第二百八十七話 修羅場
---ラサミス視点---
オレは自分の部屋に戻り、着替えてラフな格好になってベッドに腰掛けた。
そして手紙の封を綺麗に切って、中身を取り出した。
それから集中して、手紙を広げて、じっくりと味わうように読んだ。
え~と、成る程。
要するに王都ハイネダルクで四大種族の首脳陣による大会議を行うから、
オレ達『暁の大地』も団長と副団長連れて参加しろ!
というのが主な内容だ。
成る程、一見すれば何の問題もないように見えるが、
実際は違う。 まず今までは猫族の王都ニャンドランドで
四大種族の首脳陣による会議が行われてきたが、
今回はヒューマンの王都ハイネダルクで大会議を行う。
噂じゃでは最近ヒューマンと猫族の上層部が揉めているらしい。
まあこの戦いもそろそろ勝ちの目が見えてきたからな。
だからここに来てヒューマン側が連合軍の中で主導権を取るために、
色々と小細工をしているという噂はオレも聞いている。
まあ本音を云えば、そういう争い事に関与したくないが、
こうしてヒューマン王室に名指して使命されたからには、
無視する訳にはいかないな。 オレもヒューマンだからな。
とはいえ拠点を留守にしたくはないな。
とりあえずオレと兄貴、それとアイラでハイネダルクへ向かい、
エリス達に拠点の留守番でもしてもらうか。
という具合に話を進めるか。
十五分後。
オレは談話室に集まった団員に対して、上記のように述べた。
するとミネルバとマリベーレは素直に頷いてくれたが、
エリスとメイリンが「せっかくだからこれを機会に一度ハイネガルに戻りたい!」
と主張したので、オレはそれを許可した。
まあここのところ戦いばっかりだったからな。
それに暗黒大陸に上陸したら、しばらくは里帰りなんて出来そうにもない。
なので丁度良い機会という事で、エリスとメイリンの同行を許可した。
これで王都へ向かうのは、オレ、兄貴、アイラ、エリス、メイリン。
拠点に残るのはミネルバとマリベーレという人員配置となった。
「ところでアイラ、体調の方はどうだい?」
「あ、ああ……その事だが私は今回リアーナに残ろうと思う。 どうにも体調が悪くてな、軽い頭痛や吐き気が続いてるんだ」
「そ、そうか。 だ、大丈夫かい?」
「い、いや実は今も結構苦しい。 だから私はしばらく休むつもりだ」
生真面目なアイラがこう主張するんだ。
本当に体調が悪いんだろうな。
でも何かの病気なのか?
ここは医者に診せておいた方が良いな。
「で、では私は少し自室で休ませてもら……」
アイラはそう言いかけて、床にドサリと倒れ込んだ。
「お、おい! アイラ、大丈夫か!?」
「これは何かの病気かもしれませんわ。
今すぐお医者様を呼ぶべきです」と、エリス。
「じゃあ誰でもいいから、医者を呼んで来てくれ!
後、誰かアイラを介抱するのを手伝ってくれ!」
「では私が介抱しますわ。
それとメイリンとミネルバはお医者様と教会の神父様を呼んで来てください」
「う、うん!」 「分ったわ!!」
みたいな感じでエリスがこの場を上手くまとめた。
こういう時は女手があると色々助かるな。
そして三十分後。
メイリンとミネルバが医者と神父を呼んで来てくれた。
病気の場合は魔法は効かないので、医者の手で治療する事となる。
また何かの呪いの場合も想定して、教会の神父にも来てもらった。
とりあえずヒューマンの女医がアイラの身体を調べている。
するとヒューマンの女医は「成る程」と納得顔で頷いていた。
とりあえず一通りの診察が終わったようだ。
「先生、やはり何かの病気なんでしょうか?」
オレは単刀直入に女医にそう問う。
すると妙齢のヒューマンの女医は「いえ違うわ」と云い、
そしてこう付け加えた。
「所謂、おめでたよ。 だから悲観する事はないわ」
「……おめでた?」
「うん、要するに彼女――アイラさんは妊娠してるのよ。
だから今後は出産に向けて、貴方達でサポートしてあげてね」
「はい、……ん? に、妊娠?」
「ええ、そうよ。 もしかして貴方がそのお相手?」
「……い、いや……ち、違いますけど、というかマジで妊娠っ!?」
オレは思わず大声で叫んだ。
というかエリスとメイリンも固まった表情をしている。
そしてしばらくすると、オレやエリス達は視点をある一点に向けた。
その視点の先には、兄貴が今まで見せた事の無い狼狽した表情を浮かべていた。
そして兄貴はとてもバツが悪そうに、小声でこう云った。
「……すまん、俺の子だと思う」
「「「「「「……」」」」」」
オレ達は兄貴の唐突な告白に一瞬言葉を失った。
……そしてオレが初めて見る兄貴のカッコ悪い姿でもあった。
……まあ薄々は気付いていたけどね。
でも出来れば兄貴のこういう姿は見たくなかったぜ。
というかこの問題どうしよう?
……こりゃ下手すりゃ修羅場になるかもな。
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「……それでライル兄様はどうするつもりですの?」
「……そうだな、ちゃんと男の責任は取るよ、いや取らせてもらう!」
「じゃあこの後、正式に結婚するのかしら?」
「け、結婚……」
エリスがいつになく厳しい。
というかエリスが兄貴にこんな風に迫るとはな。
まあエリスは見かけによらず、云う時はハッキリ云う性格だからな。
「あら、結婚はする気ないのですか?」
「い、いやする事になるだろう。 ただ急な事態で少し戸惑ってるんだ」
……兄貴が狼狽している。
こんな姿、初めて見たぜ……。
「そうでしょうね。 わたくしも正直驚いてますわ。 まあこうなった以上、文句を云っても仕方ないですが、このままアイラさんを一人残すのは、あまりにも無責任ですわ」
「まあそうだけどさ、とりあえず今は仕方ないんじゃね?
ヒューマンの王室に名指しでオレと兄貴が呼ばれているからさ。
だからここはとりあえず任務を優先すべき――」
「ラサミスはちょっと黙ってて!」
「あ、ああっ……」
うお、思わず頷いてしまったぜ。
まさかエリスがオレにこんな台詞を吐くとは……。
駄目だ、もうこれ修羅場と化している。
まあエリスが怒るのも無理はない。
オレだって急な事態で困惑してるもん。
でもこの調子じゃエリスは兄貴とアイラをすぐに結婚させそうだな。
だがそれは連合としては、少し困る状況だ。
理由はいくつあるが、まずオレ達は最近ドラガンが引退したばかりだ。
なので新団長はオレが引き継ぐ形になったが、
ここでアイラと兄貴が結婚すれば、一気に二人の人材を失う。
いやこうなった以上、アイラは事実上の引退だろう。
出産後も子育てをしなくてはならないからな。
だけどここで兄貴まで引退するのは少しマズい。
何故なら残りの五人は全員十代の若者だからだ。
勿論、若者には若者しかない勢いや活気がある。
でも若者には経験や老獪さがない。
今まではそれをドラガンや兄貴が上手くサポートしてくれていた。
だがドラガンに続き、兄貴とアイラが引退となると状況は一変する。
とはいえこの事をストレートに云っても、今のエリスには伝わらないだろう。
いや意味は伝わるな。 でも多分彼女はこの場においては倫理観を優先するだろう。
なのでここはある程度エリスに物を云わせてから、頃合いを見てこの件を切り出そう。
「じゃあアイラさんの引退、というか休養は確定だけど、
ライルさんもこれを機に結婚して、冒険者を引退するの?」
と、オレが云いたかった言葉をメイリンが代弁してくれた。
ナイス、メイリン!
するとエリスが少し考え込む素振りを見せた。
「それは少し困るわね。 いやあたしもこの場合はちゃんと責任を取るべきと思うよ? でもここで一気に二人が抜けるのは、戦力的に少し厳しくなるわ」
おお、ミネルバ!
オレが問題視している点によくぞ気付いてくれた。
よし、これは良い流れになりそうだ。
「う~ん、……確かに一理ありますわね。
でもこの場合は戦力的な問題より、倫理観を大事にすべきですわ。
とは云え良いアイデアがないのも事実。 ……あっ!?」
「ん? 皆、何してるんだ? 作戦会議中か?」
と、青い平服姿のドラガンが談話室の近くを通りかかった。
……そうだな、この場はドラガンも交えて話をすべきかな。
だけど最近のドラガンは何というか前のような張りがないんだよな。
まあでもこの状況ならば、彼の知恵を借りるのもいいか。
「ドラさん、聞いてください!」
「え、エリス! な、何だニャ!?」
「アイラさんがライル兄様の子をお腹に宿したのですわ!」
「……へっ?」
と、目を丸くさせるドラガン。
「え~とドラさん、意味分ります?」
「え~と……つまりアイラがライルの子を妊娠したって事?」
「はい、そうですわ」
「……」
「……何か云うこと、あるいは助言はありますか!?」
するとドラガンは一瞬、間を置いてからこう叫んだ。
「エエエェェェ……ま、マジッスかあぁぁぁっ!?」
……ドラガンも予想外の展開に驚いている。
だけど彼は冒険者は引退したが、この拠点の主なのだ。
なのでここは彼も交えた上で、連合会議するべきだな。
でも何というか現時点で胃がキリキリしている。
だけど流石に逃げさせる状況じゃない。
……オレ自身はこういう修羅場が起きないように、
色々と配慮しよっと、これ第三者の立場でもマジきついもん!
次回の更新は2021年9月20日(月)の予定です。
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