第百八十六話 奇遇だな
「――プル・ストライク!」
俺は身体を捻りながら、豪快に手にした戦斧を振り回した。
次の瞬間、ミスリル製の戦斧の斧刃が眼前の白銀の人工機械人形の胸部に命中。 すると白銀の人工機械人形は「ギギギッ」という音を立てて、地面に倒れ込んだ。 ふう、これでようやく十体めを撃破したぜ。
だが喜んでいる場合じゃない。
周囲にはゴーレムの群れ、更にはゾンビ化した魔族兵や骸骨系の不死生物がうじゃうじゃ居る状態だ。 敵の魔導士がゴーレム、不死生物、更には精霊を召喚して、この狭い二階で乱戦状態が続いている。
「ここで消耗戦を長引かせるのは、愚策だ。 ボバン、ライル、ラサミス、それとついてこれる奴だけでいい。 オレの後に続け。 雑魚には目をくれるな! 敵の頭を討つぞ!!」
「了解だぜ、団長」
「分かりました」
「了解ッス!!」
アイザックの言葉にボバン、兄貴、そして俺は大きな声で返事した。
確かにここで雑魚相手に戦っていても、大して意味はない。
ここまで戦ってきた体感として、連合軍と魔王軍の力は拮抗していると思う。
ただし敵の幹部に関しては、別だ。
連合軍もアイザックや兄貴、それと騎士団長レフとか強者が揃っているが、こと一個人の戦闘力に限定すれば、正直魔王軍の幹部の方が兄貴達より強いと思う。 だからこの戦いは城を陥落させる事以上に、あのザンバルドを倒す必要がある。
「傭兵部隊に遅れを取るな!」
と、ナース隊長率いるネイティブ・ガーディアンの兵士も走り出した。
「我々、山猫騎士団も後に続くぞ!」
「了解です、副団長!」
「了解、了解!!」
ケビン副団長の言葉に従い、ジュリーやあの銃使いの猫族も全力で走る。
こりゃ油断していると、手柄を先に奪われそうだぜ。
とりあえず俺達は両足に風の闘気を纏い、全力で床を蹴った。
「くっ! これ以上、先を進ませるなぁ!!」
「魔王軍に栄光あれ!!」
魔王軍の隊長達は狂ったように、激を飛ばすが、勝敗の大勢は決していた。
「消えろ、雑魚がぁっ! パワフル・スマッシュ!!」
「オラァ、地獄へ行きやがれ! ――レイジング・バスターッ!」
「――ファルコンスラッシュ!!」
「ぎ、ぎゃあああ……あああぁっ!!」
アイザックが先陣をきり、ボバン、兄貴が得意の剣技で敵兵を切り捨てた。 だが魔王軍にも意地があった。 こちらの猛攻にも、動じず手にした武器を振りかざしながら、こちらに向かって突撃してきた。 アイザックの漆黒の魔剣と、敵兵の鉄の剣が激しい衝突をする。 激しい斬撃が繰り返されたが、勢いに乗る連合軍の波状攻撃を受けて、切り捨てられる魔族兵達。 そして俺達は上の階へ続く螺旋階段を一気に駆け上がった。
だが敵の妨害攻撃を受けて、結構な人数がついてこられなかったようだ。 確認できるだけでも、メイリンとエリス、マリベーレの姿が見当たらない。 でも今は彼女らを待っている余裕はない。
またネイティブ・ガーディアンと山猫騎士団も結構、脱落者が出たようだ。 だが今は脱落者は放置していく。 俺達は再び全力で床を蹴った。 視界には長い渡り廊下が映った。 この先を進めば、奴が――ザンバルドが居るような気がする。
「へい、へい、へい、ユー等に美味しいところはもってかせないぜ!」
と、例の銃使いの猫族が俺の横を走りながら、そう言った。
「それは我々も同じこと!」
ネイティブ・ガーディアンのナース隊長もそう叫んで、前方を走る。
どうやら周囲の連中が、なんだか変な対抗心を燃やし始めているようだ。
まあ気持ちは分からなくもないが、功を焦ると危険だと思う――――!?
と思った矢先に天井から硬質な何かが落下してきて、後ろの通路が塞がれた。
「敵の罠だ! このまま突っ切るぞ!!」
「まただ! ドラガン、ラサミス、アイラ、ミネルバ! 全力で駆け抜けろ!!」
俺は兄貴の言葉に従い、死に物狂いで走った。
するとまた天井から何かが落下してきて、道を塞いだ。
俺とアイザック、ボバン、兄貴、アイラは間一髪で道が塞がれる前に先に進めたが、ドラガンとミネルバはついてこられなかったようだ。
「……鉄格子のようだな。 閉じ込められると厄介だ。 ここから先はついてこれる奴だけがついて来い!」
「おう!!」「はい!!」
「ま、まただ! クソッタレ!!」
ボバンが不意を突かれて、一瞬硬直する。
だが俺達は彼を追い抜き、全力で地面にスライディングする。
そして鉄格子が落下する前に、ギリギリのタイミングで前へ突き進んだ。
その後は一切後ろを振り返らず、全力で前へ前へと走った。
ハアハアハァ。
俺達は全速力で廊下を駆け走り、大きな樫の扉の前にようやく辿り着いた。
扉越しにも凄い魔力を感じる。 間違いない、この先に奴が――ザンバルド居る!
「残った者は六人か……」
アイザックが周囲を見渡してそう言った。
どれどれ誰と誰が残ったんだ。
え~と、アイザックに俺と兄貴、アイラ、そしてナース隊長とあの銃使いの猫族か。 それなりの面子が残ったと思うが、一つ問題がある。 それはこの面子だと、魔法による回復が期待できないことだ。
「このメンバーだと、あまり回復魔法が使えませんね」と、兄貴。
「そうだな、アイラとラサミスくらいか? ナース隊長は確か魔導騎士でしたよね?」
と、アイザック。
「ああ、私も一応、回復魔法を使えるが初級限定だ。 魔導騎士は支援魔法や付与魔法に特化しているから、 回復魔法は総じて低めだ。 どんなに頑張っても精々、中級レベルだ」
ナース隊長は魔導騎士だったのか。
確か魔導騎士は敵の属性攻撃や魔法攻撃を吸収して、その吸収した属性で攻撃する魔法戦士を強化したような上級職だ。 支援魔法には長けてるが、回復魔法は最低限しか使えなかった筈。
「そこの銃使いのアンタ、アンタは銃士なのかい?」
「イエスッ! オレ様、銃士。 レベルは49だぜ!」
俺がそう訊くと、銃士の猫族がややどや顔気味でこう答えた。
なんかコイツ、少し……いやかなり変な奴っぽいな。
でもこいつの射撃の腕は確かだ。 だから戦力としては貴重だ。
「となるとこのメンバーだと、魔剣士、ブレードマスター、聖騎士、レンジャー、魔導騎士に銃士という顔ぶれか。 火力に特化し過ぎてるな」
「アイザックさん、一度引き返して、道を阻んだ鉄格子から仲間を助け出してみますか?」
「うむ、試してみる価値はあるな。 何人か、俺について来い」
兄貴の提案に乗ったアイザックは、道を引き返して道を阻んだ鉄格子へ向かう。
俺達もアイザックの後を追い、鉄格子に近づいた。
すると鉄格子に閉じ込められたボバンと賢者ベルロームがこちらに気付いて、声をかけてきた。
「駄目だ、団長。 この鉄格子はかなり耐魔力が高い上に、魔力を吸収するみたいだ。 魔法でこの鉄格子を壊すことは無理だ!」
「そちらの御仁が仰るとおりです。 多分これは只の鉄格子じゃありませんな。 敵の魔導士が魔法で強化、あるいは錬成したものと思われます」
と、ベルローム。
「そうか、なら迂闊に触らない方がいいな。 仕方ない、今仲間を救い出すのはやめよう。 ボバン、ベルローム殿。 必ず後で救い出すから、今は耐えてくれ」
「「ああ」」
「よしならばこの面子で行くぞ! 皆、覚悟を決めろ!」
「「「「「了解」」」」」
俺達はアイザックの言葉に頷いて、再び大きな樫の扉へ戻った。
そして俺達は目の前の扉を開き、中へ突き進んだ。
室内は黒を基調にした内装で、部屋の真ん中に、金の刺繍が施された豪奢な赤い絨毯が敷かれていた。 そしてその赤い絨毯の終着点である玉座にあのザンバルトが座っていた。
肌は褐色。ざんばらの銀髪。 緋色の三白眼。
そしてその双眸は野生の猛獣のように鋭かった。
身長はゆうに二メーレル(約二メートル)を越えている。
冥界の宝石のような、妖しく輝いた漆黒の鎧を着ており、その右手には、漆黒の大鎌が握られていた。 そして全身から凄まじい闘気を放っている。
そのザンバルドの近くに、漆黒の軍服を着た中肉中背のやや長めの赤髪の魔族が立っていた。どうやらこの二人以外の魔族は居ないようだ。 いや隠れ潜んでいる可能性もあるか。 油断はしないでいこう。 ザンバルトは俺達の存在に気付いたようで、落ち着いた口調でこう言った。
「ようやくここまで辿り着いたか、数は六人か。 まあ暇つぶしにはなりそうだ。 いいぜ、全員でかかって来いや!」
「……」
ザンバルトの言葉にアイザックもナース隊長も黙っていた。
常識的に考えたら、ここは六人掛かりで挑むべきだ。
だがアイザックにもプライドはあるだろう。
ここはアイザックの判断に任せよう。
---三人称視点---
アイザックは自分がどうすべきか、悩んでいた。
通常ならばここは六人掛かりで戦うべきだ。
それが賢い選択肢であり、正しい戦術だ。
しかしアイザックの胸の奥の方が僅かに疼いた。
そう、最初の頃、ザンバルドはアイザックに対して、興味を抱いてるように見えた。 それは単純にアイザックが強そうということで抱いた興味であろう。 だが今のザンバルドは、アイザックを前にしても、何ら興味を示さない。 最初に相手の一騎打ちを拒否したのは、アイザックの方だ。 だからザンバルドがアイザックに興味をなくしたとしても、アイザックに責める権利はない。
だが勝手なもので、いざ自分が十把一絡げの扱いされると、面白くない感情が沸き起こった。 否、正確に云えば不愉快であった。 だからアイザックは、多少強引だがザンバルドに対して、煽るようにこう告げた。
「大した自信だな。 六人相手に一人で勝てるつもりか?」
「あァ?……ってオマエ、あの時の卑怯者か。
え~と……名前は何だったっけ?」
「アイザックだ。 アイザック・レビンスキー。 それが俺の名だ」
「ふうん、あっそ。 で何、オマエ? この状況になったから、ちょっとカッコつけてみたくなったわけ?」
と、興味なさそうに答えるザンバルド。
「……あの時とは状況が違う」
「へえ、そうなんだァ~。 で結局、オマエは何が云いたいわけ?」
「……今なら受けて立つぞ!」
「ハァ? 何が?」
「……今なら貴様と一騎打ちしてやってもいい、と云ってるのだ。
「……」
アイザックの言葉に一瞬固まるザンバルド。
だが次の瞬間には、心の底から可笑しそうに腹を抱えて嗤い出した。
「ア、アヒャヒャァッ……プププッ、やべえ、マジで嗤えるわ。 い、いやァ~、今更それを云う? オマエ、面白いな。 アヒャヒャァ……マジ受けるっ!」
だが嘲笑されても、アイザックは表情を崩さず、更にザンバルドを煽った。
「あの時は貴様の力量が分からなかったからな。 だが貴様の云うように確かに俺の身勝手な要求かもしれん。 だが貴様は腐っても魔将軍だろ? ならば竜人族如きの一騎打ちから、逃げるような真似は出来ぬだろう? ん?」
「あぁ~、もしかして煽ってるつもりか?」
「そうかもしれんな。 で逃げるつもりか?」
「ハア? 何云ってんだ、オメエェ。 あっ、もしかしてそこの連中の前でカッコつけたいわけ? よく見りゃヒューマン、エルフ、猫族も居るじゃねえか。 ああ、要するに手柄の取り合いかぁ?」
「……そう言う側面がないと言えば嘘になるが、俺は一人の戦士として、貴様と戦いと思ってるのだ」
「あぁ~、なんか自分語りを始めたぜ。 こういう奴、前大戦にも居たなぁ~。 でもそうだな、少しは暇つぶしになりそうだ。 だからちょっと立ってやるか」
ザンバルドはそう返して、玉座から立ち上がった。
そして数歩ほど、前に進んで手にした漆黒の大鎌を構えた。
「で、オマエ、本気でオレに勝てると思ってるの?」
「……楽に勝てると思う相手でないことは分かっている」
「へえ、じゃあなんで今更タイマン勝負を挑んできたんだぁ?」
「そうだな、ここに来て俺の戦士としての矜持が疼いたのだろう。 要するに俺も貴様のような強敵と戦いたくなったのかもしれん」
「ふうん、オマエ、もしかしてタイマン勝負が好きなのか?」
「状況によるが、嫌いではない。 いやハッキリ云えば好きだ」
「ふうん、分かった、分かった。 しゃあねえなぁ。 オマエの挑発に乗ってやるよ。 んじゃやろうじゃねえか、タイマン勝負。 リスタル、オマエは手を出すなよ?」
「御意」と、頷く副官リスタル。
「……そういうわけだ。 ここは俺に任せて頂きたい。 よろしいですかな?」
アイザックは後ろに振り返り、周囲の味方に向かってそう言った。 するとライル、ラサミス、アイラは無言で頷いたが、ナース隊長とラモンはしばしの間、黙考していた。 だが考えがまとまったのか、ナース隊長とラモンはこう答えた。
「まあ好きにされるが良い。 とりあえず我々は様子を見させてもらうよ」
「まぁ~、あの魔族とオレ様じゃ体格が違いすぎるから、ちょっとタイマン勝負はデフィカルト。 だからブラザァー、ここはアンタに任せるぜ!」
「有り難い。 ただ私が討ち死にした後はご自由に戦っても構いません」
「……分かった」と、ナース隊長。
「了解だぜ!」と、何故かサムズアップするラモン。
その言葉を聞くとアイザックは再び前に向き、漆黒の魔剣を両手で構えた。
するとザンバルドがゆっくりと前へ歩み出て、こう云った。
「まあいいぜ、ならこのタイマン勝負、受けてやるよ。 ちなみにオレ様はオンナとヤるより、タイマンで殺る方が好きなんだぁ~」
するとアイザックは手にした漆黒の魔剣を何回か振ってから、こう返した。
「――奇遇だな、実は俺もそうなんだ」
その言葉を聞いたザンバルドは一瞬、呆けた表情になったが、
次の瞬間には心の底から愉しそうな表情でこう告げた。
「ああ~、オマエやっぱりそういうタイプかぁ~。 確かにその一点においては、オレ達は同じだな! アヒャァッ!!」」
そう云うザンバルトは歪な笑みを浮かべていた。
そしてアイザックとザンバルドの一騎打ちが始まろうとしていた。
次回の更新は2021年2月7日(日)の予定です。




