第三百五十九話 常在戦場(前編)
---三人称視点---
ウェルガリア歴1602年7月1日。
ラインラック城の三階の会議室で作戦会議が行われようとしていた。
会議の参加者は、連合軍最高司令官マリウス王子とその臣下である猫族達。 竜人族からは、傭兵隊長アイザック、竜騎士団の騎士団長レフ・ラヴィン。
冒険者からは剣聖ヨハンとその仲間。
そして『暁の大地』からは、ラサミスとライルが参加する事となった。
更にはエルフ族のネイティブ・ガーディアンの面々。
また副司令官のナッシュバイン王子とハイネダルク王国騎士団の騎士団長アームラックと副団長ハートラーの姿もあった。
会議の内容は云うまでもない。
連合軍と魔王軍の今後の戦いについてであった。
会議の形式は最早定番となった円卓会議形式。
大きな四角いテーブルを囲んで、円卓会議っぽく演出している。
壁を背にしてマリウス王子が上座に座り、
その右隣に王子のお供のメインクーンのガルバン、
左隣に水色のローブを着た王国魔導猫騎士団の騎士団長ニャラードが座っていた。
マリウス王子の右手側の席に、「ヴァンキッシュ」の剣聖ヨハン、曲芸師の猫族ジョルディー、錬金術師クロエの三人が座っていた。 クロエの右隣席にラサミスとライルが並んで座り、ライルの右隣には、和平の使者を務めたバルナン・レナス、壮年のチャウシーの雄猫族ニャックスの姿もあった。
マリウス王子の左手側の席にエルフ族のネイティブ・ガーディアンのナース隊長、賢者ベルローム。 竜人族の傭兵隊長アイザックと騎士団長レフという並び。 そして下座には、左から騎士団長アームラックと第三王子ナッシュバイン、副団長ハートラーという席順だ。
会議の参加者は連合軍の主力及び首脳部で固められていた。
またクロエを除いた全員が男性及び雄でもあったので、
室内には独特の緊張感はあったが、華やかさは欠けていた。
「それでは会議を始めたいと思う」
マリウス王子が凜とした声で語り出した。
会議の主題は今後の戦いについでであった。
和平交渉は予想通り決裂した。
ならば連合軍としては、魔王軍と戦うしかない。
この有利な状況で戦いを中止するという選択肢を選べば、それこそナッシュバイン王子達に軍内部での主導権を奪われかねない。
故にマリウス王子も魔王軍と戦うという選択肢を選んだ。
だがある程度の情報は入手したが、
この先にあるナーレン大草原、そして魔帝都アーラスも人跡未踏の地。
それに対して連合軍は総兵力は、五万前後にも及ぶ大軍。
数だけ見れば大きな戦力のようにも思えるが、
実際の所はその半数は各国の騎士団や傭兵、冒険者の寄せ集めの集団だ。
特に大君主作戦以降に参戦した兵力は、
勝ち馬に乗ろうとする連中の集まりと云えなくもない。
故に功を焦って、軍全体の指揮系統や陣形が大きく崩れる可能性が高い。
マリウス王子はその辺を配慮しながら、言葉を発した。
「まず敵の本拠地である魔帝都アーラスは、
このライラック要塞の遙か西にあるらしいが、
魔帝都の前に広大な大草原が広がっているだニャン。
だから敵も恐らくその大草原で戦いを挑んで来ると思うだニャン」
「まあそうなるでしょうな。
それで総司令官は何か妙案がお有りなんですか?」
まずは軽くジャブ、という具合にナッシュバインが牽制をかけてきた。
だがマリウス王子は安い挑発には乗らず、淡々と答えた。
「その件についてだが、和平の使者としてその大草原を直に見てきたバルナン・レナス殿とニャックス殿にこの場に同席して頂いた。 レナス殿、ニャックス殿、直に大草原を見た感想を伝えてください」
王子に指名されたレナスはすっと立ち上がり、軽く一礼する。
そしてややわざとらしく咳払いしてから、ゆっくりと意見を述べた。
「我々、和平の使者は確かにナーレン大草原をこの眼で見ましたが、基本的に魔族の遊牧民の集落から出ませんでしたので、大草原の正確な広さや敵戦力に関しては、分かりかねます」
「フム、その魔族の遊牧民というのはどんな感じでしたかニャ?」
「そうですね、我々に対しても客人として、もてなしてくれたと思います」
「でもその遊牧民はその大草原、ニャーレン大草原で暮らしてるんだね?」
「……殿下、ナーレンです」
と、お供のガルバンが軽く間違いを指摘する。
「……ええ、まあ遊牧民などで移動を繰り返しているとは思いますが、基本的にあの大草原で暮らしているのでしょうね」
「フム、まあ君達のことは客人として歓待したようだけど、その遊牧民も魔族の一員だよね? ならニャーラン大草原で戦いが始まれば、彼等も魔王軍の一員として戦うんだよね?」
「……殿下、ナーレンですよ」
もう一度指摘するガルバン。
「恐らくそうと思います」
と、レナスはさらりと答えた。
「自分もそう思います」
と、レナスの右隣に座るニャックスも同意する。
「うむ、となると今度の大草原の戦いは、騎馬戦になる……可能性が高いニャン。 恐らくその遊牧民も騎馬民族。 となれば先頭になれば、そのアドバンテージを生かしてくる筈ニャン」
マリウス王子がそう口にすると周囲の者も「うむ」や「確かに」と云って頷いた。
「成る程、確かにその可能性は高いでしょうな。 となるとこちらも騎馬戦で挑むべきでしょうな。 但しその際には、ポニーにしか乗れない猫族は戦力外となりますな」
これ見よがしな顔つきでヒューマンの第三王子がそう指摘する。
するとガルバンとニャラードは少し表情を強張らせたが、
マリウス王子は冷静な口調でナッシュバインの指摘に同意した。
「正直云えばそうなると思うだニャン。 だから基本陣形は右翼に傭兵隊長アイザック殿、剣聖ヨハン殿とその仲間、それとカーマイン兄弟とその仲間を配置。 左翼にはネイティブ・ガーディアンを中心としたエルフ部隊を配置する予定だニャン。 問題はそれなりの数を占める猫族部隊をどうするかだニャン。 ……誰か妙案はないかニャン?」
マリウス王子の状況を冷静に分析して述べた意見であった。
確かに10キール(約10キロ)前後しかない猫族が
体格の良い魔族の騎馬民族相手に戦うのは難しい。
とはいえ猫族の魔法力と魔力は無視できない。
この場に居る者の大半がその問題に気付いていたが、
それに気付かないナッシュバイン王子の一言で場の空気が凍りついた。
「ならば中央の本陣には我々、ヒューマンの部隊が陣取れば良いのでは?」
「……」
この場に居る者の大半が一瞬耳を疑った。
周囲の者達は顔を見合わせて、小声でざわついた。
するとその空気を察した第三王子も少し気まずそうな表情を浮かべた。
「それには強く反対しますね。
急に布陣を大きく変えられるのは、我々前衛部隊も困ります」
やや険のある声でアイザックがそう云った。
「自分もアイザック殿と同じ意見であります。 この状況下でマリウス王子やその直属部隊を本陣から遠ざけるのは、ある意味利敵行為とも云えるでしょう」
剣聖ヨハンもやや鋭い口調でそう云う。
「り、利敵行為っ!? その言い方は不愉快ですなっ!」
と、ハイネダルク王国騎士団の副団長ハートラーがヒステリックに叫んだ。
だがヨハンは動じる事無く、冷静に反論した。
「ですがこの状況下で連合軍内の派閥争いをするのは、それこそ愚行でしょう。 ですから私はマリウス王子を本陣から離すことには、断固として反対します」
「……自分もヨハン殿と同じです」
「……私もです」
レフ団長とナース隊長もヨハンの言葉を肯定する。
「……まあこの件に関しては、ボクも本陣から離れるつもりはないだニャン。 だからナッシュバイン王子、君達の部隊には最後衛に陣取って欲しい。 ほら? 今回の戦いから加わった新戦力も多いし、補給ラインを確保するのは重要な役割だニャン?」
「……了解した」
マリウス王子の優しく諭すような口調に対して、
ナッシュバインも場の空気を読んで渋々頷いた。
するとそれから先は比較的スムーズに話が進んだ。
両翼の配置に各部隊の隊長も同意する。
そして本陣となるマリウス王子率いる猫族部隊は、新戦力の竜人族やエルフ族、ヒューマンの中で体格の良い者達で護りを固めながら、魔法攻撃や支援魔法、支援技を使う事となった。
また状況次第では、竜騎士団と連携して飛竜に相乗りして、空中から地上の敵騎馬隊に魔法攻撃をする事となった。 地上戦に関しても、竜人族やエルフ族が騎乗する馬に猫族を相乗りさせるべきでは、という意見も出たがこれは却下された。
「身体が小さくて、体重が軽い猫族が落馬したら、ほぼ高確率で死亡、あるいは戦闘不能状態になるニャン。 だから地上戦においては、相乗りはしない方向で行くだニャン」
というマリウス王子の提案に大半の者が同意した。
また敵が再度、天候操作魔法を使ってくる可能性があるので、
その際にはニャラード率いる王国魔導猫騎士団が
同様に天候操作魔法を使って、相手の天候操作魔法を中和するという事になった。
またナッシュバイン王子率いるヒューマン部隊は、
本陣の後方に置き、補給ラインの確保を中心に、後方支援を担当する事となった。
リスクが少ない上に安全圏から戦いを高見の見物が出来るので、
ナッシュバインもマリウス王子のこの布陣に文句をつける事はなかった。
「とりあえず大まかな作戦概要はこんなものだニャン。 まずは敵騎馬部隊を殲滅して、ニャーレン大草原を確保して、そこに大規模な野営陣を敷くだニャン。 その野営陣に仮の作戦司令部を置いて、魔帝都の攻略をどうかするかを話し合うだニャン。 兎に角、まずは大草原の戦いに勝つ事を優先するだニャン」
「「「「異議なし!」」」」
アイザック、ヨハン、レフ、ナース隊長が同時に声を揃えた。
「「了解です」」
と、ラサミスとライルも声を揃えて返事する。
こうして作戦会議は幕を閉じた。
まずは大草原の戦いに勝つ必要がある。
また大草原の移動の際に多くの馬や騎乗竜を用意する必要があるので、作戦実行日時は一週間後の7月8日となった。
この戦いは云うならば、最終決戦の前哨戦。
敵だけでなく、味方にも多くの血が流れる事は明白であった。
故に多くの者がこの一週間の間に、
故郷の家族や恋人、妻に手紙を書いたり、身辺整理を行った。
こうして最終決戦の前に、連合軍の兵士達は、
束の間の休息を取り、身体や心の疲れを癒やすのであった。
次回の更新は2022年3月6日(日)の予定です。
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