第一話「今日も一人で兎狩り」
十五年も生きてれば嫌でも現実という壁にぶつかる。
俺――ラサミス・カーマインも例外なくその壁にぶつかった。
兄貴に憧れて念願の冒険者になったが、現実は残酷である。
冒険者としての俺の初期ステータスは極めて平均的数値だった。
そこでまず最初に落胆。
俺は選ばれた何者かではなく、何処にでも居る凡夫という現実を知る。
だがそこで諦めるほど俺の決意は弱くはなく、
現実を受け入れ地道な努力に励んだ。
とりあえず最初の職業は無難に戦士を選んだ。 片手剣や大剣、戦斧などを主に使う攻守共に優れた前衛職。
だが誰でも同じような事を考える為に、戦士のような前衛職は掃いて捨てる程居て、仕事にあぶれている。 仕事もなくギルドや酒場を行き交う日々。
ここで二回目の落胆。
だがまだ心は折れない、折れるわけにはいかない。
それからの俺は地道に頑張った。
冒険者ギルドのクエストを数多くクリアして、地道にレベルアップ。
だが残念な事に俺には剣術の才能があまりなかった。
兄貴のように長剣を縦横無尽に振るう事に憧れたが、現実は残酷である。
だがそれでも努力をすれば必ず報われる。
そう信じてひたすら頑張った。
結果、レベルだけは上がったものも前衛職としては火力不足という欠点を抱えて、攻撃役としても、盾役としても微妙となり、次第にパーティの誘いの声がかからなくなる。
これが三度目の落胆。
そして心機一転。
俺は転職して己の拳のみで戦う前衛職・拳士で再出発。 拳士はシンプルに己の拳で戦う攻撃役職である。 剣術は微妙だったが、喧嘩はほどほどに得意であったので戦士より拳士に向いていたようだ。
俺はひたすら己の拳のみで戦い、ガンガンレベルを上げた。
とにかく標的を見つけては殴る。 殴る。 ひたすら殴った。
正直自分の目指していたスタイルではないが、パーティからも重宝されて、拳士も悪くないと思い始めた。 だがまたしても大きな壁にぶつかった。
拳士も高レベルになると、己の拳を様々な属性の闘気で強化しないと、高レベルのモンスターには通じないという欠点があった。
そして俺の魔力や魔法数値は平均値よりもかなり低かった。 結果、ただの殴り屋となり、中級以上のモンスターには通用せず、拳士としても行き詰る。
四度目の落胆。 正直少し心が折れた。
だがまだ諦めたくなかった。 まだ自分の可能性を信じたかった。
そして俺は再び決意して魔法職に就いて、少しでも魔力の底上げを試みる。
とはいえ俺の知力では魔法をメインに使う魔法職の適正は絶望的だった。
仕方なく俺は補助や支援役が得意な魔法戦士を選んだ。
魔法戦士はパーティの攻撃力や魔力を上げる支援魔法が得意で、更には自分を含めた仲間全員に様々な属性強化、変化が可能であり、多少は攻撃役としての需要もあるので、
戦士時代の経験が生きる、そう思い再々スタートを切った。
だが現実は非情である。
この魔法戦士という職業は様々なジョブのパッシブスキルなどをとって、能力の全体を底上げして初めて真価を発揮するという上級者向けの職業であったのである。
そして俺のように攻撃役や盾役で、芽が出ず、
心機一転で再起をはかる冒険者が名前がカッコいいという事もあり、
よく選ぶ職業であった。
当然俺を含めてそういう連中はパッシブスキルを大して持っておらず、微妙な性能の魔法戦士が量産された。 中途半端な性能の支援職。
それがギルド内で溢れかえる。
当然誘われるのは支援も攻撃役も出来るハイスペックの魔法戦士のみ。
俺達のような有象無象はまるで相手にされなかった。
だから仕方なくあぶれた魔法戦士達でパーティを組んで、
簡単なクエストや弱いモンスターを延々と倒して地味にレベルアップを上げた。
……正直情けなくて泣きかけた。
それでもレベルが上がり、少しは魔法やスキルを覚えると魔法戦士オンリーのパーティでもそこそこのレベルのクエストを受けられるようになった。 だがそれが大きな罠であった。
理由は単純である。
この所謂負け組である魔法戦士だらけのパーティでも格差が生じた。
ようやく覚えた支援魔法やスキルで自分達を強化するが、
日頃の鬱憤が堪っていたのか、支援を一切せず攻撃にばかり徹する仲間が増えた。
つまりこの負け組内でも猿山のボス争いのような現象が起きた。
地味な支援やアイテムでの体力、魔力の回復を一切せず、
仲間の支援効果でただひたすら戦うような仲間が一人、二人と現れ始めた。
こうなると当然問題が生じる。
ただですら負け組なのに支援だけに徹するのは最後の自尊心さえ傷つけさせた。
そしてその情けなくて惨めな役を俺が引き受けた。
だって仕方ないだろう?
こうしないとパーティが成立しないんだからさ!
とはいえ途中で皆、気付いた。
「アレ? 魔法戦士やる意味なくね? 前の職業のがマシじゃね?」
という事実に。
悲しいが、それが現実であった。
そして大量に埋もれた魔法戦士は元の職業に戻るか。
冒険者自体を辞めるという現象を生んだ。
基本的に冒険者は一五歳から成れるために新人達が
最初は夢を膨らませて希望を抱くが、上記にあげたような問題は毎年起きる。
結局、考える事は皆、大差なくこのワーキングプア的な現象が日常茶飯事に起きる。 中堅、ベテラン冒険者はギルド内や酒場でそれをそしらぬふりで横目で見て愉しんでいる。
やや悪趣味ではあるが、気持ちはわからなくもない。
恐らく彼ら、彼女らも同じのような徹を踏んだのであろう。
ならばそれを親切に他人に教えてやる道理もない。
それにそういう問題に早く気付くか、気がつかないかで個人の資質が決まる。
要するに冒険者の世界も他の現実社会と同じという事だ。
そんな簡単に一流の冒険者にはなれないし、冒険者という職業も他の職業と同じ様に個人の資質や頭の良さ、才能などが重要であるという現実。
それをクリアしても問題は山積みだ。
冷静に考えると冒険者が貰える報酬は他の職業と大差はない。
財宝や秘宝を見つけられる冒険者など極一握り。
更には常に生命の危険が伴う。
そして怪我をしても自己負担。 その間は当然収入なし。
アレ? もしかして冒険者って底辺ブラック職?
という現実に気付く者が多数出て、夢から覚めた若者達は冒険者稼業を廃業する。 正直、俺もほんの少しだけ廃業を考えた。これなら家の家業を手伝ってる方が幾分マシだと思えてきた。
俺の両親はこの城下町ハイネガルで酒場を経営している。
親父もお袋も元冒険者でそれが縁で結婚したそうだ。
親父は戦士、お袋は拳士で少しは名の知れた存在であったらしい。
だがお袋が最初の子供――つまり俺の兄貴を身篭った時に両親はすぐ冒険者稼業を廃業。そして稼いだ金でこの街に酒場を営んで今日に至る。
店の方は比較的繁盛しており、親父もお袋も「気が済むまで冒険者していいよ」
と言ってくれるが、俺も考えないわけでもない。
――このままでいいのか、という現実を。
正直今の俺は夢から覚めて、ようやく現実というものが見えてきた。
俺ももう少しで十六歳。
幼馴染のエリス・シャールトレアも冒険者だが、彼女はちゃんと神学校に通っており、将来は神職に就くと決めている。 エリスの女友達のメイリンも冒険者で魔法使いだが、王立魔法学校にも在籍しており、ちゃんと授業に出てる。
将来は魔法研究者か、教授になりたいとの話。
こうして頑張っている連中を見ると、自分はどうなんだろうと自問自答してしまう。
今はいいかもしれないけど、十年後は? 結婚出来るの? とかだ。
小さい頃はエリスが――
「私、大きくなったらラサミスのお嫁さんになるね!」
「おう、俺は一流の冒険者になって、お前を世界中で旅させてやるぜ!」
と、無邪気な会話を繰り広げたが、最近は少しエリスに会いたくない。
理由は簡単だ。 正直今のカッコ悪い俺をあんま見て欲しくない。
後、真面目に頑張っている彼女の姿を見ると、何処か引け目を感じる。
だから最近では俺はパーティを組まず一人旅で活動している。
魔法戦士で最低限の魔力と魔法数値を上げた俺は、攻撃も回復も出来る
職業レンジャーを選んだ。 レンジャーは攻撃もそこそこ、回復もそこそこ、戦斧やブーメラン、弓などの武器が使えるという器用な職業だった。
だが器用という事は裏を返せば、これといって秀でた物がないという事になる。
つまり器用貧乏の生きた見本。
戦士挫折、拳士も駄目。
魔法戦士もアウト。
どの職業もそこそこにレベルを上げたが、正直どれもイマイチの結果。
そしてそんな俺が流れ着いたのが一人旅向きのレンジャーという職。
地道にギルドのクエストをクリアして、街の近くで延々と雑魚モンスターを狩る日々。
んな生活が三ヵ月ほど続いて気が付けば、レベル22。
ちなみに戦士はレベル15。 拳士は20、魔法戦士は16。
気がつけばいつのまにかレンジャーのレベルが一番高くなっていた。
どの職業も最低限の役割は果たすが、イマイチ。
それが現実であった。
俺は昔憧れた勇者のような冒険者ではなく、
器用貧乏で財布も貧乏な冒険者だったのだ。
この避けがたい現実の前に五度目の落胆をする俺。
要するに俺は冒険者稼業自体向いてないという事だ。 いや無理すれば一応生活ぐらいは出来る冒険者にはなれるが、先の保障もない生活。 それなら家業でも手伝って少しでも親孝行した方がマシかもしれない。
今の俺の実家には両親と俺だけが住んでいる。
俺の憧れた、誇りであった兄貴――ライルはもう三年も旅に出ている。
最後に会ったのは俺が十二歳の頃だった。
「ちょっと長旅して来る。 一段落したら帰って来るよ」
とだけ言い残して兄貴はまた旅に出た。
そしてそれから三年。 兄貴は一度も家に帰って来ない。
ガキの頃の俺なら――
「兄ちゃん、今頃世界中を飛び回ってるんだろうな!!」
とか、無邪気な感想を抱いたろうが、今は違う。
現実という物が少し見えてきた今なら少しわかる。
要するに俺が憧れた存在――兄貴もそんな大した存在じゃないという事実に。
家に帰って来ないのも、単純に冒険者として芽が出ないから地元に帰りにくい。
あるいは旅先で怪我をして野たれ死んだ。
とかもありえるだろう。
仮に冒険者として成功してても、三年も実家に戻らないのは如何なものか?
両親はまだまだ元気だが、やはり時折「あの子、どうしてるんだろう」と呟く。
仮にも長男である兄貴が両親にこういう事を言わせるだけで親不孝というものだ。 もし兄貴が生きていれば、二十一、二歳という年齢。
このぐらいの年齢になれば普通は定職についており、早い者は結婚している。
それに比べて両親を心配させて、一人好き勝手に旅をするのは
褒められた生き方ではない。
結局夢や浪漫などの言葉で自己を正当化してるともいえる。
でもやはり俺自身、兄貴に会いたいという気持ちはある。
兄貴は俺がガキの頃、信じたようなカッコいい冒険者に
なってるんだろうかという思い。
それと相反するように、今の俺が思うように兄貴は英雄でもなく、
ただの冒険者という事実。
本音をいえば前者より後者の方が俺としては望ましい。
もし兄貴の落ちぶれた姿を見れば、まだ冒険者という稼業に僅かばかりの
夢と希望を抱いている俺の幻想も完全に吹き飛ぶからだ。
そうすれば流石に俺も目が覚める。
「……兄貴の奴、まだ生きてるんかな」
誰に聞かせるわけでもなく、俺はそう呟いた。
ここは街の近くの森。
昔、兄貴が俺とエリスを人喰い熊から助けてくれた思い出の場所。
その思い出の場所で俺は一人旅で最弱モンスター・ラピッドラビットを狩っていた。
ラピッドラビットは逃げ足が速いだけで、攻撃力は皆無。
だがその肉は柔らくて美味しいのでギルドで高く買い取ってくれる。
経験値的には旨みはないが、一羽辺り千グラン程度で
買い取ってくれるから、俺は時々こうして一人旅で狩っている。
日が沈み始めて、空が茜色に染まる。
本日既に五羽仕留めた。 単純計算で五千グラン(約五千円)程度の儲け。
「さて、今日はこれぐらいにするか。 ギルドで換金して、今夜は久々に店でも手伝うか。 兎狩りで一日五千グランは悪くないが、とても人様に誇れる仕事ではないからな、トホホ。 なんか親孝行でもしないと、情けなくて死にそうだ……」
情けない心情を吐露して俺はすごすごと森を出て、ギルドへと向った。