第三百四話 疾風迅雷(後編)
---三人称視点---
……此奴のあの風魔法はヤバい。
とにかく速すぎてすぎで正確な位置がわりだせない。
目で追っていては駄目だ。
相手の気配を読み取り、相手が居ると思う場所を攻撃するしかない。
ラサミスは内心でそう思いながら、軽く深呼吸する。
「ほう、まだ心が折れてねえか。
若造にしてはメンタルが強いじゃねえか。
幹部を殺っただけの事はあるな。
だがオレの秘術はある意味無敵!
だからオマエに勝機はねえぜっ!」
「大した自信だな。 ならばこのオレが貴様の秘術を破ってやるぜ!」
「抜かせっ! ――我は汝、汝は我。 我が名はデュークハルト。 暗黒神ドルガネスよ! 我に力を与えたまえ! ――『オメガ・オーバードライブ』!!」
そう呪文を早口で紡ぎ、デュークハルトは再び風となった。
「!?」
気がついた時には真横から即頭部を殴打された。
距離を取ろうとした足を踏まれ、腹部に膝蹴り。
体が九の字に曲がったところを肘で背中を打たれ、身体を震わせるラサミス。
そして嘔吐く間を与えず、強烈な回し蹴りが再びラサミスの即頭部に命中。
相手の漆黒の装靴が顔面にめり込み、荒野の地面に吹き飛ばされる。
三半規管が揺らされ、視界が泳ぎ、意識が混濁する。
痛みで焼ける即頭部を耐えながら、気力を振り絞り両足で地に立つラサミス。
――速い、なんてもんじゃない。 殆ど瞬間移動の領域だ。
――だがこれ程の魔法を無制限で発動できるわけがない。
――そうだ、これはある種の強化魔法の一種だ。
――ならばこちらにも手はある!
骨に響く重い拳打音が周囲に鳴り響く。
意識が朦朧とするなかラサミスは腕を十字に交差させて防御する。
敵の攻撃は基本左を中心にした組み立て。
更にサイドステップ、バックステップと軽快な足捌きで常に間合いを取る。
それでもデュークハルトは正面から、側面から、背後から攻撃を仕掛けてくる。
だがラサミスはひたすら耐える。 防御、防御、防御。 ひたすら防御。
そして一定の間隔でラサミスは回復魔法で傷を癒やす。
「ハアハアハアハアッ」
息を切らせながらも、腕の十字のガードは絶対に解かないラサミス。
ラサミスの回復魔法では、完全に傷を癒せないが、応急処置としては十分であった。 次第に相手からも動揺の気配を感じるようになった。
名のある魔族が十七歳の小僧を相手に攻めあぐねているのだ。
当然焦りもあるし、苛立ちも覚えるだろう。
だがあくまでデュークハルトは正攻法で攻める。
肉弾戦を諦め、魔法攻撃を連発すれば勝負はもっと簡単につくだろう。
だが相手は魔族の幹部候補生。
その自尊心と矜持が正攻法以外での戦いを拒んだ。
しかしそれこそラサミスの思う壺であった。
相手がこの不可視の魔法を使ってもう十分以上経っている。
いくら膨大な魔力を誇ろうが、これ程の魔法を無制限に使える事はまずない。
いずれデュークハルトの魔力は尽きる。 それは間違いない。
その前に電撃魔法で一気に勝負をつけにくるか、あるいは最後まで信念を貫き通すか。
だが恐らく此奴は後者を選ぶであろう。
何となくだが分かる、此奴はそういうタイプだ。
ならばこちらにも勝機がない訳ではない。
奴が見栄もプライドも捨てて、捨て身でくればこちらに勝機はない。
よし、覚悟を決めよう。 こちらから全力で攻めて奴の姿を露わにする!
ラサミスはそう思いながら、腰帯から聖木のブーメランを取り出した。
「――そこだっ!!」
ラサミスはそう叫んで、前方に向けてブーメランを投擲。
その時、大きく地を蹴る音が周囲に鳴り響いた。 ジャンプして回避するようだ。 それと同時にラサミスは右手を前にかざして、職業能力・『零の波動』を発動させた。
「――零の波動!!」
次の瞬間、ラサミスの右手から白い波動が迸り、宙に浮くデュークハルトに命中。 「ぬおっ……」という呻き声とともにデュークハルトの肉体が頭上に現れた。
「――貰った!」
ラサミスはデュークハルトが地面に着地するなり、全力で地を蹴った。
そして間合いを詰めるなり、渾身の突きを繰り出した。
「――諸手突きっ!!」
「くっ! させるかぁっ!」
デュークハルトはラサミスの繰り出した諸手突きを鎧の左の肩当ての部分で弾いた。 突きの衝撃で肩当ての一部が破損したが、それと同様に強い衝撃で刀を弾いた為、ラサミスの手から刀が弾き飛び地面に突き刺さった。
両者は予想外の展開に一瞬固まった。
だがすぐに我に返ったデュークハルトが地面に突き刺さった顎門を引き抜き、両手に構える。そしてデュークハルトは、「ハアアアッ」と気勢を上げながら刀を頭上に振り上げた。
「ら、ラサミスッ!?」
「ラサミス、逃げるのよ!!」
ライルとミネルバの悲痛な叫び声が周囲に木霊する。
最早絶体絶命、あるいは絶好の機会。
……そう誰もが思っていたが――
「ぬおっ!! ――真剣白羽取りっ!!」
ラサミスがそう叫ぶなり、
振り下ろされた刀が、ラサミスの顔の前で急に静止した。
「な、何っ!?」
デュークハルトが目を大きく見開いて驚愕する。
それもその筈、何故なら振り下ろされた刀の側面をラサミスが両の掌で挟んでいたからだ。
「「し、真剣白羽取りっ!?」」
ライルとミネルバが声を裏返し、絶叫する。
九死に一生を得る形で、ラサミスは真剣白羽取りを成功させた。
「ぐぬぬ……ぬぬぬ……」
デュークハルトが歯軋りして、腕に力を篭める。
ラサミスも全神経を集中して、両手で刀を押さえつける。
力と力の綱引き。
「う……うおおお……おおおっ――――――」
ラサミスは龍の咆哮のような雄叫びをあげた。
それと同時に左拳をデュークハルトの右脇腹に叩き込む。
肝臓打ちが決まり、デュークハルトの動きが一瞬止まる。
ラサミスはその絶好の機会を逃さなかった。
「――フィギュア・オブ・エイトッ!!」
ラサミスは身体で八の字を描き、独創的技を全力で放った。
左右のフックの連打でデュークハルトの両側頭部を強打。
並の相手ならこれで勝負は決まっていた。
だが相手は並じゃなかった。
「くっ……格闘戦なら負けないぜっ!!」
デュークハルトは頭部の激痛に耐えながら、渾身の右ストレートを繰り出した。
だがラサミスはそれを余裕を持って、ダッキングで回避。
そしてそこから身体を反転させて、サマーソルトキックを繰り出した。
ラサミスの右足がデュークハルトの顎の先端に命中。
急所を撃ち抜かれて、身体をふらつかせるデュークハルト。
そしてラサミスはそこから更に追い打ちをかけた。
「フィギュア・オブ・エイトッ!」
再度、繰り出される独創的技。
再び綺麗な肝臓打ちが決まる。
「がはっ!?」
強烈な一撃にデュークハルトは嘔吐いた。
そこから更に左右のフックの二連打で再度、頭部を強打。
立て続けに頭部に八連打を食らったデュークハルトは、
酩酊したように身体を左右にふらつかせた。
だがまだ終わりじゃなかった。
「ハアアアッ……『黄金の息吹』!!」
ラサミスは魔力を解放して、『黄金の息吹』を発動させた。
そして右腕に全魔力の半分程の魔力を注いだ光の闘気を宿らせる。
ラサミスは素早く踏み込んで、デュークハルトの懐に入り込んだ。
そこから右手を開いたまま大きく前へと突き出した。
そしてラサミスは光の闘気を宿らせた右手でデュークハルトの胸部を強打。
次の瞬間、凄まじい衝撃がデュークハルトの肉体に襲い掛かった。
「ぬ……ぬあああぁっ――――」
デュークハルトは口から胃液を吐きながら、
物凄い勢いで後方に十メーレル(約十メートル)程、吹っ飛んだ。
そして背中から地面に衝突。
会心の一撃が見事に決まった。
「ハアハア、やったか……」
だが全魔力の半分を失ったラサミスも肩で呼吸していた。
そして次の瞬間、デュークハルトが地面から立ち上がるなり、ラサミスは目を瞬かせた。
「ごはっ……や、やるじゃねえか」
「なっ……ま、まさか立ち上がるとは!」
「……良い一撃だったぜ。 この勝負、オレの負けだ。 そして余興はここまでだ! さあ、オマエ等、オレは一度後退するからその間、時間稼ぎしてもらおうか。 これは隊長命令であるっ!」
指揮官の命令に周囲の魔族兵達は「了解です」と返事して前線に出て来た。
それと同時にヨハンやアイザックも「応戦するぞ!」と周囲の者達に指示を下した。
そして両軍が入り交じって、激しい戦闘が繰り返された。
だがラサミスは後方に下がりながら、
魔力回復薬を飲みながら、近くに居たエリス達に愚痴を漏らした。
「まさかオレの必殺コンボに耐えるとは……」
「でもアンタ、さっき『黄金の息吹』に使う魔力を制御したでしょ? だから止めを刺すには至らなかったんでしょうね」
と、メイリン。
「確かに、だがそれでもあんなに綺麗に決まったのに立つとは……」
「まあまあ、とりあえずは勝ったんだから良いですわ」
エリスがそう云って、ラサミスを慰める。
「うん、お兄ちゃん、カッコ良かったよ」
と、マリベーレも相槌を打つ。
「ありがとよ、んじゃオレ達も後方から前線の仲間をフォローしようぜ」
「「「うん」」」
そして突進と後退を交互に繰り返して、連合軍と魔王軍が戦闘を繰り返した。
勢いに乗る連合軍だが、魔王軍の予想外の抵抗に押し返されて、なかなか前進することができない。
その隙にデュークハルト、レストマイヤー、アグネシャールの幹部候補生はさっさと撤退する。 それに合わせて魔王軍も密集陣形で敵の進軍を防ぎ、ゆっくりと後退を始める。 数の上では圧倒されていたが、殿を務めた魔族兵が驚異的な粘りを見せて、連合軍の進撃を食い止めた。 だが流石に数で圧倒されていた為に、その粘りも次第に勢いをなくす。
そして連合軍は第五軍と第六軍も上陸させて、
勢いと兵力差に物を云わせて、魔王軍をハドレス半島から完全に撤退させた。
これによって連合軍はハドレス半島を手中に収めた。
こうして『大君主作戦』は形の上では成功したように思われた。
特にナッシュバイン王子を初めとしたヒューマン部隊は意気揚々と勝ち鬨を上げていた。
だがこれはまだ戦い序章に過ぎなかった。
そしてラサミスやライル、それに剣聖ヨハン、傭兵隊長アイザックも
胸の何処かで妙な違和感を感じながらも、とりあえずは目の前の勝利に喜んだ。
だがこの魔大陸での戦いは、まだ始まったばかりであった。
そして魔王軍の本陣で伝令兵から戦況を聞いた魔王レクサーは僅かに口の端を持ち上げた。
「ふふっ……ここからが本当の戦いだ!」
次回の更新は2021年10月30日(土)の予定です。
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