第三百五十二話 尋問
---三人称視点---
連合軍は捕虜に対して寛大だった。
食事は一日三度ちゃんと与えて、三日に一回は身を清めるべく、集団で入浴させた。 勿論その際には、両手を魔封効果のある手錠で拘束していたが、これらの待遇は寛大と云えただろう。
だが誰に対しても寛大という訳でなかった。
露骨に反抗及び悪態をつくものには、それ相応の対応と処罰を与えた。
また捕虜の中で魔王軍で重要な役職にいている者には、魔王軍の情報を引き出す為、尋問が行われた。 そして今、この瞬間も尋問が行われようとしていた。
場所はラインラック城の地下室にある拷問部屋。
その狭い拷問部屋に半人半魔部隊の頭目ワイズシャールが屈強な竜人族に連行されて、簡素な木製の椅子に座らされた。
周囲には様々な拷問器具があったが、
ワイズシャールは顔色一つ変えなかった。
――最悪の場合は舌を噛んで死ぬか。
ワイズシャールはそう腹をくくり覚悟を決めた。
するとこの拷問部屋に、マリウス王子と王国魔導猫騎士団の騎士団長ニャラードが現れた。
茶トラのマンチカンと真っ白なヴァンキャットの猫族。
見た目だけで言えば、可愛らしかったが、
二人はやや冷たい目で椅子に座るワイズシャールを見据えていた。
「……卿が半人半魔部隊の頭目だな?」
「……だとしたら何だ?」
ワイズシャールは低い声でそう答えた。
するとマリウス王子は双眸を細めて、眼前の半人半魔の男に問うた。
「これから卿に対して尋問を行う。 まあ卿の立場からすれば、簡単に口を割るつもりはないかもしれんが、我々は無理矢理にでも卿の口を割るつもりだ」
そう言うマリウス王子の声は冷気を帯びていた。
「……何だ、拷問でもするつもりか?」
「そんな無粋な真似はしないだニャン。 だが卿は魔王軍でも重要な立場に居るようだな。 だから卿に対しては、我々も多少手洗い真似をしても卿の口を割らすつもりだ」
見た目は60セレチ(約60センチ)前後の猫に見えるが、その表情は他の種族同様の残酷さが滲んでいた。 ワイズシャールは乾いた唇を舌で舐めた。
「……猫が魔族に拷問か、なかなか面白いシチュエーションだな」
「我々は猫ではない。 我々は猫族だ。
只の猫ではない事をこれから教えてやる。 ニャラード団長!」
「はっ!」
と、素早く返事する騎士団長ニャラード。
「では尋問を開始したまえっ!」
「御意、では早速……ハアァッ!」
ニャラードが魔力を練り上げて、小さな炎を生み出した。
ゆらゆらと揺れる小さな炎。
ニャラードはその炎を魔力で調整して、ワイズシャールを座らせた椅子の前で宙に浮かせた。
「この炎を見るだニャン!」
「くっ、催眠術の類いかっ!?」
ワイズシャールはそう言って、両眼を閉じようとした。
だが何かに抑えつけられたように、彼の両眼は大きく見開かれた。
ニャラードは念動力を使って、ワイズシャールの身体の自由を奪ったのである。
「この炎を見るだニャン!」
「ぐっ……」
「見るだニャンッ!」
「う、ううっ……」
駄目だ、視線を動かす事が出来ない。
どうやら俺は猫族を甘く見ていたようだ。
まさかここまで強い念動力を使えるなんて計算外だ。
ワイズシャールは、そう後悔したが既に手遅れだった。
「さあ、では私の質問に答えるだニャン。
まずはお前等、半人半魔部隊の任務内容。
それとお前が知る魔王と魔王軍の全てを語るだニャンッ!」
「ぐっ!?」
ワイズシャールは全力でニャラードの命令に逆らった。
だが逆らおうとすると、全身が強張り、心臓が激しく鼓動を打った。
「ああっ……ああぁっ……」
「ほう、なかなか精神的にタフだニャン。
普通の奴ならもう気を失ってるだニャン。
流石は魔王軍の斥候部隊の頭目と云ったところか?
だがいずれにせよ、お前は必ず口を割るだニャン。
ならば早々と口を割って、楽になるがいい」
「ぬうぅっ……はあ、はあ、はあぁっ……」
三時間後。
ワイズシャールは強靱な精神力で、ニャラードの催眠術に二時間以上耐え抜いたが、最後には肉体的な限界によって、とうとう口を割った、割らされた。
彼の口から半人半魔部隊の活動内容と構成員の情報。
それと魔王と魔王軍、それと魔帝都付近の地理情報を聞き出す事に成功した。
「此奴、とんでもなくタフだったニャン。
流石は斥候部隊の頭目。 敵ながら大した男だニャン」
マリウス王子が憔悴しきったワイズシャールを見ながら、そう呟いた。
するとニャラードが左手で顔の汗を拭いながら、王子の言葉に同調した。
「……全くですよ。 正直ここまで耐えるとは計算外でした。 だがこれで魔王及び魔王軍の新たな情報が入りましたね。 王子、これからどうなさるおつもりですか?」
「まあ本来ならば、連合軍内で情報を共有するべきだが、ボクとしてはあのヒューマンの馬鹿第三王子に、教えるのは嫌だニャン。 だからこの情報に関しては、しばらく我々、猫族の秘密としておこう」
「私は構いませんが、冒険者や傭兵部隊には伝えくていいのですか?」
「ウン、ラサミスくんや剣聖ヨハン、それと傭兵隊長アイザック殿辺りは、信頼できる人物だけど、彼等にこの事を話せば、連合軍内で瞬く間に噂が広がるだニャン。 そうすればあの馬鹿のナッシュバインにも情報が伝わるだニャン。 だからこの件に関しては、他の種族には秘密にしようと思ってるニャン」
マリウス王子のこの判断は正しかった。
既にヒューマンと猫族の派閥争いは起きている。
その状況で相手に苦労して得た情報を教えるのは、愚策でしかない。
「まあこの情報が正確か、どうかはまだ分からないニャン。
だからニャラード団長、他の隊長格相手に尋問を行うよ。
少々骨が折れる仕事だけど、君ほどの魔導師はそうは居ないからね」
「はい、王子がそう仰るのであれば、
私はいくらでも尋問を行いますよ。
それが王子や猫族の為になるのであれば、
私の持てる力を全て注ぎましょう」
「うん、期待してるだニャン」
「……所で王子、一つご質問して宜しいですか?」
「……何だニャン?」
「敵に捕らえられた我が同胞から、こちらの情報が漏れる可能性が高いと思いますが、その件に関しては、どうなさるおつもりですか?」
マリウス王子は、ニャラードの問い掛けに「うん」と頷いて――
「それは仕方ないだニャン。 恐らく我々、猫族の捕虜がこちらの情報を敵に漏らすだろう。 それが尋問か、拷問の結果かは知らないけど、猫族ならすぐ口を割るよ。 ボクが云うのもなんだけど、猫族は堪え性がないからね」
「……確かにそうですね」
「うん、だからこちらの情報が相手に漏れるのも計算のうちだニャン。 そういう訳で我々は新たな情報を得て、こちらの情報を相手に漏らさないようにすべきだが、猫族にそんなヒューマンみたいな駆け引きが出来る訳がない。 だって猫族だもん。 だから敵の情報を知るのは、ごく一部の者だけでいいだニャン」
「成る程、そこまでお考えでしたか。
ならば私からはこれ以上申す事はありません」
「うん、じゃあニャラード団長。
早速だが次の尋問を行いに行くよ。
また君の催眠術で敵の口を割ってくれだニャン」
「はっ、お任せ下さい」
そしてマリウス王子とニャラード団長は、
新たな尋問を行う為、この狭い拷問部屋を後にした。
残されたワイズシャールは虚ろな眼をしていたが、
舌が噛めないように大きめの猿轡を噛まされていた。
――お、俺が甘かった……
――や、奴等は只の猫じゃない、化け猫だ。
――まさかあそこまで強力な催眠術を使うとは……
後悔するが少しばかり遅かった。
そしてワイズシャールとしては、力なくうなだれて、
虚ろな眼で虚空を見据える事しか出来なかった。
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「ウニャニャ……ニャンッ……」
「まだ情報はあるでしょ?」
「ウニャニャニャ……そ、それはっ……」
「喋りなさいっ!」
アグネシャールは捕虜の猫族に催眠術をかけながら、少し声を荒げた。 場所は魔帝都アーラスとラインラック要塞のほぼ中間地点となるレーベン地下迷宮。 魔王軍はこの地下迷宮の大部屋や一室に連合軍の捕虜を拘留していた。
だが連合軍とは違い、
魔王軍は、捕虜を非常にぞんざいに扱っていた。
食事は一日二回、それ以外は両手を魔封効果のある手錠で拘束されており、地下迷宮の狭い部屋の中に多くの捕虜が押し込められていた。
そして捕虜達の体臭がキツくなれば、
集団で地底湖の水で身体を洗わせた。
連合軍の捕虜は約百人程度だが、それ程広くないこの空間で、百人もの捕虜を管理するのは楽な作業ではなかった。 だから魔王軍が彼等をぞんざいに扱うのは、仕方ない一面があった。
「まだ終わりじゃないわ! さあ喋りなさいっ!」
「……ウニャニャ、もう話す事はないニャン。
あっ……あるニャン、食事に魔タタビをつけて欲しいニャン」
「……これ以上は無理そうだわ」
と、アグネシャール。
「だろうな、ならば尋問はこれくらいにしておこう」
レストマイヤーの言葉にアグネシャール、そしてデュークハルトも小さく頷いた。
「いずれにせよ、こちらの情報も連合軍に漏れているだろう。
となれば次の戦いは、想像以上に厳しくなるだろうさ」
「レストマイヤーの云うとおりだ。 というか魔帝都決戦が目の前に迫っている。 この戦いで魔族が負ければ、魔族にとって拭い去れない汚点になる」
と、デュークハルト。
「そうはさせないわ。
そんな屈辱を味わうくらいなら死んだ方がマシだわ」
「同感だ、だが奴等は――連合軍は想像以上に強い。 だから帝都決戦は避けられないだろうな。なあ二人とも、この辺について上へ、魔王陛下に直接聞いてみないか?『陛下には今後、どのようなビジョンがおありですか』みたいな感じでさ」
レストマイヤーはそう云って、探るような視線を二人に向けた。
するとデュークハルトは、胸の前で両腕を組みながら答えた。
「お前の云うことも分かるけどさぁ~。
俺は嫌だぜ? 魔王陛下にそんな事を聞いて不興を買いたくない」
「……私も同感よ」
「そうか、ならばこの話は聞かなかった事にしてくれ」
「おう」「ええ」
「まあ兎に角、俺達は自分のやれる範囲の仕事をしようぜ。 細かい事は気にせず、上の指示に従おうぜ。 どのみち無事生き残れば、俺達には幹部の座が約束されている。 だからここで変に焦る必要はねえと思うぞ?」
「そうね、ならば私はもう少し捕虜の尋問を続けるわ。 猫族以外の三種族から、何か新しい情報を聞き出せないか、試してみるわ」
「おうよ、んじゃ俺はちょっくら仮眠を取るよ。
いつ上から移動の命令が来るか、分からんからな」
「……俺も少し休もうと思う」と、レストマイヤー。
「ええ、後は私に任せて、二人は休んで頂戴」
その後、アグネシャールはヒューマン、エルフ族、竜人族の捕虜に対して、
尋問を行ったが、目新しい情報は特に得られなかった。
どれもこれも似たような話だ。
だからアグネシャールも途中で疲れたのか、
休憩所代わりに使われている地下迷宮の一室で仮眠を取った。
このように連合軍、魔王軍共にしばらくは大きな動きはなかったが、
兵士達は気を抜くことなく、次なる戦いに向けて気持ちを集中させていた。
次回の更新は2022年2月19日(土)の予定です。
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