第二百四十八話 臍(ほぞ)を固める
---三人称視点---
「行くのか、ゼーシオン」
「はい、父上」
竜魔ゼーシオンとその父親である魔族ジークロンが
竜人領ダール島のエルシトロン迷宮の入り口の近くで立ち並んでいる。
「……しかし魔族という種族はお前が思っている以上に掟に厳しい。
更には外様となるお前の扱いもあまり良いものにはならんであろう」
「それも覚悟の上です」
と、竜魔ゼーシオン。
「そうか、ならばワシとしてもこれ以上は何も云うまい」
「父上!」
竜魔ゼーシオンはいつになく真剣な表情でジークロンを見据えた。
対するジークロンはいつもように表情が読みにくいポーカーフェイス。
二人の間にしばしの沈黙が流れた。
するとゼーシオンは決意を固めたような口調でこう告げた。
「私は父上の息子である事を誇りに思っております。
ですが私は正直申して地下迷宮暮らしには、幼い頃から不満を持ってました。
だから今回の大戦で私は自分の力で何かを成し遂げたいのであります。
例えその結果、戦死する事になっても構いません。
とにかく私はこの穴蔵から出て、自分という存在を試したいのです」
「……そうか」
ジークロンはゆっくりと一言そう漏らした。
父親として、息子の云う事や気持ちも理解できた。
そしてこれ以上、息子を引き留める理由も見つからなかった。
それからジークロンは最後に息子にこう云った。
「お前の気持ちはよく分かる。
だからこれからはお前の好きなようにするがいい。
だがもし何かあったり、逃げ場所が必要となれば
ここに帰って来い。 ワシはいつでもお前の帰りを待っているぞ」
「……ありがとうございます。
ですが恐らくその必要はないでしょう」
「……そうか」
「……はい」
「ではもう行くが良い」
「はい、父上……今までありがとうございました。
そして……さようなら!」
ゼーシオンは父親に最後の別れを告げると、
二対四枚の漆黒の翼を羽ばたかせて、上空へ飛び立った。
ジークロンはその姿が完全に見えなくなるまで、その双眸で息子を見送った。
そして息子が視界から完全に消えると――
「……オリビア。 これでいつでも気兼ねなくお前の所へ行けそうだ」
と、ジークロンは呟いて感傷に浸りながら、しばらくの間、空を見据えていた。
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ウェルガリア歴1602年2月2日。
大猫島の大決戦から十日程経った昼。
『暁の大地』の面々はリアーナの拠点で休息を取っていた。
魔王軍の幹部の一人――女王吸血鬼プラムナイザーと倒したラサミスは、
連合軍の上層部から幹部討伐の賞金として1500万グラン(約1500万円)を受け取った。 更に冒険者ランクもA級からS級に昇格した。
また女王吸血鬼を倒した事によって、
ラサミスは『吸血鬼殺し』と周囲から呼ばれるようになったが、当の本人はそれを目の前で云われる度に「オレ一人の手柄じゃないから」と返していた。
大猫島の大決戦で勝利した連合軍は活気に満ち溢れ、軍上層部は色めきだった。
軍上層部はまず大猫島の大海戦で勝利に大きく貢献した猫族海賊に約束通り一億グラン(約一億円)の報奨金を支払った。
だが最新鋭の戦闘型ガレオン船の譲渡に関しては、結論を急がなかった。
しかし猫族海賊側もそれに対しては難色を示さず、
今後とも連合軍に協力する事を軍上層部の前で誓った。
これによって連合軍は大猫島を海上戦力の拠点として、
近隣の離島や島に潜む魔王軍の残敵掃討を行い、
中央海こと北ニャンドランド海の島々の大半を平定した。
これによって軍上層部の内部で、魔族の本拠地である暗黒大陸こと魔大陸への侵攻作戦が立案された。 だがまだエルフ領内に潜む不死部隊を中心とした魔王軍にも手を焼いており、戦力の中枢を魔大陸の上陸作戦に割ける状況ではなかった。
またこの大戦が勝利に傾きつつあり、連合軍の上層部も各種族間でも意見の食い違いなどが起こり始めた。 その中でも特に目立ったのがヒューマンの王国騎士団の騎士団長と副団長の二人だ。 王国騎士団の騎士団長アームラックと副団長のハートラーは、戦場ではあまり活躍してないが、勝利が近づきつつあるこの状況下になると、やたらとヒューマンが有利になるような議題や盟約を掲げるようになった。 もっとも最初の内は、他の三種族も彼等の主張を適当に受け流していた。
だがここに来て、副団長ハートラーが戦場では見たことのない勇ましさを見せて、上層部の軍議で意気揚々とアジ演説するようになり、エルフ族、竜人族の首脳部も次第に怒りと嫌悪感を抱き、彼に反論するようになり、最近の軍議はやや殺伐としている状況だ。
このような状況なので、軍上層部の軍議や協議もなかなか進展を見せず、
とりあえず大猫島に防衛部隊としての一定数の人員を割いて、
雇われ兵や冒険者達は一時的な休暇が与えられた。
そのような訳でラサミス達もリアーナに帰還していた。
だがリアーナ帰還後は、プラムナイザー戦での負傷の治療などもあり、数日間は忙しい状況が続いた。 そしてここにきてようやく自由な時間を取ることができた。
ラサミス達は拠点の食堂で談笑しながら、早めのランチを食べていた。
「ねえ、ねえ。 ラサミス、良かったらこの後、お買い物へ行かない?」
エリスが笑顔を浮かべて、ラサミスにそう語りかけた。
するとラサミスは「う~ん」と唸ってから、返事をする。
「いやあ、この後さ。 黄金の手の職業ギルドへ行こうと思ってるんだ。 あの女幹部を倒したおかげでレベルが一気に47まで上がったからな」
「れ、レベル47!? 上級職で!?」
と、メイリンが驚いたようにそう云う。
「すごっ……。 流石は魔王軍の幹部ね。
とんでもない経験値を保有してたようね」
と、ミネルバ。
「す、凄い。 お兄ちゃん、一気に強くなったね」
マリベーレが感心したようにそう云った。
「全くだぜ、スキルポイントも一気に100まで増えたよ。
とはいえ師範代の助言なしには、スキルの割り振りもままならねえ。
自分一人でやると、多分万遍なくスキルポイントを割り振って、
器用貧乏な黄金の手が出来上がりそうでな」
「あはは、ありそう~。 でも分かったわ、ラサミス。
お出掛けはまた今度にしましょ」
と、笑顔で返すエリス。
するとラサミスが思い出したようにこう云った。
「あ~、エリス、他の皆も良かったら、明日以降にリアーナで開催される
オークション会場に行かないか? オレ、幹部討伐の賞金入ったから、
魔力耐性が強くて、魔法反射する盾が欲しいのよ」
「成る程、オークションかあ。
面白そうね、私はいいわよ」と、エリス。
「あたしもいいわよ、なんか面白そう」
と、メイリンも同調する。
「あ~、アタシはパスかな。 今は飛竜の騎乗が上手くなりつつあるのよ。
ゴメンね、ラサミス」
「気にするな、でマリベーレはどうする?」
「あたしも行きたい!」
「了解、んじゃ正確な日時はオレが帰って来てから決めよう。
そういう訳でオレはちょい職業ギルドへ行って来るわ」
「「「「はーい」」」」
そしてラサミスは食器を片づけて、自分の部屋に戻って普段着の上から
お気に入りの黒のフーデットローブを羽織って、職業ギルドへと向かった。




