第三百四十八話 敗戦処理
---三人称視点---
「まだだ! 戦いはまだ終わってない。 何としても踏みとどまるんだっ!! 一人で地獄に逝くのは誰でも寂しい……だが心配するなッ! だが目の前を見てみろ……うようよと地獄への同伴者が居るじゃないか。 さあ……一人でも多く地獄への道連れを増やしてやろうじゃないか……」
半人半魔部隊の頭目ワイズシャールが芝居がかった口調でそう叫んだ。
最早、戦いの勝敗はついた。
だがこの要塞都市には、まだ多くの一般人が居残っていた。
だから勝ち目のない戦いと云えど、彼等は戦う事を選んだ。
兵士達は、ワイズシャールの言葉に小さく頷きながら、手にした武器を力強く握り締めた。
対する連合軍は、弓兵や狙撃手を前方に配置して、矢と銃弾で半人半魔部隊を含めた魔王軍の残存部隊を攻め立てた。
無数の射線となった矢と銃弾の雨が魔族兵の甲冑や肉体に突き刺さる。
魔族兵の面々は、手にした長槍や大剣を時計回りに回転させて、矢を弾くなどの防御策に徹して、乱れた陣形を立て直そうと一端、後退を試みたが、連合軍の第二射がまたもや魔族兵を襲った。 死の呪詛をたっぷりと帯びた矢と銃弾が次々と魔族兵の肉体を貫く。
「障壁だ、障壁を張るんだぁっ!!」
ワイズシャールが興奮気味にそう叫んだ。
だが数の上でも上回った連合軍の攻撃の前に、魔王軍は右往左往した。 哀れな被害者と化した魔族兵に容赦なく斬撃と矢と銃弾の豪雨が吹き荒れた。
そしてラサミス、ライル、剣聖ヨハン、傭兵隊長アイザックが先陣に立って敵陣に切り込んだ。 部下のボバンが戦死した事によって、激しい怒りを抱いていたアイザックは、魔族兵に対して一切の慈悲をかけなかった。
アイザックはラサミス達と同様に自ら陣頭に立ち、その卓越した剣術で魔族兵を斬り捨てて行く。 冷やかな殺意を帯びた斬撃が次々と魔族兵を切り裂いた。 疲労の極致にありながらも、魔族兵達も前後からの襲撃に果敢に応戦するが、振り下ろした大剣は空を切り、その次の瞬間に大剣を手にした両腕が切り落とされた。
恐怖と激痛に喘ぐ哀れな魔族兵の頭部に漆黒の魔剣が振り下ろされ、兜ごと頭蓋骨を撃ち砕く。 アイザックの剣が空を水平に切り裂く、弧を描くと一連の動作を幾度も繰り返し、魔族兵の肉体を次々と切り裂き、切り刻み、辺りに血しぶきをほとばしらせる。
異様な殺気と風格を漂わせたこの魔剣士に魔族兵も威圧、圧倒された。
アイザックは切り捨てた敵兵を顧みることもなく、次なる標的を定めると疾風のような速さで間合いを詰める。
魔族兵に大剣や戦斧を振り上げさせる猶予も与えず、脇腹に横薙ぎを、鎖骨部分に袈裟斬りを、止めに頭部を強撃した。 息をつく間もない三段攻撃が繰り出され、複数の急所を切り裂かれた魔族兵は断末魔の絶叫を残して絶命した。
アイザックの放つ眼光に圧され、魔族兵はじりじりと後退する。
その瞬間、敵が後退するのに倍した速度で突進し、右に左に剣を振るった。
絶叫と血煙が湧きおこり、身を寄せて固まった魔族兵の隊列がくずれかけた。
アイザックは、驚き戸惑う魔族兵達に一人残らず平等なる斬撃と死を与えた。
敵兵を斬り裂き、撃ち倒し、なぎ払い、剣技を最大限に生かして地獄へと突き落とす。
「オレ達も後に続くぞ!」
「嗚呼、了解だ」
次々と魔族兵を斬り倒していくアイザックの姿を目の当たりにしてラサミスとライルも闘志と競争意識を刺激されて、彼の後に続くように手にした聖刀と聖剣を振るう。 アイザックに圧倒されていた魔王軍も、防衛本能から即座に必死に応戦する。
アイザックに勝るとも劣らない勢いで、ラサミスとライル、剣聖ヨハンも髪をなびかせながら、スピードと鋭気に満ちた斬撃を繰り出していた。 連合軍の精鋭部隊に挟撃された魔王軍の残存部隊は、勢いづいた敵の猛攻に耐えながら覇気と闘志を振り絞った。
要塞内に残った住民の反応も様々だ。
とっくに逃げ出した住民も居れば、
ただ嘆くばかりで現実から眼を逸らす住民も多々と居た。
諦めの境地に達して、他人事のように、途方に暮れて事の成り行きに身を委ねる住民。 最後まで己の任務と責任感を放棄することなく、その命が途絶えるまで戦おうとする者達。
ワイズシャールにしても一度は心が折れかけたが、勇敢なる若者、男達の勇気と郷土愛に後押しされて、再び使命感、責任感、郷土愛といった感情をもう一度奮い起こさせて、最後の戦いに挑む決意を固めた。
――もう生きて家族に会うこともないだろうな。
――だがそれは皆とて同じッ……
ワイズシャールはそう感傷的になりながらも、己の仕事にかかった。
悲痛にも近い雄叫びをあげながら、
連合軍の猛者に正面からぶつかる傷だらけ魔族兵。
剣と戦斧が、激しく衝突して耳に響く金属音が奏でられる。
矢が飛び交い、攻撃魔法によう轟音が響く中、激しい戦いが繰り広がる。
窮鼠猫噛む、とまではいかないが魔族兵も必死に、懸命に抵抗する。
既に戦勝者気分で、血塗られた軍靴で、要塞の上層エリアの地面を蹂躙するかの如く、踏みつける連合軍の前衛部隊を死体の山の中に隠れ潜んでいた半人半魔部隊の奇襲部隊が、襲い掛かり、自分の命と共に多くの敵兵を道連れにする。
住人が居なくなった民家や店舗の二階の窓から狙いを定めて、矢を放つ弓兵。
粘りのある正気を捨てた抵抗に、連合軍の前衛部隊も手を焼いたが、
陣形を再編して落ち着きを取り戻す。
「……ワイズシャール隊長。 そろそろ限界に近いです、ここは術者にゴーレムを召喚させましょう。 そしてゴーレムに敵を食い止めさせている間に、仲間を逃げさせましょう」
呼吸を乱しながら、半人半魔の少年ジウバルトがワイズシャールにそう告げる。
「そうだな、そうするしか手段はなさそうだな。
ミリカ、術者を集めて後衛へ下がってゴーレムを大量に生成しろ!」
「はい、は~い。 でもちょっと遅い気がするけどね!
だけど文句は云わないわ。 じゃあ術者の皆、隊長の云うとおりにしよう!」
半人半魔の少女ミリカはそう云って、
術者の仲間を引き連れて、後衛へと下がった。
「我は汝、汝は我。 我が名はミリカ。 暗黒神ドルガネスの名の元に、
我が眷属、ゴーレムよ。 我が召喚に応じよ! ――サモン・ゴーレムッ!」」
ミリカを含めた術者達がそう呪文を紡ぐと、
彼女等の周囲に大量の土のゴーレムが生み出された。
その数、凡そ数十体。
半人半魔は個体によっては、
魔力が非常に高く、また五感機能も優れており、
攻撃、回復魔法だけでなく、召喚魔法も得意としていた。
そして生み出されたゴーレムの集団が前方へ躍り出た。
「さあ、ゴーレムちゃん。 敵を食い止めてねえ~。
じゃあ隊長、ジウ。 アタシ達もそろそろ逃げようよ」
だがワイズシャールとジウバルトはミリカの提案を一蹴した。
「いや俺は限界までここに残る。
後の事は俺に任せて、お前等はその間に逃げろ」
と、ワイズシャール。
「いえ隊長、オレも残りますよ」と、ジウバルト。
「……いやジウバルト。 お前は逃げろ!
どうせ負け戦だ、若いお前がそれに付き合う必要はない」
「……生き延びてどうなると云うんですか? どうせオレ達は半人半魔。 魔族の中でも序列最下位。 ならば無駄に生き残るより、ここで散った方が良いですよ。 オレも一応は魔族の端くれですからね……」
「……今なら転移石を使って逃げれるだろ?
ジウバルト、考え直せ!」
だがジウバルトはワイズシャールの言葉を首を左右に振って拒否する。
「隊長、オレは泥を啜って生きるより、戦士として死にたいです。 オレはガキでも魔族の戦士なんですよ」
「……馬鹿な奴だ。 だがお前の気持ちはよく分かった」
「……ありがとうございます」
二人はそう言葉を交わして覚悟を決めた。
「ちょっと何してるのよ!?
早く逃げないと、死んじゃうよっ!!」
ミリカがやや興奮気味にそう叫ぶ。
するとジウバルトは後ろに振り返って、ミリカに視線を向けた。
「ミリカ、お前は先に逃げろ!
オレと隊長は後で行く、転移石があるから大丈夫さ」
「いやいや、もう逃げないと駄目でしょ!?
……ジウ、アンタもしかして死ぬつもり?」
「……ミリカ、早く行くんだぁっ!」
「いやよ、アタシ一人だけ生き残るなんて!」
「ミリカ、もう時間がないわ。
この場は隊長とジウは置いて行くよ。
大丈夫、二人は強いから死なないわ」
と、ミリカの近くに立つ半人半魔の少女がそう云って彼女の右手を引いた。
「嫌よ、ジウが死んだらアタシは一生後悔するわ。
というかレナ、手を離して! アンタ等、仲間を見捨てる気なの!?」
「……ゴメン」
レナと呼ばれた半人半魔の少女がミリカの首に手刀を叩き込んだ。
するとミリカは意識を朦朧とさせた。
その間にレナがミリカを背におぶさって、この場から逃亡を図った。
するとジウバルトはレナに向かって、サムズアップしてみせた。
「ジウバルト、お前馬鹿だな。
ミリカはお前に惚れているんだ。
なのにお前は女より戦いを選ぶとはな……」
ワイズシャールが呆れた感じにそう漏らす。
するとジウバルトはシニカルな笑みを浮かべた。
「なら隊長も馬鹿ですね。
でもオレは馬鹿な自分が嫌いじゃないです」
「……ジウバルト、本当にヤバくなったら投降するぞ。
これは隊長命令だ。 だから絶対に従え!」
「……分かりましたよ。
でも簡単には投降しませんよ。
オレにも魔族としての意地がありますからね」
「分かった、分かった。
とりあえずお前は中衛に下がって、
魔力が切れるまでゴーレムを生成し続けろ!
こうなったら気力の勝負だ、さあ歯を食い縛って戦うぞ」
「了解です」
そしてワイズシャールは漆黒の戦斧を構えて前線に、
ジウバルトは白銀の大鎌を構えながら、中衛に下がった。
すると周囲の魔族兵も手にした武器を掲げてそれぞれ叫んだ。
「どうせ生きてても、一生日陰者扱いさ。
なら死ぬ時ぐらいは派手に散ろうぜ」
「おうよ、やってやろうぜ!」
「ああ、半人半魔の矜持を見せてやろうぜ!」
それぞれが好き勝手に云いたい事を叫んだ。
ワイズシャールは、部下達の言葉を聞きながら
何処か満足そうな表情を浮かべながら、大声で周囲に叫んだ。
「お前等の命は俺が預かった!
さあ、ここからは死のパーティーの時間だぁっ!
一人でも多く道連れにするぞ!」
次回の更新は2022年2月9日(水)の予定です。
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