第百七十八話 不毛な消耗戦
「戦況はどうなっている?」
魔将軍ザンバルドは本陣の中にある椅子に腰掛けながら、副官であるリスタルにそう問うた。
すると漆黒の軍服を着た副官リスタルが微妙な表情で答えた。
「あまり芳しくない状況ですね。 敵味方入れ乱れた消耗戦が続いてましたが、じわじわと我が軍が押され始めてます」
「そうか、そりゃ少しまずいな」
「ええ、まずいです。 で、どうするおつもりですか?」
リスタルがやや憮然とした表情で指揮官にそう問い質した。
だがザンバルドは特に気にする素振りも見せずに、左手で自分の銀髪をぐしゃっと乱暴に掻き揚げた。
「まあ普通なら何かの指示を出すべきだが、妙案が浮かばねえなぁ。 俺やっぱ指揮官に向いてねえわ」
「でもこの場における指揮官は貴方ですよ?」
「分かってるって! いくら俺が適当な性格でも、この状況で何もしねえのは、無責任なのは分かる。 あっ!? 良いこと思いついた!?」
「……何ですか?」
するとザンバルドは椅子から立ち上がり、少し大きな声でこう告げた。
「いや単純に俺が最前線に出て、片っ端から敵をぶっ倒せばいいんじゃね? あ、もちろんこの間のようにあんなタイマンはしないぜ? 俺はタイマン勝負が何よりも好きだが、今はそういう状況じゃねえ。 でも敵の数が多いなら、俺が雑魚っぽいのをガンガン殺れば、少しは戦況もマシになるんじゃね?」
これは策でもなんでもないな、と思うリスタル。
だが冷静に考えれば、案外これが一番良い手かもしれない。
この人は指揮官としては、微妙だが一人の兵士としては、とても優秀だ。 というか単純に強い。 だからリスタルは、この場においては、この意見を肯定した。
「案外貴方の使い方はそれが一番いいのかもしれませんね」
「だろ? なんか後方で戦況見て指示出すってのが、どうも性に合わねえよ。 だからただ前線でひたすらひたすら敵をぶっ殺す。 これが俺に一番向いていると思うんだよなぁ~」
「分かりました。 ではそのとおりになさると良いでしょう。 ですが最低限の護衛はつけてください」
「分かってるって! そうだな、おい、バルデロン!」
「はっ! 何でしょうか?」
主に呼ばれた犬族バルデロンがザンバルドの許に駆け寄り、片膝を折って頭を垂れた。
「俺は今から最前線に行くから、お前もついて来い! だが基本的にお前は傍観しているだけでいい。 ただ俺が本当にヤバそうになったら、回復魔法でもかけてくれ!」
「はっ! 畏まりました!」
「んじゃリスタル、俺は前線に行くから後のことはお前に任せた」
「はい、行ってらっしゃいませ」
「おうよ、んじゃこの災厄の大鎌でガンガン敵を殺りまくってくるぜ。 この方が俺の性に合うからな! んじゃ行こうぜ、バルデロン!」
「はい!」
そう言うなり、ザンバルドは笑みを浮かべて、漆黒の大鎌を片手に前線へ向かった。
「ハア、ハア、ハアァッ……こりゃ随分と厳しいぜ」
俺は肩で呼吸しながら、そう愚痴をはいた。
もう既にかなりの敵を倒したが、一向に楽になる気配はない。
こういう真っ向勝負の消耗戦は、本当にキツいぜ……。
「……そうね。 でも最初に比べたら、幾分か楽になったわよ。 あの大竜巻を喰らった左翼部隊もなんとか立て直すことができたし、もうひと踏ん張りよ!」
「そ、そうだな」
俺はミネルバの言葉に小さく頷いた。
そうだな、苦しいのは俺だけじゃない。
みんな苦しいんだ。 だから俺だけが弱音を吐くわけにはいかねえ。
よ、よしもうひと踏ん張りしてみるか。
と、思った矢先に最前線から味方の悲鳴が聞こえてきた。
「ぎ、ぎゃあああぁっ!?」
「う、うわあああぁっ……こ、こいつは!?」
な、何だ、何だ?
何か起こったのか!?
「……どうやら奴が来たようだ」
と、険しい表情で双眸を細めて前方を見るアイザック。
思わずつられて、前方を見るとそこには見覚えのある奴が居た。
二メーレル(約二メートル)を超す巨体の銀髪の魔族が、その両手に持った漆黒の大鎌をひたすら暴力的に振るい続けている。 そう、奴だ。 魔将軍ザンバルドだ。
「ちっ! 奴が来たか」
アイザックが苦々し気な表情でそう言った。
その間にもザンバルドは次々と味方を斬り捨てている。
「あひゃひゃひゃっ! オラ、オラ、オラァッ!! かかって来いよ!」
返り血を浴びながら、歪な笑みを浮かべるザンバルド。
その姿はまるで死神だ。
「うわあっ! こ、こいつ、化け物か……ぐあぁぁぁっ!?」
「は~い、また一人死亡。 ガンガン行くぜ!」
「待て、貴様の相手は俺がする」
そう言ってアイザックは一歩前へ歩み出た。
するとザンバルドは一瞬だけアイザックを見て、興味のなさそうな口ぶりでこう言った。
「ああ、お前かぁ。 でも今はお前と遊ぶ気分じゃねえんだよ。 また気が向いたら、遊んでやるよ! オラァァァ!!」
「ぐはあっ!!」
再び仲間の一人が斬り捨てられた。
なんだ、こいつこの間の戦いとは雰囲気が違う。
なんというか敵を倒すことのみに集中している感じだ。
「これはまずいかも。 あいつ、ただ力押しで敵を倒している。 だが我々にとっては、あいつが力押しで来る方が危険かも……。 アイザックさん、どうしますか?」と、兄貴。
「そうだな、奴相手に単純に力でやり返すのは危険だ。 根本的に強さが違う。 ならばこちらとしては、奴を疲弊させて、行動の限界まで追い込むべきだ。 魔法部隊、狙撃部隊! あの大鎌の魔族に向かって魔法攻撃及び射撃するんだ! とにかくひたすら攻撃しろ!」
「はいっ!」
「――そうはさせるかよ!! 『虐殺の円舞曲』ッ!!」
「!?」
「全員、上へ跳ぶんだ!?」
俺はアイザックがそう叫ぶ前に、全力で上へジャンプした。
少しの時間差をおいて、アイザック、兄貴、ミネルバ、ボバンといった周囲の仲間も咄嗟にジャンプしていた。
だがジャンプしなかった者、あるいはジャンプのタイミングが遅かった者達は、悲惨な結末を迎える事となった。
ザンバルドが両手に持った漆黒の大鎌をぐるりと水平に一回転させる。
すると時間差を置いて、味方の前衛部隊の上半身と下半身が真っ二つに分断された。 今の一撃で十人以上、殺られたみたいだ。
「あ、ああっ……あっ……」
「う、うっ……う、嘘だろ?」
声にならない声を上げて、次々と絶命する味方の前衛部隊。
その凄まじい光景を見ていた後衛の魔法部隊の女性陣が思わず、「ひいっ」と悲鳴を漏らした。
む、無理もねえ。 男の俺でもきついくらいだ。
だが前にこの技を直に見ていた分、早く回避行動を取ることができた。
もし初見だったら、俺も同じような目にあっていたかもしれん。
「み、みんなぁ! 怯んでいる場合じゃないわよ! 今のうちにアイツ目掛けて総攻撃するわよ! ――フレイム・ボルト!」
メイリンが戸惑う周囲の仲間を鼓舞しながら、初級火炎魔法を唱えた。
それと同時に前方の前衛部隊、中衛部隊も左右に散開して中央を開けた。
中央ががら空きになるなり、他の魔法部隊や狙撃部隊が魔法及び射撃で前方のザンバルド目掛けて一斉に総攻撃を開始した。 だがザンバルドが咄嗟に左手を前に突き出すと、放たれた魔法や矢、銃弾が次々と弾き返された。
「怯むな! 奴の対魔結界は強力だが、完璧ではない! とにかく攻撃を続けるんだ! 全力で奴を食い止めろ!」
アイザックが周囲を振るい立たせるように、勇ましい声でそう叫ぶ。
するとそれに感化されたかのか、魔法部隊と狙撃部隊の攻撃が苛烈さを増していく。 すると次第にザンバルドも後退を始めた。 それを見るなり、アイザックは前へ出て隣のボバンに向かってこう叫んだ。
「今だ、ボバン! 前へ出るぞ!」
「い、いやでもあいつは強いよ?」
「そういう意味じゃない。 今から俺のやることを真似しろ!」
アイザックは次の瞬間、右手に持った漆黒の魔剣を頭上に振り上げた。
そして眉間にしわを寄せて、魔力を篭めて全力で魔剣を振り下ろす。
すると漆黒の魔剣の切っ先から巨大な炎塊が吐き出されて、ザンバルドに命中した。 するとボバンが一瞬「はっ」とした表情になりながらも、同じのように右手に持った緋色の大剣を
魔力を篭めて、全力で振った。
どごおおおん!
時間差を置いて、前方で一際強い爆発が巻き起こる。
更にアイザック、ボバン共に魔剣から巨大な炎塊を放った。
更なる爆発音が周囲に響き渡り、爆風で視界が遮られた。
「このまま力押しで攻めるぞ!」
「お、おう! って!? 団長、サキュバス部隊が!?」
ボバンの声に釣られて、頭上を見るアイザック。
すると上空に黒いチューブトップ、下半身は黒いショートパンツ、その両足にヒールの高い黒のブーツ姿を履いたサキュバスが背中からはえた両翼を羽ばたかせて、こちらを見ていた。
するとそのサキュバスはテンションの高い声でこう叫んだ。
「ザンバルド、助けるわよ! さあ、みんなこっちを見て! アタシの魅力で皆を魅了しちゃうぞ! 『ラブリー・ファシネーション』!!』
「!?」
すると俺の胸の鼓動が急速に高まった。
な、なんだ? この感じ、すごく妙な気分だ。
でもなんかぽわぽわして幸せな気分だ。
というか周囲の仲間もなんか似たような反応をしている。
アイザックと兄貴は歯を食い縛って、凄い形相をしていた。
でもなんかそれもどうでもいい……。
「ら、ラサミス! し、しっかりしなさいよ!」
と、ミネルバが真剣な表情をしながら、両手で俺の両肩を揺らした。
しかしなんかそれもどうでもいい。
というか目の前に居るミネルバの事が急に気になりだした。
よくよく見るとミネルバって美人だよな。
うん、いやよくよく見なくても美人だ。
そして気が付いたら、俺はミネルバに抱きついていた。
「ちょ、ちょっと!? あ、アンタ、何してるのよ!?」
「ん? ああ、いやミネルバの身体が良い匂いしてるからさ。 遂にね」
「え?」
一瞬、固まるミネルバ。
「ら、ラサミス、大丈夫! 多分、軽い魅了状態に入ってるわ! でも大丈夫、私が今、治療魔法で治してあげるから!」
「お? エリス~、お前もこっちにおいで……ぐはっ!?」
すると急に顎の辺りに痛みが走った。
「お、女なら誰でもいいのかよっ!?」
なんかミネルバが凄い形相で怒っていた。
更に右手で俺の両頬を凄い勢いでパンパンと叩いた。
すると僅かだが、少し意識が正常化してきた。
「い、いや……あの普通に痛いんだけど? あ、痛っ!!」
ミネルバは更に無言で俺に往復ビンタを喰らわせた。
い、いやマジ痛いんですけど?
と、軽く抗議の視線を向けたが、非常に冷たい声で――
「どう? 少しは目が覚めた?」
と、侮蔑の眼差しでこちらを見るミネルバ。
なんか一部のマニアの間では、こういうのを「ご褒美」とか言う風潮があるらしいが、俺は単純にいたたまれない気分になった。 するとミネルバだけでなく、エリスは軽く嘆息していた。
「……一応、治療魔法かけておくね。 我は汝、汝は我。 我が名はエリス。 レディスの加護のもとに……『キュアライト』!!」
と、エリスがやや無表情で中級治療魔法を唱えた。
するとエリスの右手の平から、眩い光が放たれて、俺の身体を包むなり、意識が正常化した。
「お! な、治った!? エリス、ありがとう!」
「……ううん。 ただの仕事ですわ!」
やや冷たい声でそう言うエリス。
周囲を見渡してみると、なんか同じような現象が起きていた。
魅了でとち狂った男共を女性の回復役陣がすごく冷めた目で治療魔法をかけていた。 ……な、なんか居たたまれない気分になるぜ。
「今よ! バルデロン、ザンバルドに回復魔法を!」
「はっ! 我は汝、汝は我。 我が名はバルデロン。 ウェルガリアの加護のもとに……『ヒール』!」
あっ!? あ、あいつはっ!?
犬族を自称する喋る犬のバルデロンじゃねえか!?
何故だ!? 何故アイツが魔王軍の中に居るんだ!?
い、一体何がどうなってるんだ!?
そして爆風がようやく止んで、ザンバルドの姿が露わになった。
ザンバルドの銀髪は灰だらけで、顔も黒くなっていた。
その漆黒の鎧も一部が破損しており、至る箇所から白い煙を吐き出していた。 流石のあいつも無傷ではなかったようだ。
「ふう~、流石に少しは効いたぜ!」
「魔将軍閣下! 大丈夫ですか!?」
「おう、バルデロン。 なんとかな。 だが念の為に回復しておくわ。 我は汝、汝は我。 我が名はザンバルド。 暗黒神ドルガネスよ……がはっ!?」
するとザンバルドの胸部に銃弾が命中した。
咄嗟に後ろを振り返ると、マリベーレが前方に銃口を向けていた。
「油断しないで! というか狙撃部隊のみんな、あのサキュバスを狙っ!」
「あ、ああ」「お、おう!」
そして狙撃部隊が一斉に上空のサキュバスを狙い撃った。
「チッ! これはきついわ! ザンバルド、一端後退した方がいいわよ!」
「だな! お前等、一端後退しろ! 大丈夫だ、俺が殿を務める!」
「りょ、了解です!」
すると魔王軍が後退を始めた。
連合軍は逃さまいと、前進するがそれを食い止めるザンバルド。
こちらは数の暴力で押すが、数に対して個の力で返すザンバルド。
結果、前線部隊の被害がどんどん増えていくが、アイザックも逃がすまいと、更なる前進を命じた。 しかしそれもザンバルドが部下を引き連れて、殿を務めながら、一人一人確実に始末していった。
そしてとうとうアイザックも根を上げて、敵の追撃を止めるように命じた。 こうして初日の戦いが終わった。
二日目、三日目、四日目も似たような戦いが続いた。
そしてこの広大な荒野に敵味方問わず、多大な屍が徐々に積み上げられていく。 この戦いは後に「ヴァルデアの戦い」と呼ばれるが俺に言わせれば、不毛な消耗戦としか思えなかった。
だが上の命令には逆らえず、
俺達は命じられるまま、更に戦いを続けるしかなかった。
次回の更新は2021年1月24日(日)の予定です。




