第百二十八話「驚異の魔将軍ザンバルド」
パチ、パチ、パチッ。
と、思った矢先に前方から拍手が聞こえてきた。
何だ?
と、視線を前方に向けると、視線の先にこれまた巨漢の魔族が立っていた。
身長はゆうに二メーレル(約二メートル)を越えており、妖しく黒光りした漆黒の鎧を身に纏い、その両手には、これまた漆黒の大鎌が握られていた。
肌は褐色。 ざんばらの銀髪。 緋色の三白眼。
その双眸は野生の猛獣のように鋭い。
コイツは間違いなく大物だ。
一目見てそれが分かった。
「ざ、ザンバルド将軍っ!?」
「な、何故このような前線に出て来られたのですか?」
周囲の魔族も慌てふためいている。
将軍? マジかよ? 将軍が自らこの最前線にやって来たのか。
「そう、恐縮するなよ? なあに、戦況が思わしくないのでな。 こうして俺自らが前線に出て来た、というわけさ」
余裕たっぷりにそう言うザンバルドと呼ばれた巨漢の魔族。
というかこいつもヒューマン言語で喋ってるな。
もしかして魔王軍の魔族は全員がヒューマン言語を喋れるのか?
まあそれはとりあえずおいておこう。
巨漢の魔族はニヤニヤと笑みを浮かべて、こちらを見る。
「小僧、なかなか良い腕してるな」
「……次は……あ、アンタの身体で試してやろうか?」
ややどもりながらも、精一杯に虚勢を張ってみた。
だが眼前の魔族に「ククク」と嗤いながら、
「小僧、お前では物足りない。 出直して来い」
と、一蹴された。
俺もその雰囲気に呑まれて、上手く二の句が継げなかった。
巨漢の魔族は俺を押しのけて、前へ進んだ。
そして品定めするように、周囲の味方を凝視する。
しばらく渋い顔をしていたが、視界にアイザックを捉えると――
「ほう、悪くないな。 体つきも雰囲気も合格だ」
と、口の端を持ち上げた。
自然と身構えるアイザック。
だがボバンが二人の間に割って入った。
「おいおいおい、うちの団長とやろうなんて百年早いぜ? テメエの相手はこのバルミール・ボバンだ!」
「失せろ、雑魚!」
「ざ、雑魚だとっ!?」
やや顔を引きつらせるボバン。
だが巨漢の魔族――ザンバルドは鼻で笑った。
「貴様ごときの竜人は前大戦で掃いて捨てる程、見てきたわ。 貴様じゃ準備運動にもならん。 大人しく引っ込んでな?」
「あ? 前大戦だと? テメエ、もしかして第一次ウェルガリア大戦の生き残りの魔族か? だとしたら、糞爺じゃねえか?」
ここぞとばかりに煽り返すボバン。
だがザンバルドは無表情でこう返した。
「確かに俺は前大戦の経験者だ。 だから俺には分かる。 お前ごときじゃ愉しめないとな」
「ほう、言うじゃねえか。 なら身体で教えてやろうか?」
「ふんっ。 仕方ない……」
「お、お待ちください。 魔将軍ザンバルド」
そう言って会話に割り込んできたのは、千人長ガブゲイルだ。
どうやら俺に倒れされた状態から、回復したようだ。
放射状の罅が入った漆黒の鎧の胸部を左手で胸部を抑えながら、ゆっくりと前に出た。
「どうか、このガブゲイルに名誉挽回の機会を与えてください!」
「……そうだな。 おい、そこの茶髪の竜人!」
「あん?」
「俺と戦いたければ、コイツを倒せ! コイツに勝ったら、この魔将軍自らが相手してやろう」
「……随分と舐めた真似してくれるな? だがいいだろう。 テメエの顔を立てて、その誘いに乗ってやるよ?」
そう言って前へ出るボバン。
同様にガブゲイルも前に出た。
体格ではガブゲイルが上回っているが、両者が出す殺気と闘気はボバンの方が勝っていた。
いつのまにか周囲の味方だけでなく、敵の魔族達も戦いを止めて、二人の戦いの始まりを待っていた。
「なあ、ミネルバ。 あのボバンって強いのか?」
俺は左隣に立つミネルバにそう尋ねた。
すると彼女は小さく頷いた。
「竜人族の中じゃ有名人よ。 団長のアイザック程、知名度はないけど、その荒々しい豪快な戦いっぷりは、狂戦士の名に恥じないわ」
「ほう、そいつは見物だな」
「もう、野次馬根性を出している場合じゃないでしょ? どうして男ってこう血を好むのかしら」
と、呆れ気味に嘆息するミネルバ。
まあ野次馬根性があるのも事実だが、それだけではない。
この戦いは恐らくボバンが勝つだろう。
悔しいが、俺に負けたガブゲイルよりボバンが弱いとは思わない。
問題はその次の戦いだ。
そう、あの魔将軍ザンバルドとの戦いだ。
情けない話だが、正直俺は奴の迫力に呑まれてしまった。
残念ながら今の俺では、勝負にならないだろう。
悔しいが現時点では余りにも力の差がある。
だが兄貴ならばどうだろう?
ブレード・マスターの兄貴の実力は間違いなく一級品。
しかし相手は魔将軍。 それも前大戦の経験者っぽい。
要するにザンバルドは伝説級の魔族なのだ。
俺は兄貴が奴に負けるとは思いたくないが、このまま奴の実力を知らないまま、ぶっつけ本番で戦うのは危険だ。
だからここはボバンに戦ってもらい、 ザンバルドの実力を見極める必要があると思う。
ボバンとガブゲイルは無言のまま睨みあっている。
両者ともいつでも攻撃できる体勢に入ってる。
「……竜人、貴様の名を聞こう」
「雑魚に名乗るのも癪だが、仕方ねえ。 教えてやるよ。 『竜の雷』の副団長バルミール・ボバン様だ!)
「我が名は魔王軍千人長ガブゲイル。 竜人バルミール・ボバンよ、いざ尋常に勝負!」
そう叫んで、間合いを詰めるガブゲイル。
対するボバンは、白刃の大剣を両手で構えながら、微動だにしない。 そして両者の間合いが詰まった。
「死ねいっ! ――ダブル・ハンマーッ!!」
「遅いぜっ!! ――レイジング・バスターッ!!」
ボバンはガブゲイルの突撃を頭上にジャンプして回避。
そして手にした大剣を振るい上げて、ガブゲイルの額目掛けて垂直に振り下した。
鈍い音が周囲に響き、白刃の大剣がガブゲイルの頭部を破壊した。
だがそれでもガブゲイルは、頭部を破壊されながらも、その両足で地に立っていた。
し、信じられない生命力だ。
こ、これが魔族か。
しかしボバンは顔色一つ変えず右手を逆手にして大剣を持ち、返す一閃でガブゲイルの首を刎ねた。 その瞬間、ガブゲイルの首元から噴水のように赤い鮮血が周囲に飛び散った。 斬り捨てられたガブゲイルの頭部は、転々と地面に転がっていく。
不死身を誇る魔族だが、奴等も一つの生命体。
首を刎ねられたり、心臓を破壊されたら流石に絶命する。
どうやら魔族と云えど、生命の法則には逆らえないようだ。
一仕事を終えたボバンは血のついた大剣を軽く振った。
「なっ? こいつ程度じゃ遊びにもならねえんだよ。 魔将軍さんよ」
煽るようにそう告げるボバン。
ボバンの言動はチンピラそのものだが、その実力は確なものだ。
しかしそれでもザンバルドは、興味なさそうに欠伸していた。
「お、おい……何処まで舐めればっ――」
「分かったよ。 しゃあねえ、約束だ。 相手してやるよ」
そう言ってようやく重い腰を上げるザンバルド。
その右手に漆黒の大鎌を握りながら、やる気なさそうに前へ出た。
「んじゃいつでもいいぞ? かかってこいよ?」
「……俺を舐めた事を後悔させてやるぜ!」
そう言いながら、白刃の大剣を最上段に構えながら、ジリジリと詰め寄るボバン。 その全身から発せられる闘気は、暴力的かつ非常に鋭かった。 対するザンバルドは闘気すら纏っていない。
「我が剣技を受けてみよ! ――トリプル・スマッシュ!」
ボバンは猛然と地を蹴り、疾風怒濤の三連撃を放った。
だがザンバルドも冷静に漆黒の大鎌でボバンの剣技を捌く。
「これならどうだっ!! シャイン・ブレードッ!」
ボバンが再び斬撃を放った。
魔族の弱点である光属性の中級大剣スキルだ。
「あいあい。 ダークネス・サイズ」
だがザンバルドも漆黒の大鎌で斬り返す。
白刃の大剣と漆黒の大鎌が交わるなり、周囲に激しい火花が散った。 今のはレジストしたのか? 大鎌はかなりレアな武器だから、そのスキルも謎に包まれている。 だが見た感じ今のは闇属性の一撃のようだ。
「ほう、今のが大鎌スキルか? こうして見るのは初めてだな」
「ふうん。 良かったな」
「何処までも舐めやがって!」
ボバンはその鋭い双眸を細めた。
うん、他人事ながら確かにムカつくわ。
しかしそれでもザンバルドは態度を改めない。
「別に舐めてるわけじゃねえよ。 ただお前じゃ燃えないんだよ。 なんつーかアレだ。 マグロの女を抱いても、面白くねえだろ? それと同じだよ? お前も男なら分かるだろ?」
うはっ……そこまで言うかっ!?
ここまで舐められたら、流石にどんな奴でも怒るわな。
しかし肝心のボバンは怒りを押し殺しながら――
「……上等じゃねえか。 なら意地でも本気にさせてやるぜ!」
と、言いながら再び大剣を構えるボバン。
そして「ハアアッ」と大きく深呼吸すると、素早く地を蹴った。
ボバンは再び前進して、くるりと体を捻り、袈裟斬り、逆袈裟を高速で放つ。
薙ぎ払われた漆黒の大鎌でボバンの剣技は弾かれたが、防御した勢いで後方にやや吹っ飛ぶザンバルド。 だが次の瞬間には、ザンバルドは即座に大鎌の切っ先を地面に突いて、転倒を防ぎ、踏みとどまった。
「どうだ? てめえを後退させてやったぜ」
と、ややドヤ顔気味のボバン。
しかしそれでもザンバルドの興味なさそうに欠伸する。
「はいはい。 まあほんの少しは見直したよ? まあ中の下ってところか? だがな、俺は七百年以上生きてきたんだ。 お前程度の剣士は掃いて捨てる程、見てきたんだよ。お前じゃ俺の魂が燃えないんだよ? 分かるか?」
「七百年ね。 気の遠くなるような年月だな。 でもその大半は暗黒大陸での引き篭もり生活だろ? そんな引き篭もりの糞爺相手に負けるわけには、いかねえんだよ。 分かったか? 糞爺っ!!」
「お前もしつこいね。 お前、女にモテないだろ?」
「がたがた五月蠅いんだよ! 死ねっ! スクリュー・スライダー!」
ボバンは白刃の大剣を錐揉みさせて、刀身を高速回転させて、強烈な突きをザンバルド目掛けて繰り出した。 確かレビン団長も使った英雄級の大剣スキルだな。 竜人族のボバンが使うと、その迫力も凄まじかった。
命中すれば間違いなく即死級の一撃だ。
だがザンバルドは軽く身を翻して、その一撃を躱した。
そして大鎌を左手に持ち替えて、右腕を大きく後ろに引いた。
「悪くねえ剣筋だ。 まあもう少し頑張れや?」
ザンバルドはそう言いながら、ボバンの胸部目掛けて、右手で強烈な掌底打ちを放った。
「ごふっ!?」
強烈な拳打音。
掌底打ちを喰らったボバンの体は十メーレル(約十メートル)程、吹っ飛んで決河の勢いで背中から地面に衝突。 その衝撃で口から胃液を逆流するボバン。
つ、強いっ!!
ボバンも一流の剣士だが、この眼前の魔族の強さはその比じゃない。
片手の一撃で歴戦の竜人の狂戦士を倒すなんて信じられない。
次回の更新は2020年2月8日(土)の予定です。




