中十九発が命中して、合計十九人の狙撃に成功。
またマリベーレだけでなく、他の狙撃手も五割以上の確立で標的の狙撃に成功。 この調子で敵を減らしていこう。
と、多くの者が思ったが、魔族側もこの状況を変えるべく、新たな手を打った。
十五分後。
魔帝都アーラスの東西南北の入り口から、大量のゴーレム、それとゴブリンやオーク、オーガなどの人型のモンスターや魔獣が雲霞の如く現れた。
時刻はまだ正午過ぎ。
日が沈むまでまだまだ時間はある。
だから後衛で陣取るマリウス王子も攻めの姿勢を見せた。
「敵がゴーレムや魔物、魔獣を放ってきたニャン。 ならばこちらもゴーレムや精霊を召喚するだニャン。 とりあえず戦いはゴーレム達に任せて、ボク達は様子を見るだニャン!」
そして連合軍のウォーロックや魔導師達もゴーレムや精霊を大量に召喚して、最前線に投入した。 そして数と数による消耗戦が始まった。
---ラサミス視点---
「――諸手突きっ!」
「ファルコン・スラッシュ!」
「ヴォーパル・スラスト!」
「ギャアアァッ……アアァッ!?」
ふう、次から次へときりが無いぜ。 もう既に何十体もの魔物や魔獣を斬り捨てたが、奴等、怯むどころかドンドン前進して来やがる。
「メイリン、敵の死体は出来るだけ焼却してくれ!」
「いいけど、何で?」
「恐らく夜になれば、敵が死体をゾンビ化する」
「……成る程、分かったわ。 でも全部は無理よ? 何せ敵が多すぎるもん」
「分かっている、やれる範囲で構わんよ」
こりゃしばらくは消耗戦が続くな。
でも敵も帝都は落とされたくなかろう。
だから今は無理する時じゃない。
マリベーレ等、狙撃手を護りながら、前進して来るゴーレムや魔物、魔獣を倒す事に専念しよう。
「ガルルルッ!!」
眼前のガルムが吠えながら、飛び掛かってきた。
ったく魔物如きにやられてたまるかァっ!
オレは素早く右にサイドステップして、ガルムの突進を回避する。
そして全力を篭めて左足でガルムの首を蹴りぬいた。
「ギ、ギャインッ!」
ガルムが悲鳴を上げると同時に、ガルムの首があらぬ方向へと曲がった。 そしてオレは右手に持った聖刀でガルムの首を切り落とした。
面倒だが確実に止めを刺した方が安全だ。
兄貴やミネルバも手にした武器を振るい、周囲の敵を蹴散らしていた。
「兄貴、ミネルバッ……あまり飛ばすなよ? スタミナ切れを起こしかねん」
「嗚呼、分かっている」
「うん、今はまだ前哨戦。 メインイベントまで力は温存しておくわ。 とはいえこう敵が多いと鬱陶しいわね。 魔法で一掃出来ないかしら?」
ミネルバはそう云って、メイリンに視線を向ける。
するとメイリンが首を左右に振った。
「出来ると云えば出来るけど、今はその時じゃないわ。 魔力も無限じゃないわ、だから今は接近戦で倒すべきよ」
「それもそうね、仕方ない。 レベル上げの一環として割り切るわ」
と、ミネルバ。
「ああ、とにかく今は無理する時じゃない。 とりあえず目の前の敵を倒す事に集中するんだ」
そしてオレ達は体力と魔力を温存しながら、周囲の敵を確実に倒していった。
基本的に敵味方のゴーレムが戦う中、狙撃手部隊が遠距離射撃で魔族兵を狙い撃つ。 やや地味だが確実に相手の戦力を削っていく。
そして夜になると、予想通り敵が魔物や魔獣の死体をゾンビ化させて、前線に投入してきた。だがオレ達は慌てる事無く、神職の神聖魔法でゾンビと化した敵の魂を浄化する。
そのような消耗戦がひたすら続き、気が付けば夜中の二時まで戦っていた。 そこでマリウス王子は全軍を後退させて、交代制で見張りを置いて、各兵士達に仮眠を取らせた。
ふう、オレ達も随分頑張ったな。
だが襲い掛かる睡魔には耐えられず、オレ達は魔帝都の近くの野営地のテント内の寝袋で眠った。
こうして初日の戦いは終わった。
次回の更新は2022年4月23日(土)の予定です。
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