第二百三十六話 竜頭(りゅうず)の魔元帥
---三人称視点---
湧きおこる怒号と歓声。
前方の魔王軍に容赦なく襲い掛かり、怒号をあげてたくさんの冒険者部隊、
傭兵部隊、連合軍の兵士が、自ら手に武器を取り、
「大猫島を陥落せよ!」と叫んで怒涛の進撃を続ける。
「クソッ! これ以上先には進ませるな!」
「何としてもこの場を死守するのだ!」
魔王軍の隊長や兵士達が声を荒げて叫ぶ。
だがそれに怯むことなくアイザックや雷光のライルに率いられた部隊は、最前線で魔族兵を次々と蹴散らしていく。
「――ダブル・ストライクッ!!」
「ごはあっ!!」
剣聖ヨハンは高速の二連撃を繰り出して、眼前の魔族兵を切り捨てた。
既に二十人以上倒したが、周囲にはまだまだ魔族兵の姿が見えた。
「……次から次へときりがないわね」と、女侍のアーリア。
「うん、でも大丈夫。 ここはボクに任せて!
吟遊詩人や宮廷詩人の皆、『覚醒のソナタ』をお願い!」
「了解した! ――『覚醒のソナタ』っ!!」
「分かったニャン! 『覚醒のソナタ』だニャンッ!!」
ヨハンがそう言うなり、周囲の吟遊詩人や宮廷詩人が優雅に舞いながら、歌を歌った。 『覚醒のソナタ』が発動したことによって、剣聖ヨハンをはじめとした連合軍の前衛部隊の攻撃魔力が著しく向上した。 そしてヨハンは右手で素早く印を結びながら、両腕を大きく引き絞った。
「我は汝、汝は我。 我が名はヨハン。 ウェルガリアに集う光の精霊よ、我に力を与えたまえ! 『ライトニング・ダスト』!!」
次の瞬間、ヨハンの両腕から迸った光の波動が神速の速さで前方目掛けて放たれた。
「ま、魔導師部隊っ! 直ちに対魔結界を張れっ!」
「む、無理ですっ! 間に合いませんっ!」
「く、クソッ……魔族に栄光あれっ!!」
魔族兵達の悲痛な叫びを呑み込んで、放射された光の波動が敵陣の中央部に着弾。 それと同時に凄まじい衝撃音が周囲に轟き、大気が激しく揺れた。
「うああああぁっ……あああっ!!」
強烈な光属性の魔法攻撃を直に受けた魔族兵は、断末魔のような叫び声をあげながら朽ち果てた。 剣聖ヨハンは上級職の強化剣士でレベル82というとてつもない高レベル。 それに加えて、『覚醒のソナタ』で強化された状態で、魔族の弱点属性である光属性魔法で敵を一掃した。
剣聖ヨハンは魔法に関しては、支援魔法、初歩的な回復魔法、解毒魔法を使えるぐらいだが、
光属性の攻撃魔法に関しては、下手な魔導師より強力な一撃を放つ事が出来た。
「ゴホ、ゴホッ……やったのか?」と、左手で口を押さえながら噎せ込むライル。
「ゴホッ。 ヨハン殿! 狭い場所で高火力の魔法の使用は厳禁ですよ?」
と、アイザックが軽く批難した。
「ごめん、ごめん、少し調子に乗りすぎたよ。 でも見てよ? 綺麗さっぱり敵を一網打尽できたよ!」
と、剣聖ヨハンは柔らかな口調でそう謝罪する。
そして連合軍の前衛部隊は爆音と爆風が止むまで、辛抱強く待った。
ようやく視界が正常になると、敵陣の中央部に魔族兵の死体の山が築かれていた。
今のヨハンの一撃で敵陣の中央部に大きなクレーター状の穴が出来ており、
まともに直撃を受けた者はほぼ即死状態であった。
「今のうちです! この間隙を突いて前進しましょう」と、ヨハン。
「「「そうですね」」」
と、アイザック、ライル、ケビン副団長が声を揃えて返事する。
そしてアイザック達は風の闘気を両足に纏い、全力で地面を蹴った。
『しかし噂の剣聖は大したものだな』
アイザックが耳錠の魔道具を使って、ライルにそう語りかけた。
『ええ、この短期間の戦いで彼一人で百人以上の敵を倒してます。
まさに一騎当千の実力の持ち主ですね』
と、ライル。
『ああ、これは案外オレ達も楽ができ――っ!?』
アイザックとライルが軽口を交わしていたが、
前方からとんでもない闘気を感じて二人は思わず息を呑んだ。
並の闘気ではない。 とても鋭くて暴力的な闘気であった。
「――フン、魔王軍の兵士も案外だらしないな。
まさかこのオレ自らが戦場に立つことになろうとはな。
だがそれも良かろう。 このオレの力で連合軍を叩き潰してくれるわ」
と、云う声と共に前方に巨大な人影が現れた。
身長はかなり高い。
軽く見て230、否、250セレチ(約250センチ)くらいありそうな巨漢。
このくらいの高身長は、四代種族の中ではまず居ない。
月明かりがさして、前方の巨漢の男の姿が露わになった。
薄い水色の肌に深い紫色の鎧を着込んだこの巨漢の男の頭部は、竜頭であった。
背中に漆黒の両翼が生えており、腰の剣帯に、二メーレル(約二メートル)はありそうな黒刃の大剣を帯剣している。
『……この男、噂になっていた龍族の司令官じゃないのか?』
アイザックが耳錠の魔道具を使って、ライルにそう囁いた。
『……どうやらそのようですね』
と、ライルは小声でそう返した。
前方の龍族の男が放つ闘気と威圧感は尋常ではなかった。
あの魔将軍ザンバルドもかなりの強者だったが、この男の方が恐らくザンバルドより強いだろう。
アイザックとライルは本能でそれを悟った。
眼前の敵将は一騎打ちで戦うべき相手じゃない。
ここは小さな自尊心を捨てて、複数人で戦うべきだ。
アイザックとライルも顔を見合わせて、無言で頷いた。
だがその時、二人の間を割って入るように剣聖ヨハンが前へ歩み出た。
「……ヨハン殿、何のつもりですかな?」
アイザックはやや低い声でそう問う。
するとヨハンは微笑を浮かべて、こう返した。
「とりあえずこのボクがあの敵将と戦うよ。
だからキミ達は後ろで戦いを見守って欲しい」
口調こそ砕けた感じだが、この言葉はアイザックの神経を僅かに逆撫でした。
確かにヨハンの実力はかなりのものだ。 それは認める。
だが眼前の敵将の強さは一個人の戦闘力でどうにかなる相手ではない。
それが分からないのか?
あるいは分かってて、戦いに挑むのか?
どちらにせよ、アイザックからすれば愉快な行動ではなかった。
するとヨハンはこちらに振り返り、真顔でこう云った。
「分かっているよ。 相手は並の敵じゃない。 とてつもなく強い敵だ、という事はボクも分かっている。 でもボクかってそれなりの使い手さ。 だからまずは一騎打ちで奴の力や戦闘法を限界まで引き出すつもりさ。 そして奴の戦い方や弱点を見つけたら、ボク達全員でそれを狙っていこう。 そうすれば多分なんとかなる。 だからこの場はボクに任せて欲しい」
「……了解した」
「了解です」
剣聖ヨハンの申し出にアイザックとライルも頷いて、同意した。
アイザックとライルも魔元帥アルバンネイルと一騎打ちするのは、やはり躊躇い覚えた。
恐らく魔元帥アルバンネイルの戦闘力は今まで戦ってきた敵とは桁違いだ。
だからそんな相手に多くの仲間や敵が見守る中で一騎打ちする度胸はなかった。
なのでこの場はあえて傍観者に徹する事にした。
するとその空気を読み取ったヨハンがゆったりした歩調で前へ進み出た。
そして魔元帥アルバンネイルはそのヨハンを見下ろしながら、こう云った。
「……何だ、貴様は? もしかしてオレと戦うつもりか?」
と、アルバンネイルはヒューマン言語でそう言った。
「ああ、そのつもりだよ。 我が名はヨハン・デュグラーフ!
戦う前に是非貴君の名前を聞かせて欲しい」
アルバンネイルは一瞬軽い怒りが湧き上がったが、
すぐにその感情を抑えて、眼前の金髪碧眼のヒューマンの青年を見据えた。
――背丈は小さいな。 四大種族の中でも小さい方だ。
――そんな奴がこのオレに一騎打ちを挑むとはな。
――だがオレには分かる。 コイツの実力はかなり高い。
――だがオレはもっと強い。 だがこの場あえて一騎打ちで迎え討つ。
――敵の大将クラスを殺れば、味方の士気も上がるからな。
するとアルバンネイルは腰の剣帯から、二メーレル(約二メートル)はありそうな黒光りする黒刃の大剣を抜剣する。
「我が名は魔元帥アルバンネイル。 ヨハンとか云ったな?
このオレに一騎打ちを挑んできた度胸は褒めてやろう。
だがそれは貴様の思い上がりであったことをこの場で教えてやろう!
さあ、どこからでもいい。 かかって来るが良い!!」
そう高らかに宣言して、魔元帥アルバンネイルは手にした魔剣パンヒュアームをゆっくりと構えた。 対するヨハンもゆっくりと白銀の聖剣サンドライトを抜剣して構える。 妖しく黒光する魔剣パンヒュアームと光のように目映い光を放つ聖剣サンドライト。
魔剣対聖剣。
魔元帥対剣聖の戦いが今始まろうとしていた。
次回の更新は2021年5月29日(土)の予定です。
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