第二百七話 準々決勝(後編)
---三人称視点---
デミトリーがヒットマンスタイルから、
しならせたジャブ――所謂フリッカージャブを五月雨のように放つ。
普通のジャブとはやや軌道が異なるフリッカージャブにラサミスも苦しむ。
それでもラサミスは持ち前の反射神経と眼を生かして、なんとかクリーンヒットを防ぐ。 ガードの上からでもお構いなしにフリッカーを連打するデミトリー。
まるで鞭で叩かれるような鋭い痛みがラサミスを襲う。
次第にガードする腕も腫れあがる。
なんとかラサミスも打ち返すが、なかなかパンチが当たらない。
流れがデミトリーに傾く。
それでもラサミスは前進を止めない。
ラサミスは不規則の動きで放たれるフリッカーを掻い潜り、
デミトリーの懐に入るが、それと同時に待ちかねていたように、
デミトリーのチョッピングライトが振り下ろされる。
バシッ……という鈍い音と共にラサミスの鼻から鮮血が迸る。
離れてはフリッカージャブ。
近づいたら狙い済ましたようなチョッピングライトが来る。
「クソッ……離れても近づいても駄目。 なんて合理的な戦法だ」
鼻から流れる鮮血を赤いグローブで拭うラサミス。
「フフフ、お前もなかなかのレベルだが、相手が悪かったな」
――このまま受身に回っても、勝機は見出せない。
――ならばどういう形であれど攻めるべき。
ラサミスはそう思いながら、マウスピースをしっかりと噛み締めた。
マットを蹴り、ガードを固めて前進する。
そして放たれるフリッカージャブ。
だがラサミスはあえてそのジャブを受ける。
鈍い痛みが頭を伝う。 だがそこで耐え切り、逆にがら空きになったボディに左フックを叩き込む。 デミトリーの顔が思わず歪む。 更に至近距離から一発、二発とボディを叩く。 デミトリーが煩わしいそうに「チッ」と舌打ちして、後ろに下がり距離を取る。
それと同時に吹き込むラサミス。
またフリッカーが放たれるが、相打ち覚悟で打ち返す。
同じような展開が幾度と繰り返される。
デミトリーの表情にも苛立ちが募る。
ボディにもジンジンと鈍い痛みが残る。
それでもラサミスは愚直なまでの前進をやめない。
時には相打ち、あるいは無抵抗に打たれながらも、
一定のリズムで前進して、執拗にデミトリーのボディを狙う。
単純な戦法だが、意外とこれをやられると相手は堪える。
もちろんジリ貧的な展開ではあるが、
相打ち戦法は相手にも重圧を与える。
次第にデミトリーの顔から笑みが消えた。
そこで第一ラウンドが終了。
当然の事ながらダメージと疲労度はラサミスの方が大きかった。
ラサミスが自陣で肩で息をしながら、
セコンドについてもらったライルに、
水が入った瓶を口の中に入れてもらい嗽する。
対するデミトリーは顔にこそ傷はないが、
執拗に狙われたボディに鈍い痛みが走っていた。
「ボディ狙いは悪くないアイデアだが、このままだとジリ貧だぞ」
「ライルの言う通りよ。 とはいえ良い策がないのも事実」
ラサミスはライルやアイラの言葉に「ああ」と小さく頷いた。
「ま、まあキツいのは事実だが、相手も嫌がってるからな。
ここまで来れば気力と気力の戦いだ。 とにかく最後まで試合は投げねえよ!」
ラサミスはそう言って、ライルにマウスピースを口に入れてもらった
そして第二ラウンド開始のゴングが鳴り響く。
ポイントでは大差がついており、判定に持ち込まれたらラサミスの負けは必然。
勝つためには大逆転のKO勝利しかない。
それを理解して、果敢に前へ出るラサミス。 一定の距離を保つデミトリー。
ひゅんひゅんひゅん、と死神の鎌のようなフリッカージャブが繰り出される。 速くて不規則な軌道のジャブ。 ラサミスの顔も鞭に打たれたように腫れてきてる。
これ以上被弾を続けると、レフェリーストップを食らいかねない。
ラサミスは防御テクニックを駆使して、死神の鎌から逃げ遂せる。
「どうした、どうした。逃げてばかりだと勝てぬぞ。それとも勝負を捨てたか!?」
デミトリーが酷薄な笑みを浮かべて、フリッカーを連打する。
一発、二発、三発……とかわして、四発目でまた相打ち覚悟のボディ打ちをする。
バシッ……という鈍い痛みがデミトリーを襲う。
だがラサミスは歯を食いしばり、そこからボディ攻撃。
デミトリーの身体がわずかに九の字に曲がる。
更にもう一度ボディを食らわせる。
「いいぞ、ラサミス。ボディが効いてるぞ。そのまま離れず食らい着け!」
リングサイドからライルが叫ぶ。
「くっ……馬鹿の一つ覚えか!?」
デミトリーが顔をしかめながら、後ろに下がる。
ラサミスが追従するように前へ出る。 それと同時にフリッカーが顔面を殴打する。 ラサミスの身体がぐらりと揺れて、腰がすとんと落ちる。
「限界のようだな。 今、楽にしてやるぞ!!」
デミトリーは口元に微笑を浮かべた。
デミトリーは右腕を振りかぶり、チョッピングライトの体勢に入る。
絶体絶命のピンチ!?と思われたが、状況が一転する。
腰を落としたラサミスはマットを滑空するように、大きく弧を描いた。
放たれたチョッピングライトが大きく外れる。
そしてラサミスは大きく反動をつけた左フックをボディに叩き込んだ。
「ごふっ……!?」
デミトリーが呻き声を出して、口からマウスピースを覗かせる。
カウンター気味のボディブロウを急所に貰ったのだ。
流石のデミトリーも顔を苦しく、歪めて悶絶する。
だがデミトリーは腹をえぐられたような衝撃に耐えて、両足に力を入れた。
ラサミスが身体を内側に捻り、ストレートを打つ体勢に入る。
「ま、負けん――――っ!!」
デミトリーが余力を振り絞り、チョッピングライトを繰り出す。
ばしっ……という鈍い音が場内に響き渡る。
デミトリーのチョッピングライトがラサミスの頬を捉えた。
その衝撃で大きく顔が歪む。 だがラサミスの眼は死んでいない。
そこからデミトリーの右腕に交差させるように、自分の左腕を交差させる。
「あ、あれは左のクロスカウンター!?」
ライルは思わずそう叫んだ。
「ま、まさかラサミスはコレを狙ってたの!?」
と、アイラが眼を見開いて驚愕する。
ラサミスの左フックは梃子の原理を利用して、デミトリーの右側頭部を捉えた。
クロスカウンターに加えて、急所を強打した一撃。
デミトリーの顔面は大きく歪み、口からマウスピースが吐き出される。
そこからラサミスは体重をたっぷり乗せた右ストレートで
デミトリーの顎の先端を打ち抜いた。
デミトリーの身体は後方に大きくぶっ飛び、ロープに背をぶつけた。
それでも衝撃は収まらずに、ロープを振り切って場外へと吹っ飛んだ。
もんどりうって背中から会場の床に倒れるデミトリー。
その眼は虚ろに白目を向いて、口から泡を吹いていた。
あまりにも壮絶な幕切れに場内の時間がしばらく止まる。
我に返ったレフェリーが両腕を交差させた。
「テクニカルノックアウト、勝者、ラサミス・カーマイン!!」
それと同時にラサミスは片膝をマットについた。
慌てて駆け寄るライルとアイラ、歓声をあげる観客席のエリス達。
第二ラウンド2分48秒。
ラサミスは奇跡の大逆転勝ちで、デミトリーを打ち破った。
だがその代償を大きく、ラサミスはリングに倒れて担架で運ばれた。
「ラサミス、だ、大丈夫!?」
担架で運ばれるラサミスに語りかけるエリス。
だがラサミスは頬を緩めて、小さく笑った。
「ふっ……大丈夫さ、試合が終わったら回復魔法で治してもらうからな」
「わたくしが回復魔法しますわ」
「ああ、頼む」
こうしてラサミスはなんとか準決勝まで勝ち進んだ。
後一つ勝てば、決勝戦に勝ち進める。
しかし続く準決勝戦は今回以上に色々と厳しい戦いになるのであった。
だがとりあえず今はエリスに介抱されて、ゆっくりと休むラサミスであった。
準々決勝戦 ラサミス・カーマイン【ヒューマン♂】 2R2分48秒TKO勝ち
次回の更新は2021年3月26日(金)の予定です。




