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第二百九十三話 半人半魔(はんじんはんま)


---三人称視点---


 

 蒼い闇にうっすらと輝く月。

 一人の少年がリアーナの商業区のメインストリートを歩いてた。

 少年の背丈は小さい。 

 約165セレチ(約165センチ)という小柄な身体に黒いフーデットローブを纏っていた。


 さてどの酒場にするか、と顎に指を当てて黙考する小柄な少年。

 彼の目的は情報収集がメイン、酒は飲まない。 

 となると流行の店より路地裏にあるような店の方が好ましい。 


 リアーナに限らず、酒場での情報収集は冒険者や商売人にとって欠かせないものだ。 

 そしてそれっぽい店を見つけた。 やや古臭い木造りの一階建ての酒場。

 看板には『夜明けの祝杯』と書かれていた。 とりあえず少年はドアを開き、中に入る。

 木製の丸テーブルが十席ほど並んでいるが、客の数は数える程度。


 やや褐色の肌で禿頭の店長らしき男が「……いらっしゃい」と無愛想に言った。

 とりあえず少年は手前のカウンターの椅子に座り、オレンジジュースを注文。

 無言でオレンジジュースの入ったグラスを置く禿頭の男。

 小柄な少年はグラスに口をつけて半分くらい中身を飲み干して、喉を潤わせてから、本題に入った。


「……情報が欲しい」


 と、カウンターにグラン金貨二枚(約二万円)を置く少年。


「……何が聞きたいんだい?」


 グラスを白い布巾で拭きながら、禿頭の男がちらりと視線を向ける。


「……戦争の情報だ。 それとこの近辺の情報も欲しい」


「……戦争の情報ねえ。 暗黒大陸への上陸作戦が近いという噂のせいか、どうやらこのリアーナからも多くの冒険者や傭兵が集められているぜ。 更には海賊やらマフィアやらも絡んでるとの話だ。 アンタも一儲けしたい口かい? なら冒険者ギルドにでも行くんだな。 今なら高値で自分自身を売り込めるぜ?」


「……それ以外の情報はないか?」


 と、更にグラン金貨一枚を置く少年。

 禿頭の男が「……悪いな」言いながら、遠慮なく目の前の金貨を受け取る。


「……そうだなあ。 魔王軍の幹部を立て続けに倒した冒険者の話なんかどうだい?

 もっとも有名な話だから、アンタも既に知っているか」


「……いや聞かせてくれ」


「ああ、なんでもリアーナを拠点にする連合ユニオンの兄弟がやったという話さ。 確かな名前は……兄貴がライルで、弟がラサミスだったな。 ここいらじゃカーマイン兄弟と呼ばれている凄腕の冒険者さ。 まあこの二人も例の上陸作戦に参加するらしい。 まあ此奴ら以外にも最強の連合ユニオンと呼ばれる「ヴァンキッシュ」の連中も参加するみたいだぜ」


「そうか。 景気の良い話だな。 後、この街に関する情報は?」


 少年はそう云って、グラスに口をつけ一気に中身を飲み干した。


「……そうだな。 兄さんは冒険者だろ?」


「……嗚呼、そうだ」


「なら最初のうちは比較的大人しくしてた方がいいぜ。 何処も同じだがこの街の冒険者も縄張り意識が強くてな。 だからあまり目立つような真似は避けた方がいいぜ。 後、当然だが無許可でスラム区域には行かない事だな。 スラム区域はマフィアの領域テリトリーだからな。 このリアーナは表向きは自由都市となっているが、街の中枢をになうのは、ほとんどがマフィアや豪商さ。 彼らの逆鱗に触れたらここでは暮らしていけねえ。 兄さんもその辺気をつける事だな。 ……まあ情報はこれくらいだな。 また集めておくよ」


「……ありがとう、また来るよ」


 と、礼を告げ席を立つ少年。

 そして店を出ようとした矢先に――


「……ところで兄さんの名前は?」


 軽く探るような目線を送る禿頭の男。


「……名乗るほどのもんじゃないさ」


 と、軽く受け流して、店を後にした。

 

「……酒場で得られる情報はこんなものか? ん?」


 少年はそう呟きながら、後ろに振り返った。

 すると後ろには二人組のヒューマンの巨体の男達が立っていた。


「……オレに何か用か?」


「……お前、小僧の癖に随分持ってそうだな?

 悪いけど、お前のお小遣いは俺達が貰うぜ」


 そう云って二人組の男は「ククク」と嗤った。

 少年はそれに対して、両肩を竦めて「やれやれ」と嘆息する。

 すると二人組の男がこちらに向ってゆっくりと歩いてきた。


「余裕かましてんじゃねえよ。

 お前のようなチビ助は俺達のような強者のかてになるのが世の摂理というものさ」」


 そして両者の距離が縮まり、相手の顔が視界に入る。

 少年の顔はまだ幼さが残っており、どうみても十代半ばにしか見えなかった。 

 黒いフーデットローブを身に纏い、その中に銀色の鎖帷子を着込んでいる。

 対する男達は三十前後の強面、身長は180以上ありそうだ。


 すると小柄の少年は裏路地へ向かって全力で走り出した。

 それと同時に二人組の男も野卑な笑みを浮かべて、少年の後を追った。

 そして一通りの少ない路地裏に入るなり、小柄な少年は足を止めた。


「あ~? 小僧、観念したかぁ~?

 さっさと金を出せば痛い目には合わせてないでやるよ?」


「……死にたくなかったら消えろ、おっさん共」


「あぁっ!? おっさんだぁっ? 小僧、てめえ死んだぞぉ?」


 そう云って凄む二人組の男。

 だが小柄の少年は驚くどころか、両肩を竦めて嘆息した。


「ヒューマンってのは、オマエ等のように低脳ばかりなのか?

 ここ数日でもテメエ等の連中に二、三度絡まれたよ。

 やっぱり俺が背が小さいからか? まったくウンザリするぜ……」


「そうだよ、へへへっ……お前のようなチビ助は俺達の強者に狩られる宿命なんだよ」


「あっそ、オマエ等はここで死ぬ運命だったわけね。 ご愁傷様」


「このクソ餓鬼っ! ぶっ殺す!!」


 と、短髪で巨体なヒューマンは一気に間合いを詰めた。

 そして右腕を振り上げて、渾身の右ストレートを放った。

 だが小柄な少年はいとも簡単にその一撃を躱し、逆に懐に入った。

 そして右拳に闇色の闘気オーラを宿して、右手を開いて男の胸部を強打する。


「が、がほっ……あがぁっ!?」


 短髪の男は声にならない声を上げて、地面に崩れ落ちた。

 そして少年の頭部を覆っていたフードの部分が後ろに払われて、その薄い水色の髪が月夜に照らされた。 普通ではあり得ない頭髪の色を観て、もう一人の禿頭のヒューマンが驚きの声を上げた。


「な、なんだよ……その髪色は……お前……まさか魔族かっ!?」


「……半人半魔はんじんはんまさ」


「は、半人半魔はんじんはんまっ!?」


「そうさ、こうして敵地に乗り込み情報を収集するのが仕事さ。 しかし大人しく放っておいてくれたら、こちらも何もする気はなかったんだけど、何故かオマエ等のような阿呆共が寄って来る始末。 まったく嫌になるぜ。 やっぱり俺が小さいから舐められているのか?」


 半人半魔の少年はそう云って、「ポキポキ」と両手の指を鳴らした。

 しかし両者の体格差は15セレチ(約15センチ)以上あった。

 その体格差からか、禿頭のヒューマンは余裕を取り戻して啖呵を切った。


「成程、要するにテメエは間者スパイという訳か。

 ならテメエをぶっ倒して、連合軍の前に突き出したら良い値がつきそうだな」


 禿頭のヒューマンはそう云って、鉄製の手斧を手に取って身構えた。

 だが半人半魔の少年は焦るどころか、挑発するかのような言葉を男に浴びせた。


「成程、強盗から賞金稼ぎに格上げしたという訳か。

 オマエみたいな奴でも世の中に役立つ事があるんだな」


「うるせえっ! 四の五の云ってんじゃねえよ!!」


 禿頭のヒューマンはそう云って、右手に持った手斧を振り上げながら突撃した。

 そして射程圏内に入るなり、手にした手斧を上下左右に振るう。

 だが半人半魔の少年はまるで曲芸師のような身のこなしで全ての攻撃を回避する。


「な、なっ……何故当たらん!?」


「単純にオマエの攻撃が遅いだけさ。

 それじゃお遊びはここまでさ。 次は俺の番だ」


 半人半魔の少年はそう云うなり、右手に闇属性の闘気オーラを宿らせた。

 そして更に魔力を篭めて、宿らせた闘気オーラを刃のように先端を尖らせた。

 それと同時に半人半魔の少年は、全力で地を蹴って、間合いを詰める。


「こ、この野郎っ!?」


 禿頭のヒューマンが興奮しながら、薙ぎ払いを放つ。

 だがそれを軽くダッキングして回避。 逆に相手の懐を奪う。

 そして闇色の闘気オーラを纏った右手の手刀で男の喉笛を水平に切り裂いた。


「ご、ごはぁぁぁっ……ああぁっ!?」


 声にならない声を上げて、地面に崩れ落ちる禿頭のヒューマン。

 傷は致命傷でこのままでは、ほぼ確実に死ぬ。

 だが半人半魔の少年は無表情で右手の手刀で更に喉笛を縦に切り裂く。


「……ふん、阿呆がっ」


「う、うわぁぁっ……アイツ、人殺しだ! だ、誰か来てくれ!!」


 と、意識を戻した短髪のヒューマンがそう叫んだ。

 

「チッ、信じられねえ! テメエで恐喝しておいてよく云うぜ!」


「だ、誰かっ……あああぁっ!?」


 短髪のヒューマンが更に叫ぼうとすると、

 何処からか、闇色の闘気オーラを帯びた投げナイフが飛んで来た。

 そして一本、二本、三本と男の眉間、口の中、喉笛に命中した。

 致命傷を受けた短髪のヒューマンは、悶絶しながら地面に倒れてそのまま息絶えた。

 すると何処からともなく、少女の声が聞こえてきた。


「駄目じゃない、ジウ! ゴミはちゃんと処分しないと」


「……ああ、そうだな。 助かったよ、ミリカ」


 ジウと呼ばれた半人半魔の少年は、眼前の黒いフーデットローブ姿の少女に向かって礼を述べた。 するとミリカと呼ばれた少女が頭部のフードを右手で払って、頭部が露わになった。

 白皙の肌に薄緑色の髪を頭の右側で結わってアップにしていた。

 所謂サイドテールという髪型だ。


 身長はジウと呼ばれた少年と同じくらいの165前後。

 切れ長の翠玉色の瞳、手足も長い。

 出るところも出ており、それでいてくびれるとこはくびれている理想的なプロポーション。


「……でそちらの方は情報収集できたの?」


「嗚呼、それなりに有益な情報が入ったよ」


「そう、アタシもよ。 なんでも幹部を倒した凄腕のヒューマンの兄弟が居るらしいわよ?」


「嗚呼、その話は俺も聞いたよ。 名前は忘れたけどな」


「それじゃ意味ないでしょ? カーマイン兄弟よ!

 兄がライルで弟がラサミス、ちゃんと覚えておきなさいよ!」


「嗚呼、分かったよ。 それはさておきそろそろこの場から離れた方が良くないか?」


 と、ジウと呼ばれた少年。

 するとミリカと呼ばれた少女も「そうね」と頷いた。


「じゃあワイズシャール隊長のところに戻りましょ!」


「嗚呼、そうするか」


 二人はそう云って、この場から去った。

 ジウ……本名はジウバルト、それとその相棒のミリカは半人半魔部隊の一員であった。

 二人だけでなく、後十人くらいの者が間者スパイとしてリアーナに潜り込んでいた。


 そして集められた情報は伝書鳩などを使って、魔大陸本土へ伝えられていた。

 半人半魔は魔族社会においては、序列カーストは最下層に近い。

 だが見た目は人間と然程変わらなった為、斥候や偵察、密偵役を任される事が多かった。


 今宵も半人半魔部隊は自らの使命を全うする為、

 夜のリアーナで様々な情報を得ていた。

 そして今、二人が口にしたカーマイン兄弟ともいずれ邂逅することになるのであったが、

 二人はそんな事はつゆ知らず、彼等のボスであるワイズシャールの許へと向かうのであった。


次回の更新は2021年10月3日(日)の予定です。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様です。 前々から、半人半魔の説明はありましたがこうして戦闘を見せて来るのは初でしたね。 見た目がヒューマンと似ている。魔族の中では、最下層である事以外では開示が無かったのでワ…
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