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第三百二十七話 兵は神速を貴(たっと)ぶ(後編)


---三人称視点---



 5月11日の夜の二十一時過ぎ。

 魔大陸の中央大陸の東部まで広がった一面の暗い夜空の下。

 魔王レクサーは部下達に巨大な魔法陣を生成するように命じた。


 規模としては、この間の大結界の発動や人工降雨を行った時より大きい魔法陣だ。 直径にして六十メーレル(約六十メートル)、高さ一メーレル(約一メートル)という大きさだ。 その大きな魔法陣の上に前回同様、巨大なアーチが掲げられており、そのアーチの裏側にも、びっしりと呪文が刻まれている。


「では作戦通り、今から雪を降らせるぞ!

 シーネンレムス、カルネス、レストマイヤー、アグネシャール!

 直ちに魔法陣の上に乗れっ!!」


「「「「御意!」」」」


 魔王に命じられて、大賢者ワイズマンシーネンレムス、リッチ・マスターのカルネス。

 幹部候補生のレストマイヤーとアグネシャール等も巨大な魔法陣の上に乗った。


「よし、では余の呪文の詠唱に合わせて、

 卿等も魔力を篭めるんだぁっ!」


「「「「ははっ!」」」」


 すると魔王レクサーは呪文の詠唱を始めた。

 天候操作魔法の基本となるのは水魔法と風魔法である。

 今回の場合は水魔法を一度、凝固させて氷属性に変換する必要があった。

 降雪の天候操作魔法に求められる魔力は、通常の魔法の三倍以上の負担がかかる。


 故にこの降雪の天候操作魔法は、魔王レクサーが詠唱者キャスターを務める。

 魔王レクサーは単純な戦闘力だけなく、魔力でも魔族の中で一番であった。

 その要因の一つとして暗黒神ドルガネスと直接、契約を結んでいる事が大きかった。


 通常時は暗黒神に全魔族からかき集めた魔力を捧げることによって、

 戦闘や魔法、魔力などの恩恵を授かっていたが、

 このように強大な魔法を使う際にも、暗黒神の力を借りる事があった。


 暗黒神の力は強大だ、強大過ぎる。

 故に魔王以外の者には、その邪悪な魔力に耐えきれなかった。

 しかし魔王も暗黒神の力を借りる際には、

 肉体的にも精神的にも異様に消耗させられる。


 故に滅多な事では、暗黒神の力を借りる事はない。

 だが今は云うならば非常時。

 何せ敵の大軍が魔大陸に侵攻して来たのだ。

 だからこの場においては、

 魔王レクサーも覚悟を決めて暗黒神の力を借りる事にした。


「偉大なる水と風の精霊よ、我が願いを叶えたまえ! 

 我が願いを叶え、母なる大地ウェルガリアに大いなる恵みをもたらしたまえ!」


 レクサーは一言一句丁寧に呪文を読み上げる。

 するとレクサーの身体に強い魔力反応が生じた。

 個人が保有するには、あまりにも膨大な魔力。

 並の者なら耐えきれず、魔力暴走を起こしかねない。

 だがレクサーは耐えた、魔王の矜持にかけて耐えた。


「嗚呼、空よ! この大地に天の恵みを与えたまえっ!」


 するとレクサーの頭上の雲が急速に広がり始めた。

 魔法の種類で云えば、水と風の合成魔法に該当する。 

 だが今回の降雪の天候操作魔法の範囲も、数十キール(約数十キロ」に及ぶ広範囲だ。 

 消耗する魔力も人工降雨の時以上の魔力が求められた。


「ぐ、ぐぬっ……」


「陛下、どうかご無理をなさらずに!」


 だがレクサーは大賢者ワイズマンの言葉に対して、左右に首を振って拒絶する。


「駄目だ! これは云うならば、魔王の使命。

 だからどんなに辛くても、耐えねばならない。

 既に多くの魔族兵が死に追いやられた。

 今後も状況次第では、更に多くの兵が死ぬだろう。

 だからそれを少しでも減らすべく、余は魔王としての使命を果たす!」


「……」


 レクサーの気迫に押されて、シーネンレムスも思わず黙り込んだ。

 他の部下達も固唾を呑んで、レクサーを見守っていた。

 そしてレクサーは天に向かって両手を上げた。


「嗚呼、空よ! この大地を雪で埋め尽くしたまえ!

 はああぁっ……『大吹雪ブリザード』ッ!!」


「我等も魔力を解放するぞ!」


 と、大賢者ワイズマン

 周囲の部下達も無言で頷き、天に向かって両手を上げた。

 呪文の詠唱が完全に終わると、やや間を置いてから上空の雲が異常な速度で広がった。

 それと同時にレクサー達の身体に大きな負荷がかかった。


 その負荷に耐えきれず、

 レストマイヤーとアグネシャールは地面に片膝をついた。

 シーネンレムスとカルネスは何とか耐えていたが、

 少し気を抜くと、レストマイヤー達と同じような状態に

 なりそうだったが、強靱な意志でその苦痛を耐え抜いた。


 そして天に広がった雲は雪雲と化して、雪を降らし始めた。

 だがそれはまだ粉雪が舞うという規模であった。

 しかし現時点ではこれで充分であった。


 降雪は相手にも効果があるが、

 こちらにも負荷を与える諸刃の剣。

 故に一気に雪を降らせず、徐々に強めるという手筈であった。


 それからレクサーは自身が乗る魔法陣以外にも、

 新たな魔法陣を数十個、生成するように部下達に命じた。

 そして数十個に及ぶ魔法陣が完成。


 その魔法陣の上に各部隊の魔導師を乗せて魔力を供給させた。

 これでしばらくの間は、雪を降らせる事が可能となった。


「よし、では作戦は次の段階に移る。 余と大賢者ワイズマンと魔元帥はこの場に残るが、それ以外の者は司令官グリファム、副司令官カルネスに同行して、敵部隊を各個撃破せよ! 尚、同行させる魔物、魔獣は寒さに強い品種にせよ、さあここからが正念場だ! 我々も苦しいが敵も苦しい、だから力を合わせて敵を討とう!」


「御意、陛下のご期待に沿えるように微力を尽します」


 シーネンレムスが控え目にそう云った。


「御意っ! 我が力を持って、連合軍を倒してみせます!」


 獣魔王ビースト・キンググリファムも勇ましくそう叫んだ。

 魔元帥アルバンネイルも何か言いたげであったが、

 今回は迎撃作戦から外されたので、不満気な表情を浮かべていた。


 それ以外の幹部達は「御意」とだけ答えて、

 姿勢を正した状態で、魔王に向かって敬礼していた。

 こうして魔王軍と連合軍は、戦場で再び相まみえる事なった。

 そして魔王軍の迎撃部隊は、頭上を舞うつぶらな粉雪の中、進軍を開始するのであった。



---------



「お、おい……見ろよ! 雪が降ってきたぜ!」


「ちょっとラサミス、可笑しな事云わない……ってホントだ!」


 突如降ってきた雪にラサミスやメイリン以外の者達も大いに驚いた。

 何せまだ5月の上旬。

 魔大陸がいくら冷帯と云えど、雪が降るには時期尚早だ。


「……これは敵の仕業かもしれないわね」


 ミネルバが思案顔でそう云う。


「……確かに何か胸騒ぎがしますわ」


「う、うん。 あたしも嫌な予感がする」


 と、エリスとマリベーレも同調する。


「これは上層部と話し合う必要がありそうだな。

 ラサミスとミネルバは俺について来い!

 今からマリウス王子の許に向かうぞ!」


「ああ」「了解」


 ラサミス達がマリウス王子が居る本陣に到着した時には、、

 剣聖ヨハンとその仲間、アイザック、ボバン。

 それとレフ団長、レビン団長、そしてナース隊長、アームラック団長の姿が見えた。


 恐らく皆、雪が降っている件について話し合いに来たのであろう。

 マリウス王子もそれを事前に勘づいたようで、

 連合軍の今後の方針について議論を交わした。


 多くの者がこの状態で進軍する事に、危惧の念を抱いたが、

 マリウス王子は防寒対策をして、このまま進軍するという命令を下した。

 確かに只でさえ寒いのに、雪が降った状態で進軍するのは厳しい。


 だがこのくらいの寒さなら何とか耐えられる。

 このまま右往左往して、本当の冬将軍が来ればそれこそ完全に手遅れだ。

 とはいえ限られた兵員で、未知の魔大陸を突き進むという不安もあった。

 そこでマリウス王子は、本国のニャンドランドに――


「兵員がまだまだ足りないニャン。

 だから本国ニャンドランドから増援部隊の派遣と物資の運搬をして欲しいだニャン!」


 という趣旨の書状を伝令兵に渡して、駿馬を走らせた。

 とはいえニャンドランドから増援部隊が魔大陸に派遣されるまで、

 待っている余裕はなかった。


 だから現状の戦力で再び中央大陸の東部に侵攻して、

 敵部隊を各個撃破して、そのまま西に突き進む。

 そして敵の要であるラインラック要塞を陥落させる、というのが基本戦略だ。

 だが実際に要塞を攻略出来るかは難しい問題であった。

 そこでマリウス王子は一つの決断を下した。


「正直、現時点でかなり厳しい戦いだニャン。

 本国の連中は「それでも勝て!」と云うだろうけど、

 現実的に魔族を相手に完全勝利を収めるのは不可能に近いニャン。

 だからボクは要塞を陥落させたら、魔族に講和を持ちかけるべきと思うだニャン!」


 王子の予想外の決断に周囲の者も少し戸惑いを見せた。

 そしてしばらくするとヒューマンの騎士団長アームラックが異論を唱えた。


「しかし相手は魔族ですぞ?

 話し合いが通じる相手とは思えませんが……」


「ではアームラック団長は、こちらか、魔族側が全滅するまで

 戦いをする事をお望みですかニャン?」


「それは……」


 流石にこう云われては肯定する事は出来なかった。

 するとマリウス王子は諭すように周囲に告げた。


「まあ各種族の王族やリーダーからすれば、『魔族は悪しき存在』というかもしれないけど、ボクは最低限の意思の疎通は取れる相手だと思うニャン。 だからこちらが有利になってから、講和を申し込むのは、一つの手だと思うニャン。 まあ本国や他の種族のおさは、反対するだろうけど、その場合はボクも矢面に立って、周りの者を説得するだニャン」


 こう云われると、各部隊のリーダーもマリウス王子の判断に反論は出来ず、

 ある者は同意して、ある者は渋々ながら同意する事となった。

 

「では今後の方針は決まっただニャン。

 まずはこのまま西へ進軍して、敵を各個撃破して行くだニャン。

 そして敵の要塞を全力で陥落させて、それから講和を申し込む!

 これは最高司令官としての命令だから、皆に従ってもらうニャン!」


 こうして連合軍は戦力を再編成して、再び魔王軍と交戦する事となった。

 先の見えない戦いに少し光明が見えて、各部隊の士気も一時的ながら回復したが、まずは当面の敵と戦うべく、粉雪が舞う中、寒さに耐えながら、西に向かって進路を取った。


次回の更新は2021年12月22日(水)の予定です。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様です!! 魔族には催眠が効果的。それを担当しているニャーマンが、魔族側では尋問を受けている側だとは……。 魔法に長けている分、かかりやすいのかな。 魔タタビが欲しい……最後の…
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