第二百三十一話 最強の連合(ユニオン)・(前編)
---三人称視点---
海の戦いが終わり、戦場は陸の戦いに移り始めた。
連合軍の連合艦隊が甲板上に陣取る魔法部隊に、
対魔結界を張らせながら、陸に着岸すべく、前進を続けていた。
更には各艦隊が船首砲を放ちながら、敵を威嚇する。
そして甲板上の魔法部隊は対魔結界を入りつつ、
頃合いを見て魔法攻撃を放ち、陸上の魔王軍を攻め立てた。
そのような攻防が何度か繰り返されて、連合艦隊の一部が船着場に着岸した。
すると各艦の甲板から、陸上部隊が気勢を上げて、陸に飛び降りた。
「さあ、皆で攻めるだニャン!」
「おうだニャン! 大猫島は大事な拠点だニャン!
ここを奪い返したら、今後の戦いが有利になるニャン!」
「でも敵の必死だニャン! とりあえず作戦通り、
魔法部隊が中衛で対魔結界を張って敵の魔法攻撃を防いでいるうちに、
前衛の攻撃役やフォワードで敵を蹴散らすニャン!」
そう言って猫族の猫騎士、魔導猫騎士が地を蹴り、前進する。 それを待ち受けたように魔王軍の防衛隊も魔法攻撃で猫族達の進行を食い止めた。 連合軍と魔王軍。 両軍ともに、雌雄を凌ぎ激しい攻防戦を繰り返す。
そして元猫族海軍司令部の館で陣取る魔元帥アルバンネイルは、
北ニャンドランド海でのダークエルフ海賊艦隊の圧倒的な敗北の報告を聞かされた時、渋面になり苦々しく鞭のような激しい声で怒りを露わにする。
「何ということだ……。 これで敵に制海権を抑えられた」
「……魔元帥閣下、これで我々の勝利の機会が失われたわけではありません。
終わった事を嘆くより、今出来る事で戦局を打開すべきと思います」
と、アルバンネイルの傍に立つ女幹部カーリンネイツがそう言った。
アルバンネイルは激しい勢いで薄い水色髪の青いフードケープを着た女幹部の方に振り向いた。 魔元帥の緋色の瞳の中で激しい怒りの炎が燃えていた。
「カーリンネイツ、卿の云う事は理解できる。 だがこれで我が軍の行動が制約された。 それも自分の失態でなく、味方の失態でだ、これで我慢しろと云うのか!?」
「はい、総指揮権を取る者ならば如何なる時も冷静でなくてはなりません!」
「……それを我慢、耐えるのがオレの役割ということなのか?」
「……そうです。納得できない出来事を正面から受け止めて、それを己の器量で抑える事が出来て、初めて己自身と困難を乗り越えられるのです」
アルバンネイルは何か云おうとしたが、寸前で言葉を呑みこんだ。
握りしめた拳をふるふると震わせていたが、次第にその震えが止まる。
カーリンネイツは小さく溜息をついて、いたわるように魔元帥を見つめた。
「……そうだな。過ぎた事を悔やんでも仕方ないな。 わかった。
オレはオレの出来る範囲で現実と向き合い、やれるべき事を行うとしよう」
「ええ」と、頷くカーリンネイツ。
「しかし制海権を握られたとなると、戦線を伸ばす事に不安を感じるな。
ここはそうだな、カーリンネイツよ。 卿が率いる暗黒魔導師部隊で敵を食い止めてくれ!」
「それは構いませんが、魔導師部隊だけでは、敵の攻撃役を食い止めるのは厳しいです。 なのでここは彼女――プラムナイザーが率いる吸血鬼部隊にも救援を要請してください。 幸いなことにもう夜になる時刻です。 ここからは我等、魔族の時間、これを生かさぬ手はありません」
「……そうだな、そうしよう。 とりあえずしばらくは卿が率いる暗黒魔導師部隊で、敵の侵攻を食い止めよ。 そして教会に陣取るプラムナイザーの部隊と合流次第、敵を打ち崩せ!」
「はい、それとこのままでは敵が続々とこの大猫島に上陸してしまいます。
なので頃合いを見計らって、結界を張ろうと思います」
「……そうだな、それがよかろう」
「ええ、なので私を含めて十名以上の暗黒魔導師を待機させて、大魔法陣を設置したいと思います」
「うむ、魔法に関しては卿に全て任せるよ。 卿はその道の専門家だからな」
「はい、では早速準備に入ります!」
「ああ、カーリンネイツ。 頼んだぞ」
「はい、お任せあれ!」
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夕刻過ぎの十九時。
海での戦いを終えた連合軍艦隊が次々と船着き場に着岸する。
それと同時に艦隊から上陸部隊が地上に次々と降り立った。
その大半が山猫騎士団を初めとした猫騎士や魔導猫騎士だったが、
ヒューマンの王国騎士団の騎士達、ネイティブ・ガーディアンの兵士達。
そしてアイザックが率いるラサミス達を含めた冒険者、傭兵部隊も陸地に飛び降りる。
その数は延べおよそ5000人以上。
対する魔王軍は3000前後の戦力だ。
数の上では連合軍が圧倒的に優位だったが、魔王軍も激しい抵抗を見せた。
「臆するな! 我等、魔族が四大種族如きに負ける筈がない!」
「そうだ、敵は烏合の衆。 だからここは重戦士が前衛に立って敵の攻勢を防ぐんだ。 そして中衛、後衛から魔導師部隊の魔法攻撃で敵を蹴散らすんだ!」
「了解だ!」
「了解、さあ皆。 魔法陣の上に乗って魔力を解放するんだ!」
「おう!」
そう言って、魔王軍の魔導師部隊が魔法陣の上に乗るなり、
前方に居た魔導猫騎士がその動きを封じる為に魔法攻撃を仕掛けた。
「皆で一斉攻撃ニャン!! 我は汝、汝は我。 我が名はニャラード。 ウェルガリアに集う炎の精霊よ、我に力を与えたまえ! ――行くだニャン! 『シューティング・ブレア』!!」
「ニャニャニャッ! 了解だニャッ! 我は汝、汝は我。 我が名はニャーラン。 ウェルガリアに集う光の精霊よ、我に力を与えたまえ! ニャン! 『ライトニング・カッター』」
「――おいどんもやるだニャンす! 我は汝、汝は我。 我が名はツシマン。 ウェルガリアに集う炎の精霊よ、我に力を与えたまえ! ――ふんはぁッ!『フレア・ブラスター』」
王国魔導猫騎士団の騎士団長ニャラードが先陣を切り、
それに続くように他の魔導猫騎士達も一斉に魔法攻撃を唱えた。
すると魔王軍の魔導師部隊も魔法攻撃を防ぐ為に闇属性の対魔結界を張った。
「――させるかぁっ! 我は汝、汝は我。 我が名はマードラン。
暗黒神ドルガネスよ、我に力を与えたまえ! 『シャドウ・ウォール』ッ!!」
「――我々も続くぞ! シャドウ・ウォールッ!」
「シャドウ・ウォールッ!」
すると魔王軍の魔導師部隊の前方に長方形型の漆黒の壁が生み出される。
そして魔導猫騎士達の放った魔法攻撃がやや間を置いて着弾したが、。
だが対魔結界を打ち破るまでには至らず、爆音と爆風だけが周囲に鳴り響いた。
そのような攻防が何度か続き、両軍の魔法部隊の魔力が浪費されていく。
その光景を後ろから見ていた金髪碧眼のヒューマンの青年が周囲の仲間に向けて、ただ一言、こう告げた。
「これじゃ無駄に魔力を消耗するだけだ。 だからここはボクが前へ出て『魔封陣』で敵の魔力を奪い取って、一発ぶちかましてみるよ。 そういう訳でジョルディー、アーリア、カリン! サポートよろしく」
するとその金髪碧眼のヒューマンの左隣に立つ旅芸人風の格好のマンクスの猫族が小さく頷いた。
「そうだニャ。 それが一番手っ取り早そうだね」
「私もそれで構わん。 だがあまり派手にやり過ぎるなよ?
敵にも味方にも無駄に注目されるのは賢明ではない」
と、白皙、白銀のストレートヘアの女エルフが軽く苦言を呈した。
その女エルフは異国風の群青色の甲冑で身を着飾っていた。
丸みを帯びた端正な顔立ち、翡翠色の瞳、長い四肢、身長も170を超えている。
見る者を魅了する神に愛されたような美貌の持ち主だった。
「アタシもアーリアの云う事に賛成!
今ここでウチ等が変に目立つのは避けるべきよ」
緑のローブ姿で背中に長弓を背負った栗色のミディアムヘアのヒューマンの少女もそう言った。 すると金髪碧眼のヒューマンの青年は首を左右に小さく振った。
「皆の云わんとすることは分かるよ。 だがここはあえて目立つ真似をする。
そしてボク達『ヴァンキッシュ』の力を周囲に見せつけるよ。
そうすれば今後とも色々やりやすくなるしね。 これは団長命令さ」
「……それなら従うニャ」
と、旅芸人風のマンクスの猫族。
「……了解、ヨハンがそう云うなら私も従うよ」
群青色の甲冑を着込んだ上級職である侍のアーリアも小さく頷いた。
「んじゃアタシも従うわ!」
と、緑のローブ姿で背中に長弓を背負った上級職の聖なる弓使いのカリンも皆に同調した。
すると彼等――最強の連合と呼ばれる『ヴァンキッシュ』の団長ヨハン・デュグラーフが僅かに口の端を持ち上げた。
ヨハンは若くして剣聖と呼ばれる剣術の天才でもあった。
職業は上級職の強化剣士でレベルはなんと82。
ウェルガリア広しといえど、上級職でこれだけレベル高い者はそうは居ない。
身長こそ170セレチ(約170センチ)未満だが、手足は長く身体も異様に柔らかい。 その動きはまるで軽量級のプロ拳士、あるいは闘牛士のように素早い。 黒のインナーの上に白銀の軽鎧を装着して、 上から背中に聖十字が刻印された白いロングコートを羽織っている。
年齢は二十六歳とまだまだ伸び代がある年齢。 顔はハンサムだが少し幼さが残る童顔。 だがその目には強い意志が宿っている。 そして剣聖ヨハンは剣帯から黒鞘に収まった聖剣サンドライトを抜剣して、前線に躍り出た。 すると周囲の者達が次々とヨハンを批判するが――
「なんだ、あの若造! 調子に乗ってるニャン!」
「ああ、若い奴は見栄を張りたがるからな。 ……馬鹿だぜ」
「ニャニャン。 まあボクらは高見の見物するニャン!」
だが剣聖ヨハンは臆することなく、前線に出て白銀の聖剣を素早く縦横に振るい、左手を額に当てながら両眼を見開く。
「我は汝、汝は我。 我が名はヨハン。 我は力を求める。 母なる大地ウェルガリアよ! 我に大いなる守護を与えたまえ! 『魔封陣!!』
すると白銀の聖剣の刀身が輝く白光で覆われた。
次の瞬間、その輝く白光で覆われた聖剣が敵の放った魔法攻撃を魔力ごと呑み込むように吸収した。
それだけでは飽き足らず、周囲の味方が張った対魔結界も吸い込んだ。
「なっ!? 周囲の魔力全部を飲み込んだぞ!?」
「アレは聖剣じゃないのか? もしかして奴は――」
「あ、アイツは……最強の連合の『ヴァンキッシュ』の団長の剣聖ヨハンだぁっ!?」
「ま、マジかニャン!!」
と、周囲の者は驚き慌てふためいた。
すると若き剣聖は無表情のまま、弓を引くように右腕を絞り、その白光に覆われた聖剣を前に突き出した。
「……我が奥義を喰らうがよい。 『ゾディアック・スティンガー』!!」
そして剣聖ヨハンは神帝級の剣術スキルを魔力を篭めて、全力で放った。
ヨハンの白銀の聖剣の切っ先から、黄緑色の衝撃波を放たれた。
うねりを生じた黄緑色の衝撃波が太いビーム状になり、神速の速さで大気を切り裂いた。
前方に居た敵の魔導師部隊は、完全に不意を突かれた形で、そのビーム状の衝撃波をまともに受けた。
「ば、馬鹿なっ……あああ……あああっ!!」
黄緑色の衝撃波は暴力的に渦巻きながら、前方に立ち塞がる物体を強引に呑み込んでいく。
至近距離でこの衝撃波を受けた者は、その身体ごと消滅して、彼らを死の世界へと導いた。
「に、逃げろぉ! ……ぎゃあああ……あああああああっっっ!!」
逃げ遅れた者を容赦なく、その暴力的に渦巻く黄緑色の衝撃波に呑み込まれた。
ある者は右腕を吹き飛ばされ、ある者は首が吹っ飛ばされる。
即死できた者はある意味幸せだろう。 こういう時、死に損なうと後が地獄だ。
気が付けば、前方に居た敵を一瞬で三十人以上を戦闘不能に追いやった。
後方でその凄まじい光景を見ていた連合軍の味方部隊が凄惨な光景に思わず、ごくりと生唾を飲んだ。
死屍累々。 まさにその言葉が相応しい惨状だった。
だが若き剣聖は冷静な表情で高らかにこう宣言した。
「我々は最強の連合と呼ばれる『ヴァンキッシュ』だぁっ!
連合軍の兵士諸君、我々がこの場に来たからには、キミ達に必ず勝利を届ける!
だから我々と協力して、共に魔王軍を討とうではないか!!」
そう高らかに宣言するヨハンは勇者のように勇ましかった。
だが敵だけでなく、味方もその圧倒的な力に本能的な恐怖から彼等も黙って息を呑んでいた。
するとヨハンは手にした聖剣を勝ち鬨のように掲げた。
「よし、皆! 最強の連合の『ヴァンキッシュ』の力を見せてやろうではないか!!」
やや芝居がかった口調でそう言うヨハン。
そしてその仲間達もそれに合わせるように、大きな声で「おお!」と呼応した。




