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第三百二十二話 種の保存本能


---ラサミス視点---


 撤退を重ね続けて、二日程経った5月6日。

 オレ達、連合軍は穀倉地帯から真東に後退して、

 川沿いにある平野へ辿り着いた。


 川沿いの平野は起伏の少ない平坦な地形であった。

 兵士を潜ませられるような場所はなかったが、

 連合軍の兵士達は疲労の極致にあった為、

 この川沿いの平野で野営の陣を敷いた。


 とりあえずマリウス王子は急場凌ぎに、

 王国魔導猫騎士団おうこくまどうねこきしだんの騎士団長ニャラードに野営地の周辺に

 雨を吸収する大結界を張るように命じた。


 これで野営している間は、

 雨を気にせず休む事が出来そうだ。

 そしてこの間にもマリウス王子は、

 副司令官のナッシュバイン第三王子との連絡を試みた。


 向こうは向こうでオレ達の行方を追っていたようだ。

 魔王軍が張った大結界の一部分を解除して、

 そこから捜索隊を派遣して、数時間前にようやく合流する事が出来た。


 これで兵員の補充と食料などの補給はなんとかなりそうだ。

 だが肝心の馬鹿第三王子がオレ達との合流を拒んでいるらしい。

 バルガルッツの大火事はこの豪雨で少しは弱まったらしいが、

 第三王子は色々と理由をつけて持ち場を離れたくないそうだ。


 まああの手のタイプは基本自分本意で動くからなあ。

 マリウス王子もそれを察したようで、

 部隊の合流は後回しにして、

 兵員の補充と補給を優先するように伝令兵に言付けた。


 とりあえずオレ達、前線部隊もマリウス王子の方針に同意した。

 あの馬鹿王子はどうせ前線に来たら、邪魔しかしねえだろうからな。

 ならここは最低限の補充と補給をして、

 それからどうするべきかを決めても遅くはない。


 という訳で今夜は皆、テントの中でゆっくりと休んでいた。

 ただオレは暇を持て余していたので、

 夜の野営地をあてもなく歩いた。


 するとある事に気付いた。

 周囲のテントから低い呻き声や喘ぎ声が自然と聞こえてきた。

 ……。


 これってやっぱりアレだよな?

 おい、おい、おい、こんな時にそんな真似してる場合か?

 でもなんか聞いた事があるぞ。


 戦場では種の保存本能が働き、

 自分の子孫を残そうという本能が働いて、そういう行為に及ぶそうだ。

 ……。


 ……なんか少しそういう気持ちが分かってきた。

 というかオレは未だにそういう経験ないからなあ。

 そう思うと急に心細くなってきた。


 そうだよなあ~。

 このまま女を知らないで戦死するのは嫌だなぁ……。

 いくら腕が立っても、そっちの方はからっきしだからな。

 ……ヤベえ、なんか胸の鼓動が高まってきた。


 ……情けねえがこの衝動は抑えられなかった。

 とはいえ相手が居ないと、どうしようもねえからな。

 ハア~、なんか急に情けないような、恥ずかしいような気分になってきた。


 ……ここに居ても空しくなるだけだ。

 自分のテントに戻ろう、んで自分で自分を慰めよう――


「……ラサミス?」


「えっ? えっ!?」


 急に呼ばれたので、オレは思わず動揺してしまった。

 そして声の聞こえた方向に視線を向けると、ミネルバが立っていた。


「み、ミネルバッ!?」


「う、うん」


「……どうしたんだ?」


「い、いやちょっと夜風に当たろうとしたんだけど……」


 ミネルバはそう云って、ふいと口を噤んだ。

 耳を澄ませば周囲から喘ぎ声が聞こえてくる。

 ……ヤベえ、気まずいな。


「お、オレも同じだよ」


「そうなの?」


「うん……」


 ヤベえ、会話が続かねえ。

 でもよく見るとミネルバの表情が妙に艶めかしい。

 ……気のせい、ではないようだ。


「ねえ、少し歩きながら話でもしない?」


「あ、ああ……いいぜ」


 オレはミネルバの誘いに乗ることにした。

 そうだな、独りで居るのはなんか寂しいからな。

 ここは少しミネルバと話してみるのも良いかもな。



---------


「……」


「……」


 オレ達は無言のまま見つめ合っていた。

 こうしている間も周囲のテントの中から喘ぎ声が聞こえてくる。

 ヤベえな、異様に気まずい。

 何を話せば良いんだ?


「……皆、お盛んね」


「ああ、ってお盛ん!?」


 めっちゃストレートな言い方だなあ。

 だがミネルバはペースを変える事無く、ゆっくりと語り出した。


「何かで聞いた事あるわ。 戦場では種の保存本能が働き、

 自分の子孫を残そうとして、こういう行為に及ぶらしいわ」


「あ、ああ……オレも聞いた事があるよ」


「多分、皆寂しいんでしょうね」


「……寂しい?」


「うん、戦場では勇敢に戦っても、

 いざ独りになれば色々な恐怖が押し寄せてくるわ。

 特に今回の戦いでは手ひどくやられたからね。

 そうなると独りで居る事が妙に寂しく感じるでしょうね」


 確かにその通りかもしれない。

 オレもほんの少し前まではあの魔元帥相手に戦っていたが、

 今は無性に寂しい、というか色々な感情を持て余している。

 今のオレは只の思春期の少年に過ぎない。


「そうかもな。 オレも今、無性に寂しいよ」


「……貴方もそうなの?」


 ミネルバの問いにオレは「ああ」と頷いた。


「意外ね」


「そうか? オレも人並みの感情が持ってるぞ?」


「例えばどんな感情?」


「……女を知らないで死にたくねえ、とかさ」


「……私も同じよ」


 ……。

 意外だな。

 馬鹿にされるか、軽蔑されるかと思ったんだけどな。

 でもなんかこの場では急に素直な感情を伝えてしまった。


「……私も男を知らないで死にたくない。

 今まではそんな事気にしなかったけど、

 今この状況になったら、急にそう思えてきた」


「……オレも同じだ」


 なんだろう、妙な気分だ。

 今日のオレは妙に素直だ。

 でもその原因は分かっている。


 つまり今この場においてオレも種の保存本能が働いている。

 そしてそれはミネルバも同じだ。

 とはいえ感情のままに盛るのも少し恥ずかしい。

 だから色々と言葉を並べ立てて、お互いの気を引いているのだ、と思う。


 まあ思春期の少年、少女ならではの行動だろう。

 本当は自分の欲求に素直になりたいが、

 それをひた隠して、言葉で相手の関心を買おうとする。


 多分、異性関係に慣れた大人から見れば微笑ましい光景なのかもしれない。

 とはいえオレ達にも理性やプライドはある。

 だからそういう行為に及ぶ前の流れを必死に作ろうとしている。


「……私はいいよ、ラサミスとなら」


「えっ!?」


「……私じゃ嫌かしら?」


「そ、そんな事はない」


 オレはミネルバの意外な言葉に胸の鼓動を高めた。

 いい、って……そういう事だよな?

 ……。


「……エリスの事が気になるの?」


「……少しはね。 でも今はミネルバの方が気になる」


「ホント?」


「ああ、こんな嘘言わない――」


 と云おうとした矢先、ミネルバがオレに唇を重ねてきた。

 ……。 オレの中の理性が弾け飛んだ。

 そしてオレもミネルバを抱きかかえながら、更に強く唇を重ねた。


 頭の中が真っ白だ。

 何も考える余裕はない。

 ただ唇に伝わる温かくて、柔らかな感触がオレの全身を刺激した。


 ……。

 気が付けばオレ達は一分ほど、そうしていた。

 ミネルバの唇が離れた後も、オレは半ば放心状態でその場に立ち尽くしていた。


「……ねえ、ラサミスのテントへ行こうよ」


「……ああ」


 そしてオレとミネルバは身体を軽く寄せ合いながら、テントへ向かった。

 ……まさかミネルバとこういう流れになるとはな。

 でも今更拒否するつもりはない。


 ならばここは男らしく彼女を受け入れよう。

 と思いつつも、オレはこういう経験ないからなあ。

 単純に「どうすればいいんだ?」という疑問も沸くが、

 今更止める気にはなれない。


 ……よし、覚悟を決めたぜ。

 オレはオレの出来る範囲でミネルバを受け入れるぜ。

 そしてオレとミネルバは自分のテントの中に入った。


次回の更新は2021年12月11日(土)の予定です。


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