第二百二十九話 海上の白兵戦
---三人称視点---
「我等、猫族海賊の力を見せてやれ!」
キャプテン・ガラバーンが高らかにそう叫んだ。
「我々、山猫騎士団も彼等に続くんだ!」
「オレ達『暁の大地』も居るぜ!」と、ラサミスも叫ぶ。
乱戦の中、猫族海賊やラサミス達がガラバーンに続くように怒号をあげた。
乱戦状態の中で『暁の大地』のメンバー達が次々と敵を蹴散らした。 団長ドラガンが手にした刺突剣を内側に巻くように早い突きを繰り出す。 白銀の宝剣を振り回して雷光のライルは敵の肉塊の山を順調に積み上げた。 竜騎士ミネルバが手にした漆黒の魔槍で敵を串刺しにする。 そしてラサミスも終始冷静で着々と確実に敵を斬り捨てる。
「『暁の大地』に遅れを取るな、我が山猫騎士団の力をみせてやれ!」
ケビン副団長がそう怒号を上げ、手にした手斧で海賊達を蹴散らした。
女猫騎士ジュリーと聖騎士ロブソンも細剣と戦槌を振るい、着実に敵の数を減らしていく。
「せいっ! 一の太刀」
「ぎ、ぎゃァァァッ!?」
先陣をきっていたラサミスは、水平に自らの刀を滑走させ、兜と鎧のつぎめを一撃で切断した。 血を飛散させて眼前のダークエルフ海賊はその場に崩れ落ちた。
ダークエルフ海賊から怒りと憎悪の念が噴きあがる。
だがラサミスは怯まず、手にした『雪風』で眼前の海賊達を次々と切り捨てて行く。
ラサミスに続くようにライル達と猫騎士達、猫族海賊の海賊達は、怒号と悲鳴、耳障りな金属音、血と火花が交錯するなかに身をおいた。
「クソッ……怯むな! オレ達は誇り高きダークエルフ海賊だ!」
「ダークエルフに栄光あれ!」
斬り捨てられながら絶命の間際に海賊達が叫び声をあげる。 先陣を切るラサミスは四肢と五感を研ぎすまし、日本刀を自由自在に操り、視界に映る海賊を苛烈だが短い斬撃の応酬の後に、着実に戦闘不能の状態へと突き落としていく。
襲い掛かるダークエルフ海賊の一撃を、身体をひねって躱し、返す一閃を頸部に放つ。 致命傷を負った敵が地面に崩れ落ちた時には、次なる標的に狙いを定めて、次々と血の海へと叩き落とした。
「今日のラサミスはいつも以上に動きにキレがあるな」
ドラガンが感心気味にそう呟いた。
「ああ、奴も上級職になって貫禄が出て来たな」
ライルがそう言って、ドラガンに同調する。
「ホント、なんというか一皮むけた感じね」
と、アイラも相槌を打った。
「でも戦いはこれからよ。 此奴らを片付けてた後に大猫島に上陸しなくちゃ!
だからラサミスに負けないように、アタシ達も頑張るべきよ!」
ミネルバがそう叫ぶと、ライル達も「ああ、そうだな」と云って再び戦闘態勢に入った。
ガラバーン率いる猫族海賊と山猫騎士団とラサミス達を初めとした雇われ冒険者達が、敵味方、入り乱れて混戦のさなかにあった。
このような乱戦状態になると、小手先の戦術や兵法は意味もなくなり、怒声と金属音が入り乱れた戦いのなか、ただひたすら、ただ自らが生き延びるために、遮二無二に敵兵を斬り捨て、突き飛ばし、異様な熱気と興奮状態のまま絶叫しながら戦いを繰り広げた。 人の呻き声と断末魔、折れ飛ぶ剣や矢、槍の鈍い金属音が周囲に響き渡る。
「我々の勝利は目前だ、だから全員、力のある限り戦え!」
「行け、行けだニャン! 我々には猫神ニャレスがついているニャン!」
猫族海賊の頭目ガラバーンがそう叫んだ。
ガラバーンを護るように猫海賊達は陣形を組み、ラサミス達、猫騎士達が襲い掛かる敵海賊を容赦なく斬り捨てる。
「戦え、ダークエルフ海賊の意地を見せろ!」
「臆するな、戦え、ダークエルフに栄光あれ!」
半ば狂気に満ちた頭目アナーシアを初めとした首領達の激励も、空しく瓦解した海賊兵にはあまり意味をなさかった。 だがダークエルフ海賊にも意地と誇りがあった。 そして彼等は気力を振り絞って、命のある限り戦い続けた。 激しい斬撃が繰り返されたが、勢いに乗るガラバーン達の波状攻撃を受けてダークエルフ海賊はずるずると後退と前進を繰り返す。
するとみるみるうちに敵の数は減ってき、敵の頭目アナーシアの姿が露わになった。
漆黒の海賊コートを身に着けた女海賊アナーシアが二十名ほどの部下を引き連れて後方で陣取っていた。
「アナーシア!!」
ガラバーンがあらん限りの声をふりしぼってそう叫んだ。
「……こうして貴様を討ち取る日をどれ程待ちわびたか。
この左眼の借りを返す時が来たようだな」
そう言ってガラバーンが左手で黒い眼帯を軽く摩る。
「……フン、ネコ大将がつけ上がるんじゃないよ」
低い声でそう言うアナーシア。
「……ネコ大将、ときたか。 相変わらず歪んだ選民意識に満ちているようだな。 だがそれを咎めるつもりはない。 貴様等、ダークエルフはそういう種族だ。 しかし魔族に手を貸した事を許すつもりはない」
「フン、ネコの分際で相変わらず上から目線ね。 ……そういうオマエ等も連合軍にしっぽを振ってるじゃない」
「我々にそんなつもりはない。 だがこの手で貴様を討てる機会が来たことには感謝するよ。 さあ、アナーシア。 自分の行いを悔いて天に召されるが良い」
「……舐めるんじゃないわよ、さあダークエルフの意地と矜持を見せるわよ!」
アナーシアが右手をあげて号令を出すと二十人余りの部下が一斉に前進してきた。 甲板上でラサミス達、猫族海賊とダークエルフ海賊が入り交じり苛烈な戦闘が繰り広げられた。 剣と戦斧、戦槍と剣による強烈な斬撃を応酬が甲板上に響く。
覚悟を決めたアナーシアとその部下達の抵抗は尋常でない粘りをみせた。 アナーシアも手にした曲剣で眼前の標的を次々と斬り捨て、返り血を浴びながら口の端を持ち上げる。
「どうした、どうした、このアナーシアの首が欲しいのだろ?
ダークエルフ海賊の頭目の首を望むなら、貴様らも命がけで来るんだね!」
アナーシアの部下達は床を踏み鳴らして、その身体と命がある限り、最後まで戦った。
異様な粘りと執念を見せたが、ラサミス達は一人で多人数を相手にせず、確実に一人ずつ戦闘不能にしていく。 15分以上の死闘が続き、甲板上は死体と負傷者で埋め尽くされた。
アナーシアの剣技と戦闘技術は一流と言っても過言はなかった。
部下の人数が五人前後になっても焦りはみせず、むしろ達観したような表情で網膜に敵が映ると即座に剣を振るい絶命させた。 呼吸が乱れ、肩で息をしていたが彼女の曲剣は、所有者の嗜虐性を反映させたかのように、次々と敵兵の身体を切り裂き、肉塊に変えていく。 血に塗れた曲剣で敵の首筋を切り裂き、アナーシアは吠えた。
「どうした、どうした、早くこの首を討ち取らぬか!? それとも貴様等の力はこの程度なのか!? さあ、誰でもいい! かかって来い!!」
するとガラバーンが手にした白銀の刺突剣を構えながら、一歩前へ歩み出た。
そしてアナーシアに向かって、一騎打ちを申し出た。
「本当に貴様は猛毒のような女だな。 だがこれ以上、貴様に場を掻き回されたくはない。 ――アナーシア、ここは一騎打ちで勝負を決めないか?」
「……ネコ風情が随分と舐めた発言と真似をしてくれるわね。
大勢の前で恰好つけると痛い目にあうぞ、それをアタシが教えてやろう!」
「……御託はいい、ネコ相手によもやダークエルフが逃げないだろうな?」
「こ、このネコ野郎!」
「連合軍の皆様、ここはこのガラバーンにお任せいただきたい」
ガラバーンはそう言って、ラサミス達や猫騎士達を一瞥した。 すると彼等も空気を読んで、この場はガラバーンに任せることにした。 そしてガラバーンは白銀の刺突剣を、アナーシアは曲剣を構えて戦闘態勢に入った。
海賊の頭目同士の一騎打ちが今始まろうとしていた。




