第百九十三話 既往(きおう)は咎(とが)めず
---三人称視点---
「!?」
魔族の居城アストンガレフ城の三階の玉座の間。
その玉座に座っていた魔王レクサーは、強烈な違和感と共に、
魔王と契約を結んでいた魔将軍ザンバルドの魔力が消え去った事に思わず驚いた。
幸いにも室内には、
親衛隊長のレネシード・ミルトバッハと三名の親衛隊の隊員しか居なかった。
基本的に親衛隊の隊員は隊長を含めて、無口なタイプが選ばれる傾向がある。
彼等の任務はあくまで魔王を護衛、補佐することだ。
故に魔王から意見を求められない限り、
基本的に自ら口を開くことは少ない。
しかし異変を察知した親衛隊長ミルトバッハは魔王にこう問うた。
「陛下、いかがなされましたか?」
「……ザンバルドが死んだ」
「左様ですか」
魔王の言葉にミルトバッハは淡泊にそう云った。
内心はどうか知らないが、この場の対応としては悪くなかった。
レクサーもミルトバッハの対応を咎めることはせず、
ただ一言こう云った。
「ミルトバッハ! 大賢者シーネンレムスを呼べ」
「御意!!」
十五分後。
両手で木の杖をついた白い仮面をつけた白いローブを着た老魔族が現れた。
すると魔王レクサーは単刀直入にこう話を切り出した。
「大賢者シーネンレムスよ、
魔将軍ザンバルドが戦死したようだ。 卿の意見が聞きたい」
「……それは誠ですか?」
「ああ、間違いない。 魔王である余と奴を繋ぐ魔力回路が急遽切れた。 卿ならその辺の事情には詳しいだろ?」
「左様ですか、それは誠に残念なことです」
「うむ、余も俄に信じられないといった心境だ。
ザンバルドは魔王軍でも五指に入る強者だったからな。
正直、驚いている」
「わたくしもです。 彼はやや思慮を欠いた部分もありましたが、
裏表のない性格で部下達にも慕われてました」
「うむ、余も奴の事が嫌いではなかった。
だが余は魔王。 感傷に浸っているだけでは魔王は務まらない。
で卿の意見が聞きたい。 シーネンレムスよ、今後どうすべきだと思う?」
シーネンレムスはレクサーの問いにしばしの間、黙考した。
そして考えをまとめた老魔族はゆっくりと語り出した。
「どういう状況であれ、敵がザンバルドを倒した事実は見過ごせません。
なのでエルフ領侵攻部隊に増援を送るべきですね」
「ああ、それなら既に送っている。 ザンバルドから救援要請があったからな。
リッチマスターのカルネスに不死生物部隊を指揮権を与えて、
エルフ領に派遣した。 恐らくこれでいくらか時間は稼げるであろう」
「それは名案ですね。 後はグリファムとエンドラが無事か、確かめるべきですね。 とりあえず情報隊長マーネスにこの件を任せましょう。 それと敵側の情報も探るべきですね。 敵にも我々が想像する以上に強者が居るのかもしれません」
「うむ、そうかもしれん。 ザンバルドはまぐれで勝てる相手ではないからな。 しかしこれで幹部の座が一つ空いてのも事実。 ここは士気を高めるべく、新たな幹部を加えるか。 そうだな、カルネスなら幹部に相応しい」
魔王の臣下達は、魔王の命令、指示は基本的に絶対的なものとして受け入れる。
しかしこの場においては、シーネンレムスが魔王の指示に異を唱えた。
「魔王陛下、少しお待ちください」
「……何だ? 何か不服があるのか?」
と、魔王レクサーは少し不機嫌そうな表情になった。
しかしシーネンレムスはそれに動じたそぶりは見せず、こう提案した。
「不服というわけじゃありませんが、せっかく幹部の座が空いたのですから、
簡単に幹部の座は与えず、今後の戦いで戦果を挙げた者に幹部の座を
与えると盟約すれば、部下達の士気もあがると思われます」
「成る程、確かにその方が良さそうだな。
そうだな、出世欲が強い若手の幹部候補生達も居るだろうからな。
うむ、シーネンレムス。 卿の提案を受け入れよう」
「ははっ、お褒めに預かり、光栄でございます!」
老魔族はやや大仰な仕草で、綺麗な姿勢で頭を垂れた。
その姿を見て、魔王レクサーも満足げに「うむ」と頷いた。
「いずれにせよ、既往は咎めずだ。
ザンバルドの戦死は惜しむべき事態だが、
いつまでも落胆するわけにもいかぬ! 次の戦いに向けて策を練るぞ!
だから大賢者シーネンレムス。 今後も卿の知恵を余に貸して欲しい!」
「ははぁっ! 仰せのままに!」
「うむ、では下がって良いぞ」
「御意」
そして老魔族が退室するなり、
レクサーは玉座に座したまま、しばし沈思黙考する。
――どうやら敵にも強者が居るようだな。
――とはいえまさかザンバルドが殺られるとはな……
――これは油断していると、危険な状況に陥るかもしれん。
――今度、先代魔王が現れたら、少し助言を求めてみるか。
――どうせ奴のことだから、オレを散々からかうだろうが、
――それでも奴の意見は聞いておくべきだ。
――奴は底なしの性悪だが、魔王としては優れていたのも事実。
――だからこの際、オレの小さな自尊心は捨てる。
――オレの代で魔族を滅ぼさせるわけには、いかぬからな!
---ラサミス視点---
「連合軍万歳! 四大種族に栄光あれぇっ!!」
戦いが終わり、翌日になっても兵士達はの興奮は冷めよらず、
いっそうつのりゆく歓喜のままに、あちこちの集まり、
かがり火を灯して、勝利に心から酔いしれていた。
「やれやれ、みんな元気だな」
俺はエルドリア城の長い三階渡り廊下から、
一階で喜びわめきたつ兵士達を見て思わずそう呟いた。
「本当に、今回の戦いは正直疲れたわ」とアイラが言い、
「ああ、俺だ。 奴との戦いで何年か寿命が縮んだ気がする」
と、兄貴が神妙な表情でそう言い、
「まったくだ。 我々は足止めを喰らったし、踏んだり蹴ったりだ」
と、ドラガンが同調する。
「……でもこうして生きていることに感謝すべきですわ」
と、エリスが微笑みながらそう言う。
「ホントにね。 でもしばらくはゆっくり休みたいわ」と、ミネルバ。
「うんうん、ホント、マジそれ!」と、メイリンが相槌を打つ。
「あたし、少し疲れたわ。 早く寝たい」と、マリベーレ。
「うん、うん、今はゆっくり静養すべきだわさ」と、妖精のカトレア。
どうやら皆、本当に疲れているようだな。
まあそういう俺もかなり疲労困憊状態だ。
しかしエルドリア城を陥落させたことによって、
この城の統治権でネイティブ・ガーディアンとヒューマンの王国騎士団が揉めているらしい。
まあ穏健派からすれば、
旧文明派の居城であるこのエルドリア城を欲しがる気持ちは分かるが、
俺としては、「勝手にやってくれ」という心境だ。
それよりも俺は今後の方針をしっかり決めたいところだ。
兄貴と奴――ザンバルドの戦いを見て、
俺はこのままだと、戦場で死ぬ可能性があることを悟った。
少なくとも今の俺じゃザンバルトクラスの敵には勝てない。
だがこのまま何もせず、手をこまねくつもりはさらさらない。
「ドラガン、兄貴。 俺に一ヶ月程、休暇を与えてくれないか?」
「まあ構わんが、何をするつもりだ?」と、ドラガン。
「十二月の下旬にリアーナで、
開催される四種族混合フィスティング大会に出場するつもりだ」
「成る程、確かあの大会は決勝まで勝ち進めば、
上級職の黄金の手の転職の資格が与えられたな。
ラサミス、お前の狙いはそれか?」
俺は兄貴の言葉に「ああ」と小さく頷いた。
「そうか、ならばよかろう。 拙者も一時的にリアーナへ戻るつもりだ。
だからラサミス、エリス、メイリン、ミネルバ、マリベーレ!
お前達にも一ヶ月程、休暇を与えよう」と、ドラガン。
「「はい!」」と、俺とミネルバ。
「「「わーい」」」
エリス、メイリン、マリベーレも声を揃えて喜んだ。
やれやれ、別に遊びにいくつもりではないんだがな。
俺は本気で準優勝以上を狙うつもりだ。
その為には、色々と下準備が必要だな。
「四大種族連合軍万歳!」
と、連合軍の声がこだまする中、
俺は周囲を一望しながら夜風に銀髪をなびかせて、
勝利の凱歌が鳴り響き、各種族の国旗が翻る中、一人考え込んだ。
結局、あのザンバルドの死体は上層部の決定により、
生け贄代わりにされて、その死体は焼却処分されることとなった。
まあ奴には酷い目に遭わされたかな。 仕方ない部分がある。
その代わり、兄貴は報奨金1500万グラン(約1500万円)が支払われた。
更に冒険者ランクがS級からSS級に昇格。
それ自体は歓迎すべきことだ。
しかしなんと言うべきか。
俺はあの残忍な魔将軍ザンバルドの誇り高い男だったと思う。
他の連中の前では云えないが、奴の死に様に、感銘を受けた。
だがそれこそ戦場における兵士同士の独りよがりの感傷であろう。
――とにかくこのままでは駄目だ。
――少し本気で上級職、黄金の手を狙ってみよう。
まずは当面の目標は、四種族混合フィスティング大会!
そこで決勝まで進む、いやいっそのこと優勝も狙うべきだ!
とにかく何か考えるんだ! このままじゃ駄目だ!
そして俺は兵士や傭兵、騎士が入り交じり勝利の余韻に酔いしれるなか、
高ぶる感情を抑えつつ、次なる目標に向けて、牙を磨ぐ決意した。
これで魔将軍ザンバルド編は終わりです。
次回から新章に突入します。
次回の更新は2021年2月21日(日)の予定です。
ブックマーク、感想や評価はとても励みになるので、
お気に召したらポチっとお願いします。




