第十五話「さあ、お仕置きの時間だぜ!」
壇上に向けて無数の矢が放たれた。
間違いない。 こいつ等兄貴達を狙う刺客だ。
だが壇上で崩れ落ちていた兄貴が素早く、
長剣を拾い、飛び交う矢を弾き飛ばす。
ドラガンも手にした刺突剣を縦横に振るい、子猫達を必死に守る。
「ドラガン、子猫達を避難させろ! こいつ等、マルクス達に雇われた刺客だ!」
「わ、わかった! 子猫を避難させたら、拙者もすぐ加勢する!」
事態が飲み込めた観客は蜂の巣が突かれたように混乱状態に陥った。
「うわあああっ――――――逃げろおおお――――!!」
「キャアアアアアァッ――――――――――――!!」
四方八方に逃げ出す観客達。
だが突如現れた刺客達は観客には眼もくれず、壇上へと走り迫る。
「こ、これも演出ですの?」
「な、なに? なんなのコレ?」
事態が飲み込めないエリスとメイリン。
だが説明してる暇はない。 俺は席から立ち上がり、身構えた。
「ラサミス! 奴等を壇上に近づけるな! ――食い止めるぞ!」
と、アイラが叫び、刺客の前に立ちはだがる。
「わかった!出来るだけ食い止めてみせる! ハアアアァッ――!」
俺は、闘争心を最大限まで高めて炎の闘気を生み出した。
紅蓮の炎のような闘気が激しくうねり、俺の両拳に宿る。
「――邪魔だ! どけ、どかんと斬るぞ!」
と、片手剣を振り上げる先頭の刺客。
「――させるかっ!!」
俺は相手が剣を振り下ろす前に、懐に飛び込んだ。
そして渾身の力を込めて、掌底を男の胸部に打ち込んだ。
「ごふっ……!?」
炎の闘気の効果も相まって、強烈な一撃となり、男は後方にぶっ飛んだ。
男は背中から床に倒れて、口から胃液を垂らして、悶絶する。
俺は男が手放した片手剣を素早く拾うと、アイラに投げ渡した。
「アイラ! この剣を使え!」
「ああ、助かったよ、ラサミス!」
「礼なら後でいい、今はこいつ等を食い止めるんだ!」
「わかった!」
だがすぐに敵の第二陣が切り込んできた。
「――邪魔するんじゃねえ!」
「私が貴様の相手になってやる!」
と、アイラが手にした片手剣を振り下ろし、敵の一人を食い止める。
更に一人、二人と突っ込んで来る。
「エリス、メイリン! こいつ等は兄貴達を狙う刺客だ! 支援を頼む!」
「「わかったわ!」」と口を揃えるエリスとメイリン。
「ガキがっ! どけろ、どかねえとぶち殺すぞ!」
「――やれるもんならやってみやがれ!」
俺はそう叫びながら、戦槌を手にした刺客の前に向って行く。
当然の如く目前の男が戦槌を振り上げる。
――今だ!
俺は閃光のような速度で左ジャブを戦槌の男の顔面に叩き込んだ。
不意を突かれた戦槌の男が後ろによろめく。 この好機を逃す手はない!
俺は更に二発、三発、四発と速いジャブを顔面に打ち込む。
だが戦槌の男も意地を見せる。 ジャブを食らいながら、前進して来た。
ブン、ブン、ブン!
と、強引に戦槌を縦横に振り回す。
まともに食らえば大怪我は必至。 だが振りが大きい。
俺は身軽な動きで戦槌を避けて、左ジャブを連打する。
そして相手の動きを止めた瞬間、素早く右拳を真っ直ぐ突き出した。
ごきんっ!
鈍い衝撃と共に俺の右拳が戦槌の男の顎に命中。
炎の闘気の威力もあり戦槌の男の顔が苦痛で大きく歪む。
だが俺は容赦しない。 左、右、左、右と連続してパンチを繰り出した。
「ぐっ……ぐあああっ――――!!」
男が大きくよろめく。
それと同時に俺は素早く懐に入り込んで、
右拳をアッパーの軌道で男の鳩尾にぶち込む。
「かはっ!」と呻き、悶絶する男。
そこから俺は両手を振り上げて、ハンマーナックルで男の後頭部を強打。
会心の一撃が決まり、戦槌の男は崩れ落ちて、地べたに接吻する。
――これで二人目。
だが俺が戦槌の男と交戦しているうちに、もう一人の刺客が壇上に迫る。
しかしそれを食い止めんと、壇上から降りた兄貴が手にした片手剣を構えた。
「そいつがライルだ! そいつを殺ればボーナス弾むぜ! 壇上にいる黒猫の猫族も殺れば特別ボーナスも出すぜ!」
と、一番後方に居たフードから栗色の髪を覗かせた男が大声で叫んだ。
「……その声はザインか!?」
「へっ、ライル。 悪いが死んでもらう。
ここに居る連中は俺が集めた腕利きの傭兵と冒険者だ。
俺も本気なんでね、手加減はしねえぜ!」
「ザイン! 貴様よくもぬけぬけと我々の前に顔を出せたな!」
敵を食い止めながら、アイラが怒りを滲ませた声で叫ぶ。
だがザインと呼ばれた男は不敵に笑った。
「うるせえぞ、アイラ! お高く留まってんじゃねえぞ! エルフとヒューマンの混血児の分際で、いつも上から目線な癖にライルには媚びるテメエにはムカついてたんだよ!」
「き、貴様ぁぁぁっ……」
「アイラ、挑発には乗るな。
ザイン、一つだけ聞きたい? 何故俺達を裏切った?」
と、兄貴が低い声で問う。
ザインは「ぺっ」と床に唾を吐いてから、兄貴を睨みつけた。
「元々俺はマルクスの紹介で『暁の大地』に入団しただけで、テメエらの事は大嫌いだったよ。 たかが冒険者の分際で規律や秩序を馬鹿正直に守り、いつも偉そうに俺に説教してたよな? 猫の分際で威張り腐るドラガン、エルフの混血児の分際でお高くとまったアイラ。 そしてテメエだよ、ライル。 いつも達観した表情で何かも知ったような風に偉そうに講釈垂れてたよな? 俺はそういうテメエが大嫌いだったぜ。 挙句の果ては金の成る木を見つけても、糞真面目に依頼者に報告するだぁ? 馬鹿かよ、目の前に大金が転がり込むお宝があるのに、手放すなんてただの馬鹿だぜ!」
「……それが俺達を裏切った理由か?」
「そういう斜に構えた態度と口調がムカつくんだよ。
何様のつもりだ? あ?」
「ザイン、お前は計算高い男だが、賢くはないな。 マルクスは自分以外は誰も信用しない男だ。 お前の事も布石の一つとしか思ってないぞ? それに奴が金の為だけに知性の実を奪ったと思うのか?」
兄貴の言葉にザインは苛立たしく「チッ」と舌打ちする。
「そういう上から目線な言い方がムカつくんだよ! マルクスが冷酷で他人を信用しない性格なのは俺もわかってんだよ! だが奴と組めば旨みにありつける。 現に奴はエルフの王相手に交渉して、前金一億二千五百万グラン頂いたぜ? 一億二千五百万グランだぜ? くだらんポリシーに拘るテメエらには出来ねえ芸当よ!」
「……お前らはエルフ族に知性の実を売り込んだのか?」
兄貴の言葉にザインは「へっ」と大きく頷いた。
「そうよ、マルクスが交渉して二億グランまで値を吊り上げたぜ。
流石マルクスだぜ。 真面目ぶったテメエらには到底出来ねえ芸当だ。
へへへっ……」
「ザイン、お前は馬鹿だ」
「あ? こんな時まで説教かよ! どこまでもムカつく野郎だ!」
「知性の実の存在を他種族に教えるなんて狂気の沙汰だ。 下手すれば種族間の戦争が起きる代物だぞ? それに例え一時的に大金を得れたとしても、最後に口封じされて命ごと金も奪われる。 ……お前はそんな事もわからないのか?」
兄貴は何処か哀れむような声でそう言った。
だが当のザインは悪びれることなく、半ば開き直った口調で反論する。
「だからどうした! 大金が絡めば命懸け! 食うか、食われるかしかねえんだよ!大体テメエ、この状況がわかってるのか!?例えお前が無事でも一座のガキ猫共が無事で済むかな? だが俺も鬼じゃない。ライル、てめえの持ってる知性の実を渡せば命だけは助けてやろう。 どうせお前等には過ぎた代物。 なら俺達が精々有効活用してやろう、これはかつての仲間としてのよしみだ、へへへっ……」
聞いてるだけでムカついてくる。 こいつ等、マジ許せねえ!
俺だけでなくアイラ、更にはエリスやメイリン達も不快感を露わにする。
だがそれ以上に強い怒りを見せたのはドラガンだった。
「下の下だな、ザイン。 確かに生きる上で金は必要だ。それは認める。 だが金が全てじゃない。 金で買えない物を培うのが冒険者、ひいては漢の生き方だ。 だがお前は金の為に仲間を裏切り、こうして刃を向けてきた。 ならば我々もそれ相応の自衛手段をとらせてもらうぞ、ライル! アイラ! ラサミス、エリス、メイリン! お仕置きの時間だ。 この下衆共を黙らせるぞ!」
そう言いながらドラガンは壇上から飛び降り、
刺突剣の切っ先をザインに向けた。
それと同時に俺も兄貴も身構える。
エリスとメイリンも戦闘体勢に入る。




