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第三百五十七話 交渉(後編)


---ラサミス視点---



 オレ達は飛竜に乗って、ひたすら大空を突き進んだ。

 ミネルバの騎乗技術は、想像していたより上手かったと思う。

 だが飛竜に乗ると独特の浮遊感があって、

 彼女の後ろに座るオレとしては結構怖かった。


 その辺、何度か『耳錠の魔道具(イヤリング・デバイス)』で、ミネルバに『もう少し速度を落としてくれ』と頼んだが――


『それだとラヴィン団長やカチュアさんに置いていかれるわ。

 だから悪いけど、しばらく我慢してもらうわ』


 と、ミネルバに返された。

 まあ正論だから反論出来んが、

 こんな事なら和平の使者の護衛役なんか引き受けるんじゃなかった。


 そして大空を突き進んで、十数時間が経った。

 途中何度か休憩して、仮眠も取ったが、どうやら目的地に着いたようだ。

 

 目の前には、見渡す限りの広大な大草原が広がっていた。

 こりゃスゲえ、何処までも緑一色、という光景だ。

 などとオレが目を奪われてると、

 『耳錠の魔道具(イヤリング・デバイス)』越しにレフ団長の声が聞こえてきた。


『どうやら前方の上空に敵の空戦部隊が居るようだ。

 とりあえず俺達はこのまま地上に着地するぞ』


 あっ、確かに前方にグリフォンやコカトリスに騎乗した敵集団が居た。

 その数はざっと二十くらいか?

 まあ敵がこの状況で攻撃してくるとは思わんが、一応警戒するか。


 オレはそう思いながら、いつでも戦える準備を整えた。

 だが敵は何もせず、こちらの飛竜も無事に地上に着地した。

 すると連合軍の使者と思われる一団がこちらに寄って来た。


「……貴方が竜騎士団の騎士団長レフ・ラヴィン殿ですか?」


 と、壮年のヒューマンの男が語りかけてきた。


「はい、そうですが貴方は?」


「私は今回の和平の使者に選ばれたバルナン・レナスと申します。 こちらの猫族ニャーマンがニャックス、エルフ族がロイドです、 この三名が和平の使者であり、残り者達は私達の護衛役であります」


「成る程、レナス殿、ニャックス殿、ロイド殿。 私が竜騎士団の騎士団長レフ・ラヴィンです。 こちらは同騎士団の切り込み隊長のカチュア。 あそこの若い二人は、名うての連合ユニオンの幹部です」


「そうですか、遠路はるばるご苦労様です」


 そう云ってレナスという壮年の男が軽く頭を下げた。

 見た感じ腰の低そうな男だな。

 

「すみません、飛竜を鉄柵などに繋いでおきたいんですが……」


 と、レフ団長がレナスにそう云った。

 ああ、確かに飛竜を地上に留めておくには、

 最低限でも鉄柵に繋いでおく必要があるな。


「それならばあそこの牧場の鉄柵に繋ぐと良いでしょう」


 と、民族衣装らしき服を纏った魔族の男がそう云った。


「ありがとうございます、貴方は?」


「この遊牧民の集落のおさのマビギアと申すものです」


 そう云ってマギビアと名乗った民族衣装の魔族が軽く頭を下げた。


「そうですか、それではあちらの鉄柵を少しお借りします」


「はい、どうぞご自由にお使いください」


 それからレフ団長やカチュア、ミネルバは飛竜を鉄柵に繋いだ。

 しかし本当に見渡す限り緑一色だな。

 そして組み立て可能な大きなテントが所々に張られていた。


 よく見ると遊牧民らしき者達がこちらをチラチラ見ていた。

 監視というよりかは、好奇に満ちた視線といった感じだ。

 多分、向こうも珍しいんだろうな。


「では皆様、私の後について来てください」


 そしてオレ達はマビギアに案内されて、大きなテントの中に入った。

 テントの大きさはかなり大きい、この広さなら十人以上入れそうだ。

 と思いながらテントの中に入ると、知った顔の魔族が座っていた。


 筋骨隆々の肉体に漆黒の鎧を着ている鷲頭わしあたまの魔族。

 間違いない、敵の幹部のグリファムだ。

 戦場では何度か遠目から見かけたが、

 こんな至近距離で見るのは初めてだ。


「……どうも、連合軍の使者の皆様。

 私が魔王軍の使者を務める獣魔王ビースト・キンググリファムです」


「こうして戦場以外で会うのは初めてですな。 ご存じかもしれませんが、一応名乗っておきます。 自分は竜騎士団の騎士団レフ・ラヴィンです。 こちらが部下のカチュア、あちらの二人は名うての冒険者です」


「立ち話もなんですから、どうぞお座りになってください」


 と、遊牧民の長マビギアがそう告げた。

 するとレフ団長は円卓を囲んでグリファムの向かいに座ったが、

 オレやミネルバ、カチュアは直立不動で立ち続けた。


「あなた方もお座り下さい」


「いえ自分はこのままで良いです。

 自分は騎士団長の護衛役ですので、どうか気になさらずに!」


 マギビアの言葉を軽くはね除けるカチュア。

 まあこの判断は正しい。

 ここは敵地だからな、何が起こっても不思議じゃない。

 だからオレとミネルバもカチュアと同様に直立不動の姿勢を崩さなかった。


「そうですか、それは残念です」


 マギビアはそう云って、この場から去った。

 テントに残されたのは敵側がグリファム一人なのに対して、

 こちらはレフ団長を含めたオレ達四人と和平の使者三人。

 それと使者の護衛役が三名の計十人。


 だがグリファムは動じた素振りは見せず、悠然としていた。

 敵ならがら大した野郎だ。

 するとレフ団長が腰帯のポーチを空けて、一枚の書状を取り出した。


「こちらがレナス殿の要求に対するマリウス王子のご返事です」


「……失礼、少し目を通させて頂きますね」と、レナス。


 そしてレナスは書状を広げて、その内容を凝視する。

 

「ふむふむ、成る程。 確かに両軍の要求に沿った内容ですね」


「レナス殿、宜しければ私にも見せてもらえませんか?」


 と、グリファムが云った。

 

「……ええ、構いませんよ」


 レナスはそう云って、書状をグリファムに手渡した。

 するとグリファムも書状を広げて、書かれている内容に目を通した。


「うむ、これならば我々としても問題ありません。

 こちらもそろそろ伝書鳩が戻って来る頃合いです。

 その内容を確認し次第、捕虜交換の正確な日時を決めましょう」


「はい、そうしましょう」


 どうやら上手く話が進んだようだ。

 ならばオレとしては、さっさと退散したところだが――


「……」


「……」


 レフ団長とグリファムがお互い無言で見つめ合っていた。

 ……何とも云えない重苦しい空気だ。

 まさかここでやり合わないよな?

 と思ってたら、グリファムが沈黙を破った。


「こうして直に顔合わせると妙な気分になりますな」


「ええ、全くです」と、レフ団長。


けいとは戦場で何度も戦った仲ですが、

 私は卿に対して、好敵手として尊敬の念を抱いておりました」


「そうですか、私も似たような感情を抱いておりましたよ」


「……そうなのですか?」


「ええ……」


 ……。

 何だろう、アレかなぁ~?

 二人とも戦場で戦っているうちに、

 好敵手としてお互いを認め合った、という感情かな?


 そう言えばこの二人何となく似ている気がする。

 凄く強いんだが、本人は至って謙虚。

 だが云うべき事はハッキリ云うタイプ。

 まさに質実剛健という言葉がぴったりだ。


「アナタは飛竜の世話も自分でしてるんですか?」


「ええ、細かい事は世話係に任せてますが、

 愛竜とは定期的にコミュニケーションを取ってますよ。

 グリファム……殿は?」


「……私も同じです」


「成る程、我々は似た者同士のようですな」


「ええ、どうやらそのようですね」


 レフ団長の言葉にグリファムがそう返した。

 

「ですが戦場では手加減しませんよ。

 まあそれはグリファム殿も同じ心境と思いますが……」


「ええ、次に戦う時はお互い敵同士。

 お互いに手を抜かず、全力で闘いましょう」


「はい」


 二人はそう云って、お互いに右手を差し出した。

 するとお互いに右手で固い握手を交わした。

 どうやら交渉は無事済んだようだな。


 それから何度か書状を取り交わして、

 連合運と魔王軍の間で、捕虜交換が行われる事が決定した。


 捕虜交換式は一週間後の6月23日にラインラック要塞で行われる。

 そして捕虜交換式の後、一週間はお互いに休戦状態となる。

 とはいえそれは建前。


 両軍がその間に次なる戦いの準備をするのは確実だ。

 その一週間が最後の大きな休暇になるだろう。

 だからその休暇までは、ゆっくりするか。


 そしてオレとミネルバ、レフ団長とカチュアは、

 再び飛竜に乗って、ライラック要塞へ帰還した。

 最初は飛竜に乗った時の独特の浮遊感に戸惑っていたが、

 帰りはそれにも慣れて、比較的スムーズに帰還を果たした。


 何というか人間って慣れるもんなんだな。

 まあいいや、少し疲れたから今日はもう休もう。



次回の更新は2022年3月2日(水)の予定です。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様です。 慣れない浮遊感とは何とも体験してみたい気がします。ラサミス、お疲れ様。ミネルバの職業を生かせて良かったですね。竜騎士だけど、実際に竜を使うのはまだ先だろうし訓練も必要だ…
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