第百三十三話「ライル対ザンバルド(前編)」
「なあ、ここは大将同士で一騎撃ち(タイマン)でいこうじゃねえか? 見世物にもなるし、その方が余計な戦死者を出さなくていいからな。 なあ、だからアイザック! やろうぜっ?」
そう言って大股でこちらに寄って来るザンバルド。
糞っ! 言いたい事言いやがって、ムカつく野郎だ。
だが残念ながら今の俺では、こいつに勝つ事は出来ない。
それは周囲の傭兵や冒険者も同じだった。
ザンバルドがこちらに寄って来ると、傭兵や冒険者はザンバルドを避けていく。 恐らく本能がそうさせたのであろう。 そして自然と視線はアイザックの方に向いた。 するとアイザックも右手に持った長剣を軽く一振りした.
「……仕方ない。 ここは貴様の――」
「待ってください、アイザックさん」
そう呼び止めたのは兄貴だ。
アイザックは振り返り、兄貴に視線を向けた。
「……確かライル・カーマインだったな? 何を待てと言うのだ?」
「貴方はこの右翼部隊の総大将だ。 だからここは敵の挑発に乗る必要はない。 万が一にも貴方が討たれるわけにはいかない」
「……正論だな。 だが俺にも傭兵として、男としての意地がある。 相手は魔族といえど将軍。 ここで決闘を拒否するのは礼を失する」
「ならば俺が代わりに戦います!」
そう言って前へ歩み出る兄貴。
その兄貴を舐めまわすように凝視するザンバルド。
「……何だ、お前。 ようするに自分の名を上げたいのか?」
と、やや蔑むように言うアイザック。
「違います! とにかくここは俺に任せてください。 仮に俺が奴にやられても、うちの連合は文句を言いません。 だから貴方は俺と奴の戦いをじっくりと見物してください」
いやいやいや、兄貴が死んだら俺は文句言うぞ?
多分エリスとメイリンも同じだ。 アイラもキレるんじゃないかな。
というか兄貴がこんな大勢の中で出しゃばるとは予想外だ。
兄貴らしくないといえば、兄貴らしくない。
もしかして場の空気に当てられたのか?
「そこまで言うならやってみろ! 但しやるからには勝てっ!」
「はい、分かっています!」
そう言ってアイザックが下がり、入れ替わるように兄貴が前に出た。
そして両手で白銀の長剣を構えて、腰を落とす。
すると周囲の野次馬が囃し立てた。
「おい、ヒューマンの若僧。 調子に乗ってんじゃねえぞ!」
「そうだ、そうだ! 若い奴はすぐいい恰好をしたがる!!」
「なんだ、あのヒューマンは? ヒューマン如きが我等のザンバルド将軍に勝てると思っているのか? 思い上がりも甚だしい」
敵だけでなく、味方にも野次られる兄貴。
兄貴の奴どういうつもりだ?
俺には兄貴の意図が分からん。
「何故兄貴はこんな真似を……」
「恐らく自分で戦って、奴の実力を確かめるつもりだろう。 それとここでアイザックが討たれたら、周囲の士気が下がる。 だからあえてこのような茶番に付き合ったのであろう」
と、淡々と答えるドラガン。
「し、しかしアイツは強いぜ? 兄貴でもアイツに勝つのは、厳しいんじゃ?」
「ああ、確かに奴は強い。 だが同様にライルも強い。 だからここは自分の兄を信じるんだ、ラサミス」
そうだな、ドラガンの言う通りだ。
弟である俺が兄貴の実力を一番知っている。
そうだ、兄貴ならきっと……ザンバルドにも勝てる、と信じたい。
「ふうん。 なる程、メインイベントの前に一勝負ってか。 だが悪くない。 若いの、お前の名を聞いておこう」
ザンバルドは左手で顎を摩りながら、そう言った。
「『暁の大地』の副団長ライル・カーマインだ!」
「ライルか。 貴様の名を覚えておこう。 貴様なら戦う価値がありそうだ。 おい、貴様らあぁっ! 手出しは無用だぁっ! というか手出しをした奴は問答無用で殺す! 分かったかあぁっ!」
「はいっ!!」
ザンバルドの言葉に大きな声で返事する周囲の魔王軍。
そしてザンバルドは右手で漆黒の大鎌を持ちながら、身構えた。
ボバンの時とは違い、全身に闇の闘気を纏うザンバルド。
緩やかな闘気だ。
正直もっと荒々しい闘気を想像していたが、何と言うか嵐の前の静けさのような不気味さを感じる。
「――来な、ライルッ!!」
「行くぞ、魔将軍ザンバルド!」
その言葉が開戦の合図となり、兄貴は地面を滑空するように突き進んだ。 兄貴は間合いに入るなり、くるりと体を捻り、右手の長剣を右斜め下から叩きつけた。 漆黒の大鎌で迎撃され、激しい火花が周囲に飛び散った。
兄貴はそこから袈裟斬り、逆袈裟と神速の速さで剣技を放つ。 薙ぎ払われた漆黒の大鎌で弾かれたが、防御した勢いで、後方にやや吹っ飛ぶザンバルド。 だが即座に大鎌の切っ先で地面を突いて転倒を回避。 兄貴は立て直す余裕を与えまいと、再度のダッシュで距離を詰めた。
「――トリプル・ストライクッ!!」
兄貴の右手に握られた白銀の長剣が、凄まじい速度で打ち込まれる。 兄貴の怒涛の三連撃が繰り出されるが、ザンバルドは両手で漆黒の大鎌を振るい、防御に徹する。
剣と大鎌が、耳障りな硬質音を立てて、切り結び、火花を散らして、また離れる。 幾度目かに切り結んだ時、兄貴とザンバルドは、武器を押しつけながら至近距離で睨み合った。 ザンバルドは、ふいに双眸を細めて、「へっ」と笑った。
「……なかなかやるじゃねえか。 合格だよ、お前」
「――抜かせっ!!」
そう言いながら兄貴は、再び弾丸のように地を蹴った。
ザンバルドも大鎌を構えなおして、間合いを詰めてきた。
超高速でお互いの連続技が応酬される。
兄貴の剣戟は漆黒の大鎌に阻まれ、返す一閃で放たれた一撃を白銀の長剣が弾く。 二人の周囲では様々な彩りの光が連続的に飛び散り、斬撃音が周囲に響き渡る。
大鎌の軌跡が空気を切り裂き、黒刃と白刃が衝突する。 幾度かの斬撃を繰り返して、ザンバルドは再び漆黒の大鎌を大きく振り下ろした。 だがバックステップして弧を描く黒の軌道を避ける兄貴。
「いいね、いいね。 お前、いいよっ!!」
すかさずステップインして距離を零にするザンバルド。
「くっ!!」
兄貴が白銀の長剣を掲げて防御する。
構わず上下左右から攻撃を浴びせ続けるザンバルド。
凄い連続攻撃だ。 流石の兄貴も防戦一方だ。
その間隙を突くように、ザンバルドは大鎌を振り上げて、前進する。
そこからは強引に乱打、乱打、乱打の連打。
力任せに漆黒の大鎌を縦横に振り回して、ひたすら乱打。
兄貴も歯を食い縛りながら、乱打を弾き、払い、躱すがその表情に余裕はない。 あの兄貴をここまで追い込むとは……。 言動は下品かつ粗野だが、ザンバルドの実力は超一級品だ。
「――喰らいなっ! 『キリング・サイズ』ッ!!」
ザンバルドは素早く技名コールを告げて、両手で握った大鎌を力強く一直線に振り下ろす。 魔将軍の使う大鎌スキル。
大鎌スキル自体が超レアなので初めて見る技だが、まともに喰らえば兄貴といえど危険だ。 兄貴もそれを感じ取ったようだ。 兄貴は必死に横にサイドステップして、地面を転がりながらその荒業を躱す。 破壊力に満ちた一撃が地中を掘り返し、爆音とともにクレーター状の大穴が開いた。
す、凄い破壊力だ。 これが魔将軍の実力か。
だが兄貴も素早く地面から立ち上がり、再び間合いを取る。
次回の更新は2020年3月14日(土)の予定です。




