第百七十二話 良い暇潰し
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アストンガレフ城の三階にある謁見の間。
レクサーは玉座に座りながら、眼前の老魔族にこう問うた。
「シーネンレムスよ、例の件はどうなっている?」
「例の件? 何のことかのう~?」
「……情報部隊の件だ」
レクサーは少しムッとしながら、そう言った。
「ああ、あの件についてじゃな。 比較的上手くいっておるぞ。 情報部隊のトップには、テコ入れ前と同じく情報隊長のマーネスを配置しておる。 あやつは比較的温厚な性格な上に自己顕示欲も低いからな。 但し奴の息子が魔力欠乏症にかかっておる。 じゃから魔王の権限で奴の息子を魔力濃度の高い土地で静養させてもらえぬか?」
魔力欠乏症か。
確かこの病気にかかると、著しく魔力が低下するらしい。
魔力は生命力の源である為、魔力が枯渇すると生命にも影響する。
しかし根本的な治療法は、現代の魔族社会では確立されていない難病である。 だが魔力濃度の高い土地などで療養すれば、その症状も少しは和らぎ、時には症状が治ることもある。 なる程、マーネスという魔族のことはあまり覚えていないが、家族の為なら奴もオレに忠誠を尽くすだろう。
「分かった、余の名においてマーネス及びその家族を遇することを盟約しよう。 だが余も暇ではない。 細かい手配などは卿に任せる」
「うむ、そうしよう」
「それ以外の件はどうなっておる?」
「まあ前回我々が話し合ったように、人員補充や整理に関しては、慎重に行っておる。 その結果、性格は比較的温厚で仕事には生真面目な奴が構成員の大半になった感じじゃ」
うむ、こういう細かい仕事は魔王向きではない。 だからこういう時はシーネンレムスのような存在は重宝する。 こちらの意図を正確に理解して、余計な企てをせず、ただ言われたままに任務を果たす。 こういう部下は魔族の中だけでなく、どの世界でも社会でも役に立つ。
そういえば奴――先代魔王も云ってたな。
この男は使える、と。 それに関してはオレも奴と同意だ。
あくまでこの一点においてだがな、と内心で思うレクサー。
「うむ、情報部隊に関してはそれでいいだろう。 それと各地から引き上げさせた偵察部隊の方はどうなっている?」
「それに関しては、もう少し時間がかかりそうじゃのう。 どうにも魔族という種族は、他の生物を観察して分析するという作業が苦手じゃからな。 偵察部隊の証言や意見もどうも曖昧で
正確に敵の内情を知るには、少し時間が要するのう~」
「そうか、ならば無理に調べる必要はないだろう。 確かに敵は思ってたよりかは、強いが我々魔族が危惧する程のような奴が敵に居るとも思えん」
レクサーの判断は特別間違ってなかった。
単純に戦闘面に関して云えば、魔族という種族は四大種族を上回っていた。 これは厳然たる事実だ。 しかし眼前の老魔族はレクサーの判断に対して、やんわりと反論した。
「基本的にはそれでいいと思う。 じゃが儂個人としては、やはり敵を知っておくべきだと思う。 現に我が軍は二度も奴等に負けている」
「……まあそうだな、ならその件に関しては卿に任せる」
「うむ、そうしよう。 ところで一つ聞きたいことがあるのじゃが聞いてよいかのう~?」
「……何だ、申してみよ?」
すると老魔族はやや間を置いてから、こう尋ねた。
「魔王レクサーよ、お主自身は戦場に立つ気はないのか?」
「……どういう意味だ?」
「やはりこういう時は後衛と云えど、魔王が戦陣に加われば、全軍の士気が多少は上がる。 だからやってみる価値はあると思う」
まあ理にかなっている話だ。
だがレクサーは老魔族の疑問に対して、こう返した。
「今、余が戦場に立てば、部下の手柄を横取りする形になる。 だからしばらく余は戦場に立つつもりはない。 今は幹部連中に自由にさせる。 それが余の方針だ」
「なる程、やはり卿は色々考えているのう。 じゃがのう、魔王よ。 何も考えないで行動するのも良くないが、考えすぎるのも、あまり良くないぞ?」
この言葉にレクサーは僅かに眉をぴくりと微動させた。
感情的には怒りたい気分だが、老魔族の云う事も分かる。
だからこの場は怒らず、辛抱強く老魔族の会話に付き合った。
「……どういう意味だ?」
「そのまんまの意味じゃよ。 魔王レクサーよ、卿は先代魔王とは違う。 儂はあの御方に長年仕えていたが、それはもうとても恐ろしい方じゃった。 云うならばあの御方は暴君の中の暴君。 だが知能は高かった。 そして晩年は随分と猜疑心が強くなっていた。儂も何度か濡れ衣を着せられて酷い目にあった」
「そうか、奴らしいな。 あの男はそういう性格だ」
「うむ、じゃから卿としては、あの御方のようになりたくないという気持ちも分かる。 だが魔王という存在は、時には暴君になってもよい。 そうでないと部下達に舐められるからな」
「まあそうだろうな、それで?」
「じゃからお前さんも考えすぎずに時は好き勝手行動するがいいさ。 まあ儂から云えば、レクサーよ。 お前さんは暇なんじゃよ。 暇だから色々と余計なことを考える。 無論、卿の功績は認めるよ。 でもな、所詮儂らは魔族。 そして魔族を牛耳るには、秩序や規則だけでは無理があるのじゃよ」
「……」
やはりこの男は頭が良い。
少なくともレクサーにはそう思えた。
他の幹部はオレの行動の裏などを理解してない、理解しようともしない。
だがこの老魔族はオレの複雑な心理をやんわりと読み取っている。
しかし何か心の中がもやもやする。
「……なら余にどうしろと云うのだ?」
「そうだな、とりあえずごっこでもいから魔王らしく振る舞えばいい、これは極論だが魔族の統治に関しても、所詮、魔王ごっこ、みたいな感じでやればいい。 仕事なんてものはな、ごっこ遊び、暇潰しでいいのじゃよ。 少なくとも王座に君臨する者は、そういう精神でもいい」
「……しかしそれでは少し無責任ではないか?」
「レクサー、お前さんは真面目だのう~。 儂はお前さんのそういうところは好きじゃよ。 だがあまり真面目過ぎると、そのうち精神的に病むぞ? だから今やりたいことを素直に云って命令するがよい」
うむ、やはりこやつの意見は貴重だ。
でもなんというか少し癪に障る。
というか先代魔王に対しては敬語でオレに対しては、敬語でないのが少し腹立たしい。
よしならば――
そう思いながら、レクサーは玉座から立ち上がり、老魔族を指さしてこう叫んだ。
「うむ、ではこれから魔王として、卿に命じる。 シーネンレムス、卿は魔族でも稀有な一千年生きる大賢者。 故に余も卿は敬意を払っている。 だがなんだ、その口の聞き方は? 余は仮にも魔王であるぞ! それとも余は敬語を使うに値しない魔王とでも云うのか? その辺に関して卿の意見を申してみよ!」
「……確かにそうじゃのう、いや確かにそうです」
「うむ、余も卿の意見と知恵はとても重宝している。 だが所詮我等は魔王と臣下という主従関係。 だから公の場では、余に対して最低限の敬意を払え! 正直今まで我慢していたが、やはり不愉快だ。 今すぐ是正しろ!!」
「ははぁっ!! 分かりました、魔王陛下」
老魔族はそう言って大仰に頭を下げた。
するとレクサーの溜飲が幾分か下がった。
うむ、悪くない感じだ。 レクサーは率直にそう思った。
「ではわたくしはしばらく自分の仕事に専念したいと思います。 また御用があれば、いつでも御呼びください」
「うむ、ではもう下がって良いぞ!」
「御意!」
そう言って老魔族は踵を返して、入り口の扉に進んだ。
だが数歩ほど歩いてから、急に立ち止まりこう告げた。
「……魔王陛下」
「……何だ、まだ何か言いたいことがあるのか?」
「……どうです。 良い暇潰しになりましたでしょう? では今度こそわたくしはこの場を去ります」
そう言って老魔族は謁見の間を後にした。
するとしばらくしてレクサーはまた玉座に座った。
そして右手で頬杖を突きながら、一言こう漏らした。
「うむ、確かに悪くない感じだ」
次回の更新は2020年10月10日(土)の予定です。




