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第三百五十話 夢幻泡影(むげんほうよう)



---三人称視点---



「またか」


 魔王レクサーは眼前に広がる真っ黒い空間を見据えながら、一言そう漏らした。

 今ではこの光景にすっかりに慣れたが、魔王に成り立ての頃は、レクサーにとってこの空間は恐怖の対象であった。

 

 状況が良く分からない上に、レクサーの実父である先代魔王に、延々と呪詛の言葉を浴びせられたのだ。少年期のレクサーにとっては、それは思い出したくもない光景であった。


 だがレクサーもその先代魔王の血を受け継いだ魔族であった。

 最初の頃はただ黙って罵倒されていたが、

 次第にレクサーの中にも反骨心と怒りが湧き上がった。


 それからレクサーも先代魔王に対して、罵倒を浴びせるようになった。

 そのような非常に醜悪な親子関係が数百年も続いている。

 これはレクサーに課された呪われた宿命かもしれない。


 だが妙なもので、最近では先代魔王の言葉を欲する機会が増えた。 

 そして今も尚、レクサーは心の底から嫌悪する先代魔王の出現を静かに待っていた。


「……おい、居るのか? 居るのであれば返事しろ」


「……」


 レクサーは感覚的に先代魔王がこの場に居る事を察知した。

 どういう原理かは分からないが、

 この空間ではレクサーと先代魔王ムルガペーラの意識は繋がっていた。

 少なくともレクサーはそう思っていた。


「先代魔王よ、四大種族との戦いでまた異変が起きた。

 だからけいの意見が聞きたい」


「……」


「……頼む、オレに力を貸してくれ」


 レクサーは自尊心を投げ捨てて、そう懇願する。

 すると何処からともなく野太い声が聞こえてきた。


『おう、感心、感心。

 お前もようやく人に物を頼む態度が分かってきたようだな』


 レクサーの自尊心を土足で踏みにじるような物言いであったが、

 レクサーは気にする事無く、先代魔王ムルガペーラに語りかけた。


「端的に云うぞ? また幹部の一人が敵に殺された。

 更にはこちらの要塞が敵の手に落ちた。

 敵はもう魔帝都の近くに迫ってきている状況だ」


『……マジか? それガチでヤバい状況じゃねえか~』


「嗚呼、だから是非とも卿の意見が聞きたい」


 レクサーはストレートにそう問うた。

 だがムルガペーラは「う~ん」と唸って言葉を詰まらせた。

 レクサーもムルガペーラが口を開くまで、辛抱強く待った。

 しばらくするとムルガペーラがゆっくりと語り出した。


『しかしオレが意見が云った所で、どうかなる訳じゃねえだろ? ただ敵が魔帝都付近まで接近しているんであれば、お前も小さなプライドは棄てて、魔大陸全土から兵を集めるんだな』


「嗚呼、そのつもりだ。 既にカーナス地方、レムリア地方、ローガン地方からも兵を集めている状態だ。 その総数は凡そ五万。 現状の兵力と合わせると、八万以上になる」


『ふうん、まあそれだけ数があれば何とかなるかもな』


「嗚呼、だが正直想像以上に敵が強い気……がする。

 オレ達魔族が弱くなったのか、敵が強くなったのかは分からんがな」


『多分、そのどっちの要因もあるんじゃね?』


「……どういう意味だ?」


『そのまんまの意味よ、今の魔王軍が弱くなった可能性もあるし、この数百年の間で、敵も強くなったんじゃねえ?』


 それに関しては、レクサーも同意見であった。

 今までの戦いを見ても、こちらが大きな失態を犯した訳ではない。

 だが結果的に魔王軍は、連合軍相手に敗北を重ねた。


 しかしレクサーにはその原因が分からなかった。

 だから自尊心をかなぐり捨てて、嫌悪する先代王の意見を求めたが、

 ムルガペーラ自身もその原因は分からないようだ。

 だがムルガペーラは、そんなレクサーを馬鹿にする事もなく淡々と意見を述べた。


『まあオレには今の魔王軍がどんな感じかは、分からないけど、やはり魔王であるお前の影響は、何らかの形で受け継いでるんじゃね? お前はオレと違って理性と知性で動くタイプの魔王だよな?』


「……まあそうだろうな」


『だけど魔族という種族は基本的に肉食動物。 腹が減ったら獲物を狩るし、発情期になれば盛る。 でもそんな連中に理性や知性を求めると何処かで綻びが生じるのかもな』


「……どういう意味だ? その話、詳しく聞かせて欲しい」


『いやだからコレもそのまんまの話だよ。 例えば肉食動物が狩る獲物に対して『可哀想だ』とか、『此奴らにも此奴らの立場がある』とか思い出したら、本末転倒じゃね? でも現状のお前は現状の魔王軍や敵に対して、色々思っている節がある。 そういうのは周囲に伝染するもんだぜ』


「……つまりオレは魔王として貴様より劣っているという訳か?」


 レクサーがやや自嘲気味にそう問うた。

 だがムルガペーラはそれに対して、ニュートラルな意見で応えた。


『別にそういうつもりで云ってねえよ? オレの代とお前の代とでは、この世界――ウェルガリアの事情も変わっているだろう、ただお前が露骨な失態を犯したとも思わん。 もしかしたらオレ達、魔族が蔓延る時代ではなくなってるのもかもな』


「……つまり世の流れがオレ達、魔族を拒んでいるというのか?」


『そこまでは云わねえよ。 いや案外そうなのかもしれない。 でも仮にそれが事実としても、別にいいじゃねえか。 世に求められなくても、自力で無理矢理運命を変える。 それこそ魔族、魔王らしい生き方じゃねえか……』


「成る程、オレもその考え方は好きだ……」


『まあ人生や世の中の流れなんて実体がなく、非常に儚いものさ。 でもそれでも生きてくしかねえだろ? 例えばこの世をつかさどる神という存在が居て、オレ達魔族を『邪悪』な存在に認定して、魔族を全力で排除しようとしたとしても、オレ達としては、それに素直に従う訳にはいかねえだろ?』


「……嗚呼、確かにそうだな」


『嗚呼、オレならそんな状況でも神に大人しく従わねえよ。

 むしろ神相手でも戦ってやるよ、それが魔族という種族だろ?』


 ……。

 この辺りに関しては、レクサーもムルガペーラと同じ心境であった。

 確かに魔族という種族は、異様に歪な生き物だ。


 争いを好み、戦いを生き甲斐にした戦闘種族。

 レクサーは魔王という立場にありながらも、

 魔族という種族は救いがたい存在と思っている。


 だがそれでも彼なりに魔族という種族を何とかしたいと思うし、魔族という存在を真っ正面から否定されても、それに従うつもりはない。 そう思うとレクサーの心に熱い思いが沸き上がってきた。


「オレも貴様と同意見だ。

 仮に神に否定されても、オレは神に従わない。

 必要であるならば、オレは神とも戦うっ!!」


『そう、そう、その意気よ。

 やっぱり魔王はそうじゃねえとなあ。

 いやあ、やっぱりお前も魔王なんだねえ~』


 ムルガペーラはどこか愉快そうな調子で頷いた。

 

「嗚呼、なんだか気持ちが楽になった。

 一応、礼を云っておこう。色々と助かった」


『ふうん、お前もちゃんと礼を云えるようになったんだな。 感心、感心。 嫌いな相手でも世話になった礼を云う。 これは魔王だけでなく、魔族としても大切な事だぜ?』


「……そうかもしれんな」


『……何だよ、今日はやけに素直じゃねえか?』


「いや実際、最近の貴様の意見には色々と助かっている。

 だから礼の一つくらいは云わぬと、後味が悪い」


『ふうん、まあお前がそう云うなら、オレも一々細かい事は云わねえけどな。 でも最終的には、自分の考えと判断を大事にした方がいいぜ? まあいずれにせよ、オレはまた高見の見物をさせてもらうわ。 じゃあな、レクサー。 次会う時はどうなってるか、少し愉しみだぜ、とりあえずお手並み拝見といかせてもらうぜ?』


「嗚呼、好きにするが良い」



---------



 そこでレクサーの意識が覚醒した。

 視界に映るのは、いつもの魔王の寝室の天井。

 寝室の窓のカーテンの隙間から、明るい朝日が差し込んでいた。

 時間にして朝六時過ぎといったところか。


 そしてレクサーはベッドから起き上がり、純白の寝間着の上に黒いガウンを羽織った。 それからキングサイズのベッドに腰掛けて、しばらく考え込んだ。



 ――神とも戦う、か。

 ――成る程、それはそれで面白いかもしれん。

 ――だがオレの、オレ達の当面の敵は四大種族。


 ――まずは奴等に勝たねばな。

 ――そして奴等に勝って、また退屈な日々が始まれば、

 ――その時は神相手に戦争するのも面白いかもしれん。


 ――だがまずは当面の敵を倒させねばならん。

 ――その為にまた色々策を練らねばな。

 ――まずは幹部連中を集めて話し合う必要があるな。


 そしてレクサーは寝間着姿から、豪奢な漆黒のコートに着替えた。

 それから軽い朝食を摂って、三十分程、小休止してから、

 従者と護衛を引き連れて、謁見の間へ向かった。



次回の更新は2022年2月13日(日)の予定です。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様です。 この空間でのお話大好きです。レクサーの内面を知れると言いますか、部下達の前では見せない一面を見せてくれるからでしょうかね。(>_<) しかし、幼少期の時にはかなり苦しか…
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