第三百三十八話 不撓不屈(中編)
---三人称視点---
「どうしたっ!? テメエ等の力はこの程度か!!」
デュークハルトは、迫り来る敵を一人で蹴散らしながら、声高らかにそう叫んだ。 既に一人で二十人を超える連合軍の兵士を素手で倒していた。 鍛え抜かれた胸板、割れた腹筋、しなやかで太い両腕。 限界まで鍛えられた肉体。 その肉体を見せ付けるようにデュークハルトは、大股で前へ一歩進んだ。
「くっ……コイツ、徒手空拳だが異常に強い。
さては名のある幹部だな?」
先程までデュークハルトと戦っていた傭兵ボバンが肩で息しながら、そう云う。
「残念ながらオレは只の幹部候補生よ。
まあ実力は幹部級だと思っているけどな。
だからオマエもそんなに気落ちする必要はねえぜ?」
と、デュークルトが白い歯を見せて嗤った。
この台詞は大言ではなかった。
単純な戦闘力では、デュークハルトは魔族の中でもかなりの上位の位置に居る。
彼が幹部の座に就いてないのは、
まだ若いという理由で、魔王レクサーが周囲に忖度しているからに過ぎない。
だが結果的にそれがデュークルトの競争心を煽って、実力以上の力を発揮していた。
「……此奴は口だけではないな。
ヨハン殿、それとラサミスとライル。
ここは妙な自尊心を捨てて、多対一で此奴を倒すぞ!」
傭兵隊長アイザックが周囲にそう云って同意を求めた。
だが剣聖ヨハンもラサミスとライルも素直には同意しなかった。
彼等もまた誇り高き戦士であった。
こうして敵が一人で戦っている姿を見ると、
胸の内に熱い感情が自然と沸き起こってくる。
「アイザックさん、貴方の云う事は正しい。
でも正しい事が必ずしも良い選択肢とは限らない。
少なくともボクにも剣聖としての自尊心がある。
だからこの状況下で多対一でこの金狼の男と戦うつもりはない」
剣聖ヨハンは歯に衣を着せず、そう言い放った。
するとラサミスとライルもそれに便乗する。
「オレもヨハンさんに同意するッス」
「……同じく」
「……ならどうするつもりだ?
まさか奴と一騎打ちするつもりか?」
アイザックが険しい表情でそう問うた。
するとラサミスが右手で自分の顎を摩りながら、一つの意見を述べた。
「まあ馬鹿げているかもしれませんが、個人的にはそうしたいッスね。 奴とは前に一度戦いましたし~。 とはいえ馬鹿正直に一人ずつタイマン張るのも面倒なので、ここは奴の勝ち抜き式のタイマン勝負という事にしませんか?」
「……勝ち抜き式のタイマン勝負だとっ!?」
アイザックの表情が更に険しくなった。
だが剣聖ヨハンもラサミスの意見に賛同した。
「それ悪くないアイデアだね。
ボクはその案に賛成だよ」
「……自分もです」
ライルもさりげなく同意する。
するとアイザックは表情を険しくしたまま、しばらく黙り込んだ。
「……アイザックさんは不服ですか?」と、ヨハン。
「当然ですよ、だが皆の云わんとする事も分からなくはない。
いいでしょう、馬鹿らしいがその話に乗りましょう。
……それで先鋒は誰が行くのだ?」
「あ~、やっぱここは下っ端のオレが行きますよ。 相手も幹部候補生みたいだし、ここで剣聖や傭兵隊長が出るのは時期尚早でしょう?」
ラサミスはそう云って、自ら名乗り上げた。
するとラサミスの前方に立つデュークハルトがニヤリと笑った。
「お? オマエはこの間の銀髪の小僧じゃねえか?
こりゃ良いわ、このリベンジの機会を逃す手はねえな」
「生憎リベンジをさせるつもりはねえよ。
オレも少しは名が売れてきたからな。
ここでオマエを倒して、更に名を上げてやるぜ!」
ラサミスはそう云うなり、刀を鞘に収めた。
そして吸収の盾を背中に背負い、
両手を握りしめて、ファイティングポーズを取った。
「なんだ、小僧。 一騎打ち、しかも素手で戦うつもりか?」
「ああ、オマエが素手で戦うなら、オレもそうさせてもらうよ!」
「ほう、小僧。 オマエ、ヒューマンにしては漢気があるじゃねえか。
いいよ、いいよ、いいよ。 オレもこういう展開大好きだわ。
でもやるからには本気でやらせてもらうぜ、はあぁっ!!」
デュークハルトがデモンストレーションとして、突きと蹴りを繰り出した。
鋭くて速い突き。 此奴は素手でもかなり強い、油断は出来んな。
ラサミスはそう沈思しながら、再び身構える。
それを愉悦な表情で眺めながら、右手でくいくいと挑発するデュークハルト。
「……やってやんよ!」と、ラサミスは口を真一文字に結ぶ。
拳を構えたまま、デュークハルトはラサミスを見据えている。
互いに殺気を放ち、にらみ合う両者。――先手を打ったのはデュークハルト。
変幻自在に打ち込まれる拳と蹴り。
だがラサミスも体術には心得がある。
繰り出される数多の拳と蹴りを紙一重の動作で躱す。
互いに距離が近まる。 前方から一直線に突きが来る。
「……大した腕だ。だが――」
と、ラサミスは打ち出された手刀をかわし、懐に入った。
「この程度なら何とかなるっ!」
そう口にしながら、ラサミスは強烈な掌底をデュークハルトの胸部と顎に連続で叩き込んだ。
「がはっ!」
強烈な衝撃でデュークハルトの肺から空気と胃液が漏れる。
顎を揺らされたので、視界が泳ぐ。
だが幹部候補生として意地と矜持がその痛みを耐えさせた。
息をつく間もなく、ラサミスが至近距離から左右のフックを連打する。
脇腹、鳩尾と入り、更にはテンプルに命中。
「……やるじゃねえか!」と呻き声をあげて、よろめくデュークハルト。
「……オレが強いんじゃない、オマエが弱いんだ」
「……云うじゃねえか……だがオレにもプライドと意地がある」
デュークハルトはそう云うなり、全身に風の闘気を纏った。
太い二の腕と首周り、発達した胸筋、八つに割れた腹筋。
まるで一流の格闘家のような肉体。
そしてその身体の節々に、戦士の証としての傷跡が刻まれていた。
デュークハルトはその見事な二の腕を見せ付けるように構えた。
ラサミスも警戒心を高めながら、摺り足でジリジリと間合いを詰めた。
睨み合う両者。
距離が中間距離へと移る。 互いの射程圏内に入った。
デュークハルトは「ハアー」と大きく深呼吸する。
ラサミスが双眸を細めた。 先に仕掛けたのは――デュークハルト。
高速の手刀を繰り出す。
まるで死神の鎌のような鋭い連撃。
ラサミスはガードせず、身体をすいすいと動かし、その死神の鎌から逃れる。 続いて相手の左足が上がる。 神速の速さのローキック、跳躍して躱すラサミス。 それと同時に放たれるデュークハルトの右足のハイキック。 ラサミスは咄嗟に防御したが、強い衝撃で身体がぐらついた。
「ハアハアハア、ハアハアハアハアッ――アタァァァァッ!」
気勢を上げながら突きと蹴りを放つデュークハルト。
両腕で防ぐラサミス。 だがデュークハルトの連撃は更に加速する。
速く――速く――ひたすら速く、
相手の足をローキックで止めて、ガードの隙間を掻い潜り、脇腹に突きを数発。
強引に防御をこじ開けるように、強くて速い突きを連続して打ち込む。
怯むラサミス、だがデュークハルトは容赦はしない。 殺気と戦意。
それと高揚感に包まれながら、
デュークハルトが己の力と肉体を駆使して、ただ標的に攻撃を仕掛ける。
だが標的――ラサミスは倒れない。
突きを繰り出す拳、蹴りを放つ足に痛みと重さが伝う。
だがそれでも手を止めない。
何度かラサミスも打ち返すが、クリーンヒットには至らず、相手をやや押し返す程度。
次第に目に見えて優劣がハッキリと浮き彫りになる。
肉体強度と精神力、忍耐力――それらの要素にも限界がある。
「フッ、流石のオマエも限界のようだな。 剣士であるオマエにはオレを倒せない。 その剣を捨て、相手と同じ舞台に立って戦う姿勢と精神は賞賛に値するぜ。 ……だが美徳は時として仇になるのさぁっ!」
そう叫びながら、デュークハルトは身体を捻り、
強烈な回し蹴りをラサミスの上体に叩き込んだ。
両腕でガードするも蹴りの衝撃で吹っ飛ぶラサミス。
その衝撃でラサミスは体勢を大きく崩す。
「――勝負あった!」
勝ちを確信したデュークハルトが愉悦の笑みを浮かべる。
九分九厘、勝利を確信した。 後は頭部に突きを入れて、止めにハイキックを叩き込む!
閃光のような突きを突き出し、白い歯を見せるデュークハルト。
だが次の瞬間、その表情が豹変する。
バランスを崩したラサミスの身体が地を這うように滑空して、大きく弧を描く。
「……こ、これはっ!?」
そう口にした瞬間、身体に穴が開くような強い衝撃と痛覚に晒された。
「――肝臓打ちのジョルト・ブロウさ。
魔族も人間と同じく右脇腹に肝臓があるようだな。」
ラサミスの放った大きく弧を描く左フックがデュークハルトの右脇腹を抉った。
目を大きく見開き、口をあけてパクパクさせるデュークハルト。
鍛えられた戦士でも耐えられない強烈な一撃。
身体の機能が破壊される衝撃。
意識が朦朧とする。
だがラサミスは冷然たる表情で敵を見据えている。
「……これで終わりじゃねえ……よな?」
「――舐めるなよ!!」
そう言うとデュークハルトは一端後ろに下がり、「ハアアアアァァ」と大きく息を吸い込んだ。 そして眉間に力を篭めて魔力を解放する。 するとデュークハルトの身体の周辺に目映い光が渦巻いた。
「……どうやら、貴様の実力は本物のようだな。
ならばオレも本気を出すぜ、――我は汝、汝は我。
我が名はデュークハルト。 暗黒神ドルガネスよ!
我に力を与えたまえ! ――『オメガ・ドライブ』!!」
そう呪文を詠唱するなり、デュークハルトの身体が風の闘気で包まれた。
――これは確かスピードを向上させる風属性の強化魔法だ。
――敵さんもいよいよ本気という訳か。
――だがオレも引くつもりはねないぜ。
ラサミスはそう思いながら、再び身構えた。
ラサミス対デュークハルト。
その戦いは佳境を迎えようとしていた。
次回の更新は2022年1月16日(日)の予定です。
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