第二百三十話 海上の一騎打ち
---三人称視点---
海風が吹く甲板上で海賊の頭目同士が睨み合っていた。
そしてガラバーンとアナーシアは手にした剣を握りながらジリジリと間合いを詰める。 両者共に上級職のコルセアだ。
レベル的にもガラバーンが41、アナーシアが40と拮抗しているが、体格面ではガラバーンが不利だ。 だがガラバーンは臆することなく、手にした銀色の細剣の切っ先を前方に向けた。
「――いつでもかかって来い!」
「ネコ風情が調子に乗るな!」
「行くぞ、アナーシアッ!」
「――来い、ネコ大将っ!!」
身を低くして、弾丸のように床を駆けるガラバーン。
だがアナーシアは慌てる事なく、ゆっくりと身構えた。
「――行くぞっ! 『ダンシング・リッパー』ッッ!!」
そう技名を叫びながら、ガラバーンはダンサーのように舞う。
そしてその華麗な舞から、眼に止まらぬ速さで鋭い突きを繰り出した。
右手に持った刺突剣で次々と水平斬り、袈裟斬り、逆袈裟斬りを繰り出す。
だが対するアナーシアも華麗な身のこなしで、ガラバーンの攻撃を回避する。
「ふんっ、その程度でこのアタシを倒せると思うな! ――ハアァッ!!」
ガラバーンの攻撃を全部回避したアナーシアが眉間に力を込めながら、右手を前に突き出した。
「――念動波!!」
「ぐふっ!?」
アナーシアの放った念動波を受けたガラバーンは低く呻きながら、後ろに大きく吹っ飛んだ。
だがガラバーンも両足を地につけて踏ん張った。
「さあ、今から焼きネコにしてやるわ! ――フレイム・ボルトッ!」
アナーシアが右手を前に突き出し、砲声する。
するとアナーシアの右手から、白光で縁取られた緋色の炎雷が迸った。
しかしガラバーンは右側に華麗にサイドステップして、緋色の炎雷を回避。
逆に一気に間合いを詰めて、アナーシアの懐に入った。
「――貰ったぁっ! 『エンドレス・ノクターン』ッ!!」
先程以上に激しく舞いながら、帝王級の剣技を繰り出すガラバーン。
そして右手の刺突剣で一撃、二撃、三撃と女帝を斬りつけた。
アナーシアは「うっ……」と低い呻き声を上げて、よろめいた。
だがガラバーンの舞いはまだ終わらない。 更に四撃、五撃、六撃目を放つ。 鋭い刃がアナーシアの褐色の肌を切り裂き、両肩、両足、腹部、胸部から血が飛び散った。 そしてガラバーンは止めを刺すべく、振り上げた右手の刺突剣をアナーシアの頭上に振り下ろした。
「……そうはさせないわ! ――クイック・ムーブッ!!」
アナーシアはガラバーンが刺突剣を振り下ろす前にバックステップして回避する。
「……やるな、アナーシア」
「フンッ、ネコ如きに好きにさせないわ!」
その後もガラバーンとアナーシアは激しい斬撃が繰り返す。 ガラバーンは斬撃を受け、突く、払うといった一連の動作を駆使して、防御した。 ガラバーンの刺突剣とアナーシアの曲剣による斬撃が尚も続く。 だが連戦による疲労の色が次第にアナーシアの顔に滲みでる。
アナーシアはそれでも驚異的な粘りと精神力で耐えていたが、流石に体力的な限界が訪れていた。 それを読み取ったガラバーンは次第に斬撃で応酬せず、軽い身のこなしでアナーシアの放つ太刀を確実に躱す。 アナーシアの表情から焦りの空気を読み取り、ガラバーンは攻勢に転じた。 相手の放つ刃をよけて、がら空きになった顔に目掛けて、光の闘気を宿らせた左拳でアナーシアの顔面を殴りつけた。 鈍い衝撃と確か感触がガラバーンの左拳に伝わった。
アナーシアはその衝撃で体のバランスを大きく崩した。 その好機を逃さんとガラバーンはアナーシアの左腕にめがけて刺突剣で一閃する。 骨ごと腕をたつには不十分であったが、相手に激痛を与えと左腕を使用不可能にするには十分の一撃であった。
「き、きゃあぁっ……」
アナーシアは思わず金切り声で悲鳴をあげた。
勝敗がほぼ決まり、ガラバーンはアナーシアの血で彩られた刺突剣の柄を強く握りしめる。
「これで決まりだな、無駄な抵抗をやめて降伏でもするんだな。
他の船もほぼ拿捕した。……アナーシア、貴様はもう終わりだ!」
ガラバーンはそう言って降伏を呼びかけた。
「き、貴様らごときにダークエルフ海賊の頭目であるアタシが屈すると思うのか!」
「ならば仕方あるまい。 この手で貴様の息の根を止めてやる!」
「……ネコ大将風情がぁっ!!」
するとガラバーンが物凄い速さでダッシュした。
そして射程圏内に入るなり――
「――ダブル・ドライバー!!」
と、技名を叫びながら右手に持った刺突剣でアナーシアの喉笛を二度突き刺した。
そして更にそこからアナーシアの喉を一文字に切り裂いた。
「が、がはっ……う、うううっ……うぅっ!?」
アナーシアは目を見開いて、両手で喉元を押さえていたが、半瞬程して、前のめりに地面に倒れて、そのまま動かなくなった。 その後、しばらく周囲は静寂に包まれた。
「あばよ、アナーシア」
ガラバーンはそう言いながら、動かなくなったアナーシアの死体を見下ろした。
アナーシアの死が確定すると甲板上に残った敵海賊達は武器を捨て投降する。
その後、猫族海賊艦隊は、全力を挙げて残敵掃討に移った。
次々と味方の艦が敵に拿捕され、往生際悪く反撃したダークエルフ海賊は、容赦なく四方から、集中砲火を浴びて帆と乗組員が炎に包まれて、船が轟沈する。 だが即座に降伏するという選択肢は、彼等の自尊心と虚栄心が拒んだ。
結果的にそれが更なる被害をもたらし、ダークエルフ艦隊は次々と拿捕、戦闘不能にされた。
北ニャンドランド海で行われた死闘は三時間半にわたって繰り広げられた。
ダークエルフ海賊艦隊は、既に艦隊と呼べる存在ではなくなっていた。
統一された指揮系統もなく、各処で分断され、孤立させられて、
各艦は絶望の最中で抵抗したが、限界点を超えて白旗を上げて降伏する。
ダークエルフ艦隊隊は轟沈7隻、捕獲9隻、戦死者数3410名、負傷者、捕虜2223名という大敗北を喫した。
それに対して猫族海賊艦隊は喪失艦0、戦死253人、戦傷448人と圧倒的な大勝利をもたらした。 歴史的大勝利の中でキャプテン・ガラバーンは水夫と仲間から祝された。
「猫族海賊ばんざい!」
「キャプテン・ガラバーンばんざい!」
キャプテン・ガラバーンは総旗艦ブラック・サーベル号の甲板に立ってその歓声を浴びながら、左手の人差し指で漆黒の海賊帽子のツバをくいっとあげてみせた。
――とりあえずこれで海戦では連合軍は圧倒的優位に立ったな。
――ひとまずオレは自分の役割と任務は果たしたというわけだが……
――この美しいニャンドランド海を汚した事は海の男として胸が痛むな……
そう内心で呟きながら、涼しい海風を浴びながら、ガラバーンは小さく笑った。
猫族海賊の圧倒的勝利により、こうして第二次大猫島海戦の幕は閉じた。 青くおだやかな北ニャンドランド海は美しく広がり、海戦における残骸を無情にも波で包み込むのであった。




