第百八十二話 籠城戦
両軍の戦いが始まって、八日目。
既に魔王軍の戦力は百人を切っていた。
流石にこの状況になると、魔族と云えど命が惜しくなる。
それを察したザンバルドは――
「この戦いは既に負け戦だ。 後はお前等の自由にしろ! 既にエルバインに撤退した味方に合流したい奴はしろ! 後、オレに変な義理立てはするんなよ? とりあえずオレはこの城に残って最後まで戦う!」
と、指揮官自ら免罪符を与えた。
すると部下達の大半がエルバインへ撤退したが、42名の魔族兵は指揮官と共にエルドリア城に残る選択肢を選んだ。
グリファムは部下と共にエルバインに撤退を決意した。
エルバインに到着後、グリファムが撤退した兵を統率する予定だ。
ちなみにグリファムとザンバルドが最後に交わした言葉は――
「……とりあえず撤退した部隊はオレが統率する。 後のことはオレに任せろ!」
「おうよ、悪いな。 オレの尻拭いを任せて」
「……気にするな」
「じゃあよ、グリファム。 先に地獄で待ってるぜ」
「……さらばだ、ザンバルド」
という内容だった。
またエンドラに関しては、何も云わず既にこの場から去ったようだ。
だがザンバルドはそれに対して何も云わなかった。
しかしザンバルドもただの自殺志願者ではない。
とりあえず副官リスタルに意見を聞き、自分とリスタルで練った作戦、戦術、罠で城の守りを固めた。
「さあ、最終章の始まりだぜ!」
対する連合軍は十分な休息を取ってから、首脳部が本陣に集まり、作戦を練った。 作戦会議に参加したのは、マリウス王子、ナース隊長、傭兵隊長アイザック、レフ。 それとヒューマンの騎士団長バイスロン・アームロック。 本当は今すぐにでも大攻勢をかけたいところだが、連合軍はこの激戦で既に総兵力が700人を切っていた。
故に首脳部としても、これ以上の損害は出したくないという理由から敵を更に追い込む戦術を採用した。 基本的に敵の戦い方は籠城戦と見越した上に、空戦部隊である竜騎士団の一部の飛竜に猫族の魔法部隊を相乗りさせて、敵の空からの攻撃、あるいは支援、敵の逃亡を未然に防いだ。 その上で上空から猫族の魔法部隊が城に向けて魔法攻撃。
また地上部隊も基本的に遠距離から魔法攻撃に徹した。
とはいえ敵の中にも一線級の魔導士達が控えており、連合軍による魔法攻撃を対魔結界、あるいはレジストで防御。
そのような地味な消耗戦が三日ほど続いた。
この三日の間に竜騎士に相乗りする猫族の魔法部隊以外の兵士、傭兵、冒険者達は、身体と精神の疲れを完全に癒し、次なる戦いに備えた。 すると暇を持て余した一部の者が遠巻きに敵を煽り始めた。
「おい、コラァッ! いつまで城に引き篭もってんだぁっ! 六百年ぶりに地上に出てきたと思ったら、また引き篭もるんかぁ! てめえら、それでも魔族か!」
意気揚々と敵に罵声を浴びせる狂戦士ボバン。
するとそれに便乗するようにカラカルの銃士ラモンが更に煽った。
「へい、へい、へい、へい! そっちのブラザーが云う通りだぜ! オレ様、猫族! オマエラ、魔族。 まさか猫族が怖いのか? ならばとんだ臆病者だぜ! ならば喰らうが良い、我が奥義! 尻ペンペンだぁっ!」
ラモンは敵を煽るように自分の手でお尻を叩いた。
すると周囲の猫族も釣られたのか、同じような真似をする。
「ニャ―、ニャー、ニャァッ! ボクちんのお尻ペンペンを喰らうだニャン! はい、それ! ペン、ペン、ペン。 お尻~ペペンのペンだニャン!」
「ニャニャ、よく分からないけど、オイラもやるだニャン! ニャニャニャ、とりあえずお尻を叩くだニャン!」
「ボクも~」
「じゃあおいどんもするだニャン!」
気が付けば前方で猫族の一団が定期的にお尻ペンペンをしていた。 なかなかシュールな光景だ。 それに対して、魔王軍は時折、上級以上の攻撃魔法を放ってきたが、その前に魔法部隊がレジストして、挑発部隊は綺麗に散った。 似たような光景が続くが、敵はあくまで無反応。
すると飽き性の猫族達も面倒になり挑発行為も止めた。 その間にマリウス王子は後方から駆け付けた補給部隊から、食料と救援物資を受け取り、それを兵士達に均等に分け与えた。 またドラガンをはじめとした調理スキルを持つ一部の者達がコーンスープや豆スープ、シチューなどを大量に作り、それをみんなで平等に分けて、和やか雰囲気でそれらを食した。
そして翌日になれば、また相手に対して挑発行為及び牽制攻撃を繰り返したが、魔王軍側は徹底して無視を決め込んだ。 すると次第に連合軍側の兵達も焦れた、あるいは白けムードになる。
連合軍側の首脳部はその間にも補給ラインの安全性を高めつつ、確実に救援物資を受け取り、戦いの再会に向けて準備を整える。 しかし魔王軍は――ザンバルドはそれでも動かなった。そしてその間にグリファムが率いる撤退部隊はエルバインに向かう。
単純で自分の欲望に忠実、忠実過ぎるザンバルドだが、彼は部下を犬死させることは嫌っていた。 だから自らを捨て石にして、仲間の安全性を確保する。 彼のそういう面が一部の部下の心を強くつかむのかもしれない。 そしてその間にもエルドリア城の護りを固め、城内に様々な罠を仕掛けていく。
そして更に数日が過ぎて、迎えた10月13日。
痺れを切らした連合軍の首脳部は、部下達に大規模な魔法攻撃を命じた。 基本陣形は前衛に聖騎士、戦士といった防御役を置いて、その後ろに魔法部隊を配置。 更にその後方に魔法戦士、僧侶などの回復役を置く。
防御役職業が敵の投石を防ぎながら、時折隙を見つけては、中央を開けて魔法部隊が攻撃しやすいように一工夫する。 そしてエルフや猫族が中心となって、炎と光属性を中心にした魔法攻撃で執拗にエルドリア城を攻め立てた。
だがエルドリア城は最高級の技術と魔法で、城壁を加工した難攻不落の巨城。
更には敵側の魔導士達が状況に応じて対魔結界を張り、数の暴力と化した連合軍の魔法攻撃を全力で防いだ。
だがマリウス王子は更に「もっと攻撃するだニャン!」
と云って、徹底した嫌がらせに近い魔法攻撃で城を攻め立てる。
その攻撃は朝9時から夜9時まで、交代制で延々と繰り返された。
ただひたすら来る日も来る日も同じような展開が続いた。
精神的にはタフな魔族だが、この異常なまでの攻撃で流石に精神的にも肉体的にも追い詰められていく者が出てきた。
敵将ザンバルドはこの状況下でも怯えることなく、冷静に耐えていたが、副官リスタルを除いた部下達は次第に重圧に押しつぶされ始めた。 だがこの場から逃げ出す者は一人も居なかった。
そして籠城戦が始まって一週間が過ぎた。
連合軍はただひたすら同じ戦術をルーティンのように繰り返した。
次第に敵軍の動きが鈍り始めた。
エルドリア城の残留部隊は気力と士気は保っていたが、とうとう兵糧が底をつきかけた。
魔族は個体によっては、食事なしでも三週間まで活動できる。
また一切水分補給しない状態で二週間耐えられる。
しかし完全の飢餓状態になると、やはり生物としての生存本能が優先されて、どんな強い魔族でも次第に精神に追い込まれる。
だが食事や水以上に大事なのが魔力だ。
魔族に限らず、四大種族においても魔力は云わば生命力のようなもの。
故に魔力が限界まで切れたら、行動限界状態になり、この状態が続けば、生命活動を終える。
しかし魔族社会は魔王を頂点に置いたピラミッド社会であり、
一般兵や一般市民で占められた下級階級は、幹部候補生や実力者である中級階級と契約を結び、中級階級の者は、幹部をはじめとした上級階級と契約を結ぶ。
下級階級から中級階級、上級階級という具合に、基本的には下位の階級が上位の階級に魔力を微量ながら、分け与える制度だ。 そしてピラミッドの頂点に立つ魔王が契約を結んだ全魔族から、かき集められた魔力を吸い上げる。
だが状況に応じては、魔王から上級階級、上級階級から中級階級、中級階級から下級階級へ魔力を受け渡すことも可能だ。
そしてザンバルドはこの場においては、部下達に魔力を分け与えることにした。
それで部下達はなんとか動くことができたが、それは一時凌ぎに過ぎなかった。
「――フンッ! 我は汝、汝は我。 我が名はベルローム。 ウェルガリアに集う炎の精霊よ、我に力を与えたまえ! ――『シューティング・ブレア!!』」
「――せ、せいっ! わ、我は汝、汝は我。 わ、我が名はメイリン。 ウェルガリアに集う炎の精霊よ、わ、我に力を与えたまえ! 『フレア・ブラスターッ!!』」
「……わ、我は汝、汝は我。 我が名はリリア。 ウェルガリアに集う光の精霊よ、我に力を与えたまえ! ……『ライトニング・ダスト!!』」
賢者ベルロームに続き、二人の女魔導士が呪文を紡ぎ出すが、度重なる詠唱で疲労気味だ。 だがその近くでひたすら呪文を唱える魔導猫騎士達は、元気一杯の様子で疲れを見せない。
「さあ、さあ、みんなで撃つニャン! 我は汝、汝は我。 我が名はニャラード。 ウェルガリアに集う風の精霊よ、我に力を与えたまえ! ――行くだニャン! 『アーク・テンペスト!!』」
「ニャニャニャッ! ニャニャッ! 我は汝、汝は我。 我が名はニャーラン。 ウェルガリアに集う光の精霊よ、我に力を与えたまえ! はい、それニャンニャン! ……『ライトニング・カッター!!』」
「――おいどんもいくでニャンす! 我は汝、汝は我。 我が名はツシマン。 ウェルガリアに集う風の精霊よ、我に力を与えたまえ! ――ふんはぁッ! ……『ワール・ウインド!!』」
王国魔導猫騎士団の騎士団長ニャラードが先陣を切り、それに続くように他の魔導猫騎士達も一斉に魔法攻撃を開始。 元々、魔力が高い猫族だが個体が小さい為、戦場では遠方からの攻撃が多くなりがちだが、こういう局面では、その従来の魔力の高さを発揮できた。
猫族を除く他の三種族の魔法部隊は、魔力切れ、あるいは精神的に疲れていたが、猫族で構成された魔法部隊は疲れを見せことなくひたすら魔法攻撃を続けた。
それらは猫が持つ狩りの習性だったかもしれない。
とにかく興味を持てば、延々と同じ作業を繰り返しても気にならない。
云うならば延々と猫じゃらしで遊ぶ子猫のようなものだ。
だがこの場においては、それが功を制した。
「ニャニャニャ、フレイムボルトッ!」
「ニャンニャン、ウインドソード!」
「それじゃボクはロックボールだニャン!」
「ニャニャニャ! なにか愉しいだニャン!」
「そうだニャン! みんなでやるニャン!」
「ニャーン!!」
このような執拗な魔法攻撃が延々と四日以上続いた。
次第にエルドリア城に籠城する魔王軍の残留部隊も行動限界状態になり、兵糧も尽き初めて、魔将軍ザンバルドは仕方なく残された数少ない軍馬を解体して、それを火で焼いて兵達に分け与えた。
しかし連合軍による魔法攻撃は止まることを知らない。
そして籠城戦が始まって20日が過ぎた11月2日。
勝利を確信したヒューマンの王国騎士団の騎士団長アームラックがマリウス王子に攻城戦を提案した。 するとマリウス王子は「ニャン」と頷いて、全軍にこう命じた。
「これより攻城戦を開始するだニャン!
皆で力を合わせて、勝利を掴むだニャン!」
そして攻城戦が始まった。
次回の更新は2021年1月30日(土)の予定です。




