第百六十七話 上級職(ハイクラス)
「ああっ、美味しい! やっぱりジャンの料理は最高ね!」
「そりゃどうも、俺も皆に喜んでもらえて嬉しいよ」
拠点の食堂でそう言葉を交わすメイリンと料理人のジャン。
俺達は上の命令通り連合の拠点があるリアーナへ帰還していた。
食堂には俺、エリス、メイリン、ミネルバ、マリベーレ。
それと旅芸人一座の面々が黙々と食事を摂っていた。
まあこういう光景を見ていると、やはり少し癒されるぜ。
「でもこれからしばらく休暇でしょ?
みんな何か予定あるの?」
「あるわよ、あたしとエリスは上級職へ転職する為、明日からヒューマン領の試練の聖殿へ行くつもりよ」
ミネルバの問いにそう返すメイリン。
というか今何って言った? 上級職へ転職?
「え? エリスとメイリンは上級職へ転職するつもりなのか?」
「そうよ、あたしが魔導士、エリスが神秘術師に転職するつもりよ。 まあその為には試練を受ける必要があるけど、とりあえずリアーナに着いた時点で魔法ギルドとレディス教団に申し込み用紙を出しておいたわ。 だからあたしとエリスは明日から、ヒューマン領の試練の聖殿へ行くわ。 というかラサミス達も着いてくる?」
いや聞いてねえぞ、そんな話。
とはいえ上級職を目指すことは悪い事ではない。
そうか、こないだから二人が何やら考え込んでいたのは、このことか。
「俺は構わんよ、ミネルバとマリベーレは?」
「わたしも構わないわよ?」
「あ、あたしも!」
「了解、とりあえず明日から馬車で試練の聖殿へ向かうわ。 多分二日くらいで着くと思う。 試験会場である聖殿には、転職希望者しか入れないから、適当に外で時間潰してて!」
「まあそれはいいが、肝心の試験、試練は大丈夫なのか?」
「大丈夫よ、あたしのレベルも既に魔法使いで51。 エリスは僧侶42だから問題ないと思う」
そう言えばあの港町の戦いでメイリンは敵のゴレームを撃破しまくったからな。 エリスも不死生物を浄化させまくったから、二人のレベルがいつのまにか一気に上がったようだ。
ちなみに俺は拳士38、レンジャー33、戦士25という感じだ。
竜騎士のミネルバは35。
魔法銃士マリベーレは30だ。
連戦に次ぐ連戦だからな。
いつの間にか、皆のレベルも底上げされた感じだ。
「もし二人が試練に合格すれば、俺以外殆ど上級職になるのかぁ。 そうなれば俺とドラガン以外は、全員上級職だなぁ~。 俺も上級職目指そうかなあ、なんつって!」
俺は右手のフォークの皿の上のミートパスタをこねくり回しながら、そう言った。
まあ俺の場合はなれそうな上級職がないけどな。
どの職業も中途半端にレベル上げるから、上級職目指すにもどうにもこれという職業が見当たらない。
「ああ、アンタに向いてる上級職あるわよ?」
「へ? マジで?」
俺はメイリンの言葉に思わずそう聞き返した。
するとメイリンは黒ローブの懐から一枚の紙片を取り出して、俺が座る食卓の中央にそれを置いた。
「こ、これなんだよ?」
「いいから、いいから、とりあえず書いてある内容を読んでみて!」
「あ、ああ」
え~と、なになに……ってこれは!?
「こ、これってリアーナ主催のフィスティング大会の申し込み用紙じゃねえか! つうかこの大会って四種族混合のすんげえデカい大会じゃん!」
ちなみにフィスティングとは、拳と拳のみで戦う競技である。
俺も子供の頃からフィスティングが好きで、ハイネガルで時々行われたフィスティング公式大会を兄貴と二人で観に行ったこともある。
「うん、アンタって無駄に殴り合い強いでしょ?」と、メイリン。
「ま、まあ一応……でも喧嘩とフィスティングはけっこう違うぞ?」
「そんなの分かってるわよ。 でも魔王軍との戦いでも素手でけっこう戦えてるでしょ? あの女吸血鬼も倒したじゃん。 だから案外良いところまで行けるかも」
「いやあ、こういうフィスティングの大会はこういう大きい大会を専門に生業にしている連中が多いから、そう甘くはねえぞ? というか今はフィスティングの大会に出る余裕はじゃねえよ」
「だ・か・ら! 他人の話は最後まで聞くように! その大会の優勝者と準優勝者は、上級職の黄金の手の転職の資格が与えられるのよ」
「黄金の手!?」
俺は思わず大声でそう叫んだ。
そう言えば聞いた事がある。
剣術と格闘戦に長けて、回復能力の高い前衛職があるという噂を。
そういう職業は総じて、アタックヒーラーと呼ばれるが確か黄金の手もアタックヒーラーに該当したと思う。
「黄金の手は剣術と格闘戦に長けた上に、回復能力も高いのよ。 どう? 今のアンタの状況に似てない?」
「あっ……そう言えばそうだな」
剣術はまだまだだが、格闘戦は拳士で鍛えている。
回復能力に関しても、レンジャーをしているので最低限の知識と能力はある。
確かにそういう意味じゃ今の俺に向いている職業かもしれん。
「……案外悪くないかも?」と、ミネルバ。
「うん、わたしもそう思う」
ミネルバに同調するエリス。
その後ろでマリベーレと妖精のカトレアも「うん、うん」と頷いていた。
こういう反応をされると、やはり悪い気はしねえな。
そして案外これは悪い選択じゃないかもしれん。
このパーティって火力は高いが、回復能力はエリスに依存気味だからな。
しかし俺がアタックヒーラーになれば、パーティバランスもぐっと良くなる気がする。
「……そうだな、考えてみる余地はありそうだな。 この大会の開催期間は……え~と十二月下旬から年末までか~」
「あ、その大会って竜人領でもあった筈よ? 確か年に二回だけ行われてたと思う」
と、ミネルバ。
「あっ、どうやらそのようだな。 申し込み用紙に後期開催と書いてる。 優勝賞金は五千万グラン(約五千万円)で、準優勝者で二千五百万。 優勝者と準優勝者のみに黄金の手の転職の資格が与えられる、か」
「今が九月の中旬でしょ? まだ三カ月以上があるじゃない、三カ月あれば色々と準備できるのじゃない?」
と、ミネルバ。
「そうね、あたしもそう思う」と、マリベーレ。
まあそんなに甘くないと思うが、考えてみる価値はありそうだな。
そうだな、個人的にこの大会について色々調べてみるか。
まだ三カ月近く準備期間があるからな。
「まあ考えておくよ。 メイリン、情報ありがとうな」
「いえいえ、お安い御用よ」
「それはそうと明日は早いのか?
だったら明日の準備して、寝た方がいいんじゃねえ?」
「それもそうね、じゃああたしは自分の部屋に戻るわ」
「あ、私も……ラサミス、おやすみ!」
「ああ、メイリン、エリス。 お疲れさん」
「私も部屋に戻るわ」と、ミネルバ。
「あたしも!」
「そうね、今日はもう休みましょ!」
そう言ってマリベーレもカトレアも自分の部屋に戻った。
俺も残りの食事を綺麗にたいらげてから、ジャンに礼を言って踵を返した。
……上級職か。
俺もそろそろそれについて真剣に考える時期が来たのかもしれん。
次回の更新は2020年9月22日(火)の予定です。




