第百三十七話「戦いの第二幕」
暗黒大陸の中央部にある魔族の居城アストンガレフ城。 その謁見の間にて、魔王と魔王軍の幹部が集結していた。 その部屋の中心部に中規模な魔法陣が描かれており、陣の上に乗っている褐色の肌に薄い水色髪の青いフードケープを着た女魔族が右手を掲げると、宙に浮かんでいる水晶玉が光った。
「カーリンネイツ、戦況はどうなっている?」
と、玉座の肘掛けに右腕を乗せて、頬杖する魔王レクサー。
「我が軍が四大種族連合軍に負けたようです」
カーリンネイツと呼ばれた褐色の肌の女魔族は、水晶球の映像を読み取ってそう答えた。
「な、なんだとっ!? 我が魔王軍が敗北を喫するとは! ザンバルドの奴は何をしていたんだっ!?」
そう憤慨したのは、魔王の玉座の近く立っていた竜頭の魔族だ。
厳密に言うと龍族である。
竜人族より龍の血を色濃く受け継いだのが龍族だ。
そしてその龍族の中でも極めて強い力を誇るのが、薄い水色の肌に深い紫色の鎧を着込んだこの男――魔元帥アルバンネイルである。
「どうせ奴の事だ。 また悪い癖が出たのであろう」
そう言ったのは、女吸血鬼のプラムナイザー。
襟ぐりの広いノースリーブの黒いブラウスに、丈が短い真っ赤なスカートという格好だ。 そしてその左肩に白猫を乗せていた。
「ご主人様の言う通りだね。 魔将軍は戦いに勝つ事より、愉しむ事を大切にするからね~。 指揮官に向いてないわね」
と、プラムナイザーの左肩に乗った白猫が喋った。
猫族ではない。
プラムナイザーの使い魔の猫の妖精である。
「まあ奴ならいかにもありそうな話だな」
やや呆れ気味にそう言うアルバンネイル。
「それもあると思いますが、四大種族連合軍が予想以上に強いのも事実です。 特に竜人で構成された傭兵部隊が強いですね。 後、ザンバルドと一騎討ちで互角の戦いをしたヒューマンが居ますね」
水晶玉を見据えながら、淡々と答えるカーリンネイツ。
「ふん、竜人など我等、龍族からすれば下等種族だ。 更にはヒューマン如きに苦戦するとは笑止千万。 陛下、このままでは我等、魔王軍の沽券に係ります。 このアルバンネイルにお任せ手頂けたら、四大種族の連合軍など直ちに壊滅してさしあげましょう」
「威勢が良いな、アルバンネイル」
「陛下、私は真面目に申し上げているのです!」
「陛下、私も元帥殿のお言葉に賛同いたします。 我等、魔王軍の幹部はただの談判をする為に存在しているわけではありません。 魔王陛下、どうか出撃を命じてください!」
女吸血鬼プラムナイザーもそう同調する。 どうやらこの二人は今すぐにも出撃したいようだ。 しかし魔元帥のアルバンネイルがいきなり出撃したら、この戦いという名の余興もすぐに終幕を迎えようだ。 それは少し困るな。 と、内心で思いながらも言葉には出さない魔王レクサー。
「カーリンネイツ、卿はどうなのだ?」
「……私は魔王様のご指示に従うだけです」
と、無表情で答えるカーリンネイツ。
すると魔王は「うむ」と小さく頷いた。
「シーネンレムス、何処に居る? 卿の意見を聞きたい」
そう言って周囲に険しい視線を配る魔王。
するとやや間があった後に、魔王の近くの床に黒い大穴のようなものが急に沸き、そこから這い出るように、白い仮面をつけた白いローブを着た人物が現れた。
「なんじゃ、儂に何か用かのう。 魔王レクサーよ」
「ふん、やはり周囲に潜んでいたか」
魔王相手に不遜な言動だが、それはあえて咎めない。
このシーネンレムスは何度も転生を重ねて、一千年以上生きていると言われる伝説の大賢者。 なんでも先代の魔王、噂ではそのずっと前から魔王に従っているという超古株の幹部。 故にレクサーもこの大賢者には敬意を払っている。
「シーネンレムス、卿は彼等を出撃させるべきと思うか?」
「儂はそんな事は興味ないわ。 だが戦いたい奴は戦わせればいい。 それだけの話じゃのう」
「うむ、そうか。 ちなみに卿自身は出撃したくないのか?」
「ふぉ、ふぉ、ふぉっ。 儂まで居なくなれば、誰が卿を護るというのじゃ。 だから他の者は出撃したいなら、本音を申すべきじゃな。 では後の事は任せたわ。 儂は自身の研究で忙しいのじゃよ」
シーネンレムスはそう言ってまた黒い大穴に潜って、この場から消えた。 しばらくするとその大穴も綺麗に閉じて、床も元通りになった。
「シーネンレムス卿もああ言っておられる。 陛下、ここはこのアルバンネイルに総指揮権をお与えください。 さすればこんな戦いすぐに終わらせてみます!」
「私もです。 必ずやご期待に添えるように全力を尽くします」
そう力説する魔元帥と女吸血鬼。
ここまで言われたのなら、レクサーとしても拒むわけにはいかない。
「分かった。 アルバンネイル、卿に新部隊の総指揮権を与える。 プラムナイザーとカーリンネイツの二人はアルバンネイルに同行して、共に戦え。 出撃先は……そうだな。 地理的に見て猫族領が適切だろう。 では出撃せよっ!」
「御意、謹んで拝命致します」
満足そうにそう頭を垂れる魔元帥。
「はっ!」
プラムナイザーも満足そうに頷いた。
「良かったわね、ご主人様」
主人の右肩に乗った使い魔の猫の妖精がそう言った。
「分かりました」
暗黒魔導師カーリンネイツも控えめに頷いた。
「では準備が出来次第、出撃致します。 プラムナイザー、カーリンネイツ。 卿らも私に同行せよ」
「待て、アルバンネイル」
「なんでしょうか?」
「余に少し考えがあってな。 実はカーリンネイツに特命を命じたいのだ。 だから彼女は途中から別行動になると思うが、構わんか?」
「……私は構いませんが」と、アルバンネイル。
「特命ですか?」と、少し怪訝な表情のカーリンネイツ。
「そうだ、カーリンネイツ。 余の近くに来い」
「……はい」
そう言って魔王が座る玉座に近寄る女暗黒魔導師。
すると魔王は何やら耳打ちをした。
カーリンネイツの表情が僅かに強張る。
「どうだ、この特命受けてもらえるか?」
「ご命令とあらば、従うまでです」
「ならば卿に任せる」
「はっ! それでは失礼致します」
そう言って玉座から離れるカーリンネイツ。
アルバンネイルとプラムナイザーはやや不満げな表情だ。
しかしこの場はあえて何も言わず、謁見の間から退場した。
三人の幹部が去った後、レクサーは微笑を浮かべて――
「期待しているぞ、カーリンネイツ。 ふふふっ」
と、誰に聞かせるわけでもなく独り言を呟いた。
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大猫島。
その島は猫族領の最北端から更に北にある北ニャンドランド海から、やや離れた場所にある離島だ。
猫族は北ニャンドランド海、エルフ族は北エルドリア海と称しているが、厳密にいえば二つの海を合せて、中央海と言うのが正しい呼称である。
しかし猫族とエルフ族は太古から犬猿の仲だ。
古くはヒューマンと猫族が同盟を結び、エルフ族や竜人族と戦った四大種族第一次戦争。
その後、ヒューマンが魔界から魔族を召喚した事によって勃発した第一次ウェルガリア大戦では、猫族とエルフ族は形の上では同盟関係となったが、両者は至る所で衝突した。
そして第一次ウェルガリア大戦が終焉を迎えて、各種族が不可侵条約を締結したが、小さな争いが絶える事はなかった。
特に両国の領海の境界線付近では、争いが絶えなかった。
エルフ族は北エルドリア海を根城とする海賊達が北ニャンドランド海での海賊行為を黙認した。
更には有力な海賊を私掠船として、北ニャンドランド海で好き放題に略奪行為を行わせた。 これには温厚な猫族も激怒した。
それによって猫族も海軍力を強化させた。 猫族の中にも通称・猫族海賊と呼ばれる海賊が存在したが、猫族政府は彼等を私掠船とする事もなかったが、猫族海賊がエルフ族の私掠船や海賊と争っても特に咎める事はなかった。
そういう経緯もあり、中央海では争いが絶えなかった。
そして猫族海軍の軍事拠点とされたのが、大猫島である。
東にはエルフ族の領海、真北に北上して行けば暗黒大陸という地理的状況もあり、この大猫島の軍事拠点としての価値は高かった。
それに加えて、漁獲高も高水準で漁村としても発展。
更には島内で多くの農作物も栽培しており、軍事以外でもこの島の有用性は高い。
しかし第一次ウェルガリア大戦から約六百年後の現在。
猫族とエルフ族の間の緊張感も薄れて、この大猫島も軍事拠点としてより、漁村、農村として発展を遂げた。
しかしここに来て、急遽魔族が復活。
猫族海軍の軍艦の数隻もこの大猫島に集結しつつあったが、島内の猫族をはじめとした住人達は日々の暮らしに勤しんでいた。
「父ちゃん、おかえりニャンっ!」
「おう、ジル坊。 元気にしてたか?」
体格の良いメインクーンの漁師の父猫に歩み寄る子猫の猫族。
「うん、元気だったニャン。 オイラ、いい子にしてたニャン!」
「そうか。 父ちゃんも頑張ってたくさんのお魚を捕ってきたぞ。 ジル坊はお魚が大好きだろ?」
「うん、大好きだニャン!」
「ようし、んじゃ今夜は母ちゃんに魚料理を作ってもらうか」
「嬉しいニャン」
そう会話を交わす猫族の親子。
父猫は自分の右肩に子猫を乗せて、帰路に着こうとしたその時。
「父ちゃん、アレは何だニャン?」
「……ん? っ!?」
息子が指さす夕焼けの空を見る父猫。
しかし次の瞬間、父猫の全身の毛が逆立った。
夕暮れ時の空に無数の魔物、魔獣の姿が見えた。
「な、なんじゃこりゃぁっ……」
と、驚愕する父猫。
今、この大猫島で魔王軍との戦いの第二幕が開けようとしていた。
これで魔族復活編は終わりです。
次回から新章に突入します。
次回の更新は2020年4月11日(土)の予定です。




