第十三話「公演に招待される」
三時間余りの短い仮眠を取って、俺は館内の食堂に足を運んだ。
食堂内の柱時計は夕方の五時半を指していた。
ドラガン達の公演は中央広場のテントで午後七時に開演予定らしい。
その間に俺達は『暁の大地』の調理師が作ってくれた夕食を頂いていた。
丸一日徒歩で冒険した為、昨日はろくな食事を取ってない。
自然と腹も空いていた。
既にエリスとメイリン、アイラも席についており、食堂の中央にある大きなダイニングテーブルの椅子に座っていた。 俺もエリスの左隣の席に座り、食事に手をつけた。
皿にはキノコ、ベーコン、玉ねぎというシンプルな具のパスタが盛られており、小さな皿にサラダが盛られており、香ばしい匂いが鼻腔につく。
「こ、これはまひでおいひいわ……」
「メ、メイリン。 食べながら喋るのはやめようよ~」
メイリンは相変わらずだ。 だが実際このパスタはマジで美味い!
パスタの味は家庭的な感じで、食べやすくて美味であった。
お代わり欲しいかも。
ちなみにメイリンが買った猫饅頭の詰め合わせはハッキリ言ってマズかった。
隠し味の魔タタビが正直ヒューマンの口に合わない。
というか猫族以外の口には合わないと思う。
仕方ないので旅芸人一座の猫族の子猫達に全部あげた。
猫族の子猫達は「ニャー、ニャー」言いながら
美味しそうに猫饅頭を齧っていた。
それを見てメイリンは「ふひひ」と満足そうに笑ってた。
「……ここ、いいか?」
「はいはい、ってライルさん!? お久しぶりっス。 メイリンっス!」
「ああ、久しぶりだな。 メイリン、エリス。
二人ともとても綺麗になった……」
俺の正面の席に座りながら、
兄貴はさりげなく二人に再会の挨拶をする。
「まあライル兄様ったら……恥ずかしいですわ」
と、少し頬を赤めるエリス。
「いやあ、このさりげなく褒める所がラサミスとは違うわー。 アンタも見習いなさいよ? 女の子は褒めてなんぼよ。 特にアタシは褒めて褒めまくりなさい!」
「へいへい、メイリンさんはうぇるがりあいちのびしょうじょです(棒読み)」
「ア、アンタ! 喧嘩売ってんのか!?」
俺の言葉に、メイリンがバンバンとテーブルを叩く。
「コラコラ、女の子をからかうものじゃないぞ。
しかし君達は本当に仲が良いな」
と、アイラが微笑を浮かべる。
「ち、違いますよ! コイツは基本的にアタシを馬鹿にしてるんですよぅ~」
「そんな事はないぞ。メイリンはびしょうじょですごいまほうつかいだよ」
「ア、アンタ……アタシの事、馬鹿にしてるよね? 絶対してるよね!?」
拳を握りわなわなと身体を震わせるメイリン。
「三人とも相変わらず元気そうでなによりだ。 しかしエリス、メイリン。 助力はありがたいが、今回の一件は危険なミッションになるぞ? 状況によっては種族間の抗争に巻き込まれかねない。 なにせ神の遺産が絡む話だからな……」
「わかってますよ、ライルさん! だからアタシが来たんです! だってラサミス一人じゃ心配じゃないですか!? そりゃ何に対しても情熱を失っていたラサミスが『お、俺は兄貴の力になりたいんだ!』とか涙ながらに語ったのには、アタシも少しグッときましたよ。 でも所詮ラサミスですよ! アタシやエリスが居ないと駄目な奴なんです。 大丈夫です。 アタシとエリスはちゃんと実力あります、期待してください!」
と、(平らな)胸をポンと叩くメイリン。
「そ、そうか。 そいつは頼もしい。 というかラサミス、お前……」
「い、いや泣いてねえし! メイリンの捏造だし!!」
「でも確かにあの時のラサミスの表情は良かったね。
ライル兄様を慕う感じがとても良かったわ」
と、ほがらかな表情でエリスが言った。
「え、エリス! よ、余計な事言うなよ!?」
「でもホントの事じゃない?
そんなに恥ずかしがらなくてもいいと思うわよ」
エリスが小首を可愛らしく傾げながら、そう告げた。
いや目の前に兄貴が居るんだぞ。 恥ずかしいに決まってるじゃねえか!
などと俺達が談笑を交わしてると、ドラガンが食堂に現れた。
ドラガンはピンと背筋を伸ばして、俺達を一瞥する。
「うむ。 なかなか楽しそうな食事だな。 やはり若い者が三人も加わると活気が出るな。 そうそう、今夜の公演の招待券だ。 ……喜べ、最前列の席を用意した。 我々の芸をとくと目の当たりにするがよい」
そう言ってドラガンは俺達に招待券を手渡した。
ほう、最前列の席か。
兄貴も出演するみたいだし、何だかんだで楽しみだな。
「ドラさん、ありがとうです!」と、ニッコリ微笑むエリス。
「ド、ドラさん!?」
「はい、ドラガンさんだからドラさんです。 公演楽しみにしてますわ!」
「アタシも! アタシも! ドラさん、最前列の席ありがとうッス!」
「う、うむ。期待してるといいぞ。我が一座の公演はリアーナでも屈指だからな」
「しかしなんでドラさんは連合の団長しながら、
旅芸人の一座も率いているっスか?
いやアタシ的には問題ないけど、大変じゃないんッスか?」
相変わらずメイリンは直球だな。 というかドラさんで呼び方定着かよ。
ドラガンは小さく咳払いしてから、少し真面目な口調で語りだした。
「まあそれは拙者が昔、前座長に色々と世話になったからだ。 このリアーナは確かに夢と希望に溢れているが、それと同様に闇もある。 この自由市場を影で操るマフィアなどがいい例だ。 そしてそのマフィアに食い物にされる浮浪児達。 だが何か一つ秀でていれば、生きて行く事は可能だ。 だから前座長は街でやさぐれる浮浪児達に芸という武器を与えた。 芸事という分野においては種族も何も関係ない。 単純に自分の腕を披露して、観客に笑ってもらう。 そうすれば芸人にも希望と自尊心が生まれる。 前座長はそうやって多くの若者達に希望と居場所を与えた。 それに感銘した拙者は影から一座を支えたんだ。 まあ連合との掛け持ちは正直大変だったが、やり甲斐のある仕事だった。 そして座長が数年前に亡くなったから、
拙者が一座を引き継いだわけだ」
と、誇らしげに胸を張るドラガン。
というか普通にいい話じゃねえか。 少し胸がホロリとしたぜ。
「い、いい話だなー、マジ泣ける……」
両眼に涙を浮かべるメイリン。 コイツ、意外とすぐ泣くよな。
「感動的なお話なんですね! ドラさん、本当にスゴいです!」
エリスが両手を合わせながら、眼をキラキラと輝かせる。
「い、いやいやそんなに大した事はないニャ。 ボクは……拙者は当たり前の事をしただけだニャ。 まあ芸事さえ出来れば浮浪児でも、学がなくても食べていけるニャ。 更には生産スキルを覚えたら、腕次第では将来独立も可能だ。 我が『暁の大地』は来る者拒まず、去る者追わずがもっとう。 この連合や一座を踏み台にして、世に羽ばたいてもらえば、ボクとしても本望なんだニャ……」
と、ドラガンが感慨深い表情でそう言った。
いい話だし、自立心も育てるという一挙両得。
でもドラガン、所々で素が出てるよ?
というか一人称ボクなのね。
その後もエリスやメイリンの質問が続いたが、
ドラガンが気を良くしたのか、丁寧に一問一答していったが、
途中で完全に素の言葉になったのは、俺だけでなく、アイラと兄貴も苦笑していた。
――まあ微笑ましいからいいか、周囲の子猫達も喜んでるしな。
そう思いながら俺は食事を終えて、部屋に戻り
軽く身支度して夜の公演に備えた。
次回の更新は2017年5月1日(月)の予定です。




