第百九十二話 感傷
---ラサミス視点---
あ、兄貴が勝ったのか!?
俺はその事実に気付くまで、しばらく時間を要した。
時間に換算すれば、恐らく五分くらいの戦いであったろうが、
本当に密度の濃い戦いだった。
「あのブラザー、マジで勝ちやがった。
グレートだぜ、凄まじい剣戟だったぜェ!
あれは云うならば、雷光だ。
オレ様はこれから彼を雷光と呼ぶぜ……」
と、俺の隣でカラカルの猫族がそう呟いた。
雷光か、異名としては悪くねえな。
などと思っていると、前方に立つ兄貴が急に剣を構えた。
「――ジャイロ・スティンガー!!」
「なっ!?」
兄貴の宝剣の切っ先から、黒い衝撃波が矢のような形状になり放たれた。
鋭く横回転しながら、床を抉りながら神速の速さで大気を裂く。
黒い衝撃波は暴力的に渦巻きながら、玉座の近くに立っていた魔族の腹部を貫いた。
魔族の腹部に大きな空洞が生まれ、貫通した黒い衝撃波はその背後に壁面も命中した。
「そ、そうか。 奴が回復魔法を使う前に殺ったのか!?」
「ああ、そういうことか」
アイラがそう言って、俺もようやくその事に気がついた。
「成る程、流石ライル君だ。 やることに無駄がない」
ナース隊長が感心したように、そう呟いた。
「グレートだぜ、流石は雷光のライルだぜ!」
と、カラカルの猫族が両腕を組みながら、何故かドヤ顔でそう言った。
というか雷光のライルって何だよ!?
なんというかコイツ、独特の感性をしてるな。
「……ライルが勝ったのか!?」
アイザックが床から身体を起こしながら、そう問うた。
「ええ、大した男ですよ、本当に」と、ナース隊長。
などと俺達が好き勝手言っている間に、兄貴は床に倒れるザンバルドに近づいた。
俺達もそれに釣られるように、前へ歩み出た。
「……最後に何か言い残すことはあるか?」
兄貴が地面に倒れ込んだザンバルドにそう問うた。
するとザンバルドは呼吸を乱しながら、こう言った。
「……そ、そうだな。 さ、最後にオマエみたいな奴と……
タイマン勝負できて……よ、良かったぜ……」
「……貴様は本当に戦闘が好きなんだな。 魔族とはそういう生き物なのか?」
「さ、さあな、他人のことなんかどうでも……いいよ。
オレはオレのやりたいように生きて……きただけだ。
というかオマエも変な奴だなァ……」
「何がだ?」と、問い返す兄貴。
「て、敵のことなんか気にしても……し、仕方ねえだろう」
「……確かにな。 だが何故かお前と話したくなったんだよ」
「……ふうん、お、オマエ変わってるな」
「……かもしれん」
「……まあいいや。 とにかくオレはもう思い残すことはねえよ。
あ、一つだけあるわ? お、オマエの名前、何だったっけ?」
「ライルだ。 ライル・カーマイン」
「ああ、た、確かそういう名前だったな。
こ、このオレ様を殺った奴の名前……くらいは覚えておきたいからな。
じゃあな、ライル。 この戦いの続きは……地獄でしよう……ぜェ」
ザンバルドの顔から生気が抜け、その双眸も急速に輝きを失い始めた。
「む、ムルガペーラ様……地獄で待って……ますよ……」
それがザンバルドの最後の言葉となった。
ここに七百年生きた魔族の生命活動に終止符が打たれた。
ムルガペーラ?
もしかしてそれが魔王の名前なのか?
いずれにせよ、これで俺達の勝利は確定した。
後は仲間を救い出して、残敵掃討するだけだ!
すると兄貴は振り返って、こちらを見ながらこう言った。
「アイザックさん、ナース隊長。 少しお話があります」
「何だ?」「何だい?」
「まず魔将軍であるこの男を倒したことによる報酬金なり、褒賞が欲しいです。
そして今後、魔王軍の幹部を倒した際には、同様に扱って欲しいです」
「要するに金が欲しいんだね? だが私の一存では……」
と、少し難色を示すナース隊長。
だがアイザックは兄貴の言葉を快く受け入れた。
「分かった、オレから上へ掛け合ってみるよ。
確かに幹部クラスを倒せば、それなりの報奨金や褒賞を出すべきだな。
ちなみに具体的にどれくらいの金が欲しいんだ?」
「そうですね、最低でも一千万グラン(約一千万円)、
いや1500万は欲しいですね。じゃないと割が合いませんよ。
此奴らの首にはそれくらいの価値がありますよ?」
「確約はできないが、そうなるようにオレも色々働きかけてみるよ」
と、アイザック。
「あァ~、でもまた猫族がその金を出すというのは、ちょっとイヤだぜ?
アンタラ、何かとあれば、猫族に負担を押しつけるからな」
と、銃使いの猫族が両手を広げて、おどけた。
ああ、こいつの言う事も分かるが、これは少し揉めそうかな?
と思っていたら、ナース隊長とアイザックが――
「分かった、私も上へ上申してみるよ」
「そうだな、なら報奨金の出所は、四種族で四等分すれば良いかね?」
「おうよ、それなら問題ナッシング!」
と、銃使いの猫族も納得したようだ。
だが兄貴の要求はそれで終わらなかった。
「それともう一つ、お願いがあります」
「まだあるのかい?」と、ナース隊長。
「……いいだろう、云ってみろ」と、アイザック。
「これは俺個人の勝手な願いですが、
此奴――ザンバルドの死体を荒らすような真似は止めて欲しいです」
「「……」」
兄貴のこの要求に、アイザックとナース隊長はしばらく押し黙った。
というか俺自身、兄貴の云わんとすることがイマイチ分からない。
あ、もしかして……!?
「う~ん、私にはその条件を要求する意図が分からないな~」と、ナース隊長。
「オレもです。 あ、もしかしてライル。 それはお前の独りよがりの感傷か?」
アイザックの言葉に兄貴は無言で頷いた。
するとアイザックは「う~ん」と唸ってから、こう言った。
「オレも此奴と戦った身だから、お前の気持ちは分からなくもない。
此奴は敵だったが、実際大した奴だった。 だがな、それはオレ個人の感情。
それを周囲に押しつけようとは思わん。 だからお前もそれはやめておけ!」
「成る程、そう言う事か。
そうだな、私もそれは止めた方がいいと思うぞ。
四大種族と魔族は交わることのない水と油のような関係だ。
実際、この戦いで多くの戦死者が出た。
だからそれに対する生け贄は必要となるだろう。
だがそうだな、極力、君の目の届かないところで行うように、
上へ進言してみるよ。 ライル君、それでいいかね?」
「分かりました。 それで構いません」
兄貴はナース隊長の言葉に素直に従った。
するとナース隊長も「うむ」と頷いてから、周囲にこう命じた。
「ではこれから我々は通路に閉じ込められた仲間達を救う為に、
城の中に仕掛けがないか、探索する。 その際には、残敵に注意せよ!
そして味方と合流次第、本格的に残敵掃討を行うぞ!」
俺達はナース隊長の言葉に「はい」と大きな声で返事した。
そうだよなぁ。 ミネルバやエリス、メイリン、マリベーレは
あの鉄格子に囲まれて、身動き出来ない状態だからな。
とりあえずここは仲間を解放することに専念しよう。
---ラサミス視点---
四時間後。
俺達は城に仕掛けられた罠を解除、
あるいは罠を仕掛けた敵の魔導士を倒すことによって、
仲間を救い出す事に成功した。
その後は傭兵部隊と各騎士団による残敵掃討は思いの他、早く進んだ。
連合軍の兵士達が手際よく敵を撃破、
捕縛して四時間足らずで残存兵掃討の任を終えた。
こうして後に「ヴァルデアの戦い」と呼ばれる今回の戦いの戦死者は四大種族連合軍833人に対して、魔王軍は950人以上。 まさに激戦であった。
しかしこの戦いによって、両軍共に多大な戦死者を出した。
だがこれで戦いは終わりではない。
むしろこれからが本番だろう。
だが今の俺達にそれらの事を考える余裕はなかった。
とりあえず今はゆっくり休みたい。
だが生き残った一部の元気の良い兵士達は興奮も冷めよらず、
勝利の余韻に心から酔いしれていた。
だが俺達『暁の大地』の面々はそれらに加わることなく、
シャワーを浴び終えたら、後はみんな泥のように眠った。
次回の更新は2021年2月20日(土)の予定です。




