第百四十七話「迫り来るゴーレム軍団」
翌日、ヒムナート平原に武装した四大種族連合軍の大部隊が集結した。
それに対するように魔王軍も大軍を率いて、四大種族連合軍の前に立ちはだかった。 エルフ領に続いて、ここ猫族領でも四大種族連合軍と魔王軍が全面衝突。 再び血塗られた歌劇の幕が開けようとしていた。
「オラァァッ!!」
「ギャインッ!?」
俺は右足を大きく上げて、眼前の犬型の魔獣ガルムの首にハイキックを喰らわせる。 俺の蹴りが命中すると、同時にガルムの首があらぬ方向へ曲がった。 すると地面に倒れたガルムは口から涎を垂らして、身体を何度か痙攣させてから、しばらくすると動かなくなった。
これでガルムだけで十体以上倒したぜ。
アイザックから購入した暗黒竜の皮の魔法道具の手袋は、俺の両拳に馴染んでおり、上々の成果を上げている。 兄貴の宝剣やミネルバの漆黒の斧槍も値段に見合った以上の効果を発揮している。 だが問題はこれからだ。
「チッ、また来やがったぜ!」
「ホントにね。 きりがないわ」
うんざりしたような口調でそう呟くミネルバ。
「ラサミス、ミネルバ! 気を抜くな!! 後衛の魔法部隊が蓄積するまで、あのゴーレム軍団を食い止めるんだ!」
「わかってるよ、兄貴! でもこう数が多いと色々と厳しいぜ……」
「確かにな。 やはりゴーレムを生成している術者達を倒さないとジリ貧だ。 しかし空中にはあの竜魔部隊が居るからな」
アイラは視線を上空に向けて、忌々し気にそう言った。
両翼を羽ばたかせた竜魔の集団が上空に鎮座している。
そして視線を地上に向けると、前方から人型のゴーレムの大群が押し寄せて来た。 ゴーレムの種類は、普通の土のゴーレムに加えて、ウッドゴーレムとストーンゴーレムの三種類だ。
ゴーレムは自我意識を持たない。
術者に命じられた命令を愚直なまでに実行する戦う人形に過ぎない。
しかしその数が数十、数百となると脅威となる。
おまけに術者に魔力の余裕さえあれば、いつでも何体でも召喚できる。
ゴーレムの体長は基本的に二メーレル(約二メートル)前後だが、大きい個体になると三メーレル(約三メートル)を超える場合もある。
ゴーレムは、一体程度なら、全然怖くない。
なんせこいつ等の行動は単調だ。 故に戦いやすい相手だ。
だがこいつ等に自我意識はない。 それが時として脅威となる。
魔王軍に従軍する魔獣や魔物も多少の知性と感情は持ち合わせている。
こちらが大攻勢をかけて、仲間が倒されたら、当然奴等も慌てふためく。
しかしゴーレムにはそれがない。 仲間が何体やられようが、恐怖を感じない。
ただ命じられたまま、術者の命令に何処までも従う。
要するにこちらが何体倒しても、その動きを止める事がない。
それが厄介だ。
敵側には結構なレベルの術者や魔法部隊が居るようだな。
受け身となるこちらは大変だが、仕掛ける側はノーリスクでこちらを消耗させられる。 要するにゴーレムの生成者である術者を倒さないと、延々とゴーレムと戦う羽目になる。
「魔法部隊、蓄積はまだか?」
と、後ろを振り返りながらそう叫ぶアイザック。
すると後方の魔法部隊は――
「もう少しです。 後、三分ほど耐えてください」
「三分か。 仕方あるまい。 お前等、身体を張ってゴーレムを食い止めろ!」
「はい!!」「おう!!」
アイザックの言葉に俺達だけでなく、周囲の冒険者や傭兵も大声で返事する。
三分か。 結構しんどい時間になりそうだな。
「フンッ! ――パワフル・スマッシュ!」
「せいやぁっ! ――ピアシング・ブレード!」
「――ヴォーパル・スラスト!」
「我は汝、汝は我。 我が名はドラガン。 猫神ニャレスよ、我らに力を与えたまえ! 『フレイム・フォース』ッッ!!」
アイザックが先陣を切り、兄貴とミネルバその後に続く。
そしてドラガンや他の魔法戦士達が周囲に付与魔法をかける。
しゃあねえな、これまでの戦闘で両拳が結構痛い状態だが、これも仕事だ。
俺は気功術で両拳を包んだ。
すると俺の両拳から痛みがじわじわと消えていく。
完治までは至らないが、とりあえずこれで急場は凌げそうだ。
既にアイザック率いる右翼部隊はゴーレム軍団と交戦状態。
しかしこいつ等はこれで結構頑丈なんだよな。
拳士のような打撃系の攻撃は、ゴーレムと相性が悪い。
また剣などによる斬撃にも、ゴーレムは結構耐性がある。
俺達も最初の頃は、真正面からゴーレム軍団を迎撃していたが、倒しても、倒しても湧いてるゴーレムに次第に辟易していった。 なのでゴーレムの殲滅は、中衛及び後衛の魔法部隊に任せた。
実際ゴーレムのような敵は魔法攻撃で一掃する方が楽だった。
だが火炎属性魔法や光属性魔法でゴーレムを撃破すると、しばらくの間、爆炎や爆風が生じて、視界が悪くなる。
その間にまた敵の術者がゴーレムを生成する、
という負の連鎖に陥っていた。
なのでゴーレム撃破には風魔法や氷属性魔法を使う事にした。
これなら火炎、光属性魔法で敵を倒した時より、視界は悪くならない。
その間にマリベーレや他の魔法銃士や銃士、弓兵の遠距離射撃、遠距離で敵の術者を狙い撃つ。 というシンプルだが効果的な戦術に切り替えた。
だがゴーレム撃破と同時に上空に待機していた竜魔をはじめとした飛行系の魔族、魔物、魔獣が地上に降りてきて、右翼部隊と術者の間に割って入って、俺達の進撃を邪魔した。 竜魔の数はそれ程多くないが、こいつらは一人一人がかなり強い。
個人的な体感では、竜人領のエルシトロン迷宮で戦ったゼーシオン程、強くはないが、並みの魔族よりは強い。 少なくとも倒すのに結構苦労する。 その間に後方の術者がゴーレムを生成。 それと同時に竜魔達、飛行型の敵集団は上空へ離脱。 そしてまたゴーレム軍団が前線に出てくる、という繰り返しだ。
味方同様に敵もシンプルな戦術だが、これはこれで結構有効だ。
そんな感じで早朝の七時から、何度も何度もゴーレムと戦っている形だ。
もう正直言ってうんざりするぜ。
とはいえ途中で投げ出す事は許さない。
そういうわけで俺も仕事量を抑えながらも、黙々とゴーレムを撃破していく。
「せいや!」
俺は突進して来るウッドゴーレムを両足に風の闘気を纏って、上空にジャンプして回避。 こいつ等、ゴーレムの弱点は額、あるいは背中に刻まれた刻印を破壊すれば、自動的に身体が崩壊して戦闘不能となる。
今回に限っては、敵の術者はゴーレムの背中に刻印を刻んでいるようだ。
額だと狙いやすいからな。 地味な手口だが、こうも大群と戦うとなるとそれが結構効いてくる。 俺はジャンプしながら、ゴーレムの背中に狙いを定めた。
「はあああ……気功波!!」
俺は右手から気功波を放出して、ゴーレムの背中の刻印を撃ちぬいた。
刻印が崩れると、同時にゴーレムの身体が崩壊してバラバラになった。
とりあえず一体撃破。 しかし一体くらいじゃどうにもならない。
前方を見澄ましても、軽く数十体のゴーレムが無言のまま前進を続ける。
これじゃきりがねえぜ。 人形相手に延々と戦うはなかなか辛い。
しかし今の耐えるしかない。
俺は唇を噛み締めて、眼前のゴーレムに突貫した。
とりあえず左拳でジャブを繰り出して、ゴーレムの額を撃ちぬいた。
一瞬、ゴーレムの動きが止まる。 続いて右拳で正拳突きを繰り出した。
正拳突きがゴーレムの胸部に命中。
またしても一瞬、ゴーレムの動きが止まる。
そこから前進して両手でゴーレムの肩を掴んで、前方に前転しながら、両手を組み合わせたハンマーナックルでゴーレムの背中を強打。
確かな感触が両手に伝わると同時にゴーレムの身体が崩れ落ちた。
これで二体目。 というか今日だけで二十体以上倒しているぜ。
しかしゴーレム相手の戦いは、なんというか張り合いがない。
所詮、相手は操り人形。 そんな奴に勝っても大して嬉しくない。
と同時にそんな相手に殺されたくない。 これは皆、同意見だろう。
だから無意識のうちに戦意や士気が下降していったのかもしれない。
「……次から次へとキリがないな。 魔法部隊まだか!?」
「蓄積完了! ――行けます!」
「――よし、お前等、道を開けろ!」
「おう!!」
この瞬間を待ってたと言わんばかりに、周囲の仲間は散開した。
すると中衛及び後衛の魔法部隊とゴーレム軍団の間の道が綺麗にぽっかりとあいて、一本道が出来上がった。 それと同時に魔法部隊が一斉に詠唱を開始。
「行くわよ! 我は汝。 汝は我。 我が名はメイリン。 ウェルガリアに集う水の精霊よ。 我に力を与えたまえ! 喰らいなさいっ! 『シューティング・ブリザード』ッ!」
「我は汝。 汝は我。 我が名はリリア。 ウェルガリアに集う水の精霊よ。 我に力を与えたまえ! せいっ! 『シューティング・ブリザード』ッ!」
メイリンと魔導士のリリアは上級氷魔法を詠唱。
メイリンとリリアが手にした杖を構えて、素早く呪文を詠唱する。
呪文の詠唱と共にメイリンとリリアの周囲の大気がビリビリと震える。
そして杖の先端の魔石が眩く光り、絶対零度のような大冷気が迸った。
目にもとまらぬ速さで大冷気がゴーレム軍団目掛けて、放射状に放たれた。
「!?」
大冷気に呑まれて、ゴーレム軍団がカチンコチンに凍った。
ゴーレムは所詮操り人形。 故に耐魔力も殆どない。
故に上級魔法ならば、このように氷結させる事は造作もない。
だがこれで終わりではない。
更に追い打ちをかけるようにメイリンとリリアが呪文を再び紡いだ。
「止めよ! 我は汝、汝は我。 我が名はメイリン。 ウェルガリアに集う風の精霊よ、我に力を与えたまえ! せいっ……『ワール・ウインド』!!」
「我は汝、汝は我。 我が名はリリア。 ウェルガリアに集う風の精霊よ、我に力を与えたまえ! はあぁっ……『アーク・テンペスト』!!」
メイリンが中級、リリアが上級風魔法を唱えた。
放たれた激しい旋風が、氷結したゴーレムの身体に絡みつく。
すると魔力反応『分解』が発生して、氷結していたゴーレムの身体に放射状に皹が入り、硝子のように粉々に砕け散った。
何体もの、何十体ものゴーレムが皆、同じように砕け散ってく光景はなかなか見物であった。
「我々も後に続くぞ!」
「了解!」
メイリン達だけに美味しい思いをさせない、と言わんばかりに他の魔法部隊も氷属性から風魔法のコンボを繰り返した。 がしゃん、がしゃん、と音を立てて、砕け散っていくゴーレム達。
「撃ち方、やめい! 狙撃部隊! 前へ出よ!」
「はい!」
アイザックが右手を上げて、そう号令を出した。
するとマリベーレを先頭に他の狙撃部隊が前線に躍り出た。
「『ホークアイ』発動ッ!!」
職業能力『ホークアイ』を発動せる狙撃部隊。
そしてマリベーレは膝撃ち状態で、銀の魔法銃のトリガーを引いた。
更に他の者達も魔法銃で狙撃、あるいは矢で前方の敵の魔法部隊を狙い撃った。
放たれたマリベーレの氷と風の合成弾が敵の術者の眉間に命中。
眉間を撃ちぬかれた術者は、呻き声を上げる間もなく地面に倒れ伏せた。
彼我の距離は三百メーレル(約三百メートル)くらい。
それを苦ともせず、正確に敵を狙い撃つマリベーレの腕は一級品だ。
氷と風の合成弾は、命中すれば頭蓋骨の中で砕けて、弾の残骸が脳の中に漂流するという仕様。 これならば回復魔法でも治せないし、確実に止めを刺す事が可能だ。
マリベーレは真剣な表情のまま、魔法銃のボルトハンドルを引いた。
金属音と共に薬莢が排出されて、地面に転々と転がる。
弾が装填されると同時に、マリベーレはスコープ越しに新たな標的を狙い定める。
再度、狙撃。
再び合成弾が標的の眉間に命中。 瞬く間に二人を仕留めた。
マリベーレに負けじと、他の狙撃部隊も一斉に銃弾、あるいは矢を放った。
放たれた銃弾や矢が命中して、敵の術者が力なく地面に崩れ落ちる。
マリベーレ程、正確無比な狙撃ではないが、悪くない命中率だ。
この調子で一気に敵の術者を始末すべきだ。
だがそうは問屋が卸さない。
味方を護るべく、上空の竜魔部隊が漆黒の両翼を羽ばたかせながら、素早く印を結んだ。
「クッ。 こざかしい真似を! 我は汝、汝は我。 我が名はラーズ。 ウェルガリアに集う闇の精霊よ、我に力を与えたまえ! ――死ねぃっ! ……『ダーク・ミティアーストリーム!!』」
「ラーズに続け! はあああっ!! ――シャドウボルト!!」
「魔法部隊、対魔結界を張れ!!」
敵の魔法に対して、即座にそう指示を飛ばすアイザック。
「了解っス! 我は汝、汝は我。 我が名はメイリン。 ウェルガリアに集う光の精霊よ。 我に力を与えたまえ! 『ライト・ウォール』!!」
「我は汝、汝は我。 我が名はリリア。 ウェルガリアに集う光の精霊よ。 我に力を与えたまえ! 『ライト・ウォール』!」
メイリンやリリア、それと他の魔法部隊が素早く呪文を詠唱すると、俺達の前方に長方形型の光の壁が張られた。 そして敵が放った漆黒の波動が光の壁に衝突する。
ガアァァァン!! ガアァァァン!! ガアァァァァァァン!!
凄まじい衝撃音が轟き、周囲の大気が揺れる。
漆黒の波動が暴力的に渦巻き、光の壁にメキメキと練り込む。
しかし壁を破壊するには至らず、光の壁に闇の波動は飲み込まれた。
「クッ……仕方あるまい。 地上に降りて白兵戦だ。 後衛の術者がゴーレムを召喚するまで、敵を食い止めるぞ!」
「了解だ!」
先頭に立つ竜魔がそう言うなり、空中の竜魔及びガーゴイルなどの敵の飛行型の魔族や魔物、魔獣が両翼を羽ばたかせながら、地上に降りてきた。 お? 白兵戦か? いいぜ、受けて立つぜ。
「よし、魔法戦士部隊は魔法部隊に魔力供給せよ。 それと前衛に付与魔法を! 前衛部隊は付与魔法がかかり次第、突撃せよ!!」
「おおっ!!」
ゴーレム相手の戦闘ばかりで飽き飽きしていたところだ。
これで思いっきり俺の両拳が使えるぜ。
そして付与魔法がかかるなり、前衛の攻撃役達は――
「うおおお……おおおぉっ!!」
と、気勢を上げて前方の敵目掛けて突貫していった。
んじゃ俺も仕事にかかりますか。 覚悟しろよ、竜魔及び魔族の皆さんよ!!
次回の更新は2020年6月20日(土)の予定です。




