第三百二十四話 気まずい空気
---ラサミス視点---
……。
ヤベえな、なんか妙に気まずい空気だ。
とはいえエリスが悪い訳ではない。
ふう~。
ここは無難な会話でやり過ごそう。
「ああ、エリス。 おはようさん」
「うん、ラサミスも顔を洗いに来たの?」
「ああ、そうだよ。 なんか身体が疲れててな」
「でしょうね、何せあの龍族のボスと戦ったもんね。 私が云うのもアレだけど、あんな怪物相手に互角以上に戦えたわね」
「……自分でも驚いてるよ。 まあ兎に角、必死に戦ったよ。
でももう奴とは戦いたくねえよ」
うん、こんな感じの会話で良いだろう。
でも何故か胸がずきんと痛んだ。
やはり何処かに後ろめたさがあるのかもな。
「……ラサミス、何か雰囲気が変わった?」
「えっ?」
「いや何というか妙に清々しい表情してるのよね。
……何かあったのかしら?」
……。
どうやらオレの表情にも変化が出ているようだ。
しかしそんなに変わるものなんかね?
「そうか? まあここの所、魔王軍の幹部達とやり合ったからな。
だからオレも一皮剥けてきたのかもな」
「……うん、それもあるんあろうけど、
な~んか今朝のラサミスは雰囲気が今までとは違うのよね~」
エリスはそう云いながら、視線をオレに向けてきた。
……相変わらず澄んだ眼をしている。
だけどその奥では何かを探ろうともしている、ようにも見える。
「……自分ではよく分からないなぁ~。
ただここの所、戦闘ばっかりだったからなあ。
だから急に身体の力が抜けて、リラックスしているのかも?」
「……まあいいですわ。
私の思い過ごしかもしれないし……」
……う~ん。
やっぱりエリスは勘が鋭いな。
これが女の勘というやつか?
……。
その後、オレ達はしばらく無言になった。
……気まずい空気だ。
と思ってたら、この場に新たな人物が現れた。
「アレ~? ラサミスくんとエリスじゃない!」
そう云って現れたのは、「ヴァンキッシュ」の聖なる弓使いのカリンだ。
エリスと彼女は一悶着あったが、今では結構仲良しになっていた。
「ああ、おはよう。 カリン……って呼んでいいかい?」
「うん、全然問題ないよ」
カリンが微笑を浮かべて、小さく頷いた。
「カリン、おはようございます」
「うん、おはよう!」
二人とも笑顔で朝の挨拶を交わす。
するとカリンは川の水を両手で掬い、顔を洗った。
「ん~、気持ち良いっ!!」
「カリンは一人なのかしら?」
「うん、なんか昨夜からアーリアの姿が見えないのよ。
なんか何処かに行ってるみたい、後、クロエ姉さんも見かけないのよね」
……。
もしかして「ヴァンキッシュ」のお姉様方も……。
止めよう、これじゃゲスの勘ぐりだ。
「まあアーリアさん達もたまには一人になりたいのでしょう」
「そうなのかな? でも私に何も云わないで居なくなるのって、
初めてなのよね~。 まあいいけどさ、……ん?」
……。
なんかカリンが急にこちらに視線を向けてきた。
エリスと同様に澄んだ眼をしている。
だがその奥で何かを探っている、ようにも見える。
「なんかラサミスくん、……少し雰囲気変わった?」
ドキリッ!?
おい、おい、カリンまで同じ事を云ってるぞ?
一夜でそんなに変わる……ものなのか?
「あら? カリンもそう思うの?」
と、エリス。
「うん、なんかこう妙にサバサバした感じというか、
妙にリラックスした感じなのよね? 何かあったの?」
「……どうだろう? 自分じゃ分からないなあ~」
「う~ん、何か気になるなぁ~」
カリンはそう云って、オレをジロジロと見た。
何か尋問されている気分だが、怒る訳にもいかない。
というかやっぱり女の勘ってやつはあるのだね。
「まあいいじゃないか。
オレも色々と場数を踏んだからな。
だから余裕が出てきたのかもしれない」
「うん、それもあるんだろうけど~、
なんかそういうのとは違う余裕……な気がするのよ」
「……私もカリンと同じですわ。
でもこれ以上、ラサミスに聞くのも野暮ですわ」
「まあ……そうよね~。
なんか変な事云って、御免ねえ~」
「……いや気にしてないよ」
「そう、なら良かった!」
カリンはそう云って、ぱあっと表情を明るくさせた。
やっぱりエリスもカリンも女なんだねえ。
微妙な変化を嗅ぎ取る能力が自然と身についている感じだ。
「じゃあアタシはそろそろ戻るよ。
二人の邪魔しちゃ悪いからね。
ラサミスくん、エリス、ばいば~い~」
カリンはそう云うと、手を振りながらこの場から去った。
するとまたオレとエリスは二人っきりになった。
……またしても気まずい空気だ。
「……ラサミス、やっぱり何かあったの?
私には云えない話かしら?」
「……」
ヤベえな、何と返すべきだ。
と戸惑っているとエリスがオレに顔を近づけてきた。
そしてその澄んだ両眼でオレの顔をまた凝視する。
「……」
「……まあいいわ、言いたくないなら。
でも私はいつでもラサミスの味方だし、いつも貴方を見てるわ」
「あ、ああ……」
「じゃあ私ももう行くね」
「あ、ああ……またな」
「うん、またね……」
そう云ってエリスはこの場から去った。
この場に一人残されたオレは何とも言えない気分になった。
う~ん、結局曖昧な形で会話を濁してしまったなあ。
でも正直に伝えたら、エリスとの関係も拗れそうだ。
とはいえそれじゃミネルバにも悪い気がする。
……う~ん、この煮え切らない気持ち……嫌だなあ。
やっぱり正直に打ち明けるべきかな?
それともあえて秘密を押し通すべきか。
ハア、戦闘経験値は高まったが、
恋愛経験値は低いからなあ。 どうすべきか、分からんよ。
まあ良い、とりあえず今は自分のテントに戻ろう。
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「……やっぱり昨夜の事はお互いに忘れましょう」
「えっ……」
オレが自分のテントに戻るなり、
ミネルバがやや冷めた声音でそう告げてきた。
……急にどうしたんだ?
「……御免、実は私もさっき川に顔を洗いに行ったのよ。
そこで貴方とエリスの会話を……聞いちゃったの……」
ミネルバは気まずそうな表情でそう云った。
成程、そういう事か。
確かにあの会話を聞いたら、
ミネルバの立場としたら、そういう気持ちになるのも無理はない。
だが男の立場からすれば、
このような形でミネルバと距離を取るのは不本意だ。
よし、ここは何としても彼女を引き留めるぞ!
「……オレは嫌だぜ?
あの夜の事を忘れて、ミネルバと距離を置くのは!」
「……私もホントは嫌よ!」
「……ならなんでそんな事を云うんだよ!?」
「……私の事で連合内の人間関係をおかしくしたくないのよ!」
ミネルバが感情を吐き出すようにそう叫んだ。
……確かに彼女の云う事も理解出来る。
オレもさっきのエリスとの会話で肝心な事ははぐらかした。
心の中で色々思っても、
いざエリスを目の前にすると、
やましさと後ろめたさを感じには居られなかった。
でもだからと云って、昨夜の事をなかった事にはしたくない。
オレもミネルバも自分の気持ちに素直に従って、お互いに結ばれたのだ。
だからオレとしては、昨夜の事を全て忘れるという選択肢は選びたくない。
「……それはオレも同じ気持ちだよ。
でもな、それを気にするあまり昨夜の件をなかった事にするのは嫌だ。
オレはオレなりに……キミの事を愛したつもりだ」
「……私も同じよ」
「だったら――」
「それ以上は云わないで!」
「……ミネルバ」
「私は昨夜の事は一生忘れないわ。
でもね、それで貴方を縛るつもりはないわ。
ラサミス、貴方は貴方の進むべき道に進んで!」
「……」
ミネルバの決意は固いようだ。
これ以上、オレが何云っても聞きそうにない。
「私の事なら大丈夫よ。
でもこれ以上、私を苦しめないで!
だから今日からは、また普段通りの関係に戻りましょ!
じゃあ、私はもう行くわ! ……追わないでね!」
ミネルバはそう言い残して、テントから出て行った。
……オレとしては追いたい気分だ。
でも恐らく彼女はオレが追っても、拒絶するだろう。
……この辺の感情は非常に難しい。
するとオレの胸の内に急に孤独感が広がった。
……なんでだろう。
昨夜は身も心も一つになれたと思ったのに……。
でも良くも悪くもコレも彼女と関係を結んだからだ。
今までのように「皆、仲良し」という関係が永遠に続く訳がない。
いずれは誰か一人を選ばなくちゃいけないんだからな。
……それが明確に分かるようになっただけでも、
オレも少しは成長したのかもな。 ……でもやっぱり寂しいぜ。
オレはそう思いながら、テントから出た。
上空では相変わらず雨が降っているようだ。
でも今はそんな事どうでも良かった。
……気分転換にもう一度顔でも洗うか――
「ラサミス、おはよう」
と、男の声で挨拶された。
オレは条件反射的に声の方向へ視線を向けた。
するとそこには兄貴が立っていた。
「……兄貴、おはよう」
「ああ、どうした? 暗い顔をして?」
……そうだな。
自分一人じゃ考えもまとまらねえ。
ここは兄貴に相談してみよう。
「……兄貴、ちょっと時間ある?」
「ん? 構わんが何の話だ?」
「ここじゃ何だから、兄貴のテントへ行こう」
「……構わんが真面目な話か?」
「ああ、大真面目な話だ」
「分かった、じゃあ俺のテントへ行こう」
「ああ……」
兎に角、一人で居たら色々落ち込みそうだ。
ここは兄貴に話を聞いて貰おう。
そうすればオレも少しは冷静になれそうだ。
でも考えて見れば、兄貴と色恋沙汰の話をするのは初めてだな。
まさかこういう日が来るとはな。
まあいい、誰かに話せば楽になりそうだからな。
オレはそう思いながら、兄貴の後について行った。
次回の更新は2021年12月15日(水)の予定です。
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