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第三百五十六話 交渉(中編)

累計ユニーク50000人達成!

これも全て読者の皆様のおかげです!



---三人称視点---



「――以上が我々魔族の要求であります」


 と、グリファムが毅然とした口調で述べた。

 グリファムが告げた魔族軍の要求は次のようなものであった。


 1.捕虜交換はラインラック要塞で行う。

 2.捕虜交換は両軍の捕虜の数に関係なく、公平に行う。

 3.捕虜交換の際に両軍の軍事的行動があれば、捕虜交換は直ちに中止する。


 グリファムの要求は、魔王軍としては当然の要求と云えた。

 レナスは最初捕虜交換をこの遊牧民の集落で行おうと提案したが、


「――それは不公平でしょう。 この遊牧民の集落も歴とした魔族領であります。 故に連合軍が捕虜交換の際に、この辺りの情報を入手する事は、我々、魔王軍にとっては不利益でしかありません。 なので捕虜交換は、ラインラック要塞で行いたい!」


「……そうですな。

 こちらの配慮が足りてませんでした。 申し訳ありません」


「……いえいえ」


 この男、食えない男だ。

 レナスも遊牧民の集落を虜交換の場に使う際には、グリファムが指摘した通り、この辺の状況や情報を得るつもりであった。


 この件に関しては、マリウス王子やナッシュバイン王子に命じられた訳ではなかった。

 この状況を生かして、少しでも魔王軍側の情報を得る。

 レナスは表面上は笑顔を浮かべながらも、

 腹の中ではそのような事を考えていたが、それも水疱に帰した。


 だが今となっては、グリファムの要求に逆らうつもりもなかった。

 どのみちこの任務を成功させようが、させまいがレナスには大した褒賞も出ない。 仮に上層部のお眼鏡に適ったとしても、このような下働きに近い任務を今後振られる可能性が高い。 ならばこの場で無理する事はない。

 

「グリファム殿、ご要求は分かりました。 私自身はその条件で異論はありません。 ですが上層部の意見を聞く必要がありますので、今すぐにも伝書鳩で要塞に居る司令官達にこの件を伝えたいと思います」


「了解です、ああっ……ところで一つお聞きしたい事があるんですが」


「……何でしょうか?」


 少し警戒心を高めるレナス。

 するとグリファムの口から意外な人物の名前が出た。


「……連合軍には竜騎士団の騎士団長がいらっしゃいますよね?

 ええっと……名前は確かレフ・ラヴィン」


「ああっ……竜騎士団のラヴィン団長の事ですね。

 彼がどうかしましたか?」


「ええ、彼とはこれまで何度か戦った仲です。 私と彼は敵ですが、良きライバルとも思ってます。 だから今後の戦いの前に彼と直に会って、少し話をしたいと思います。 アナタがたも少ない護衛で敵陣に居るのは不安でしょう。 だからラヴィン団長に護衛役を兼ねて、この場に立ち会って頂く、というのはどうでしょうか?」


「……」


 どういうつもりだ?

 ラヴィン団長は連合軍の空戦部隊の要と云える存在だ。

 そのラヴィンをこの場に呼んで何をするつもりだ?


 和平交渉も捕虜交換も破棄して、ラヴィンを殺害する。

 という事もあり得る、だからレナスもこの件に関しては即答を避けた。

 するとグリファムが諭すような口調で語りかけてきた。


「……無論、彼に害を及ぼすつもりはありません。

 これは云うならば軍人としての私の身勝手な要求です。

 ですので無理してラヴィン団長をこの場に呼ぶ必要はありません」


「……私の一存では決めかねますが、

 一応上層部に伝えておこうと思います」


「……そうですか、くれぐれも無理をなさらずに!」


「……ええ、そのつもりです」


 それからレナスは護衛役の猫族ニャーマン魔導師ソーサラーニャインに、

 暗黒魔法『追跡トラッカー』を使ってもらい、伝書鳩をラインラック要塞に飛ばした。

 同様にグリファムも部下に『追跡トラッカー』を使わせて、魔帝都に伝書鳩を飛ばす。


 伝書鳩は十数時間後にラインラック要塞に到着した。

 そして伝書鳩の書状に目を通した連合軍のマリウス王子は、

 大まかな内容には合意したが、レフの派遣に関しては難色を示した。


「ボクとしては概ねこの内容で構わないのだが、

 敵が何故レフ団長の派遣を求めているか、

 イマイチよく分からないだニャン。 ジョニー、お前はどう思う?」


「ワタシにもイマイチ分かりませんね。

 ただレフ団長と今回の敵の使者であるグリファムは、

 確か戦場で何度も戦っております。

 だから戦士としての奇妙な友情から、

 このような事を申し出たのかもしれません」


「ウン、まあそれはボクも分からない訳ではない。

 だが敵がレフ団長を不当に拘束して、殺害する可能性もあるニャン」


「ええ、その可能性もあります。

 ではレフ団長の派遣を中止なさいますか?」


「う~ん、心情的にはそうしたいが、

 一応、団長の意見を聞いてみたいだニャン。

 誰かこの場にレフ団長を呼んできてくれ!」


「了解です」と、ジョニー。


 十五分後。

 ラインラック城の謁見の間に騎士団長レフ・ラヴィンが到着。

 マリウス王子は事の経緯を包み隠さずレフに伝えた。


「レフ団長、アナタとしてはどうしたいだニャン?」


「そうですね……」


 マリウス王子の問いにレフはしばし考え込んだ。

 確かにグリファムとは、これまで何度か戦った仲だ。

 レフもグリファムの実力とその実直な性格は、敵ながら高く評価している。


 まあ敵の罠の可能性もあるが、

 あのグリファムがそんな姦計かんけいを用いるとは思えなかった。

 なのでレフもこの場では自分の感情を素直に伝えた。


「敵の罠の可能性もありますが、

 その時は私も全力で抵抗するので心配はご無用です。

 それは別として私個人も彼奴きゃつと会ってみたいという気持ちはあります」


「うむ、興味本位で聞くけど、それはどういう心理だニャン?」


「そうですね、これは一人よがりの感情かもしれませんが、

 戦場で相まみえた敵と一度話してみたい、という心理と思います」


 レフは淡々と自分の心情を語った。

 するとマリウス王子は「う~ん」と唸ってから――


「でもそれだと次、戦場で会った時に戦いにくくニャラない?」


「……大丈夫です、自分はそこまで甘ちゃんじゃありません」


「ニャルほど、分かっただニャン。

 ならレフ団長、今回の交渉に立ち会う事を命じるニャン。

 但し念の為に護衛は増やしておこう」


「はい、ならば竜騎士団から切り込み隊長のカチュア・アルグランスを同行させます」


「それだけじゃ少し不安なんだニャン。

 そうだ、彼を……ラサミスくんとその仲間を同行させよう」


「……ええ、私はそれで構いませんよ」


「うん、ならば善は急げだニャン、早速現場へ向かってもらうだニャン」


「はい」



 こうしてレフだけでなく、ラサミスも同行する事になった。

 ラサミスは「正直面倒臭いが王子の機嫌を損ねたくもないからな」

 と云って、「暁の大地」からミネルバを同行させる事にした。


 目的地であるナーレン大草原だいそうげんまでは、

 ミネルバが騎乗する飛竜に相乗りする事にした。

 ミネルバが騎乗する飛竜は軍が管理する飛竜だが、

 彼女も訓練を重ねて、飛竜に乗れるようになった。


 今回の任務は彼女の飛行訓練も兼ねている。

 そしてラサミスはミネルバが騎乗する赤い飛竜に相乗りした。


「……頼むから事故らないでくれよ!」


「大丈夫よ、私も竜騎士ドラグーンの端くれなのよ」


「でもあまり無茶しちゃ駄目よ。

 練習で乗るのとは少し、いやかなり違うわよ」


 近くで青い飛竜に騎乗するカチュアが軽く忠告した。


「分かってます」と、ミネルバ。


「とりあえず何かあったら『耳錠の魔道具(イヤリング・デバイス)』で伝えてくれ!

 まあそんなに緊張する事はない、すぐ慣れるさ」


 レフが愛竜の黄金の飛竜ベルムーラに跨がりながら、そう云った。


「「「了解」」」


 と、ラサミス達は口を揃えて返事する。


「では出発するぞ!」


「「「はい」」」


 そしてラサミス達はラインラック要塞の中層エリアにある大広場から、

 飛竜に乗って、空高く舞い上がった。

 

「うおっ……結構独特の浮遊感があるな」


 と、ラサミス。


「ええ、だからしっかり掴まってね。

 それと飛行中は音が聞こえにくから、

 話すなら『耳錠の魔道具(イヤリング・デバイス)』で話してね。

 じゃあ飛ばすわよ!」


 と、ミネルバ。


「お、おう!」


 そしてミネルバは手綱を手に取りながら、飛竜を操った。

 目指すはナーレン大草原。

 だがミネルバの飛竜の騎乗技術は想像以上に高かったが、

 初めて飛竜に乗るラサミスは、独特の浮遊感に時折慌てふためくのであった。



次回の更新は2022年2月27日(日)の予定です。


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