第二百三十七話 剣聖対魔元帥(前編)
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---三人称視点---
魔元帥アルバンネイルが黒刃の大剣を手にして悠然と前へ進む。 対する剣聖ヨハンも聖剣サンドライトを構えて、ジリジリと間合いを詰める。 彼我の距離は十メーレル(約十メートル)程。 攻撃するにはお互いまだ間合いが遠い。 息を呑んで見守る周囲の者達。 荒々しい闘志と殺気が交錯する。
しかし両者の体格には大きな開きがあった。
250セレチ(約250センチ)を越す巨漢のアルバンネイルに対して、剣聖ヨハンは170に満たない168セレチ(約168センチ)という小柄な身体。
両者の身長差は軽く80セレチ(約80センチ)以上の開きがある。
これではまるで子供と大人の戦いである。
フィスティングの試合に置き換えたら、軽量級と重量級以上に体格差がある。 そしてヨハン自身もその体格差によるハンデの大きさは痛感していた。
――これは想像以上に厳しいな。
――恐らく力業の類いではこの男に通用しないだろう。
――だがならば小男には小男なりの戦い方がある。
――まずは職業能力『能力強化』を使おう!
「――アジリティ・エンハンスッ!!」
剣聖ヨハンは左手で印を結んで、職業能力『能力強化』を発動させた。 ヨハンの職業・強化剣士はその名の通り能力強化に長けた上級職だ。
自身の能力強化は当然として、味方の能力強化も出来るが、
一度に上げられる能力は一つだけ、更には一度能力を強化したら五分間の蓄積時間がある。 故に能力強化する際には、よく考えて使う必要がある。
そしてヨハンがこの場において、強化させたのは敏捷性だ。
その選択自体は正しかった。
両者の体格差は子供と大人ぐらいの大きな差があるが、
戦いにおいて体格で勝る方が必ずしも優位というわけではない。
少なくとも小回りが効くという一点においては、小柄な方が有利である。
どのみち力勝負では勝負にならない。
だからヨハンは敏捷性を上げて、速さで相手と戦う事を決意した。 そしてヨハンは更に次なる一手を打った。
「我は汝、汝は我。 我が名はヨハン。 女神レティスよ!
我に光の加護を与えたまえ! エンチャント・オブ・ライトッ!!」
ヨハンがそう呪文を唱えると、白銀の聖剣が目映い光に包まれた。
聖剣サンドライトに付与魔法で光属性が強化された。
聖剣に加えて、魔族の弱点属性である光属性。
この二つに高レベルの剣技が加われば、まさに虎に翼だ。
魔元帥アルバンネイルもそれを察したようで、急に渋面になった。
アルバンネイルも百戦錬磨の魔元帥。
見た目は小兵だが、ヨハンの実力を見抜いていた。
故にすぐには攻め立てず、大剣を構えながら様子を伺った。
対するヨハンは呼吸を落ち着かせながら、自分のやるべき事を考える。
本音を云えば、この場でアルバンネイルを倒したい。
そうすればヨハンだけでなく、「ヴァンキッシュ」の名声は更に上がる。
いや連合の名声はそこまで気にしてはない。
だがもしこの場で眼前の竜頭の魔族を倒せたら、
今後、連合軍の中でヨハンの発言権が増す事は間違いない。
そうすれば色々と仕事がやりやすくなる。
しかし残念ながらそれは無理からぬ話だった。
アルバンネイルがヨハンの実力を見抜いていたように、ヨハンも眼前の魔元帥の実力を見抜いていた。 そして彼の経験と勘が「今まで戦った敵で一番強い」という事を感じ取っていた。
――こいつは想像以上に厳しい戦いになりそうだ。
――ならばここは勝ちに拘らず、相手の戦闘パターンを引き出す事に専念しよう。
――それならばこちらとしても打つ手はある。
――勝つのは厳しい相手だが、ボクもこの若さで剣聖と呼ばれる身。
――そう易々とは負けないし、負けないだけの力は持っている。
――だからここは勝ちでなく、引き分け狙いで行く!
ヨハンはそう思いながら、ゆっくりと前へ歩み出た。
そして彼我の距離が狭まり、お互いの射程圏に入った。
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アルバンネイルが双眸を細めてヨハンを凝視しながら、口の端を僅かに持ち上げた。
――来る、とヨハンが思った瞬間、黒い稲妻が奔る。
ヨハンの聖剣が、閃光の如き一撃を受け流す。 剣速、剣筋、どれを取っても一流であった。
「――我が剣を受けてみよ!」
「ああ、受けて立とう!」
そう口走り、両者がまた激しく切り込み、上段、中断と剣を切り結んだ。
聖剣と魔剣が重厚な斬撃音を鳴り響かせて、激しく交差する。
剣を間に両者は睨み合いながら、ギシギシと腕に伝わる重さに負けぬように腕に力を篭める。
「くっ……!?」
ヨハンが剣聖とはいえ、両者の体格差があり過ぎた。
当然の如く力比べては分が悪い。 魔元帥の黒刃の大剣に押し返されたヨハンは、小さく声をあげながら、後ろに数歩よろめく。 その隙を逃すまいと、アルバンネイルは即座に間合いを詰めて豪快に大剣を振るった。 キンキンキンッ、絶え間無く繰り出される剣を受けながらヨハンは機を窺う。
しばらくの間、打ち合いを続け、不意にアルバンネイルの大剣が大振りになった瞬間、ヨハンは聖剣を水平に返し、アルバンネイルの首筋を狙った。
だがアルバンネイルもスウェイバックの動作でヨハンの剣を避ける。
両者一歩も譲らず、剣を構えて、相手を見据える。
「ふっ、やるな。 たかが人間と思っていたが、その剣技は本物のようだな」
数合に及ぶ打ち合いの末、わずかに息を切らせながら竜頭の魔元帥が相手を賞賛する。
「……そいつはどうも。 アンタの剣も力だけでなく、速さとキレがあるよ」
剣聖ヨハンは聖剣を構え直して、そう軽口を叩いた。
実際問題、軽口を叩ける状況ではなかった。
剣術のレベルは互角であったが、やはりパワーの面では圧倒的な差があった。
こうして数合打ち合っただけでも分かる。
眼前の竜頭の魔族の実力は本物だ。
だが不思議と恐怖心は感じなかった。
それは剣士として相手を認め、剣士として相手との戦いを望む。
強者が居れば己の剣を知る為、戦いを挑む。
相手は知らないが、ヨハンはそういう感情を抱き始めていた。
――やれやれ、救いがたい性だね。
――だけど不思議と悪くない気分だ。
――しかし剣士はそういう心があるからこそ剣を振れるのさ!
再び激突する両者。
直線的なアルバンネイルの剣筋に対して、ヨハンの剣は曲線を描く。
聖剣と魔剣が幾度とぶつかるが、お互いにまるで隙の無い動きだ。
だからヨハンとしては、どうしても後手に回らざる得なかった。
「くっ……!」
ヨハンは鋭い連撃を受けながら後退する。
両者の距離は測ったように一定に保たれている。
「うおおおおお――――」
ヨハンは雄叫びを上げながら、聖剣を縦横に振るう。
それを造作もなく、受け止め、払うアルバンネイル。
お返しと云わんばかりに、アルバンネイルが強烈な薙ぎ払いを繰り出した。
その一撃を受け流すヨハンの足が深く地に沈む。
やはり両者の体格差によるパワーの差は歴然である。
アルバンネイルの返す剣は速く重い。
咄嗟に身を捻ったヨハンの横腹をかすめる。 ヨハンの身体が後ろに揺らぐ。
「げふっ」と咳き込み、一瞬だけ体を九の字に曲げるヨハン。
「フンッ――――」
アルバンネイルは魔剣パンヒュアームを狙い済ましたように水平に振るった。
だがヨハンは即座に身を屈め、迫り来る魔剣を躱す。
そこから返す一閃で打ち返す。 衝突する二つの聖剣と魔剣。
聖剣と魔剣が激しく衝突して、重厚な斬撃音が再び鳴り響いた。
そしてヨハンはステップワークを駆使して、間合いを取った。
それに対して竜頭の魔元帥は苛立たしげに「チッ!」と軽く舌打ちをした。
――此奴、思った以上に強い。
――まさかヒューマン如きにこのオレが苦戦するとは想定外だ。
――だが多くの部下が見守る中で負ける訳にはいかぬ!
――仕方ない、ここは幼い自尊心を捨てるべきだ。
――剣技に無詠唱の魔法攻撃を加えたら、此奴もオレの動きについて来れまい!
そう思いながら、アルバンネイルは左手を前に突き出して、全力で魔力を練った。
すると周囲で観戦していたアイザックがヨハンに向かって叫んだ。
「ヨハン殿、敵の無詠唱魔法攻撃に注意してください!」
「!?」
アイザックの声と共にヨハンは右に大きくサイドステップした。
するとアルバンネイルの放った初級闇属性魔法シャドウボルトを間一髪のタイミングで躱す事に成功。
「うわっ……何だ、コレ!?」
「や、ヤバい! 逃げろ!!」
どごおおおん!
漆黒の波動が着弾して周囲の観客を巻き込んだ。
その轟音と共に生み出される爆風と共に数名の観客が吹っ飛んだ。
初級魔法とはいえ、魔族の魔元帥が放った一撃。
故に即死こそしなかったが、巻き込まれた者達は火傷を負った。
「……ふう、成る程。 無詠唱の魔法攻撃も使えるのか。
やれやれ、これは本当に厳しい戦いになりそうだね」
と、軽口を叩くヨハン。
だが内心では冷静に状況を把握していた。
――剣技に加えて、無詠唱の魔法攻撃をされたら正直キツいな。
――ボクも魔法はそれなりに使えるが、流石に無詠唱では使えない。
――となると長丁場ではこちらが不利だ。
――仕方ない、ならば一気に勝負をかける。
ヨハンはそう思いながら、再び聖剣を構えた。
そしてゆっくりと相手との距離を詰めながら、お互いが水平になる立ち位置を選んだ。
大技を振るうに適した足場。 ここでならば己の剣を充分に披露できる。
――チャンスは一度しかない。
――だがボクの策が決まれば、勝機は充分ある。
――ならば剣聖としては、その勝機を掴みに行くまでだ!
次回の更新は2021年5月30日(日)の予定です。
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