第二百四十七話 水火(すいか)を辞(じ)せず
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---三人称視点---
魔王レクサーの意識が覚醒すると、眼前に黒い空間が漂っていた。
何もない、黒い空間。
だがレクサーはすぐに「またか」と一言漏らした。
『よぉ』
聞き覚えのある野太い声がレクサーの頭の中に響く。
レクサーは「やれやれ」と思いながらも、やや緊張感を高めた。
「なんだか最近、貴様と会う頻度が増えている気がするな」
すると野太い声の主――先代魔王ムルガペーラはこう返した。
『それは多分オマエの精神状態が安定してないんだろうなァ~。
もしかして現世でまた何かあったんじゃねえのか?』
「……なくはない」
『ふうん、そうなんだァ~』
「……聞きたいか?」
『ん~、どっちでもいいかな』
やや投げやり気味にそう云うムルガペーラ。
するとレクサーは内心でムッとしたが、表面上は冷静を装った。
この救いようのない親子の会話、とも云うのもおこがましいやり取りが開始されて三百年近くなるが、初期の頃に比べたら会話内容もだいぶマシになった。
初期の頃はムルガペーラが少年時代のレクサーに延々と憎悪と呪いの言葉を投げかけていた。
あれはある種の呪詛だ、とレクサーが思うのは当然の権利であった。
だが次第にレクサーの中で反骨精神が生まれて反論を重ねていくと、
ムルガペーラも徐々に態度を軟化させていった。
そういうやり取りがもう280年以上続いている。
だが最近のムルガペーラは時々、助言らしい言葉を投げかけているのも事実だ。
それを素直に感謝するほど、レクサーも無垢ではないが、
確かにムルガペーラの言葉には、魔王としての重みがある。
だからこの場も現世で起きた事実を素直に打ち明けた。
「また幹部の一人が敵に殺られた。
殺られたのは、貴様も知っているプラムナイザーだ」
『ん? プラムナイザー? 誰だ、そいつ?』
「……女王吸血鬼のアイツだ。 覚えてないのか?」
するとムルガペーラは「あ~」と何かを思い出したような声を上げた。
『ああ~、あの高飛車女かァ~。 ふうん、アイツ、死んだんだァ~。
でもオレの記憶じゃアイツはなんだかんだでそこそこは強かったと思うぞ?』
「ああ、それは間違いない。 オレもあの女にはそれなりの地位を与えていた。
単純な戦闘力ならば、現状の魔王軍で十指には入る実力者……だった」
『そうか、だとすると今回の四大種族連合軍は強いのかもな。
あるいはオマエ等、魔族が……』
「弱くなったのかもしれん」
『ふうん、そう思う頭はあるんだ』
「まあな、魔王という地位に居る以上、ありとあらゆる状況は想定せねばならん」
『まあそういう考える時点でオマエは無能な魔王とは違うよ。
でもな、情報を分析するだけじゃ駄目だ。
オレたちゃ所詮、魔族。 仲間を殺った奴は殺りかえす。
オレ様はそれが魔族の数少ない掟の一つだと思うぜ!』
「……否定はせんよ」
『で? 幹部を殺った奴の情報はちゃんと入手したのか?
ザンバルドやあの高飛車女を殺る奴だ。 あまり舐めない方がいいぜ?」
『プラムナイザーに関しては、まだ情報が出そろってないが、
ザンバルドに関しては、情報を入手済みだ。
なんでも二十そこそこのヒューマンの剣士らしい』
するとムルガペーラは一瞬押し黙った。
レクサーも無理に問い質さず、ムルガペーラの言葉を待った。
しばらく経って、ムルガペーラは珍しく神妙な声でこう告げた。
『ザンバルドがヒューマンの若造に殺られたのか。
あの野郎が衰えたのか、その若造が強いのか、微妙に分かりにくい話だな』
「……オレもそう思う」
『で今の戦況はどうなってるんだ? 問題なければ教えてくれよ』
レクサーは一瞬話すかどうか、考えた。
だがムルガペーラの意見が聞きたかったので、
妙なプライドは捨てて、ありのままの事実を告げた。
すると話を聞き終えたムルガペーラが「ん~」と唸って何やら考え込んでいた。
「……で貴様はどう思う?」
『ん、レクサー結構ヤベえ状況かもしれんぞ。
オレの時もあの猫島だっけ? あの島を奪還されてから戦局が変わった。
というかもうそろそろ敵も魔大陸の上陸を視野に入れてるんじゃねえのか?』
「……だろうな。 ちなみに貴様の時はどうした?」
『ん、まあドンドン敵に追いやられて、最後は魔大陸に追いやられた感じだな。
そして敵が大規模な封印結界を張ったから、そこで手打ちにしたって感じだな。
でも魔大陸の上陸となると、そう簡単には物を運べないだろう。
ある意味ではこちらのチャンスとも云えなくもねえだろう』
「……どういう意味だ?」
『いや魔大陸って基本的に冷帯だろ? だから敵を陣中深くまでおびき寄せてから、近くの都市をもぬけの殻にするんだ。 そうすれば連中は飢餓状態になり、更に冬将軍の猛攻撃を受ける事になる。 多少リスクは伴うが、なかなか効果的な戦術だぜ?』
「……悪くはない策だが、少しリスクが大きすぎる」
レクサーは少し躊躇うようにそう云う。
『まあな、でも実際やられる方はたまったもんじゃないぜ。
前の大戦でもオレ達は、あのニャンコロ共にこれと似たような手でヤラれた。
多分これも野郎……ジェン・アルバの作戦の一つだったんだろうな』
「ジェン・アルバ? ああ、前に云っていた猫族の将軍か」
『そうそう、野郎は本当にオレ達が嫌がる事ばかりしやがったよ。 ありゃ嫌がらせの天才だよ。 あの野郎だけはマジで許さんぜ! つっても600年も前の話だがな。 だが敵も無能集団という訳じゃねえだろ? アルバ程ではないにしても、それなりに頭の回る奴は一人か、二人は居ると思うぞ』
「……その可能性は否定できんな」
『ああ、だから油断してると今回の大戦も負けるかもしれねえぞ?
まあオレ様の助言を聞くか、聞かないかはオマエの自由だが、
頭の隅くらいには留めておいた方がいいぜ?』
「奇妙だな。 まるで貴様がオレの事を心配しているような言い草ではないか」
と、レクサーは軽く探りを入れるようにそう云う。
だが対する先代魔王は駆け引きなしの本音をぶちまけた。
『そりゃオレ様もかつては魔王だったからな。
魔族が四大種族如きに負ける姿なんかは見たかねえよ』
「……そうか、でも確かにオレもそんな醜態は晒したくない。
分かった、貴様の助言は覚えておこう」
『おうよ、んじゃまあオレ様はいつものように高見の見物をさせてもらうぜ。
じゃあな、レクサー。 オマエのお手並みを見せてもらうぜ!!』
「……好きにしろ」
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そこでレクサーの目が覚めた。
視界に映るのは見慣れた魔王の寝室の天井。
寝室のカーテンからは朝日が差し込んでいた。
「……朝か」
レクサーはそう呟き、ベッドから起き上がると、純白の寝間着の上に黒いガウンを羽織った。 そしてベッドに腰掛けて、しばしの間、沈思黙考する。
――確かに奴が云うように少し危険な状況かもしれん。
――どういう形であれ、ザンバルドに続きプラムナイザーが討たれた。
――これは看過できぬ問題だ。
――ならばこちらとしても何らかの手を打つべきだ。
――とりあえず早速、シーネンレムスの助言でも聞くとするか。
だがそこでレクサーは思い出した。
今日からしばらく魔宮殿へ行って、第一婚約者マリアローリアと会う約束があった。
――このような状況下で魔王が女と乳繰り合うのはいかがなものか。
――とはいえ今更予定をキャンセルにするのは、流石にマリアローリアに悪い。
――仕方有るまい、とりあえず彼女に会って気でも紛らわせよう。
しかしレクサーは後に知る事となる。
今回の大戦は前回の大戦以上に苛烈な戦いになり、
そして魔族の歴史、運命を大きく変える事となる戦いと言うことを。
だが今はとりあえず目の前に迫った問題に向き合う事にした。
魔王と云えど、与えられた役割は果たさなくてはならない。
そしてレクサーはその役割を果たすべく、身なりを整えから馬車で魔宮殿へと向かった。




