第三百話 血みどろの白兵戦(前編)
---三人称視点--
連合軍と魔王軍。
両軍は、激しい戦闘を繰り返していた。
漆黒の甲冑を全身に包んだ地上部隊の隊長デュークハルト率いる血気盛んな勇猛な魔族兵と真正面からぶつかる連合軍の兵士達。 互いに負けられない戦い、特に魔族兵にとっては本土を護る重要な戦いだ。
故に勢いと士気の高さでは魔族兵が上回った。
だが連合軍の兵士達も押し寄せる死の恐怖と湧き上がる使命感に、
板挟みにされながらひたすら武器を振るった。
だが勇気と覇気だけで、勝利が掴めるとは限らない。
この戦場という空間においては、存在するのは非常なまでの現実であった。
兜越しに棍棒で頭を叩き潰される者、地面に転倒した状態で敵に踏み潰される者。 戦場に無数の屍が築き上げられ、また一つ、一つ、命の灯火が消えていく。
連合軍の副司令官であるヒューマンのナッシュバイン王子は、
旗艦エステンバークの甲板上から、望遠鏡でそれらの光景を見据えていた。
「上陸は上手く行ったが、想像以上に魔王軍の地上部隊が手強いようだな」
「殿下、そろそろ我がヒューマン軍も上陸させても良い頃合いだと思いますが……」
ハイネダルク王国騎士団の騎士団長バイスロン・アームラックがそう告げる。
だがナッシュバイン王子は首を左右に振って、騎士団長の提案を拒否した。
「いや想像以上に敵が強いようだ。
だからここは我々は高見の見物を決め込もう。
そして大局が決まってから、軍を出すか、引くか決めよう」
アームラックはナッシュバイン王子の姑息な提案に、
一瞬、返事に窮したが、やや間を居てから「分かりました」と答えた。
そしてナッシュバインは、側近達に囲まれた状態で安全圏から高見の見物を決め込んだ。
だが前線の兵士達は、逃げ出す事も許されず、真正面から魔王軍の驚異的な猛攻から身を挺して立ちはだかった。 耳障りな金属音を鳴らしながら、漆黒の甲冑を身に着けた魔族兵が、武器を手にしながら突進してくる。 そして激烈な白兵戦が再び再開された。
デュークハルト率いる魔王軍の地上部隊は、
大剣や戦斧や長槍を旋回させ、飛び交う矢を弾き飛ばし、間合いを詰めると、
殺気と残虐性に満ちた技を存分にまで披露してみせた。
絶叫と金属音が響きわたり、切断された血管や手足から血が飛び散った。
返り血を浴び、剣の刃先から血を滴らせて、拭う間もなく、新たなる獲物と殺戮を求める。 斬り裂き、突き刺し、殴り殺し、蹴り倒し、たたき割る。 といった原始的な闘争が繰り広げられ敵の死体と血を踏んで、魔族兵は前進を続けたが、連合軍の兵士達も全力で戦った。
「くっ……こう次から次へとキリがねえぜ!
というか想像以上に敵に勢いがあるなっ!
兄貴、ミネルバ! あまり真正面から敵とやり合うなよ!
兎に角、此奴ら……異様に好戦的だ。 それに死を恐れてねえようにも見える。
だからここは敵のペースに乗らず、自分のペースを保つんだぁっ!!」
「了解だ」「分かったわ」
若き団長の指示にライルとミネルバも素直に従う事にした。
また周囲で戦う剣聖ヨハン率いる『ヴァンキッシュ』やアイザック率いる傭兵部隊、そして山猫騎士団もラサミス達に追従するように一旦後退する。 それと入れ替わるように、ナース隊長率いるエルフ族のみで構成された第三軍が前線に躍り出た。
「いいか、ありったけの勇気と闘争心を振り絞って戦うのだ!
我等、エルフ族の力の見せ所だぁっ!
一人でも多く地獄への突き落としてやれっ!!」
ナース隊長は顔をやや紅潮させながら、雄叫びに近い大声を張り上げた。
ナース隊長の言葉に耳を傾けながら、エルフ族の兵士達は、力強く手にした武器を握り締めた。 それに対して手にした戦斧をポンポンと軽く叩きながら、エルフ族の固い結束を嘲笑う魔族兵達。 中指を立てながら、挑発するかのように、かかって来いよッ……という合図を送る。
それがきっかけとなり、戦端は再び開かれ両軍は、また激しい衝突を繰り返した。 魔族兵の大剣や戦斧が、黒い弧をえがき、人体と空気を斬り裂いた。 血がほとばしり、悲鳴と怒号が周囲に反響し、新たなる殺戮の呼び水となる。 武具に付着した赤い血液を振り落とす間もなく、また血で赤く赤く塗装させていく。
ナース隊長率いる第三軍も敵兵を斬り裂き、撃ち倒し、串刺しにする。
だが魔族兵達は怯むことなく、真正面からエルフ族の部隊とやり合う。
敵味方問わず死体を踏みつけながら、突貫して来る姿は、猛牛さながらであった。
その気迫と闘志に押された一部のエルフ兵が、地面を踏み鳴らし、後ずさりした。 魔族兵はその隙を逃すまいと、大胆なまでに距離を詰めて、超接近戦に持ち込んだ。血煙が湧きおこり、エルフ族の部隊の陣形が崩れかける。
背後から襲いかかったエルフ兵を、魔王軍の兵士が身体を反転させ、再び戦斧をひらめかせて、また一つ新たなる肉の塊を墳血と共に生み出した。
「こ、こいつら……強い!」
「あ、ああ、まるで死ぬことを恐れちゃいない……」
「臆するな! エルフ族の勇気を持って敵を迎え討つんだ!」
ナース隊長が後ずさりする部下に向かってそう叫ぶが事態は好転しなかった。
ナース隊長やエルフ兵たちは、臆病と称するにはかけ離れていたが、
魔族兵のあまりの獰猛さと破壊力の満ちた突進にたじろいた。
だが魔族兵の攻撃は、弱まるどころか更に苛烈に熾烈に彼等を襲った。 次第に使命感や闘争心といった感情も消し飛び、恐怖という感情だけが彼等の身体と心を支配する。 約30分の死闘が繰り広げられ、エルフ部隊の三割弱の兵士が戦死、負傷した。 そしてナース隊長は悩んだ末に、部下達に後退を命じた。
「仕方ねえ、オレ達が前に出るぞ!」
「そうだね、それしかなさそうだね」
ラサミスの提案に剣聖ヨハンが頷く。
すると周囲に居たアイザックやレビン団長も部下達に前進を命じた。
そして雄叫びをあげながら、魔王軍の猛者に正面からぶつかる連合軍の兵士達。
剣と戦斧が、激しく衝突して耳に響く金属音が奏でられる。
矢が飛び交い、魔法攻撃による轟音が響く中、激しい戦いが繰り広がる。
だが連合軍もこのままむざむざやられはしなかった
勇敢さでは魔族兵に負けてなかった、果敢に前へ出て激しく斬りあう。
フレイルで頭を撃ち砕かれた連合軍の兵士が、敵味方から踏みにじられる。
怒号と鮮血と金属音が反響して、連合軍、魔王軍が入れ乱れて乱戦状態に突入する。
無数の軍靴が地面を蹴りつけ、戦斧と剣が衝突を繰り返し、悲鳴と怒号と共に金属音が周囲に反響する。
突く、斬りつける、払う、受け止めて巻き込む、はじき返す。
白兵戦技術の粋をつくして、手にした武器で敵兵の肉体を破壊する。
ラサミスの白刃の刀が風を斬り、魔族兵の漆黒の戦斧が空を裂く。
復讐心に燃え滾ったエルフ部隊も同胞の仇を討たんと再び前線に出て来た。
流星のごとく空から降り落ちてくる矢の雨。
陸地の至るところに築き上げられた死体の山々。
「魔族に栄光あれッ!」と叫んで息絶える魔族兵。
種族と愛する者達を守る為に我が身を犠牲に捧げる兵士達。
ただ金の為に戦う傭兵や冒険者達。
気が付けば、血みどろの白兵戦が陸地の至るところで繰り返されていた。
そして仲間が疲弊した頃合いを見計らったかのように、
騎士団長アームラックが率いる第四軍が戦場に駆けつけてきた。
「アイツら……今頃来やがって!
手柄を横取りするつもりだな!」
「ラサミス、落ち着け!
想像以上に厳しい戦いだ、熱くなるな。 冷静になれ!」
「兄貴、分かったよ」
「兎に角、無理な戦い避けろ!
一人一人確実に倒していくんだ」
「ライルさんの云うとおりね!
この場で周りに流されのは危険だわ。
だからとりあえずは生き残る事を最優先にしましょう」
「……分かった」
ラサミスはライルやミネルバの言葉に相槌を打った。
そしてラサミスは手にした征伐剣・顎門を構えながら、こう告げた。
「兄貴、ミネルバ! オレ達は三人一組になって敵を迎え討つぞ!
だが無理はするなよ? この戦いは想像以上に厳しい。
とはいえ引く事も出来ん。 だから己のやれる仕事を果たしながら、
戦況の変化を読むんだ。 さあ、ここからが踏ん張りどころだぁっ!」
ラサミスはそう云って身構えた。
それに続くようにライルとミネルバも彼の近くで身構える。
ハドレス半島の陸地で行われた血みどろの白兵戦は、
次々と戦死者を増やして、新たな血を求めるかのように更に過激さを増していくのであった。
次回の更新は2021年10月20日(水)の予定です。
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