第三百三十九話 不撓不屈(後編)
---三人称視点---
「……行くぜ、死んでも恨むなよ」
「御託はいい、さっさとかかってこい」
ラサミスはそう云うなり、表情を引き締めて、口を真一文字に結んだ。
「それじゃ遠慮なく行くぜ、オラアアアァァァッ――――――!!」
そう気勢を上げながら、デュークハルトはラサミスに再び襲い掛かった。
デュークハルトのパンチが夕立ちのようにラサミスを襲う。
先程よりパンチの威力と速度が増している。
全てを避けきるには無理だ。
ならばダメージを最小限にして、間隙を突いて反撃する。
僅かな時間でそう脳内で算出したラサミスが素早い動きで、
デュークハルトの攻撃に対応する。
「いい動きだ――だが」
デュークハルトのパンチをことごとく躱しながら、ラサミスは――
「下半身ががら空きだぜっ!!」
と言いながら強烈な左足のローキックをデュークハルトの左足に叩き込んだ。
これにはデュークハルトも思わず「うっ」と顔をしかめる。
ラサミスはローキックを更に連発。
もちろん只のローキックではない。
闘気によって増幅された闘気ローキック。
通常時でもラサミスのローキックは、木剣を三本くらいなら軽くへし折る。
それが闘気で増幅されているのだから、その威力はかなりのものだ。
だがデュークハルトは前進を止めない。
閃光のような左ジャブを連打しながらラサミスに迫るが、
寸前の所で躱されて、またしてもローキックを左足の大腿部に喰らった。
デュークハルトが苦悶の表情を浮かべる。
だがラサミスは気を緩めない。
デュークハルトの必殺パンチをまともに喰らえば形勢は、
いとも簡単に逆転する事を理解していた。
追うデュークハルト、避けるラサミス、という具合に激しい攻防が続く。
次第にデュークハルトの呼吸が荒くなる。
だがラサミスの方も額に汗を浮かべていた。
例えるなら闘牛と闘牛士の戦い。
傍から見ればラサミスの優勢に見れるが、実際はそれ程余裕もない緊迫した戦い。
――流石は幹部候補生だ、その愚直なまでの前進は称賛に値する。
だがオレも負けるわけにはいかん。
仲間の前で逃げる事は許されない。 何よりオレの矜持がそれを拒む。
そう胸に秘めながら、ラサミスはファイティングポーズを取りながら距離を取る。
デュークハルトも左ガードを下げて、前傾姿勢を取る。
両者一発を狙っている。
デュークハルトとラサミスの激しい睨み合いが続く。
そして十秒程して先に仕掛けたのは――デュークハルトであった。
ステップインと同時にデュークハルトはうねりを生じた右ストレートを放つ。
それを横に避けるラサミス。 デュークハルトの右ストレートが外れる。
それと同時に今度は遠心力で、増幅された左フックがラサミスのボディに目掛けて放たれる。
当れば致命傷だ。
だがラサミスは飛び込んできた左フックを右足を上げて脛当てで防御する。 バシンッ!!という鈍い音と共にデュークハルトの左拳が「バチバチッ」と火花をあげる。
ラサミスは単に脛で防御しただけでなく、
左足全体にピンポイントで光の闘気を張っていた。 広範囲バリアよりピンポイントバリアの方が高い防御力をほこるのは周知の事実。
但し使いどころを間違えれば、致命傷を追う。
だが成功すれば大きな間隙を生む。
その生まれた間隙をラサミスは見逃さなかった。
ラサミスはデュークハルトの左拳を右足でガードしながら、
反り返るように反転しながら、左足を大きく蹴り上げた。
ラサミスの得意技であるサマーソルトキックがデュークハルトの顎に命中!
「うぐあああぁぁぁ――――――」
堪らず悲鳴を上げるデュークハルト。
だがラサミスはそれを冷徹な眼差しで眺めている。
そして右足を大きく振り上げて、勢いをつけてデュークハルトの側頭部に打ち込んだ。
だがそれはギリギリの所でデュークハルトがスウェイバックで回避。
デュークハルトの眼は痛みと怒りで充血していた。
そしてスウェイバックから反動をつけて、風の闘気に満ちた右フックを放つ。
まともに喰らえば一撃ノックアウト。
ならば喰らわなければ良い。
そしてラサミスはダッキングして、その右フックを外す。
相手の懐に入り込んだ。
デュークハルトのボディががら空きだ。
ラサミスは、その空いたボディに十八番の「徹し」を放とうとしたが、
その前に顔面に強い衝撃が走った。
大きく後ろに仰け反るラサミス。
どうやらデュークハルトが右足の膝蹴りをラサミスの顔面に叩き込んだようだ。
「……いい膝蹴りだ。 少し効いたぜ」
と、ラサミスは口元に微笑を浮かべる。
デュークハルトも顎を右手で押えながら――
「オマエの蹴りも良かったぜ。 まあ運良く顎は割れなかったけどな」
と、地べたに血の混じった唾を吐いた。
「やはりオマエは只者ではねえな。
だからオレも本気を出すぜ、我は汝、汝は我。
我が名はデュークハルト。 暗黒神ドルガネスよ!
我に力を与えたまえ! ――『オメガ・オーバードライブ』!!」
そう呪文を早口で紡がれると、
デュークハルトがラサミスの視界から完全に消えた。
「チッ……奥の手で来たか!」
ラサミスはそう云って、両手のガードを固めた。
だが今のデュークハルトの姿と動きはまるで見えない。
――これは厳しい戦いになるな。
そう思った瞬間――真横から鋭い衝撃音と共にラサミスの左側頭部が殴打された。
「ぐっ!?」
喘ぐラサミス、間合いを詰めるデュークハルト。
そして右手を開いて、強烈な掌底をラサミスの胸部に打ち込んだ。
「ゴホォッ」という嘔吐いて、ラサミスの身体が九の字に曲がる。
デュークハルトはそこから更に弧を描いて、ラサミスの左側頭部に右足で回し蹴りを喰らわせた。
向き直ろうと身体を回すラサミスの背中を追うように、
デュークハルトはさらに一歩踏み出し、
強烈な左のローキックをラサミス右大腿部に打ちこむ。
その衝撃でバランスを崩すラサミス。
――貰ったぜ!
デュークハルトは右足で脳天踵落としを繰り出すが、
右足の踵がラサミスの頭部を捉える前に急遽静止する。
デュークハルトの右足首がラサミスの両手で強く握り締められる。
「は、離せよ!!」
少し焦り居気味にそう云うデュークハルト。
「……姿は見えないが、闘気や魔力の気配や流れは感じるんだよ。
だからあえて大技を出すまで、殴られてやったのさ」
半分は本当で半分はハッタリだ。
だがラサミスのこのハッタリは予想以上に効果があった。
一瞬動きが固まるデュークハルト。
ラサミスはその隙を見逃さなかった。
「――零の波動!!」
次の瞬間、ラサミスの右手から白い波動が迸り、デュークハルトに命中。
職業能力・『零の波動』が見事に決まり。
デュークハルトの肉体がラサミスの眼前に突如現れた。
「――今だ、フィギュア・オブ・エイトッ!
ハアアアアアアァァッ――!!」
次の瞬間、光の闘気に満ちたラサミスの左拳がデュークハルトの右脇腹を捉えた。「ぐっ……はっ!?」と喉から悲鳴交じりの空気が押し出されて、デュークハルトの身体が前屈みになった。
それと同時にラサミスは、左フックでデュークハルトの右即頭部を殴打。
「ぐほっ」と呻くデュークハルト。
そこから返しの右フックでデュークハルトの左側頭部を殴打。
「ぐああぁっ」と叫ぶデュークハルト。
殴打の衝撃でデュークハルトの眼が虚ろになっていた。
だがラサミスは躊躇しない。
そこから左右のフックを連続して叩き込んだ。
「がはあぁっ……や、ヤバいッ!?」
と、口から唾液と血液を飛ばすデュークハルト。
「まださ! まだ終わらねえよ!」
殴打、殴打、殴打、全力で殴打。
両拳が痛むが更に殴る。 とにかく殴る、殴り続けた。
次第にデュークハルトの顔は血だらけになり、その口から赤い鮮血が流れ落ちる。
――次の一撃で決めるっ!
ラサミスはそこから前傾姿勢を取り、軸足に体重を乗せる。
「――これで終わりだあああぁっ!!」
ラサミスは全体重を右拳に乗せたジョルトブロウの右ストレートで、
棒立ち状態のデュークハルトの顎の先端に渾身の一撃を喰らわせた。
右拳に激しい痛みが伝わり、デュークハルトの歯が何本か折れて、空中に飛散する。 会心の一撃が決まり、デュークハルトは後方に物凄い勢いで吹っ飛んだ。
そしてそのままの勢いで近くの民家の外壁に背中から衝突する。
視界がぐるぐると泳ぎ、鈍く重い痛みが駆け巡る。
今の衝撃で肋骨が数本折れたようだ。
幸いにも背骨には異常はないようだが、痛みで指一本動かす事すら出来ない。
「つ、強え……ええっ……」
と、一言だけ漏らして、デュークハルトは地べたに崩れ落ちた。
ラサミスの電光石化の一撃に敵だけではなく、味方も驚いていた。
するとその僅かの間隙を突くように、前方から漆黒の波動が放たれた。
「なっ!?」
突如、放たれた漆黒の波動に戸惑うラサミス。
回避する余裕はなく、背中に背負った吸収の盾を両手に持って
漆黒の波動を受け止めた。 時間的に吸収する余裕はなかった。
その衝撃でラサミスは後ろに吹っ飛んだが、なんとか両足で地面に着地する。
すると前方に黒いローブを着た魔導師らしき集団が現れた。
「――行くぞ!」
前方に立つ頭目らしき白い仮面をつけた黒いローブを着た男がそう云うなり、
周囲の黒いローブを着た魔導師らしき集団が一斉に攻撃魔法を唱えた。
「チッ! させるかぁっ! 『黄金の壁』!」
ラサミスが咄嗟に『黄金の壁』を発動させる。
すると敵集団が放った闇属性の攻撃魔法が『黄金の壁』に綺麗に弾かれた。
この間隙を突いて、白い仮面をつけた黒いローブを着た男――カルネスは、
倒れているデュークハルトに近づき、回復魔法で回復する。
「我は汝、汝は我。 我が名はカルネス。 暗黒神ドルガネスよ。
我に力を与えたまえ! 『サーナーティオ』!ッ」
カルネスは右手から白い霧状の魔力を発しながら、右手をデュークハルトの腹部に当てる。
「か、カルネス卿? ……ありがとうございます」
地面に倒れたデュークハルトが力なくそう云った。
それにカルネスが首を左右に振りながら――
「……喋るな、まだ治療の途中だ」
カルネスは右手から白い霧状の魔力を発し続ける。
「ごほっ……ごほっ……」
デュークハルトは激しく咽込んだが、どうやら傷は癒えたようだ。
「カルネス卿、ありがとうございます。
もう大丈夫です、なのでここは一緒に戦いましょう!」
だがカルネスはデュークハルトの言葉を首を左右に振って拒絶した。
「お前さんはもう充分戦った。
後は儂や魔元帥閣下に任せておけ」
「しかし……」
「これは幹部としての命令である!」
こう云われては、デュークハルトとしても返す言葉がなかった.
「ではお言葉に甘えて……」
デュークハルトとだけ言い残して、この場から去った。
そしてこの場にはカルネス率いる不死生物部隊と
先程の戦いで生き残った残存部隊だけが残された。
最初に比べれば随分と減ったが、
それでも数千人以上は居るので、まだまだ戦えそうだ。
「全員に告ぐ、中層に居る魔元帥閣下が来るまで、
我々で敵を食い止めるぞ。 これは幹部命令である!」
カルネスの言葉に周囲の者達は無言で頷いた。
そして手にした武器や杖を構えて、ゆっくりと前へ歩み出る。
「……どうやら新手が来たようですな。
まさかここも一騎打ちでやる、とは云いませんよね?」
「ええ、ここは皆で一緒に戦いましょう」
アイザックの問いにヨハンは笑顔で答えた。
「よし、ならば全員に告ぐ、お前等稼ぎ時だぁっ!
全員で前方の敵をぶちのめすぞっ!」
アイザックの単純明快な指示に周囲の者達は「おお」と歓声を上げて、
手にした武具を構えて、戦闘準備に入った。
一難去ってまた一難。
今度は連合軍と魔王軍のリッチが率いる不死生物部隊との戦いが始まろうとしていた。
次回の更新は2022年1月19日(水)の予定です。
ブックマーク、感想や評価はとても励みになるので、
お気に召したらポチっとお願いします。




