第二百四十三話 気高く、美しく、華麗に!
---ラサミス視点---
これで六対二。
数の上ではこちらが優位だが、相手は魔族の幹部。
それに加えて高レベルの剣術と剣技、それに強力な魔法の使い手だ。
こりゃ一瞬の油断が命取りとなるな。
だからオレは集中力を最大限まで高めた。
『これで六対二か。 流石は魔族の幹部、噂以上に強いな。
ラサミス君、とりあえずキミに属性強化をかけるよ』
『いえナース隊長。 ちょっと待ってください。
属性強化は一つの属性を上げる代わりに他の属性が下がります。
あの女魔族の魔法は強力です。 だからここはウチの団長に付与魔法をしてもらいます』
『……そうだな、その方が賢明だな』
『分かった、では早速かけるぞ! 我は汝、汝は我。 我が名はドラガン。 猫神ニャレスよ、我らに力を与えたまえ! 『ライトニング・フォース』ッ!!」
オレ達は耳錠の魔道具越しに会話を交わした。
そしてドラガンが素早く付与魔法をかける。
するとオレが手にした雪風の刀身が光属性で覆われた。
多分コイツ相手にはこの方がいい。
この女がまだ違う属性の魔法攻撃を使う可能性もあるからな。
だがここはナース隊長の自動再生を受けておきたい。
『ナース隊長、オレに自動再生をかけて貰えますか?』
『そうだな、この場はキミにかけるべきだな。 よし……。 我は汝、汝は我。 我が名はナース。 神祖エルドリアの加護のもとに……『自動再生』!」
ナース隊長がそう呪文を唱えると、オレの身体が目映い光に包まれた。
よし、これで多少はダメージを受けても大丈夫だ。
とはいえ無茶は出来んがな。 だがあの女吸血鬼を相手に無傷では勝てない。
だから肉を切らせて、骨を断つ、つもりで戦うぜ。
すると眼前の女吸血鬼は露骨に見下した表情でこう云った。
「六対一か。 まあ丁度いいハンデだ。
……でどちらから向ってくる? なんなら全員でもかま――っ!?」
「――ウインド・パイル!!」
眼前の女吸血鬼が喋り終える前に、後衛のクロエが錬金魔法を短縮詠唱で唱えた。
クロエがそう颯爽と叫ぶと、周囲の大気がビリビリと震えた。
すると彼女の周囲に風が巻き起こり、太い杭のような形状になり、鋭い刃と化した。
そしてその風の杭が前方に向けて放たれた。
「っ!?」
虚を突かれて、怯む女吸血鬼。
コレが決まれば、結構なダメージを与えられそうだ。
しかしそうなる前に例の猫の妖精が一手打った。
「させないわよっ! ふおおおぉっ!! ――『吸魔』っ!!」
そう叫びながら白猫の猫の妖精は口を開けて大きく息を吸った。
次の瞬間には、クロエの放った風の杭が白猫の口内に、吸い込まれるように吸収された。
「くっ、成る程。 こういう訳ね!」
クロエは苛立たしげに軽く舌打ちをした。
すると前方の猫の妖精は軽く煽るように笑った。
「にゃははは、残念でしたぁ~」
「フンッ! ならば何度も撃つわ! ――ウインド・パイル!!」
クロエは再び短縮詠唱で錬金魔法を唱えた。
すると先程のように、巻き起こった風が太い杭となって前方に放たれた。
「にゃっ!?」
「――小賢しいわ!」
だが今度はあの猫の妖精は魔力を吸収しなかった。
そしてプラムナイザーは身を捻って、迫り来る風の杭を避けた。
すると風の杭は教会の壁に命中。
鈍い破砕音と共に教会の壁に大きな穴が空いた。
『おいおいおい、クロエさん。 教会内の物はあまり壊さない方がいいと思うぜ?』
オレは一応そう釘を刺しておいた。
だが彼女は堂々とした口調でこう返した。
『大丈夫よ、アタシの錬金術で後で直すから!
というかあの化け猫、一度に吸収できる魔力に限りがあるようね。
ならばこちらとしても手の打ちようがある。 ――メイリンッ!』
『は、はい! 何スか!?』
『状況に応じて、貴方も魔法攻撃で支援して!
あのババアとクソ猫にも弱点があるみたいだからね。
と云っても無駄な攻撃をして前衛の邪魔はしないでね!』
『は、はい! 善処します!!』
『んじゃ後衛はお二人さんに任せたぜ!
それと中衛は団長とナース隊長にお任せします』
『ああ』
『了解した』
『そしてオレは前衛に出ます!
だからアイラ、二人同時にアイツを攻めよう!』
『分かったわ、だけどその前にこちらに来て!』
ん? 何をするつもりだ?
だがとりあえずオレは云われるまま、アイラの傍に寄った。
すると彼女は左手に持った水色の盾をこちらに差し出した。
「この盾は君が使うんだ。 その方が恐らく効果的だ。
ライルがこの場に居ない以上、この場の戦いの鍵を握るのは君だ!」
「あ、ああ……なんとか頑張ってみるよ。
それじゃこの黒い円盾はアイラが使ってくれ!」
「ああ、分かった」
オレ達はそう言葉を交わし、盾を交換した。
よし、この水色の盾を上手く使えば、アイツの無詠唱の魔法攻撃もなんとかなりそうだ。
すると前方に立つ女吸血鬼が大仰な仕草で、右手に持った短めの片手剣の切っ先をひゅんと鳴らした。
「……でどちらから向ってくる? なんなら全員でも構わぬぞ。
しかし貴様等の戦いは美しくない、いや醜いと云うべきであろう。
まあ下等な人間に気高さや美しさを求めるのは酷か。
ならば私が気高く、美しく、華麗な戦い方を見せてやろう!」
と、まるで女優のように大仰な口調で叫んだ。
やれやれ、前にも思ったが、オレはやっぱりコイツの事が嫌いだ。
まあいい、こんな奴の云う事に耳を傾けるのは時間の無駄だ。
「――二人同時で行こう、アイラ!」
「了解した!」
その言葉が開戦の合図となり、オレとアイラは床を滑空するように突き進んだ。
まずオレが間合いに入るなり、くるりと体を捻り、右手の雪風を右斜め下から叩きつけた。
だがそれは黒刃の片手剣で迎撃され、激しい火花が周囲に飛び散った。
続いてアイラが切り込んだ。 袈裟斬り、逆袈裟と高速で放つ。
薙ぎ払われた黒刃の片手剣で弾かれたが、ガードした勢いで後方にやや吹っ飛ぶ女吸血鬼。
だが女吸血鬼は即座に片手剣を床に突いて転倒を防ぎ、一瞬で体勢を立て直す。
よし、このままの勢いで攻めるぜ!
オレは立て直す余裕を与えまいと、再度のダッシュで距離を一気に詰める。
「二の太刀ッ!!」
オレは右手に握った白刃の刀を凄まじい速度で水平に振るった。
オレは素早く連続技が繰り出したが、プラムナイザーは黒刃の片手剣で防御に徹する。
すると眼前の女吸血鬼は「フン」と鼻で笑い、口元に微笑を浮かべた。
「……少しはやるようだな。 ――人間にしてはな!」
「――黙れよぉっ!!」
オレはそう叫んで弾丸のように床を蹴った。
プラムナイザーも片手剣を構えなおして、間合いを詰めてきた。
そして超高速で斬撃を繰り出した。
オレ達は幾度となく切り結んだ。
オレ達の周囲では様々な彩りの光が連続的に飛び散り、斬撃音が教会内に響き渡る。
そして幾度かの斬撃を繰り返してから、軽く後ろにバックステップして距離を取った。
……コイツ、嫌な奴だがその実力は本物だな。
というかコイツ相手に刀術で対抗するのは分が悪い。
オレの刀術は所詮、俄仕込み。
だから刀術を布石して、得意の体術で一気に攻め落とす。
どうやらそれしか勝機がないようだ。
とはいえそういう機会はそうは訪れないだろう。
それに一度で相手に止めを刺す必要がある。
このクラスの敵は一度使った攻撃法は二度は通用しない。
成る程、だから兄貴は怒濤の連続技でザンバルドを倒したのか。
今になって兄貴の苦労がようやく分かったぜ。
だが兄貴に出来たんだ。 オレにも出来る筈だ。
何故ならオレ達は兄弟だからな。
オレは内心でそう思いながら、軽く深呼吸した。
眼前の女吸血鬼は相変わらず人を見下したような笑みを浮かべている。
まあいいさ、今は笑っていろ。
だがすぐにその笑みを消してやるぜ。
そしてオレは再び白刃の刀を構えて、双眸を細めて前方の敵を見据えた。




