第百七十話 独創的技(オリジナル・スキル)
エリスとメイリンは無事試練を乗り越えた。
とりあえず聖殿の中で転職が可能だったので、二人は早速、神秘術師、魔導士に転職した。
とはいえレベルは一から上げ直し。
なので帰り道の途中で出たモンスターは、俺とミネルバが弱らせてから、彼女達が止めを刺した。 所謂、パワーレベリングというやつだ。
その成果もあり、エリスはレベル7、メイリンは8まで上がった。
エリスは神秘術師になったことにより、光属性の攻撃魔法が使えるようになったが、現時点ではほとんどスキルポイントを振ってない状態だ。 それはメイリンも同じだ。
とりあえず現時点ではレベルだけ上げて、スキルポイントを割り振るのは、やめた方がいい。
ある程度、冒険者ギルドの人間にアドバイスをもらってからじゃないと、自分の目指すべき方向性が分からないからな。
俺達はまあそんな感じでモンスター退治をしながら、リアーナに帰還した。 俺達が拠点についた時は、既にドラガン達の姿があった。
「うむ、お前等よく頑張ったな」
「いえ、大したことないですわ」
「うんうん、意外と楽勝だったッスよ!」
「まあそれでも疲れただろう。 今夜はゆっくりと休め。 それと明日以降にお前等は、自分の意志で家族に手紙を書け。 正直次の戦いはどうなるか、皆目見当がつかぬからな。 だからリアーナを旅立つ前に必ず手紙を書け。 これは団長命令だ」
と、ドラガンは珍しく真剣な表情でそう告げた。
まあ俺も皆もまだまだ死ぬつもりはないが、ここはドラガンに従って大人しく手紙を書いた。
そして翌日。
俺は朝飯の時間、兄貴に――
「拳士になって、正午くらいに拠点の庭に来い!」
と言われたので、言われた通り拳士に転職。
そして比較的動きやすい恰好で、指定された時間通りに庭へと向かった。
拠点の庭は相変わらず芝生の手入れが行き届いており、芝を踏むブーツの感触が心地よかった。
「来たな、ラサミス」
「ああ、というかお前等も居るのか?」
庭のベンチの方に視線を向けると、エリス、メイリン、ミネルバ、マリベーレがこちらを見ていた。 こいつ等、暇だから見にきてるんだな。 まあ観客居た方が身に入るから、怒らないでおこう。
「で兄貴、俺に何か用?」
「ああ、ここを旅立つ前に少しお前に教えておきたいことがあってな」
「そう、それで何についてなの?」
「独創的技ついてだ」
なる程、独創的技に関しての話か。
独創的技はその名のとおり、独自の技だ。
動きがある程度、定められた既存の技ではなく。個人が任意で好きなモーションや攻撃方法で、冒険者の証に登録することができる技だ。
なる程、要するに兄貴は俺に独創的技について、色々と伝授するつもりだな。 これは素直に話を聞くべきだな。
「お前は独創的技についてどれだけ知っている?」
「え~と、まあ基本的なことだけだよ。 独創的技は自分の好きなモーションや攻撃方法で、自分独自の技を編み出して、冒険者ギルドへ行けば少し変わった処置をしてもらい、自分の冒険者の証に登録してもらえるんだろ?」
「ああ、そうだ。 それ以外の知識はあるか?」
「ああ、まあ要するに自分だけで考えた必殺技ってところだろ? きちんと登録を済ませば、技を出す度に熟練度も微量ながら上がる。 だから冒険者なら一度は独創的技に憧れるものだが、実際にはそう甘くない、ってのが常識だろ?」
「そうだ、でその理由は分かるか?」
俺は兄貴に問いに「ああ」と頷いた。
「まあ多分殆どの奴が凄い連続技とかで登録するんだろうが、現実問題として度の越えた連続技は実戦では使えねえんだろうな。 魔物や魔獣相手ならギリギリ通用しても、知能が高い魔族相手には通用しねえだろうな。 実戦で連続技なんてそうは決まるもんじゃねえし!」
「ほう、それに気付くとは大したものだ」
「まあ俺も独創的技について何度か真剣に考えたからな。 というか兄貴の『神速の太刀』だっけ? あれって独創的技だろ?」
「ああ、何故分かった?」
「いや実に兄貴らしい技と思ってさ。 短い時間で最低限必要な動作だけで相手に渾身の一撃を繰り出す。 あれは独創的技の理想の形の一つと思うよ。 後、アイザックさんがあの女吸血鬼に放った強烈な突きも独創的技だと思うね」
「ふむ、ラサミス。 お前の観察眼も随分鋭くなったな。 俺もお前の言った感想には、大体同意だ」
「そりゃどうも」
まあ兄貴に褒められるのは悪い気はしねえ。
でも今はそんな事で喜んでいる場合じゃねえ。
だから俺は前から考えていた自分の独創的技について語った。
「というか俺も少し前から自分に向いた独創的技を考えていたんだよね。 兄貴、良かったら見てくんねえ?」
「そうか、是非見せてもらおう」
「あい、んじゃあそこの木に吊るされたサンドバックの前へ移動するね」
俺はそう言って、近くの木の枝に吊るされた黒皮のサンドバックの前に移動した。
すると兄貴もゆっくりとこちらに寄って来た。
「んじゃとりあえず見ててくれよな」
「ああ」
「んじゃ行くぜ! はあぁっ!!」
俺はそう言うなり、左ボディアッパーでサンドバックの下部を強打。
そこから身体で八の字を描いて、左右のフックを連打した。
拳に確かな感触が伝わり、黒皮のサンドバックが激しく揺れた。
「どう? 今の技、使えそうでしょ?」
「ああ、要するに最初に標的の肝臓を打って、相手の動きを止めてそこから左右のフックの連打を打つのだな。 確かに使えそうな技だ」
「うん、まあ状況に応じては、もう一回使うのも有りだけど、相手に止めを刺したい時は、『黄金の息吹』を発動。 んで俺の十八番の『徹し』で標的の胸部か、腹部を強打。 このコンボが綺麗に決まれば、敵の幹部クラスも倒せるかも……」
「へえ、ラサミス。 アンタ、面白いことを考えついたわね」
ミネルバが近くの白いベンチに腰掛けながら、感心するようにそう言った。
「確かに使えそうな技ね。 うん、いいと思うわ」
ミネルバの隣に座るメイリンも感心したように頷いた。
「俺も良いと思うぞ。 それで技名は考えているのか?」
「ああ、フィギュア・オブ・エイトにしようと思う」
俺は兄貴の問いに静かにそう答えた。
我ながら悪くないネーミングセンスと思う。
「なんか少しカッコいい」と、マリベーレ。
「うん、なかなかイカす技名ね」と妖精のカトレア。
「俺も同意だ。 その技名で登録するがいいさ」
「ああ、ところで兄貴はいくつ独創的技を持っているんだ? 良かったら参考にしたいから、教えてくれ」
だが兄貴は俺の問いに小さく首を左右に振った。
「駄目だ、独創的技に関してはお前等相手と言えど、教える気はない。 またお前も安易に他者に情報を漏らすな。 これは言わば、熟練冒険者の見えない掟のようなものだ」
「そうか、なら覚えておくよ」
「ああ」
まあ独創的技は言わば、その冒険者の努力の結晶みたいな技だからな。 確かに身内といえど教えない方がいいな。
「んじゃ旅立ちまで二日くらいあるし、しばらくはここのサンドバック相手に反復練習しておくよ。 今度の遠征で使えるように努力してみるよ」
「ああ、それなんだが今度の遠征は総力戦になりそうだから、お前はレンジャーで参加して欲しい。 恐らく回復役不足になるだろうからな。 というわけで頼んだぞ」
「……ああ、了解ッス」
まあ仕方ねえよな。
どのみちこの独創的技が使い物になるまで、けっこう時間がかかるだろう。 だから地道に反復練習するしかねえな。
だから俺はリアーナの冒険者ギルドへ行き、『フィギュア・オブ・エイト』を正式に自分の独創的技として、登録した。 欲を言えば後一つくらい登録したいところだが、現時点では良い技や技名が思いつかない。
まあそれについては、じっくりと考えよう。
そして俺はレンジャーに転職して、日が暮れるまで、庭のサンドバックを叩き続けた。
次回の更新は2020年10月3日(土)の予定です。




