第三十三話「再びリアーナへ」
午後の二十一時。
酒場『龍之亭』は多くの客で賑わっている。
今夜の肴は三年ぶりに帰郷した兄貴だ。
「ライル、すっかり立派になったな! 今じゃリアーナでも有名な冒険者なんだろ? 大したモンだ!」
「そんな事ないですよ。 まだまだ半人前です」
「いやいやその面構えで分かる! それは死線を越えてきた顔だ。 まあかくいう俺も若い頃はな――」
「すみません、俺も少し店を手伝うので」
おっさん特有の自分語りが始まる前に、逃亡する兄貴。
俺は今日もバイトに入ってくれたエリスと一緒に皿洗いをする。
「ライル兄様。 凄い人気よね!」
「おう、俺とはえらい違いさ!」
「いやそういうつもりで言ったわけじゃないよ?」
「うん、それはわかってるよ。 でもやっぱり兄貴は俺とは違う。 三年ぶりなのに、あっという間に周囲に溶け込んでいる。 あの辺りのコミュ力は流石だぜ」
と、俺は率直な感想を述べた。
すると近くから――
「そうよ、アンタも見習いなさい!」
というやや甲高い声が聞こえてきた。
視線を向けると、何故かメイリンが近くに立っていた。
相変わらずの黒マントと黒ローブに紺色の三角帽子という格好。
相変わらず上から目線な奴だ。
でもその胸元は相変わらず自己主張の欠片もない。
昼間見た伯爵夫人と比べると、いささか同情の念を抱いてしまう。
「こ、こらあぁっ!! ど、何処見てるのよ!?」
そう言いながら、両手で胸元を隠すメイリン。
いや隠すような物はないだろう。 あえて口にはしないがな。
「なんでお前がキッチンに来てるんだ?
ここは部外者は立ち入り禁止だぜ?」
「な、なによう。 今日はやけに強気じゃない。
つい最近まで生気が抜けたような顔してたのに……」
「ふっ……男は一日あれば変わる生き物なんだよ」
「むう……確かに少し覇気を取り戻したようね。 アタシも少し心配してたのよ。 なんかアンタ、典型的な燃え尽き症候群だったでしょ?」
なる程、メイリンなりに心配してくれてたようだ。
「まあそれは否定しないがな。 だが今は違うぜ?」
「ふうん、なんか吹っ切れた表情ね。 悪くないじゃん」と、メイリン。
「というか俺は明日からリアーナへ行くよ。 正式に『暁の大地』の構成員になる事を決めたよ。 だからエリスやメイリンとも暫しの別れさ」
「えっ? ラサミス、ライル兄様とリアーナへ行くの!?」
「ん? ああ、そうだぜ。 エリスも元気でな」
俺もエリスと離れ離れになるのは寂しい。
だがエリスとメイリンには学校がある。
気楽な冒険者稼業の俺とは違う。
故にこの件に巻き込むわけにはいかない。
「ちょっと待ちなさいよ! アンタ、一人をリアーナへ行かせないわ! いいでしょ、アタシとエリスも同行してあげるわ!」
「えっ? 私も!?」
と、目を丸くして自分を指差すエリス。
相変わらず直球だな、メイリンは。 思ったら即行動。
この思いっきりの良さは見習いたい。
「でもなあ、もうすぐお前等の夏休みも終わるだろう?
学生の本分は学業だろ?」
「へ? ああー、アンタ知らないんだ。 アタシとエリスの学校は、二学期制よ。 新学期が始まるのは十月からよ。 だから問題ないわ!」
え? そうだったのか?
学校に行かなくなって久しいからな。 予想外の展開だ。
「ふふん、つまり後一ヶ月くらいなら、時間的余裕もあるのよ? どう? この美少女二人が無償で奉仕してあげるのよ? 感謝なさい!」
と、胸の前で両腕を組みドヤ顔のメイリン。
相変わらずの自画自賛っぷり。 ここまでくると清々しいくらいだ。
「んじゃメイリンは俺の荷物持ちな、無償の奉仕よろしく!」
「コラアァッ! 調子に乗るなっ!」
「いやあ気持ちはありがたいんだけどねえ。 兄貴の了承も取らないとな」
「……俺なら構わんぞ?」
「え?」
気がつくと兄貴が傍に立っていた。
首から白いエプロンをかけて、汚れた皿を綺麗に洗っている。
「兄貴!」「ライル兄様!」「ライルさん!」
「俺としては、エリスやメイリンの同行を拒むつもりはない。
だが二人は学生だ。 新学期にはちゃんと学校へ行くんだぞ?」
「はいですわ!」「もちろんですよ!」
元気良く返事するエリスとメイリン。
まあエリスは回復役、メイリンは火力になる。
戦力は多いに越した事にない。
「ならば二人の同行を認めよう。 明日までに旅の準備をしておけ。 お前等三人は一度リアーナへ行ってるから、瞬間移動魔法も可能だから、冒険者区の瞬間移動場が集合場所だ」
「「「はい!」」」
一度でも足を運んだ事がある場所は、瞬間移動魔法が可能である。
故に各町の冒険者区には、瞬間移動場が必ず存在する。
これさえあれば郵便物や交易品の郵送や輸送もかなり楽になる。
但し、有料である上に、商売上での使用は一日一回までに限定。
まあこれを定めないと、色々と経済にも影響しそうだからな。
こうして俺達は、再び自由都市リアーナへ向う事になった。
翌日の正午。
俺達四人は瞬間移動場で誘導役の魔法使いに
瞬間移動魔法をかけてもらい、リアーナへと旅立った。
だがこの時の俺達はまだ知らなかった。
知性の実を巡る戦いが、想像以上に深刻かつ過酷になる事を。
次回の更新は2018年5月12日(土)の予定です。




