第三百四十三話 七擒七縦(前編)
---三人称視点---
「――突撃開始っ!!」
「これ以上先に行かせるな! 何としても食い止めろ!」
勢いに乗る連合軍は、真正面から魔王軍に衝突。
連合軍と魔王軍が敵味方、入り乱れて混戦の最中にあった。
既に夜の十九時が過ぎて、頭上には漆黒の闇が広がっていた。
周知の事実の通り、魔族は夜行性で夜になると戦闘力や魔力が増す。
故に魔族と戦うなら、夜以外の時間帯にすべきだが、
連合軍の総司令官マリウス王子は、全軍をそのまま前進させた。
今更引くという選択肢はなかった。
多少は不利でもこの勢いのままこの要塞を陥落させる。
という強い思いを乗せて、マリウス王子は後方から全軍を見据えた。
怒声と金属音が入り乱れた戦いの中、兵士達は遮二無二に敵兵を斬り捨てる。
兵士達は異様な熱気と興奮状態のまま、絶叫しながら戦いを繰り広げた。
人の呻き声と断末魔、折れ飛ぶ剣や槍の鈍い金属音が響く。
四十五分後。
連合軍はラインラック要塞の下層エリアをほぼ制圧した。
空の戦いは獣魔王グリファム、サキュバス・クイーンのエンド達の
奮闘もあって、騎士団長レフが率いる竜騎士団はやや苦戦状態であった。
だが地上戦では、連合軍が明らかに押していた。
そして下層エリアから中層エリアへと突き進む連合軍。
中層エリアの後方で陣取っていた魔元帥アルバンネイルは、
胸の前で両腕を組みながら、「ぬう」と唸った。
「このままだとこの中層エリアも落ちそうだな。
いや恐らく確実に落ちる、だが只では落とさせん!」
「……じゃが勢いは完全に敵に傾いておる。
ここから流れを変えるのは、至難の業じゃぞ?」
同じく後方に下がっていた大賢者シーネンレムスがそう苦言を呈した。
するとアルバンネイルは、「ふん」と鼻を鳴らして反論する。
「無論、承知の上ですよ。 なのでシーネンレムス卿は自軍を率いて、上層エリアまでお下がりください。 この中層エリアが陥落したら、魔王陛下と共に転移魔法陣で魔帝都までお逃げください」
「……承知した。
だが卿の部隊だけで敵を迎え討つつもりか?」
「ええ、ですが心配はご無用です。
我々、龍族は龍化、竜魔部隊は竜化変身を行います」
「!?」
魔元帥の予想外の言葉に大賢者も驚きの表情を浮かべた。
龍族の龍化は、云わば最後の切り札だ。
龍族は龍化する事によって、
先祖返り的現象が起こり、肉体的にも魔力的にも強化される。
見た目は竜魔の竜化変身よりドラゴンっぽくはないが、
体長三メーレル(約三メートル)くらいの大きさを保ちながら、
攻撃力、防御力、速度、あらゆる魔法能力が強化される。
龍族が龍化するという状況は、前大戦以来であった。
前大戦でも龍化した龍族は、獅子奮迅の働きで連合軍を苦しめた。
恐らく今回の戦いでも龍化した龍族は、敵にとって大きな驚異となるであろう。
――しかし自尊心の塊のこの男がその選択肢を選ぶとはな。
――どうやら我が魔王軍も随分と追い詰められているようだ。
――だがこの場は魔元帥の意思を尊重しよう。
シーネンレムスはそう思いながら、魔元帥を見据えた。
するとアルバンネイルも少し複雑そうな表情を浮かべていた。
「……正直申せば、四大種族相手に龍化するのは不本意です。
龍族にとって龍化は、云わば最後の手段でもあります。
ですがこの場は私の自尊心より、任務を優先します」
「分かった、ならばもう儂も何も云わぬよ。
魔元帥、後の事は卿に任せた」
「ええ」
そう言葉を交わして、シーネンレムスは自軍を上層エリアまで引き上げた。
残されたのは魔元帥率いる龍族、竜魔部隊。
そして下層から中層まで後退したデュークハルト達を含めた下層エリアの部隊。
恐らく龍化しても、この戦いに勝つ事はもう叶わないだろう。
だが戦いはまだ終わりじゃない、恐らくこの次の戦いは、
魔帝都での戦いになるであろう。
そこで負ければ、この大戦における魔族の敗北がほぼ決定する。
――それだけは絶対に避けねばならぬ。
――ならばこの戦いで敵を少しでも疲弊させる。
――その為には俺はあえてプライドを棄てる!
アルバンネイルは自分にそう言い聞かせて決意を固めた。
そして周囲の部下達に龍化及び竜化変身するように命じた。
「では行くぞ、ハアアアアアァッ……龍化開始っ!!」
アルバンネイルの周囲に強力な魔力と闘気が渦巻き始めた。
その薄い水色の肌が漆黒の肌に変わり、体格が変わり、細胞の分子配列が変化する。 身長は300セレチ(約300センチくらい)まで大きくなり、深い紫色の鎧を締め付けるような溢れんばかりの筋肉。 頭部には大きく見開いた鋭い双眸。 釣り上がった口から覗く鋭い牙。
そして漆黒の両翼、臀部に生えた太くて長い尻尾。
その姿は龍を擬人化したような風貌であった。
周囲の龍族も似たような姿になった。
更には竜魔部隊も竜化変身して、
赤、白、青、緑、黒と様々な色のドラゴンに変身した。
「――準備は整ったな?
今から敵と交戦する。 兎に角一人でも多く敵を倒せェッ!
我等、龍族、竜魔の力で敵の侵攻を食い止めるぞっ!!」
そして司令官の言葉に応えるべく、
竜化した龍族部隊は「御意」と、
ドラゴンと化した竜魔部隊は「ガオォッ」と吠えた。
――連合軍の兵士達よ。
――貴様等に真の恐怖というものを教えてくれよう!
アルバンネイルは、心の中でそう呟きながら、
周囲の部下達を引き連れて、
中層エリアの下り道を意気揚々と突き進んだ。
---ラサミス視点---
「クソッ……援軍はまだかっ!?」
「おっと敵を前にしてお喋りしてるんじゃねえよっ!」
オレはそう云いながら疾走して、相手の不意を突いた。 まず左ジャブを繰り出して、相手の距離を測り、そこから右拳を一直線に繰り出す。 右拳に鈍い感触が伝わると同時に、青い軽鎧を着込んだ魔族兵が後ろに吹き飛ぶ。
そこから地を蹴り、飛び膝蹴りを腹に命中させ、両拳を頭上に振り上げた。
そして止めの一撃とばかりにハンマーナックルを男の背中に叩きつけた。
「ぐえっ!?」
会心の一撃が決まり、男は前のめりに倒れこんで地べたに接吻する。
「やるじゃん、ラサミス」と、メイリン。
「うん、今の攻撃は凄かったわ」
ミネルバもそう相槌を打つ。
「油断するな、まだ戦いは終わってない」
と、兄貴が緩んだ空気を変えるべく渇を入れた。
そうだな、まだ戦いは終わってねえよな。
この後にも敵の幹部が控えてそうだし、少し気合いを入れ直――っ!?
「なっ……アレは何なの!?」
ミネルバが驚いた表情で前方を指差した。
すると彼女が指差した五十メーレル(約五十メートル)ぐらい先に、
龍族らしき集団と数十体を超えるドラゴンの姿が見えた。
「な、何なんだ、アレは……」
オレは思わずそう口にした。
ドラゴンに関しては、まだ分かる。
多分、調教したドラゴン、あるいは竜魔が変身したのであろう。
だがその先頭に立つ龍族らしき集団は、龍族に似て非なる者であった。
でも恐らくアレは龍族が変身した姿なんだろう。
よく見たら先頭に立つ深い紫色の鎧を着た指揮官らしき者には見覚えがあった。
アイツは多分、魔元帥だろう。
何となくだが変身前の面影が残っている。
しかしその全身から発せられる闘気はまるで違った。
鋭くて禍々しい闘気。
そういった闘気が全身から溢れ出ていた。
その威圧感にオレ達も一瞬動きが硬直した。
それと同時に先頭に立つ魔元帥らしき存在が左手を上に上げた。
「――行けえぇっ……攻撃開始っ!!」
「いかん!? 敵の息吹攻撃、あるいは攻撃魔法が来るぞ!
全員防御態勢を取れ、それと対魔結界や障壁を張るんだっ!!」
一瞬にして危機を悟ったアイザックが大声でそう叫んだ。
それと同時にオレや周囲の仲間達も対魔結界や障壁を張るべく、
声を上げて呪文や能力を発動させた。
オレは一歩前へ出て、両手で印を結んで、
職業能力の『黄金の壁』を発動する。
「――行くぜ!! 『黄金の壁』」
オレの周囲に黄金に輝く闘気が渦巻いた。
オレはその黄金に輝く闘気を前方に押し出して、障壁を生み出す。
守備範囲は仲間の居る範囲に限定する。
すると周囲の仲間を覆うよな形で、黄金に輝く障壁が張られた。
そしてメイリンや賢者ベルローム、女魔導師リリアも対魔結界を張った。 すると敵の息吹攻撃や攻撃魔法が障壁や対魔結界に命中。
激しい爆音と共に視界が揺れる。
敵は更に息吹攻撃や攻撃魔法で攻めて来た。
だが何とか障壁や対魔結界で防ぐ事に成功。
「……ふうっ~、恐らくここから敵は猛攻をかけて来る。 だから聖騎士などの防御役は前に出て敵の侵攻を食い止めろ! そして剣士などの攻撃役を中心に敵に攻撃を仕掛けるんだ!」
と、アイザックが咄嗟に指示を出した。
オレ達はその指示に黙って従い、言われた通りの陣形を組んだ。
――こりゃ厳しい戦いになるな。
――これだけの数のドラゴンを相手にするのはキツい。
――更には変身した龍族の力も未知数だ。
――だが兎に角やるしかねえ!
オレはそう心の中で念じて、自分の心を奮い立たせた。
すると前方の敵集団がこちらに目掛けて行進してきた。
とりあえず一体ずつ確実に倒して行こう。
そしてオレは聖刀・顎門を抜刀して腰を落とした。
「よし、ここが正念場だ!
とりあえずまずはドラゴン狙い、
そしてあの龍族っぽい奴等の行動パターンを見極めよう!」
オレがそう云うなり、周囲の仲間達も「おお!」と呼応した。
そして敵の出方を伺いながら、それぞれ武器を構えて戦闘態勢に入った。
次回の更新は2022年1月29日(土)の予定です。
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