第二十二話「ニャルララ迷宮(前編)」
王都ニャンドランドから二日ほどかけて、
山を越えて俺達は目的地に到着。
ニャルララ迷宮。
この迷宮がいつの時代に出来たかは詳しい事は未だにわかっていない。
猫族がヒューマンから独立した戦い――所謂、
猫族独立戦争を終えた頃には、
既にこの迷宮の存在を示唆するような文献があるので、
少なくとも千年以上前からあったと思われる。
このウェルガリアの世界各地に迷宮やダンジョンと呼ばれる物は
数多く存在するが、千年以上前の建造物となると、そう多くはない。
迷宮やダンジョンはモンスターにとっては格好の住処であり、
冒険者や考古学関係者などの一部の人種しか訪れない為に、
どんどん繁殖して文字通りモンスターの巣窟と化す場合が多い。
俺達はニャルララ迷宮のすぐ傍にある避難所も兼ねたログハウスで
小休止して、下準備を終えてニャルララ迷宮の入り口の前まで進んだ。
俺達は奥を窺い知れない真っ暗な迷宮の入り口に足を踏み入れた。
前一列にドラガンと兄貴とアイラ。
後一列に俺とエリスとメイリンが並び、手に魔石で作られた
魔法のランタンをぶら下げて、ゆっくりと迷宮内を進む。
魔法のランタンは魔石に魔力を注入する事で明かりを灯すので、
松明や普通のランタンより、遥かに便利なのでこういった迷宮や
ダンジョン探索には欠かせないアイテムだ。
魔法のランタンの灯りで周囲を灯しながら、俺達はドンドンと前へ前へと進む。
視界を埋め尽くす薄茶色の壁面と天井が何処までも続いている。
「……ちょっと止まってくれ」
というドラガンの言葉に皆が従い、その場で足を止める。
するとドラガンは首にぶらさげたゴーグルをくいっと目元に押し上げた。
そしてゴーグル越しに双眸を細めながら――
「う~ん、やはり魔力数値が高いな。 それと邪気と瘴気も漂っている。 前に訪れた時はこうではなかった。 これは先客が居るかもしれんな」
「ねぇねぇ、ドラさん。 そのゴーグルってなにか意味あるんですか?」
俺も疑問に思っていた事をエリスが訊いた。
「ああ、これはニャーグルというゴーグルだ。 これをかけて周囲を見れば、魔力数値などを測れる魔法道具だ。 ちなみに首にかけている小瓶は魔タタ瓶。 中に魔タタビの香りを入れて、我々猫族が嗅ぐと、トランス状態になり、一時的に戦闘力と魔力が跳ね上がる優れものだ。 ……ただの飾りではないぞ?」
なるほど。 前々から思っていた疑問が氷解した。
意味はあんのね、一応。
「……先客というとマルクスかしら?」と、アイラ。
「……恐らくな。 ただこの漂う邪気と瘴気が気になる。マルクスは暗黒魔法を得意とするが、邪気や瘴気が関連するスキルや魔法は持ってない筈だ。 となると奴が死霊使いなどの仲間を連れてる、と考えた方がいいだろうな」
ドラガンの言葉に兄貴も「ああ」と頷き、同意する。
「奴も一人で我々に立ち向かうほど馬鹿ではないだろう。
恐らく三、四人の仲間を引き連れていると考えるべきだろう。
となるとこの邪気の正体はその仲間が持つスキルや魔法が関連すると思われる。
つまりはドラガンの云うとおり死霊使い系の能力者と思うべきだ。
エリス、君は神聖魔法は得意か?」と、兄貴。
「はい、一通りは使えます。 要するに不死生物退治ですよね?」
「ああ、恐らくそうなるだろうから、その時は頼む!」
「はい! お任せくださいなのです!」
神聖魔法は不死生物に非常に有効な魔法である。
神聖な力を持つ僧侶はただでさえ、
モンスターの標的にされやすく、特に不死生物を強く引き寄せる。
故に自身を護る為に神聖魔法を取得するのは、
僧侶系の職業の必須項目である。
また少人数で効率よく敵と戦う場合、スキルや魔法で
何かを使役するのが基本戦術だ。
それは精霊だったり、使い魔だったり、時には悪霊や死霊だったりする。
だが何かを使役するには、自身の魔力を激しく
消費するので長時間の継続は難しい。
しかし例外もある。
それが悪霊や死霊などの不死生物を操る死霊使いだ。
この世への未練、恨み、怨念などの邪気で不死生物は、現世に留まっているが、生きた肉体という器を持たない不死生物の魂は非常に不安定だ。
故に周囲の環境などに非常に左右されやすい。
そして更には自分より強い魔力や邪気の持ち主の前では隷属する傾向がある。
だから死霊使いなどの傀儡系のスキルや
魔法を持つ職業が使役するには格好の存在である。
更にはここは日の光の届かない迷宮。
不死生物は日の光に非常に弱く、
基本的に夜間にしか行動出来ない。
だがこのような日の光のない迷宮では、神聖魔法や聖水などで
浄化しない限り、不死生物は不死の存在である。
だからこういう迷宮で相手が不死生物を使役してくるとなると、少々厄介である。
「……俺とドラガンが攻撃役を務めるから、ラサミスとアイラでエリスを護ってくれ。 メイリンは迷宮内だからあまり破壊力の高い魔法の使用は避けてくれ!」
「了解」「ああ」「はいです」「はいッス」
兄貴の言葉に俺達は返事をして、ランタンを片手に迷宮内を進んだ。




