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第三百五十一話 既視感の正体



---ラサミス視点---



 ウェルガリア歴1602年5月26日。

 ラインラック要塞の戦いから、約十日が過ぎた。

 ラインラック要塞を陥落させた連合軍は勢いに乗って、周囲の平定へいていを試みたが、要塞周辺には街らしい街や敵の拠点はなかった。


 それから連合軍はラインラック要塞に留まり、

 六日前に連合軍の副司令官であるナッシュバイン第三王子の部隊と合流を果たした。

 これによって連合軍の兵力は更に強化された上に、魔大陸と四大種族の大陸を繋ぐ陸路と海路の確保に成功した。

 

 それによって新たに増員、派遣された兵士達がこの要塞に到着。

 現存の兵力17122人に3万以上の兵力が加わる事となったが、一概に喜べる状況ではなかった。


 何せ兵員増えれば、触れるほど兵糧ひょうろうと物資が必要となる。

 今の所は何とか補給ラインを確保出来ているが、今後の戦いの流れ次第では、その補給線が絶たれる可能性もある。


 それに新戦力と云えば聞こえは良いが、この戦いに終わりが見え始めた頃に集められた兵士や傭兵及び冒険者達だ。 要するに勝ち馬に乗ろうとした連中の集まりだ。


 実際、三万に及ぶ兵力の大半は、ヒューマンの主要国であるハイネダルク王国がヒューマン領の各国や各地から集めた騎士団や傭兵、冒険者の集まりだ。


 どうやらあの馬鹿王子ナッシュバインは、オレ達が前線で戦っている間に色々と根回しをしていたようだ。 端的に云えば、戦いはオレ達に任せっきりで、自分達は兵力と物資を集めて、それを前線に届けて恩を売る。 そして今後の戦いにおける発言権を強めるつもりなんだろうさ。


 まあ浅ましいと思うが、これも仕方ない事だとは思う。

 四大種族連合軍は、単なる善意で結成された訳ではない。

 勝ちの目が見えれば、戦後の各種利権を巡って連合軍内で争う可能性が高い。

 と云うかほぼそうなるであろう。


 少なくともヒューマンと猫族ニャーマンは争うだろう。

 竜人族はあの族長アルガスが傍観しながら様子見、

 エルフ族も巫女ミリアムを中心に事の流れを見据える。

 という状況になる可能性が高い。


 とはいえそれも全ては魔族に勝ってからの話だ。

 それに魔族相手にどういう形で勝利を収めるのか、

 という部分が今後の課題になってくるだろう。


 だが今のところはマリウス王子とナッシュバインは争ってない。

 まあ恐らく今後行われる和平交渉と捕虜交換の時に一悶着ある感じだろう。

 でもオレは、オレ達『暁の大地』はあくまで一冒険者。


 だから上層部の揉め事に首を突っ込むつもりはないし、

 戦いが再開されるまでは、この要塞都市でゆっくり過ごすつもりだ。

 そしてオレの最近の日課は、あの半人半魔の少年ジウバルトに食料を届ける事だ。 


 まあそういう事は牢番にでも任せていれば良いんだが、

 オレはアイザックやマリウス王子に「あの少年の見張り役」をしたいと

 申し出て、その許可を貰った。


 しかし我ながら不思議だ。

 何故オレはあのジウバルトにそこまで世話を焼くのか。

 その原因はオレ自身分かっていない。


 だがあのジウバルトを見ていると妙な既視感に襲われる。

 という訳でオレは善意だけで、ジウバルトに世話を焼いてる訳ではない。

 奴に食料を届ける際にも、奴と会話を交わしている。


 まあその大半がオレに対する罵詈雑言だが、

 時々は自分の事や半人半魔部隊に関して語る事もある。


 何でも半人半魔部隊というのは、数十年ぐらい前に出来た部隊らしく、魔族の斥候、密偵などが潜伏先の大陸や街で、ヒューマンの妙齢の女性を攫ってきて、それを魔大陸に連れ帰って、魔族との間に子供を作らせたらしい。


 半人半魔は魔族とヒューマンの特性を強く受け継ぎ、魔力、魔法に優れており、またヒューマンのような小器用こぎようさを備えており、斥候や密偵役と重宝されていたとの話。


 だが連中は他の魔族から差別されており、

 魔族社会における序列カーストは最下層との事。

 まあ要するにジウバルト達は、魔族社会における都合の良い道具なのだ。


 それを最初に聞いた時は何とも云えない気分になった。

 とはいえオレにどうこう出来る問題ではない。

 だが奴はまだ若いのか、時々本音をポロリと漏らす事もある。


 だからオレが奴に食料を届ける事を上層部も許可した。

 そして今この瞬間、オレは奴に食料を届けるべく、木のトレイに牛乳の入った木のコップ、それとクリームシチューの入ったシチュー皿を乗せて、捕虜達が投獄されている城の地下室へと向かった。


「ラサミス、またあの少年の所へ行くのか?

 ならば俺もついて行こう」


「アタシもついて行く!」


 と、兄貴とメイリンがそう云って、俺の後について来た。

 ここ数日は仲間がこうしてオレの後について来ている。

 まあある種の監視役も兼ねているのだろう。


 オレがやたらジウバルトに肩入れしているから、

 オレが奴を逃がさないか、という心配をしているのだろう。

 まあオレもそこまでお人好しじゃないし、馬鹿でもない。

 とはいえ仲間が万一に備える気持ちも分かる。


「……ラサミス、少し聞いていいか?」


「うん、兄貴。 何だい?」


「お前はどうして奴に――ジウバルトに構うんだ?」


「うん、アタシも気になっている。 他の仲間もアンタがあの子を逃がさないか、ってうたぐってるよ?」


 兄貴やメイリンの云うことも尤もだ。

 だからオレは自分の正直な感想を打ち明けた。


「オレ自身、よく分からないんだよ。 ただ奴を見ていると、妙な既視感を感じるんだ。 奴は世の中だけでなく、自分自身も嫌っている。 だからオレはなんか奴を放っておけないんだ。 自分でもこの既視感の正体が分からないんだが……」


「そうか、兎に角、馬鹿な真似だけはしないでくれよ」


「ああ、分かっているよ」


 オレ達はそう言葉を交わしながら、

 ジメジメとした嫌な空気と僅かな臭気が混じる広大な地下牢の通路を歩いた。

 この地下室には、ジウバルトだけでなく、魔族の少年、少女や男性、女性が狭い鉄格子の牢屋に閉じ込められてた。


 ある者は無表情、ある者は露骨に敵意をむき出しにした視線を送ってきた。

 だがこの数日でこの光景にも慣れた。

 オレ達は狭い通路をしばらく歩いて、地下牢のとある一室へと向かった。


 ジウバルトは狭い牢獄の中に閉じ込められていた。

 粗末な木製ベット、そして部屋の隅にある壺で用を足するという感じだ。

 まあお世辞にも綺麗な所とは云えない、なにせ牢獄だからな。

 そしてジウバルトは、オレの存在に気付くと、

 わざと聞こえるように「チッ」と舌打ちした。


「よう、元気か?」


「……こんな所に閉じ込められて、元気な訳がねえだろ!」


「……そりゃそうだ、んじゃ飯は居るか?」


「……仕方ねえ、貰ってやるよ」


 そしてオレは牢獄の配膳口から、

 食事が載ったトレイをそっと牢屋の床に置いた。

 だがジウバルトは、「ふん」と鼻を鳴らしてそっぽを向いた。


 まあコイツの立場からすれば、

 即座に食事するのには、自尊心が傷つくんだろう。

 実際、最初の五日は食事を取ろうともしなかった。


 だが流石に六日目で限界が来たようだ。

 どうやら此奴ら魔族も飲み食いしないと身動きが

 取れないのは、他の種族と同じようだ。


「……何だよ、飯を届けたらもう用はねえだろ?

 それともオレから何か情報を聞き出そうという魂胆か?」


 ジウバルトは胸の前で両腕を組みながら、そう悪態をついた。

 まあある意味、年相応の少年らしい態度だ。

 オレもこのくらいの年は、こんな風に斜に構えていたと思う。


「……別にお前からは何も聞き出さないさ。

 情報を聞き出すなら、お前等の隊長から聞き出すさ」


「……お前等、ワイズシャール隊長を拷問するつもりか?」


 ジウバルトはそう云って、双眸を細めた。

 成る程、あの隊長の名前はワイズシャールというのか。

 まあこんな感じに、コイツは意外と口が軽いところがある。

 とはいえコイツから無理に情報を聞き出す気はない。


「さあ? まあ拷問はしないんじゃないの?

 尋問はすると思うけどさ~」


「チッ、結局同じじゃねえか。

 なんだよ、だからオレに世話を焼いていたのか」


「しゃあねえだろ、オレ達も上には逆らえないのさ。 尋問するか、しないかは上層部が決めるんだからよ。 オレのような一冒険者に口出しする権利はねえのさ」


「ふん、つまりお前、お前等も上層部の犬という事か?」


「オレ自身はそのつもりはねえよ。

 絶対に従いたくない命令には背くしな」


「ふん、口では何とでも云えるさ!」


「まあ……そうかもな」


 気が付けば、オレはジウバルトと長く言葉を交わしていた。

 すると兄貴が傍に来て、オレに「そろそろ行くぞ」と耳打ちした。

 そうだな、これ以上話しても仕方ないよな。


 そしてオレ達はこの地下牢から立ち去った。

 その途中で兄貴がオレに向かって、一言漏らした。


「アイツが……ジウバルトが誰に似てるか、分かったぞ」


「……誰だい?」


「マルクスさ、奴はあのマルクスに似てるのさ」


 オレは兄貴の言葉に思わず、「あっ……」と声を漏らした。

 ああ、成る程。 既視感の正体はそれだったのか。

 オレの中で一つの疑問が解消した。


「ああ、云われてみればそうよね。

 何というかこの世の全てを拒否するような、

 それでいて自分自身に興味がない部分とかがマルクスに似てるわね」


 と、メイリンも意見を述べた。

 そうなんだよな、その辺を含めて奴はマルクスに似ている。

 

「……納得いったか?」


「あ、ああ」


 オレは兄貴の言葉にそう頷いた。

 すると兄貴はいつになく真剣な表情になって、一言告げた。


「正直オレ達の立場で、奴を――ジウバルトを救う事は出来ない。

 だからお前も奴にあまり肩入れするな」


「……そうだな。 確かにオレにはどうにも出来んよな」


「お前だけじゃない、俺にも他の誰にも奴を救えない。

 他人を救おうと思う心自体がある意味傲慢なのさ。

 自分一人の事すらままならないのにさ」


「……そうかもしれないな」


「嗚呼、じゃあもう奴にはあまり構うな」


「……そうするよ」


「……ならばいい」


 それだけ言葉を交わすと、オレ達は城の中にある自分の部屋へ戻った。 

 そしてオレは自分のベッドに腰掛けながら、一人考え込んだ。



「成る程、既視感の正体は分かったぜ。

 でも確かにオレにどうこう出来る問題ではねえな。

 ならばオレも奴に世話を焼かねえ方がいいんだろうな」


 それが無難な選択肢という事は理解出来た。

 だがオレの中でまたモヤモヤとした感情が沸き上がった。

 駄目だ、一人で居ると色々考えてしまうな。


 とりあえず食堂か、兵士の詰め所にでも行くか。

 こうしてオレはジウバルトと距離を置く事に決めた。

 まあ違和感の正体も分かったしな。


 オレも他人の面倒を見ている余裕はねえ。

 もう少しすれば、また戦いが再開するからな。

 オレは自分にそう言い聞かせて、

 軽く支度してから、城内の食堂へと向かった。


 だが幸か、不幸か。

 オレとジウバルトの関係は、これで終わりにならなかった。


次回の更新は2022年2月16日(水)の予定です。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様です。 正体が分かり、ラサミスの中でそれなりに整理を付いた感じかな。正体に気付く辺り、流石お兄さんと言うか一緒に戦って来た仲間ですもんね。 この物語では、敵対する形になってし…
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