第三百二話 疾風迅雷(前編)
---三人称視点---
ラサミスとデュークハルトはお互いを見据えながら、
摺り足でジリジリと間合いを詰めていた。
だがお互いに慎重になりすぎて、最初の一撃がなかなか放てない状況だ。
するとそれを観ていた竜人族の女傭兵の一人が突如、乱入してきた。
「お見合いしてんじゃないわよ!
というか何故勝手に一騎打ちモードに入ってるのよ?
ここは数人掛かりで殺るべきでしょ?」
と、女傭兵が両手の指をポキポキと鳴らす。
するとデュークハルトはニヤリと笑った。
「威勢の良い女だな、良かろう。 少しオマエと遊んでやるよ」
「急に出てきて調子こいてんじゃねえわよ。
黄色狼、このバーバラさんがぶっ倒してやるよ」
と、左手を前に出して、「かかって来い」というジェスチャーをする女傭兵バーバラ。
「黄色狼だと? ふん、随分と舐めた口をきくじゃねえか」
「やかましいっ! ――喰らえ! ダブルフィストッ!!」
そう叫びながら女傭兵は、閃光のような速さで両拳を交互に繰り出す。
炎の闘気を纏った女傭兵バーバラの両拳がデュークハルトに襲い掛かる。
「――フン。 遅いわ!」
左右に首を動かし、紙一重のタイミングでバーバラの拳を避けるデュークハルト。
だがこのワンツーパンチは布石。 すかさず前にステップインするバーバラ。
そしてすかさず左のローキックでデュークハルトの右大腿部を狙い打つ。
漆黒の鎧越しだが、芯に響く重い一撃に一瞬硬直するデュークハルト。
そこから遠心力を生かした右のハイキックを金狼の魔族の即頭部に叩き込む。
「うぐっ……」という呻き声をあげて、グラつくデュークハルト。
そこから左、右、左、右と拳を交互に繰り出すバーバラ。
金色の狼の頭部が左右に大きく揺れる。 闘気に満ちた拳で容赦なく殴打する。
そして右手に闘気を大きく纏い、強烈な掌底を漆黒の甲冑の腹部に繰り出した。
「――がはっ!!」
口元から胃液を吐き出し、大きく後方に吹っ飛ぶデュークハルト。
そのまま地面に倒れると思われたが、空中で一回転し、足から着地した。
「ぺっ……少しはやるじゃねえか、だが相手が悪かったな。
オレは魔族の中でも指折りの実力者。 貴様如きで勝てる相手じゃない!」
と、手の甲で口を拭うデュークハルト。
「……ふん、少しはやるようね。 私のラッシュに耐えるとは大したタフさね」
と、ジリジリと後方に下がるバーバラ。
「云うじゃねえか。 ならばオレも本気を出させてもらおう。
――我は汝、汝は我。 我が名はデュークハルト。 暗黒神ドルガネスよ!
我に力を与えたまえ! ――『オメガ・ドライブ』!!」
そう呪文を詠唱するなり、デュークハルトの身体が眩い光で包まれた。
「――皆、気をつけるんだ! 恐らく高速で動く風魔法だ!」
だが剣聖ヨハンの言葉はバーバラに届かなかった。
気が付いた時には、デュークハルトはバーバラの背後に回っていた。
体感にして数秒。 速いなんてレベルではない。 最早瞬間移動の領域だ。
即座にバックステップするバーバラ。
「……ほう、勘がいいな。 だが今のオレの前では貴様らは只の狩られる獲物に過ぎん!」
再び疾風のような速さで移動するデュークハルト。
だが背後を取るのはわかっていた。 そこで後方に向けて強烈な肘打ちを放つバーバラ。
結果としてカウンターの形となり、肘打ちがデュークハルトの顔面にヒット。
「アンタ、長生きしてそうだけど馬鹿ね!」
バーバラは更に左右の拳を交互に繰り出して、その金狼の頭部を殴打する。
「いい判断だ、バーバラ! ――クレセント・ストライク!!」
追い討ちをかけるように、前に出て来たアイザックが剣戟を放つ。
弧を描いた剣線がデュークハルトの頭部目掛けて放たれたが、鈍い金属音と共に弾かれた。
デュークハルトは手にした漆黒の鉤爪で、アイザックの剣戟を咄嗟に防いだ。
その双眸にはもう余裕の色はなく、激しい怒りと憎悪に満ちていた。
「……どうやら随分舐められたようだな。
いいだろう、このデュークハルトの全力を持って貴様らを討たせてもらう!」
そう宣言するなり、またも疾風のように地を駆けるデュークハルト。
デュークハルトはまず最初にバーバラに狙いを定めた。
即座に身構えるバーバラ。 その背後をつくデュークハルト。
再び肘打ちを放つバーバラ。
だが同じ手を二度食う程、デュークハルトは愚かではない。
身を屈め、肘打ちを交わして、その隙にバーバラの両足を払った。
そして両手にはめた漆黒の鉤爪を豪快に横に薙ぎ払う。
「きゃ、きゃああああああっ……!?」
という悲鳴と共にバーバラは、大きく後方に吹っ飛び、背中から地面に倒れた。
咄嗟に闘気を纏った両腕で防御したが、
防いだ両腕は漆黒の鉤爪で綺麗に切り裂かれていた。
しかしバーバラはなんとか立ち上がった。
止めを刺しに迫り来るデュークハルトの振り下ろした黒い爪をギリギリで避けた。 漆黒の鉤爪は周囲の大岩を大きく削り、破砕した石片が周囲に飛散する。
その間にバックステップ、サイドステップと軽快なフットワークで逃げるバーバラ。 だがデュークハルトは焦る事もなく、首をこきりと鳴らして、その双眸を細めた。 そしてその視界にバーバラを捉えると、疾風のように地を駆けた。
「――バーバラ、逃げろ!!」
だがアイザックの声が届く前にデュークハルトの右拳がバーバラの鳩尾に命中。
たまらず身体を九の字に曲げるバーバラ。 次いで二発目、こめかみに左足のハイキックが命中。 一回転して地面に落ちるバーバラ。
バーバラは動かない、動けない。
死んではいないが、身動き一つ取れない状態だ。
デュークハルトの一連の動きは瞬く間に行われ、まるで疾風迅雷のようである。
「はい、終了。 というかタイマン勝負に割り込むなよ?
どうした? 他の奴もかかって来いよ?」
と、煽るデュークハルト。
だが想像以上に強い相手を前にして多くの者が固まっていた。
するとラサミスが前に出て、周囲の者に言い聞かせるようにこう告げた。
「見ての通り相手は生半可な奴じゃねえっ!
死にたくなければ、見物人に徹するんだな。
それとこれは正式な一騎打ちだ。 だから今後は乱入しないでくれ!」
「ほう、小僧。 オマエ、なかなか男らしいじゃねえか。
そう、そう、タイマン勝負の邪魔するのは野暮だよな。
んじゃ幹部殺しの実力を見せてもらおうじゃねえか!」
「オマエ、あのザンバルドと何か関係あったのか?」
「ん? ああ、オレはザンバルドさんの元部下よ」
「成程、アイツの影響を随分と受けているようだな」
「その口ぶりだとザンバルドさんをよく知ってるようだな」
「いやよくは知らん。 だが野郎とオマエは似ている」
「そうかい、ありがとよ。 んじゃお喋りは終わりだ!
タイマン勝負といこうぜ、オマエもタイマン勝負好きだろ?」
デュークハルトはそう云って、戦闘態勢に入った。
ラサミスンも鞘に手をかけて、日本刀を抜刀する。
途中、他の者の乱入があったが、
ようやくラサミスとデュークハルトの一騎打ちが始まろうとしていた。
次回の更新は2021年10月24日(日)の予定です。
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